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#28:友人の忠告【指輪の過去編・圭吾視点】

今回も指輪の見せる過去のお話ですが、高藤圭吾視点です。

圭吾、祐樹、夏樹、舞子、27歳の10月の初め頃。

 十月第一週の金曜日、高藤化学工業株式会社の研究室午後七時過ぎ、僕、高藤圭吾(たかふじけいご)はパソコンに向かってデーター入力をしていた。これまでの三ヶ月間、土日返上はもちろん、会社へ泊り込みと言うのも続いていた。もちろん他の社員にそこまでさせられないので、就業日と日々の数時間の残業以外はほとんど一人で頑張って来た。と言うのも、この研究は長年自分一人で時間外にしてきた研究だったからだ。それがここに来て商品化できそうなめどが立ち、プロジェクトとして予算と人員が当てられた。

 今日は金曜日と言う事もあり、また、今週はプロジェクトの研究が大幅に進んだと言う事もあり、久々に皆を早く帰らせる事が出来た。自分もこの土日は休めそうだと、僕ははぁと息を吐いた。この入力さえ済ませてしまえば、今日はもう帰ろう、と思っていると研究室のドアをノックする音が聞こえた。


 「どうぞ」とパソコンに目を向けたまま返事をすると、ドアを開けたのは幼馴染のあの笑顔。そう、杉本祐樹がそこに立っていた。


「なんだい? 仕事もう終わったのかい?」

 祐樹は営業部だ。営業部はいつも遅くまで残業している奴が多い。自分がここの所遅くまで残業している時、営業部も遅くまで明かりが点いているのを見かけていた。


「ああ、金曜日だしな、仕事も一段落したから、今日は切り上げた」

 そう話しながら、祐樹は僕のデスクの横まで来た。


「何か用でもあるの?」


「ああ、ちょっと話があるんだ。夕食でも食べないかと思ってさ」


「よかったよ、今日で。昨日までは遅くまで残業していたけど、今週は仕事が捗ったから今日はみんなに早く帰ってもらったんだ。僕もこれさえ入力したら、もう帰れる。ちょっと待ってくれるかな?」

 10分もしないうちに入力作業は終わり、バックアップを取ってパソコンの電源を落とした。


「待たせたな」

 そう言うと、幼馴染は肩をすぼめてフッと笑って見せた。ちょっと冷たく見える整った顔立ちのあいつが笑うと優しい雰囲気がこぼれだす。これが、女達には堪らないそうだ。

 会社では女子社員にむやみやたらに笑顔は見せるなと、この会社の次期後継者である兄貴が釘を刺していたが、それはやっかみと言うものだ。だが、あいつは計算してきっちりと笑顔を使い分けている。兄貴の忠告など、言われる前から心得ているのだ。


 食事も酒もと言うことで、会社近くの行きつけの居酒屋へ行く事にした。時間的にまだ早かったのか、席はまだまだ埋まっておらず、壁際のテーブルで向かい合わせた。適当にビールと料理を注文し、それらがテーブルに並ぶと早速に食べだした。


「話ってなんだった?」


「ああ、おまえ最近忙しいらしいな。土日も出勤して、会社に泊まりこんでいるんだって?そんなに急ぎのプロジェクトなのか?」


「いや、そんなに急ぎという訳でもないけど、しいて言えば、僕の都合かな?」


「おまえの都合って、早く結婚したいからとか?」


「まあ、そんなところかな? 舞子さんをあんまり待たせたくないし、でも、最後の研究だからきっちりやりたいし」


「やっぱりな。おまえ、その事舞子さんに話しているのか?」


「え? 舞子さんには研究が忙しいとは言っているけど、他に何か言うことあるの?」

 僕が間の抜けた顔で問い返すと、目の前の幼馴染はおもむろに溜息を吐いた。


「ある意味、女や恋愛ごとに疎いと言うのは、罪だな」


「どういう意味だよ」


「おまえはバカだって言っているの。研究忙しくなってから、舞子さんとあまり会ってないだろ?」


「バカってなんだよ。今は研究を優先したいからあまり会えないけど、舞子さんはいつも頑張ってって応援してくれるんだ」


「はぁ~、おまえ、女心わかってないな。舞子さんは、会えなくて淋しいとか言わないのか? もっと会いたいって言わないのか?」

 目の前の幼馴染は、溜息吐いてあきれ顔で聞いてくるけど、舞子さんは凄く僕の事理解してくれて、応援してくれているのに、何が言いたいんだ。


「祐樹、いったい何が言いたいんだ? 舞子さんは僕の事や研究の事、すごく理解してくれているんだ。そんな事言わないよ」


「おまえ、それで舞子さんには、研究が忙しい理由を言ってあるのか?」


「忙しい理由? 舞子さんには、長年一人でしてきた研究がプロジェクト化されたから、しばらく研究を優先したいって言ったけど……。舞子さんもすごく喜んでくれて、応援してくれるって」


「そうじゃないだろう? 一日でも早く結婚したいから、研究を優先したいとか、これが最後の研究だから、心残りのないよう頑張っているんだとか、言っていないだろ?」


「そんな事はお見合いした時から、今の会社を辞める事はわかっているんだから、これが最後なのもわかっているはずさ。一日も早く結婚したいからなんて言うのは恥ずかしくて言えないけど……」


「何も言わなくても分かっている筈って言うのは、女には通用しないんだよ。おまえが研究に夢中になっている間に舞子さんが何考えていたか、おまえに分かるか?」


「え? 舞子さんが祐樹に何か話したのか?」


「夏樹に聞いたんだよ。最近、舞子さんの様子がおかしいから問い詰めたら、おまえの大事な研究を取り上げたくないから、結婚を辞めようかと悩んでいるって言っていたらしい」

 え? どういう事だ? 舞子さんが結婚を辞める? なんでそんな事になっている?

 しばらく茫然としている僕に、追い打ちをかけるように祐樹は話し出した。


「研究が忙しいって、めったに会ってもくれない。変な恋愛宣言をして、婚約は引き延ばす。結婚したらやめなくちゃならない研究に土日も関係なく二十四時間没頭している。そんなおまえを見ていたら、やっぱり自分との結婚より研究の方が大事なんだって思うだろ? 普通」

 祐樹の言葉に、とうとう僕は頭を抱えた。


「どうしてなんだ。どうしてそういう考えになる? 僕が間違っていたのか? 会うといつも笑顔で、研究頑張ってくださいねって言ってくれたのに。それならそうと、なぜ言ってくれないんだ」


「だから、それが女心だろ? 好きな人の一生懸命な事応援したいし、邪魔したくないって思っているんだよ。すべて圭吾、おまえのために自分の気持ちを抑えているんだよ、舞子さんは」

 祐樹、おまえはどうしてそんなに女心がわかるんだ? それも経験の差か?

 舞子さんが心の中でそんな事を考えていたなんて。自分の気持ちを抑えて僕に笑顔を向けていてくれたなんて。僕みたいな男では、舞子さんを幸せにできないかもしれない。

 目の前の幼馴染が、急に人生相談の回答者のように見えてきて、上目づかいで聞いてみた。


「僕はどうしたらいい? 僕では舞子さんを幸せにできないかもしれない」


「何言っていんだよ。今すぐ舞子さんに電話して、この土日に会う約束をしろ。そして、自分の思っている事全部舞子さんに言うんだ。恥ずかしいとか思っていたらダメだ。舞子さんの事、諦める気なんかないんだろう? それに、お互い想い合っているんだから、その気持ちを大切にしたら、幸せになれないはずはないだろ。一方的にどちらかが幸せにしてやるって事じゃないんだ。二人でいる事が幸せなんだと思うけどな」

 そう言って笑った目の前のイケメン野郎の笑顔は、男でも見惚れるほどのオーラが漂っていた。



 舞子さんに電話をするため店の外へ出た僕は、携帯で時間を確認した。午後九時前、この時間なら大丈夫だろう。


「もしもし、舞子さん? 高藤です」


「こんばんは。もうお仕事終わられたんですか?」


「はい。今日は早く終わって、今、祐樹と夕食を食べに来ているんですよ」


「お仕事ご苦労様です。こんなに早くお仕事が終わるのは珍しいですね」


「今週はずいぶん捗ったので、今日は週末だから早く終わったんです。それより、今電話していていいですか?」


「はい。でも、祐樹さんをお待たせしているんじゃないのですか?」


「いいんですよ、あいつの事は。あの、この土日は何か予定がありますか?」


「はい、日曜日にお茶会があって、明日の土曜日もその準備があるので、昼間は2日間とも予定があります」

 予定が入っているのか。勢い込んで電話したため、彼女の返事はちょっと肩すかしをくらってしまったような感じだった。でも、そんな事でめげていてはいけない。


「じゃあ、夜だったらいいですか? ちょっと大事なお話があるので、夕食を一緒に食べませんか?」


「大事なお話、ですか? それなら、日曜日のお茶会が済んでからではいかがですか? 後片付けもありますが、だいたい午後五時頃なら終わると思います。終わったら、連絡しますので、待ち合わせ場所とかはその時に相談していいですか?」


「わかりました。それでは日曜日の夕方、連絡を待っています。では、またその時に」


「はい。それでは楽しみにしています」


 電話を切ると大きく息を吐いた。久々の休みになるこの土日は、少しは長く舞子さんと過ごせるかなと期待していたため、ちょっとがっかりした。会えないなら、明日は仕事をしようかなと思いながら、僕はまた祐樹のもとへ戻ったのだった。


2018.1.28推敲、改稿済み。

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