#29:恋愛指南【指輪の過去編・圭吾視点】
今回も引き続き、指輪の見せる過去のお話で圭吾視点です。
27歳の圭吾と祐樹。
舞子さんとの電話を終え、またお店の中へ入ってテーブルに近づくと、祐樹が女性の二人連れと話しているのが見えた。
あいつ、またナンパされているな。
心の中で舌打ちして、近づいて行くと女性達がこちらを振り返った。彼女たちの目に少し落胆の色が見えた。
どうせ僕は祐樹と違ってイケメンじゃないですよ、と心の中で悪態を吐く。
一人の女性が、こちらを指差して祐樹に何か聞いているのが見えた。そして、その女性が傍に来た僕に声をかけた。
「一緒に飲みませんかってお友達をお誘いしていたんですが、いかがですか?」
彼女は極上の作り笑いでそう言った。僕は一瞬顔をしかめて、余裕で座っている祐樹を見ると肩をすくめるだけで、何も言わない。
あいつ、嫌な役目を僕に押し付ける気だな。
僕は長い付き合いのその男の考えを悟って、溜息を吐いた。
「すいません。今日は男二人で大事な話があるので、申し訳ないが……」
そこまで言いかけた時、彼女の表情が急に変った。キッと僕の顔を睨むと、「行こ」と女性二人は連れ立ってその場を去って行った。
やれやれ……。こいつといると、女性の嫌な面ばかり見ることになる。それに引き換え舞子さんは聖女のようだ。それなのに、そんな舞子さんに辛い思いをさせているのは僕なのか。
しばらく茫然と突っ立っていた僕を見上げて、祐樹は照れたような笑顔を向ける。
「悪いな。断りきれなくて」
「そうだよ、いつも嫌な役させて。八方美人ばかりやっていると、そのうち他人から恨まれるぞ」
僕は少し怒った顔をして、祐樹に小言を言った。そんな僕の言葉に祐樹は苦笑いした。
「八方美人? フェミニストだと言ってくれよ。女性には優しくしないとな。それより、舞子さんの方はどうなった?」
何がフェミニストだと、僕は心の中で悪態を吐くが、表には出さなかった。
「土日の昼間はお茶会やその準備があるらしい。でも、日曜日の夕方から会う約束をしたよ」
「そうか、よかったよ。なんとか間に合いそうで。舞子さんがお父さんに結婚を辞めたいなんて言ってしまったら、拗れてしまうだろうしな。ちゃんと話しあわなくちゃダメだぞ。それに、おまえ、舞子さんの手も握った事、ないだろう?」
「なっ、そんな事、祐樹に関係ないだろう?」
僕は顔を赤くして切り返した。まったく、何が言いたいんだ。舞子さんに恐れ多くて触れるか。
「恐れ多くて触れないとか思っているんだろ? だけどな、恋人に手も出されないって女性は不安になるらしいぞ」
図星。だけど舞子さんは、さっき祐樹をナンパしてきたような女性達とは違うんだ。
「舞子さんはそんな事で不安になったりしない」
「いやいや、舞子さんだって気になっているらしい事、夏樹が言っていたぞ。舞子さんだって不安なんだよ。おまえが余りに研究に没頭して恋人の事顧みないから。何のための恋愛宣言だったのかな? まさか、研究を続けたたくて、婚約を引き延ばすための恋愛宣言だったのか?」
「な、何を言うんだ。そんな事で恋愛宣言したわけじゃないよ」
「でも、そう思われても仕方ないんじゃないか? 恋愛宣言した途端、研究が忙しいと会えなくなってしまえば」
「え? 舞子さんがそう言っていたの?」
「舞子さんはおまえの心配ばかりしているから、そんなこと言わないけど、夏樹がそう疑っていたよ。俺もそう思う。今のお前を見ているとな」
何だよ。舞子さんとの結婚のために一生懸命頑張っていたのに、全部裏目じゃないか。何を間違ったのかな?
僕は眉間にしわを寄せ、情けない顔をした。
「僕は自信がないんだ。あんな綺麗でお淑やかで、それでいてしっかりしていて、芯の強い女性が、僕みたいな人間と結婚してくれるって言うのが、どうも信じられなくて。このまま流されて結婚してしまったら、彼女が後悔するんじゃないか、結婚してからがっかりするんじゃないか、それなら、結婚する前にお互いの事よく知るための時間を作った方がいいんじゃないかと思ったんだ。決して研究のためなんかじゃないんだ。プロジェクトの件は予定外だったんだ。でも、これで心残りなく研究を辞められると思って、つい没頭してしまったんだ。それが、こんな事になるなんて……。何やっているんだろうね」
僕は力なく笑った。余りにも自分勝手だったと、舞子さんの気持ちを思いやれなかったと、項垂れるしかなかった。
「まだ間に合うさ。これからのおまえ達次第だろ? まあ、頑張れ」
「何をどうしたらいいのか、わからなくなってきたよ」
「そうだな、自分の気持ちを正直に言う事から始めてみるんだな。それに、おまえ達、もしかして、敬語で話してないか? 舞子さんの事もさん付けで呼んでいるみたいだし。そんなところから、心の距離を感じるのじゃないのかな? 心も体ももっと近づかないと。結婚するって言うのに」
心の距離? 敬語で話す? 今までそんな事考えてなかった。改めて指摘されると、もっともだと思えてくる。こんな僕でも、舞子さんにもっと近づいてもいいのかな?
結婚するって言っているのに、まだこんな事考えているのかって自分で突っ込んでしまう。
そんな自分が可笑しくなってフッと笑うと、何笑っているんだよと目の前の恋愛指南をしてくれた幼馴染も笑っていた。
2018.1.28推敲、改稿済み。