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#23:仮初の恋人【指輪の過去編・夏樹視点】

今回も指輪の見せる過去のお話。

夏樹、舞子、27歳の9月の終わり頃。

「舞子、ちょっと待ってよ。どういう事なの?」

 舞子の突然の告白に、しばらくフリーズした後、我に返ると焦って叫んだ。何がどうなっているのか、さっぱり分からない。


「どうって、言葉のとおりよ」


「そんなのじゃ説明になってない」


「まあ、落ち着きなさいよ」


(どうしてそんなに冷静なのよ!)


 パニくる私を諌めているのは、当事者の舞子。その落ち着きが怖い。


「圭吾さんって、研究の話になると本当にイキイキしているの。私、そんな圭吾さんに惹かれたの。だけど考えたら、私と結婚すると言う事は、彼から一番大事な研究を取り上げてしまう事だって、そう考えると、私と結婚する事は彼にとってマイナスなんじゃないかって思うようになったの」


「そんな……。お見合いをした時から、分かっていた事でしょ? 高藤さんだって、納得の上で舞子と付き合っているのだと思うけど」


「私もそう自分に言い聞かせて来たんだけど、三ヶ月前から圭吾さんは大きなプロジェクトの研究に入って、土日も返上して研究に打ち込んでいるの。時々は電話もくれるし、月に一回ぐらいは食事に誘ってくれる。でも、それすら彼の研究の邪魔をしているようで辛いの。彼は養子になんて来なくても、お嫁さんに来てくれる人ならいくらでもいると思う。そうすれば自分の好きな研究を一生続ける事が出来るって思うと、本当にこのまま私は圭吾さんと付き合い続けていいのだろうかって考えちゃって……」


「舞子、3か月前って、ちょうど高藤さんが恋愛宣言をした頃よね。それから、二人で結婚について話をしたりはしてないの?」

 舞子は黙って首を振った。


「あの恋愛宣言の後、今は二人の事をよく知る方が先だと思って、あえて結婚の話題は避けていたの。それよりも、圭吾さんが急に忙しくなって、まともに話もしていないぐらいなの。それまでだって、圭吾さんはそんなに頻繁にデートに誘ってくれないし、電話も私から掛ける方が多かった。圭吾さんにとっては私より研究の方が大事なんだと思う。だから、そんな大事な研究を取り上げる事は出来ないの」


「舞子、それって高藤さんの研究に焼きもち焼いているんじゃないの?」

 それまで微妙に視線を合わせずに喋っていた舞子が、「え?」と顔を上げると私の顔を見た。


「舞子、それは焼きもちだよ」

 もう一回、念を押したように突っ込んでやると、舞子の顔がみるみる紅くなった。


「夏樹、私……醜いね」とポツリと呟く舞子が、急にいじらしくなった。


「何言っているの? 恋する乙女は誰だってそうだよ。自分の事を一番に考えてって、誰だって思うよ。ましてや高藤さんはまだまだ感情表現がヘタみたいだから、舞子にとっては物足りないんでしょ?」


「物足りない訳じゃないけど……」

 ますます紅くなった舞子は、恥じらいながら小さな声で言った。


「そう言う夏樹はどうなの? 杉本さんとはうまくいっているの?」

 しばらく俯いていた舞子が急に顔を上げて反撃に出てきた。


 (うっ、それを言われると辛い)


 そうなのだ。行きがかり上、舞子と高藤さんの前限定で私と杉本さんは恋人同士と言う事になってしまっている。あくまでも、仮の関係だけれど。


 事の始まりは、舞子と高藤さんの初デートだった。恋愛経験のない二人にとって、デートと言うのもとてもハードルの高いものだったらしい。特に高藤さんにとっては、女性と二人きりになった時どんな話をしたらいいのか分からず、それが一番の悩みだったようで、女性の前で緊張してしまう自分では嫌われてしまうと、杉本さんに泣きついたらしい。それで、二人の初デートがいきなりダブルデートになってしまったのだった。とは言え、あくまでも私と杉本さんは付き添いという名目で出かけたのだった。


 出かけた先はテーマパーク。ベタなのか、初めてにしてはレベルが高かったのかよく分からないが、心配していた通り、高藤さんは杉本さんにばかり話しかけ、舞子は私に話しかけ、男同士女同士別々に固まると言う、まるで中学生の初めてのダブルデートのようだった。そんな状態に杉本さんの苛立ちは最高潮に達し、ついには切れた。食事を終え、次はどこへと舞子と話していた時、すぐ傍で高藤さんと話していた杉本さんがいきなり私の傍まで来ると、「夏樹」と呼んだ。

 いきなりの呼び捨てで、驚いたのは私だけでは無い。舞子も高藤さんも何事かと杉本さんを見ている。そして、杉本さんはいきなり私の手首をつかんだ。


「俺たち、他に行くところがあるから」

 ポカーンとしている舞子と高藤さんにそう言うと、私の腕を引っ張って、出口に向かって歩き出そうとしている。


「祐樹、どういう事だよ?」

 我に帰った高藤さんが声をかけた。


「そう言う事だから」

 そう言って、引っ張った私の肩を抱くと、ずんずんと早い歩調で振り返りもせず、出口に向かっていった。


 (そう言う事って、どういう事?)


 訳も分からず強制的に歩かされる私と、後ろから私達の名を呼ぶ舞子と高藤さん。杉本さんの苛立ちから生まれたサプライズな演出に、只々、三人は唖然とするしかなかった。

 テーマパークの外へ出て駅まで来ると、さっきから何度呼びかけても無言だった杉本さんが、やっと口を開いた。


「あのまま二人が会話しないのだったら、デートの意味ないだろ?」


「だからって、いきなりあれじゃあ誤解されるんじゃないですか?」


「誤解させるために、ああ言ったんだ」


「え?」


「圭吾たちも、俺達が付き合っていたら付き合いやすいと思うし、相談もしやすいだろ? だから、あいつらの前だけ付き合っているふりしてくれないか?」

 この人は友達のためなら、好きでも無い女と恋人のふりが出来るんだ。


(どうして、そんな事が平気で出来るんだろう?)


「で、でも、そんな演技できません。舞子は結構鋭いから、気付かれてしまうと思うし……」


「君だって、舞子さんに幸せになって欲しいだろ?」

 

(うっ、それを言われると弱い)


「それに、あいつは本当に女性に弱いんだ。高校生の頃、海外に留学していて向こうの女子学生にかなり積極的にせまられたらしいんだ。それ以来、女性に近づく事も話す事もしなかった」


「だったら、どうしてお見合いする気になったの?」


「父親の命令で仕方なく。でも、舞子さんを見たら、一目ぼれしやがって……。あいつの初恋なんだ。応援してやりたくなるだろ?」


「それを言うなら、舞子だって初恋だわ。どのくらい好きなのかは分からないけど」


「そんなウブな二人のために、友達思いの夏樹なら一肌脱ごうって思うだろ?」


 (なんなのそれ? それに、何気に呼び捨てなんですけど)


 でも、杉本さんの友達を思う気持って、良いなと思う。なんだか、言いくるめられているみたいだけど。


 その友達思いの一生懸命さに、付き合ってあげるしかないかと、自分を納得させる。そう思ったら、急に可笑しくなって笑ってしまった。


「負けました。杉本さんに協力します。でも、いきなり呼び捨てなんて……。それに、舞子に何か聞かれた時のために、話を合わせておく方がいいと思うのだけど」


「恋人同士なら呼び捨てでもいいだろ? それに、君も祐樹って呼んでくれなきゃ」

 そう言うと彼はウインクした。男の人にウインクされたのは初めてで、それも、理想のイケメン顔にウインクされちゃったものだから、恥ずかしさに顔が紅くなったと思う。


「あの、さすがに呼び捨ては出来ないから、祐樹さんでいいですか? 二人の前だけでいいんですよね?」

 目の前の彼が急にクツクツと笑いだした。


「夏樹はやっぱり硬いな。普段から呼んでいないと、とっさに呼べないぞ。とにかく、いつまでもここにいてもなんだから、移動しよう。話を合わせるのは、とりあえず電車の中で話す事にして……」

 機嫌のいい彼にホッとしながら、私は彼の後を付いて行った。



2018.1.28推敲、改稿済み。

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