#20:ガールズトーク(後編)【現在編・夏樹視点】
今回も現在のお話。
夏樹、35歳の誕生日の翌日。
「ねぇ、祐樹さんが他の誰かと結婚しちゃうかもしれないのよ。いいの? 平気なの?」
俯いたまま考え込んでいる私に、舞子は畳みかけるように言った。
平気なはずなんかない。それが辛いから、田舎へ帰ろうと思ったのだ。
でも、舞子がそんな事を言う気持ちもわかる。私に自分の気持ちに正直になって、幸せになって欲しいと願ってくれているからこその言葉だと。素直にならない私に痺れを切らしている事も。でも……。
ますます一人逡巡していると、さっきまで私の表情を探る様に見つめていた舞子の眼差しが、右手の一点に注がれているのに気づいた。そして、徐に私の右手を持ち上げると、薬指の指輪をマジマジと見つめる。
「ねぇ、夏樹、この指輪が夏樹の元に戻って来たのって、何か意味があるんじゃない?」
私は驚いて舞子の顔を見た。彼女は冗談なんかではなく真顔で言っている。私も同じ事考えていた。でもそれは、舞子にはまだ話していない過去へのトリップの所為だ。指輪のある過去をやり直すように見せつけられて、何も意味が無いはずが無いと思う。
「そ、そうかな?」
「そうだよ。このタイミングで手元に戻ってくるなんて。それに、この指輪は不思議な力があるんでしょう。きっと、夏樹を幸せに導くために手元に戻って来たんだよ」
「うん。お店の人もそんな事言っていた」
「でしょ? ねぇ、指輪が戻って来てから、何か変わった事あったんじゃないの? だから相談しに来たんでしょ?」
相変わらず、鋭い。でも、祐樹に関する事は、今まで黙り通して来たから、言おうかどうしようか悩んでしまう。
「夏樹、往生際が悪いわよ。洗いざらい吐き出してしまいなさい。私に話しても、祐樹さんには言わないから」
舞子の言葉を聞いて胸が震えた。舞子はずっと肝心な事を言わない私を、温かく見守っていてくれたのだ。
「ありがとう、舞子。それから、今まで何も話さなくて、ごめんね」
そう言うと私は、指輪が戻って来てからの事をポツリポツリと話し出した。
まず、昨日の誕生日に得意先の会社で偶然に祐樹と再会した事を話した。
舞子はとても驚いていた。「逢ったのなら早く言いなさいよ」と少し睨んで怒ったように言った。
そして、誕生日ディナーに誘われた事、それをドタキャンされた事を話した。
舞子は驚いた顔をして「祐樹さんも運が無い」とだけ呟いた。
それから、祐樹は結婚してしまうのに諦めきれない自分が嫌になって、仕事を辞めて田舎へ帰ろうと思って、養母に電話した事、次の日、仕事を辞めたいと言おうと思ったら、昇進を告げられた事を話した。
なんだか目の前の舞子の表情がだんだんと険しくなっていくような気がする。
「まさか、本気で田舎へ帰るつもりじゃないでしょうね」
舞子……その目、怖いよ。
「昨夜はそのつもりだったんだけど、思わぬ昇進の話しで頭が真っ白になっちゃって、辞めるって言えなかったの。それに、昇進は今まで頑張ってきた事を認めてもらったと思うと、素直に嬉しかったから、やっぱりもう少し頑張ろうかなって言う気持ちも出てきて……」
睨み続ける舞子の目が怖くて、言い淀んでしまう。
「夏樹、友情まで捨てて田舎へ帰る気?」
「そんなぁ、友情まで捨てる気はないわよ。だから、悩んでいるんだって」
舞子は、普段はほわっとした優しいお母さんだ。でも、芯の強さゆえ真剣になると他を寄せ付けない強さがある。今もテーブルを挟んだ目の前で腕組みをして考え込んでいる。
そのめったにお目にかかれない舞子の雰囲気に、タジタジとしてしまう私だった。
「ねぇ、夏樹。すごいタイミングだと思わない? 祐樹さんに再会した事もそうだけど、会社を辞めると言おうと思った日に昇進を告げられるなんて。まるで、夏樹が会社を辞めるのを阻止するように。いいえ、夏樹が田舎へ帰るのを阻止しようとしているのよ」
「えー? 何、それ?」
「もうー、わかんないの? 指輪よ。指輪の不思議な力が、夏樹をこの都会に引きとめているのよ。それは、きっと、夏樹の幸せがこの街にあるってことじゃないの? だから、祐樹さんの事、諦める事ないって」
私は静かに首を振った。たしかに、昨日からいろいろな事が起こっているのは指輪の力かも知れない。だからと言って、祐樹さんと私が結婚出来る筈はない。それは許されない事。約束したのだから。祐樹と会社の未来のために、身を引くと。
「確かに指輪の力かも知れないけど、それが祐樹に繋がっているとは思えない。再会しても、ドタキャンになるぐらいだから……」
祐樹との約束の場所に行った時、左手の薬指に指輪をはめていた事は内緒だ。その前に、独身者は左手の薬指にこの指輪をはめるとよくない事が起こると言うのも、話してはいないが。
「もおー、夏樹、何言っているのよ。祐樹さんは忙しい人だから、ドタキャンなんて想定内よ」
想定内? 驚いた。舞子にかかれば、どんなマイナスなことでも、想定内なのか。思わず笑いが込み上げてきた。
「ふふふっ、舞子ったら」
笑う私を見て、舞子も一緒に笑い出した。そして、その後、舞子はとんでもない事を言い出した。
「ねぇ、もしも夏樹が大きな会社のお嬢様だったら、祐樹さんとの結婚をあきらめたりしないでしょ?」
今度は何を言い出すの? 今日の舞子は、指輪の魔女にでもなったつもりか。なんだか目が妖しく光っている。
「そんな、もしもの事、考えられないよ」
「でも、本当なら、夏樹はお嬢様だったんでしょ?」
そうだった。舞子には私の出生の秘密も全て話してあったのだと、思い至る。
「でも、でもね、父親である人は、私の存在さえ、自分の子供がいる事さえ知らないのよ。たとえ、相手がわかって、尋ねていったとしても、門前払いを食らうだけよ。母がいない今、証明する事さえできないのに。それよりも、父親の手がかりさえないのに」
この年になって、もう今更探す気も無い。今頃名乗り出たら、財産目当てだと思われてしまう。
「夏樹、何か忘れてない?」
「え?」
「この指輪よ。この指輪は、その家に代々受け継がれていた指輪だと言っていたでしょう。真の所有者しかはめられないって、すごい証拠じゃないの?」
そうだった。代々受け継がれていたと言う指輪。私なんかが持っていていいのだろうか? でも、私が真の所有者のはずで……。
「う、うん。でも、父親が誰かわからなかったら、同じ事だと思うんだけど」
「私思うんだけど、この指輪が戻って来たのは、父親と引き合わせる役目もあるんじゃないかと思うんだけど。指輪が、代々引き継がれてきた指輪だからこそ、帰りたがっているんじゃないのかな? 夏樹を連れて」
(帰りたがっている? 指輪が?)
舞子の突拍子もない発言に驚いたけれど、妙に納得するところもあった。
もしかして、指輪が見せる過去へのトリップは、父親と出逢わせるためとか。
私は今なら舞子も信じてくれるだろうと思い、過去へのトリップの話を始めたのだった。
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2018.1.28推敲、改稿済み。