#21:魔女・舞子の思惑【現在編・夏樹視点】
今回も現在のお話です。
「ねぇ、それって、夏樹の考えた冗談って事無いよね? 映画とか小説の話って言う事も無いよね?」
私が過去へのトリップの話をしだすと、舞子は最初信じられないような顔をして聞いていた。口を挟む事もせず、ただ黙って聞いていてくれた。そして、話終わると、舞子は一言ポツリと念を押すように聞いた。
指輪の不思議な力について力説していた舞子だから、すんなり受け入れてくれるかと思ったが、やっぱり信じられないのか。普通だったらそう思ってあたりまえだろう。
「舞子にそんな冗談言ってどうするの?」
私は心の中で、信じてと祈りながら、言葉を返す。
舞子の頭の中は今、どうやってこの現実を受け入れようかと聴容と戸惑いとがせめぎ合っているに違いない。しかし、暫くすると、舞子はニヤリと笑った。
(今日の舞子は魔女ですか?)
「おもしろいじゃない? 指輪があったら、夏樹の過去は変わっていたと言う事なんでしょう? もしかしたら本当に、夏樹をお父さんの元へ導いてくれるのかも知れないよ。どんどんトリップしたら、何かがわかるかもしれない。そうしたら、今のこの現実も変えられるかもしれないよ」
(舞子、もうこの現実を受け入れられたんですか? 当事者の私だってまだ戸惑っていると言うのに)
「そんな、人事だと思って、そんな能天気に考えられないよ」
私は、父親と会いたいのだろうか? 今更逢って、娘だと告げて、どうするつもりなのか?
父親の事を考えると、母との約束が私を苦しくさせる。
もしかしたら、裏切った母を恨んでいるかもしれない。もしかしたら、子供なんかできているはずが無いと、突っぱねられるかもしれない。それなのに、今更探してどうなるの?
「夏樹はお父さんの年齢知っているの?」
「へ?」
いきなり、突拍子もない事を聞かれて、呆けた返事しかできない。
「ほら、父は一応経済界では、それなりの地位にいるから、いろいろなパーティや懇親会に招かれる事も多くて、私や圭吾さんも参加させてもらう事が増えて来たの。そこで経営者の方達とお会いする機会があるから、年齢が分かっていれば目星が付けられるかなって思って」
(目星って、舞子、本気で探す気なんだ。そんな事をして、舞子のお父様や圭吾さんに迷惑をかけないだろうか? でも……)
「お父さんは、たしか、母と同じ年だと言っていたと思う。だったら、今年六十歳かな。でも、お父さんの事は母の話だけで、本当に御曹司だったのか確証はないのよ」
「そんな事、嘘つく訳ないじゃない。それに、その指輪が真実を語っているわよ。今年六十歳と言えば、私の父も圭吾さんのお父様も祐樹さんのお父様も今年六十歳になると思うわ。でも、夏樹と同い年の子供がいると言う事は、夏樹のお母さんと付き合っていた頃、結婚していた事になるから、私たちよりもっと年下の子供のいる人か、子供がいないか、結婚していない人だよね。これでずいぶん絞れてきた。それに、執事のいるお屋敷だって言っていたでしょ。執事まで居るようなお屋敷は戦前からの財閥系が多いのよ。私の家なんて戦後にお祖父様が小さな電気屋から始めたような会社だから、自宅に執事なんていないし、お手伝いさんも一人だけだし、母も家事をしているわよ」
舞子は私の話した事をよく覚えている。私自身忘れていたのに。確かに母は執事と言う人に父と別れてくれるように言われたと言っていた。執事のいるようなお屋敷って、そんなにすごい事なのか。
なんだかあまりに別世界過ぎて、想像もできない。それこそ、そんなお屋敷に娘ですって訪ねて行ったら、その執事とかいう人が冷たく門前払いをするだろう。
「ちょっと調べて見るわね。今年六十歳になる人で、子供の条件が合う人がいるかどうか。ねぇ、夏樹ってお母様似?」
「うん。そうらしい。玲子おばさんなんか、そっくりだって言うもの。でも、母に言わせると、口元が父に似ているらしい」
「ねぇ、夏樹のお母様の写真って持っている? 借りられるといいんだけど」
「舞子、そこまでしなくていいよ。なんだか怖いよ。私は父がいなくても淋しくなかったもの、今更探さなくても……」
「夏樹、これはチャンスなの。指輪が無かった今までなら、ここまでできなかったかも知れないけど、今は指輪と言う証拠がある。祐樹さんとの未来のためにも、チャンスだと思うんだけど」
「自分の望みのために、母との約束を破るのは、やはり辛いよ」
「何言っているの。都会に出てきた事がそもそも約束破りなんでしょ。それに、親は、子供の幸せが一番なのよ。たとえ約束を破ったとしても、夏樹が幸せになるのだったら、お母様も許して下さるわよ」
******
私達は日付が変わる頃まで話した後、交替でシャワーを浴びて、寝る事にした。シャワーの時、指輪は外していたが、舞子に言われて寝る時に指輪をはめる事になった。人の前で過去へのトリップをするのは初めてで、ちょっと恥ずかしい気持ちになった。
私は、トリップの間寝ていられるよう、ベッドに横になってから右手の薬指に指輪をはめた。はめる前に舞子に「良いトリップになる事、祈っているわ」と言われ、私は黙って頷き「おやすみ」と一言だけ言った。
そして、指輪をはめた途端、深い眠りにも似た、奈落の底へ引き込まれるように過去へのトリップが始まったのだった。
2018.1.28推敲、改稿済み。