#30:歪んだ恋愛観【指輪の過去編・圭吾視点】
今回も指輪の見せる過去のお話で圭吾視点。
圭吾、祐樹、27歳の10月。
「そう言えば、祐樹達はどうなんだよ?」
目の前でニヤニヤ笑っている、幼馴染の恋愛の方こそ心配だ。人にはまともな恋愛指南をするくせに、あいつ自身の恋愛観はちょっと歪んでいる。ちょっとどころじゃないかもな。
来る者拒まず、去る者追わずと言ってしまうと、よっぽどモテて次から次へと女をとっかえひっかえしているようにも思えるが、まあ、それに近いかもしれない。しかし、きちんと相手は選んでいるようで、後腐れのない利害が一致している女性。それも、美人のみ。
相手が望む祐樹の外見と体と経済力、それと引き換えに相手はその美しい容姿と体を提供すると言う利害関係。経済力と言っても、一応サラリーマンな訳で、普通よりちょっと贅沢をさせる程度らしいが。
そんな風にあいつの恋愛観が歪んでしまったのは、全てあいつの祖父さんの所為だ。洗脳されていると言ってもいいぐらいだ。十代になったばかりの頃から、女遊びはしていいが、本気になるな、のめり込むな、溺れるな、子種を残すなって言われていたし、結婚は目標を達成に導くアイテムの一つに過ぎない、などと言われ続けてきたのだ。
だから、夏樹さんと付き合っているって聞いた時は、驚いた。彼女はそんな遊びで付き合えるようなタイプの人じゃないだろ? 騙しているのか? それとも……。
でも、僕はかすかに期待もしているんだ。もしかしたら、夏樹さんの存在は、祐樹に本当の愛を目覚めさせてくれるんじゃないかと。
「俺達って、夏樹の事か? この間、別れたよ。って言うか、愛想尽かされた? 振られた? ってとこかな? まあ、元々そんな付き合いらしい付き合いをしてきた訳じゃないけどな」
「愛想尽かされた?」
「突っ込むとこ、そこかよ? まあ、愛想尽きるだろうな、他の女といる時に鉢合わせしたら。女たらしって言われたよ」
そう言いながらクックと笑う祐樹の話す内容と、その笑いにギャップを感じた。
「祐樹、夏樹さんと付き合っていながら、他の女とも会っているって、何を考えているんだ?」
「だから、夏樹とは友達づきあいの延長みたいなもん。他の女も同じ。俺にとっては、それ以上でも、それ以下でもないって感じかな? ただ、体の関係があるか、ないかってだけ。夏樹はおまえの彼女の友達だから、手は出さなかったよ。あのタイプは手を出したら後を引きそうだしな。それにしても、彼女には散々な事言われたよ。その内、女性に呪い殺されますよってね。今までそんな事言われた事なかったから驚いたけど、夏樹って面白い奴だろ?」
目の前で笑いながら話すこの男は、先ほどまで恋愛に不慣れな俺のために恋愛指南をしてくれた奴と同じ男だろうか?
何なのだろう? こいつの女性に対する感覚は。
「祐樹、おまえ、真面目な恋愛する気はないのか?」
「真面目な恋愛? 面白い事言うなぁ、圭吾。おまえ、わかっているだろ? 俺のそばにずっといたんだから。俺は結婚相手が決まっているんだから、真面目な恋愛をして、相手が本気になられたら困るんだよ。夏樹にしたって、俺といて婚期逃がしたら悪いだろ? だから、丁度良かったんだよ。夏樹に愛想尽かされて」
先程までのおちゃらけた態度から一転して、祐樹のまっすぐな眼差しがそれを本心だと伝えていた。
「祐樹、祖父さんの決めた人と本当に結婚する気でいるのか?」
「ああ、そのつもりだけど」
「親父さん達はなんて言っているんだ?」
「親父? ああ、相手の事を愛せるなら何も言わないって言っていたかな? 別に祖父さんの決めた相手じゃなくても、おまえが選んだ人でもかまわないとも言っていたな。親父はロマンチストなんだよ。そのくせ、自分は親の決めた人と結婚しているけどな」
「親父さん達夫婦、いまだに仲いいものな。でも、親の決めた人だったんだ」
「きっと、圭吾と舞子さんみたいだったんだろ」
祐樹の両親を思い出すと、いつも穏やかな愛に包まれたような温かい雰囲気の夫婦だった。あんな夫婦になれたらと思わせるような、理想の夫婦だった。
「それで、祐樹はその婚約者を愛しているの?」
「愛しているかって? まだ、二、三回しか会った事ないのに、わからないよ。相手の事もよくわからないのに。でも、結婚したら愛せるかもしれないし、愛せなくても情は湧くだろ? 一生に一度の結婚だから、愛やら恋やらって言うややこしい感情で、意味のないものにしたくないんだ」
やはり、あの祖父さんにすっかり洗脳されている。結婚は目標達成のための一つのアイテムに過ぎないという、祖父さんの口癖に。
今までの僕ならそんな考えも有りなのかなとぼんやり思っていたが、人を愛する事を知った僕には、激しく違和感を覚える事だった。
「おまえ、それでいいのか? 愛のない結婚をして。その人と一生添い遂げるんだぞ。それに、子供だって生まれるだろうし。愛のない夫婦の間に育つ子供は不幸だぞ」
僕は小さい頃の自分を思い出した。両親はそれぞれに仕事を持っていて、ほとんど家にいなかった。一つ上の兄といつも祐樹の家に遊びに行っていた。祐樹の家は母親が家にいたせいもあったが、暖かい空気に包まれた子供心に安心のできる家だった。今にして思えば祐樹の両親の醸し出す愛情のせいだったと思う。そんな中で育って来たくせに、この男は、祖父さんの影響を受けすぎた。祖父さんも、優しすぎる息子(祐樹の父親)よりも、好奇心旺盛な孫に期待をかけ、自分の後継者として自分の考え通りの人間に育てようとしたのだった。
「自分の血を分けた子供なら愛情が湧くさ」
「でも、婚約者はどう思っている? 祐樹の方に愛情が無かったら、彼女もかわいそうだろう?」
「彼女は何を考えているのか分からない。でも、断らないから、同じような考えなんだろ?」
「祐樹、さっき僕に思い合っている二人が一緒にいれば幸せになれるって言ってくれたけど、自分はどうなんだい? 愛せるかどうかわからない婚約者と結婚して、幸せになれるのかい?」
「幸せ?」と言ったきり、祐樹は黙ってしまった。
祐樹が僕に幸せになってほしいと思ってくれている事は何となく感じている。でも、それは僕も同じ事。この歪んだ恋愛観を持った友人にこそ、幸せになってほしい。
幸せの定義なんて、人それぞれに違うだろう。でも、人は幸せを求めて生きているんじゃないだろうか?
目の前で顔をしかめ焦点の合わない目をした幼馴染は、目標のために結婚を一つの武器に考えている時点で、人生の半分の幸せを放棄しているのじゃないだろうか? 生きていく上で基盤になる家庭が幸せなものじゃないなら、その上にどんなに高い目標を積み上げても、揺らいでしまうだろう。
「祐樹」と声をかけると、向かいに座った男がはっと我に返ったように顔を上げた。
「悪い。考え事していた。とにかくそういう事だから、でも、夏樹の事はまだ舞子さんには話すなよ。舞子さんも夏樹の口から聞いた方がいいだろうし、あいつもいつ話すかわからないし……」
そう言う事ってどういう事だ? って思っていたら、最後まで聞いたら、夏樹さんの事だと分かった。舞子さんと夏樹さんの仲ならもう話しているだろうな。舞子さん、ショック受けなきゃいいけど。
「わかったよ」
「それに、俺の事、あまり舞子さんには話すなよ。特に婚約者がいるとかは、今は話さないでくれ」
「そのぐらい、わかっているよ。祐樹は秘密が多すぎだから、迂闊に人に祐樹の話できないよ」
そう言って笑ってやると、さっきまで硬い表情をしていた祐樹が、やっと顔を崩して笑った。
2018.1.28推敲、改稿済み。