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#27:恋人設定解除(後編)【指輪の過去編・夏樹視点】

いつも読んで頂きありがとうございます。

今回も引き続き指輪の見せる過去のお話。

27歳の夏樹と祐樹。

「夏樹、今俺たち二人きりなの、わかっている?」

 私ははっとして、祐樹さんの顔を見た。今は笑っていない真面目な表情の彼の言わんとする事を理解した時、頬が熱くなるのを感じた。

 そうだ、男の人と二人きりにならないように気を付けているって言いながら、祐樹さんとは最初から二人きりで会っていた。舞子の事を理由にしていたので、今まで気付かなかった。彼に会える事を喜んでいた自分には気付いていたけれど。


「そ、そうだったね。舞子達の事ばかり考えていたから、忘れていた」

 私は視線を泳がせたまま、フロントガラスの方へ顔を向けた。


「君って、身持ちが硬いんだか、無防備なんだか、よく分からないね。君の言う女たらしの俺の前で、そんな隙だらけなんだからな」


 (ひっ、な、なんだか、危険を感じる)


 私は狭い車内の中で思いっきりドアの方へ身を寄せた。するとまた、ハハハと笑われた。


「ごめん、ごめん。俺だって、親友の彼女の友達には手を出さないよ。君の言うように、俺は恋愛経験豊富らしいから、女性には不自由していないしな。それより、夏樹は簡単に人の言う事を信用し過ぎる。特に男の言う事をそんなに信用して安心していたらダメだ。最後だから言っておくけど、いろんな奴がいるから、少しは疑ってかかった方がいいぞ。男は隙あらばって思っている奴が多いんだからな」

 なんだか、さらりとすごい事言わなかった? 

女性に不自由してない?

 突っ込むところそこですかって感じだけど、頭では分かっていたけど、本人の口から言われると、やっぱり辛いものがある。

 でも、彼なりに忠告してくれた訳だ。どれだけ自分の事棚に上げているのよって突っ込みたかったけれど、彼の真剣な眼差しに、何も言えなくなってしまった。

 私は、この人は信用できる人だと思っている。彼の私生活は別としても、友達の事を思う態度や、舞子を通して聞く高藤さんから見る彼の事はいつも優しさを感じていた。


「わかった。祐樹さんみたいな人には、気をつけろって事だね」

 私はニヤッと笑って、彼の方を見た。彼は一瞬眉を上げたけれど、すぐに同じようにニヤッと笑って「まあ、そう言う事だ」と言った。そして、私の方へ手が伸びて来たと思ったら、髪の毛をくしゃくしゃとして頭を撫でられた。驚いて彼の方を見ると、目尻に皺を寄せて、屈託のない悪戯っ子のような笑顔。


 最後にそんな笑顔見せないで。

 間に合わなかったかも知れない。この気持ち。


 心臓を鷲づかみにされるってよく聞くけど、そんなバカなって思っていた。だけど今、その表現が的確だってよく分かった。

 でも、自分の心に気づいた途端に失恋決定って……。なかなか気になる男性に出逢わないのに、出逢ってもこんな結果で、人生ってうまくいかない事ばかり。


 俯いて考えている間に、彼はシートベルトを締めて「さあ、行こうか?」とエンジンをかけた。


「本当にお腹すいてない? 俺、お腹すいて来たなぁ。なあ、最後なんだから夕食ぐらい付き合わない?」

 

(まだ、最後って言うか! もう、ますます悲しくなるじゃない)


 本当に最後の記念に(まるで失恋記念だけど)夕食ぐらいいいよねと自分に言い訳する。そう思って返事しようと思ったら、口より先にお腹が返事をしていた。

 ふいに鳴ったお腹の音に、私は耳まで真っ赤になっていたに違いない。彼は思わず笑ったけど、俯く私に悪かったと思ったのか謝罪の言葉を口にした。


「笑ってごめん。君は頑固だけど、お腹は正直だね。今日は中華が食べたいって思っていたんだけど、中華でもいいかな?」

 私は俯いたまま小さく「はい」と返事した。



祐樹さんが連れてきてくれた中華料理店は俗に言う高級店でも無く、薄汚くて安っぽいお店でも無かった。お店はそれほど広くなかったが、フロアーに丸テーブルがゆったりと置かれ、ゆっくりと食事のできるどこか家庭的な雰囲気のあるお店だった。

 お店に着いた頃には、もう夕食に丁度いい時間になっていて、テーブルは埋まりつつあったが、どうにか座る事が出来た。


「このお店はね、どれもおいしいけど炒飯と酢豚が特に美味しいと俺は思うんだ」

 祐樹さんの言うように、どの料理もおいしかった。お薦めの炒飯も酢豚も今まで食べた中で一番おいしいと思えた。


 好きな人の前であまり食べられないなんて言う乙女心は分からないでもないが、私は基本出された食べ物はきっちり食べる派だ。小さい頃から、母にそう躾けられてきたし、好き嫌いの無いよう母が料理を工夫していてくれた。母のお陰で食べる事は大好きで、小学生の頃から料理やお菓子作りを母に習っていたから、お料理も大好きだ。自分で作るようになると、作った人の気持ちがわかるから、食べ残すと言う事も無くなった。

 美味しいお料理は幸せな気分にしてくれる。今まで、辛い事も悲しい事も食べる事で癒してきたように思う。


「夏樹は幸せそうな顔して食べるんだな。こっちまで美味しく食べられるよ」

 祐樹さんが笑ってそう言ってくれた事がとても嬉しかった。たとえこれが最後でも、一緒に来てよかったと心底思った。

 私達は食べながらいろんな話をした。


「舞子さんにいろいろ聞かれるのが嫌だって言っていたけど、どんなこと聞かれるの?」

 祐樹さんは、恋人のフリを止めたい理由を話した時に言った事を覚えていたのか、今頃になって聞いて来た。


「どんな事って……。上手くいっているのかとか、その…どこまでいっているのかとか……」


「どこまで? あっ、そうか。それで、夏樹は何て答えたの?」


「ごまかして反対に聞き返したり……とか?」


「へえ、上手くかわしているんだな。聞き返して舞子さんは何と答えたの?」


「真っ赤になって、圭吾さんは恥ずかしがりだからって言っていた」

答えた私が恥ずかしくなって頬が熱くなるのを感じた。


「ふ~ん。と言う事は、あいつは手も握ってないのかもな。それは、舞子さん不安になるよね。あいつに忠告しておくよ」

 さすが、祐樹さんは舞子も言っていたように女性慣れしているから、女性の気持ちもわかるんだね。って、そんな事感心してどうするの! 一人突っ込みは虚しい。


 私の分だけデザートに杏仁豆腐を頼んでもらった。

 ああ、こんなにおいしい杏仁豆腐は初めてと、うっとりして食べていたら、目の前の彼はまじまじと私の顔を見ている。


「あ、私だけ食べてごめんね。祐樹さんも食べたかった?」


「夏樹があんまりおいしそうに食べているから、一口食べてみたくなった」


「じゃあ、もう一本スプーンもらってくるね」


「これでいい」

 彼はスプーンを持った私の手ごとつかんで杏仁豆腐をすくうと、自分の口へほり込んだ。それは全く自然な所作だった。


「結構甘さ控えめで美味しいな」

 ニッコリ笑って感想を述べる彼の前で、私は頬を熱くしたまま俯いた。

 もう、こんな恋人同士のような事、どうしてするかな? 彼にとっては女性とこんな風に過ごす事は、普通の事なんだろうな。そりゃ、好きな人だから嫌じゃないけど、嬉しさよりも戸惑いの方が多い。こんなに私の気持ちを煽って、膨らみつつあるこの気持ちをどうしてくれるんだ。


 目の前でニコニコ笑っているこの男が、だんだんと憎らしくなって来た。

 私は俯いたまま目だけ彼を睨むと、「この女たらし!」と呟いた。

 そんな私の様子を見て、彼はまた「夏樹は本当に面白いな」と言って、大笑いしたのだった。


 私達は食事を終えると、約束通り祐樹さんは私のマンションまで送ってくれた。


「また、何かあったら連絡してくれ」


「うん。そちらこそ、舞子達の事で何かあったら、連絡してよね」


「ああ。今日は楽しかったよ」


「私も楽しかった。それから、本当にごちそうになってよかったのかな?」


「そんな事、気にしなくていい。夏樹みたいに美味しそうに食べてくれたら、ごちそうした甲斐があるよ」


「じゃあ、お言葉に甘えて、ごちそうさまでした」

 笑顔でそう言うと、頭をぺこりと下げた。そして、車から降りるため車のドアレバーに手をかけた。その時、「夏樹」と呼ばれ、彼の方を振り返ると、彼のあの笑顔。


「男にだまされるんじゃないぞ」


「祐樹さんみたいな人には気をつけるから、大丈夫」

 私が言い返すと彼はクッと笑って、また私の頭をクシャクシャっと撫でたのだった。

 また、頬が熱くなるのを感じて、すぐに顔をドアの方へ向け、ドアを開けた。振り返って「ありがとうございました」と言うと外へ出て、ドアを閉める。

 運転席の彼は「じゃあ」と手を上げて、そのまま走り去ってしまった。しばらくそのまま、走り去る車を見つめていた。そして、見えなくなると、徐に溜息を吐いた。



 終わったのね。恋も恋の可能性も。

 新しい恋でもすれば、忘れられるかな? あんな女たらしな奴。

 舞子に言わなくちゃいけないよね。

 でも、今は何も話したくない。しばらくは、今日の事大事にしまって置きたい。それから、忘れよう。まだ、始まっただけの想いだから、きっと忘れられる。それがどんなに希望的観測だとしても。



2018.1.28推敲、改稿済み。

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