今回も指輪の見せる過去のお話です。
夏樹26歳、12月最初の日曜日
舞子のお見合い当日
#18:お見合い覗き【指輪の過去編・夏樹視点】
私達はロビーラウンジの窓際の席に座って、コーヒーと紅茶を飲んでいた。時間が11時になる頃、やけに上機嫌の両親に伴われた振袖姿の舞子と、したたかな微笑みを湛えた父親と穏やかな笑顔の母親に伴われたスーツ姿の高藤さんが現れた。二人の緊張は遠目にもわかった。両家の親たちは始終和やかに会話していたが、当の本人達の緊張はなかなか解れそうになかった。そして、お決まりのように、それでは若い人たちでと言う事になったようで、両家の親たちは和やかなまま二人を残してその場を立ち去って行った。
私たちの席はずいぶん離れていた事と間に置かれた観葉植物などのお陰で、二人には気付かれずにいた。まあ、それはもっともな事で、こんな場に友達が来ているなどとは思いもしないだろう。二人の様子をチラチラと観察しているのだが、いっこうに会話が弾む様子が無い。ポツリポツリとは話しているようだが、話の内容までは聞こえてこなかった。
「ずいぶん緊張しているみたいですね。」
私が二人の様子を観察しながら言うと、目の前の彼も同じように二人の方を見ながら、
「アイツ、女の子と二人でいるの初めてだからな……」と言った。
その言葉に驚いて目の前の彼を見ると、ちょうど彼も私の方を見てフッと笑った。
「だから、心配なんだよ。変な事口走ったり、変な行動したりはしないかと……」
まるで彼は友達の親にでもなったように過保護過ぎるんじゃないかと思う。誰だって初めての時はあるのだから……そんな事は、失敗しながらも自分で経験を積んでいくものだ。
「ちょっと心配しすぎじゃないですか?」
「かもな?でも、アイツには幸せになって欲しいからな」
「そりゃ~私だって舞子には幸せになって欲しいけど……」
そんな会話をしていると、件の二人が席を立つのが見えた。
「あ、あの二人、どこかへ移動するみたいですよ」
私が慌てて立ち上がろうとすると、「行先は分かっているから、ちょっと待て」と止められた。
「これから、このホテルの30階にある展望レストランで食事をする予定らしいけど、その前に時間つぶしにこのホテルご自慢の日本庭園を二人で散策しろと言ってある」
どうも杉本さんは、今日のお見合いを恋愛経験値の無い高藤さんのため、いろいろとアドバイス……いや、指図しているようだ。
それに素直に従うであろう高藤さんの経験値の無さもわかると言うものだ。
だけど、杉本さんは他にどんな指導をしているのやら……
よほど、経験値がおありのようで……なんとなくわかってはいたけれど、少し気持ちにブレーキがかかったような気がした。
高藤さんと舞子が連れだって、日本庭園側の出入口から出ていくのが見えた。やはり、あまり会話は弾んでいないようで、高藤さんはスタスタと先に立って歩いて行ってしまう。舞子は着なれない着物と履き慣れない草履の所為で、どうしても歩くのが遅くなってしまい、高藤さんとの間がどんどん広がって行く。私と杉本さんは二人の後ろから少し距離を置いて二人並んで歩いていた。
どうして舞子達は並んで歩かないのだろう?
そう思いながら二人の様子を見ていると、隣にいる杉本さんは「あいつ」と言いながら舌打ちをし、「ちょっと先に行く」と言い残して、スタスタと早足で行ってしまった。私は二人の手前、名前を呼ぶこともできず、ただ唖然と彼の後姿を見つめていた。
杉本さんがちょうど舞子を追い抜こうとした時、舞子は後から来た杉本さんを避けようとしたのか、歩きなれない草履の所為か、グラリとよろけた。咄嗟に杉本さんがよろけた舞子を支えて事無きを得たが、丁度その時先を歩いていた高藤さんが振り返り、驚愕の表情をした。よろけた舞子とそれを支える謎の男の様子を見て、慌てて「舞子さん」と呼びながら引き返してきた。
杉本さんは「お連れの方が気づかれたようですね」と言うと、高藤さんが近づく前に踵を返して戻り、私の肩を抱いて足早にホテルの方へ戻った。舞子の「あの……」と呼びかける声が聞こえたが、ここはバレてはいけないので、振り返りもせず、ただ、杉本さんに肩を抱かれたまま歩調を合わせて歩き去った。
「バレなかったでしょうか?」
「大丈夫だろ。それにしても、あいつ……女性の歩調に合わせると言う事さえわからないなんて……いくら女性と始めて二人で歩くにしても程がある。ましてや、相手は着物なのに……」
杉本さんはブツブツと愚痴を溢すと、最後の方は独り言のようにフェイドアウトしていった。
「あの……さっきは舞子が転ぶと思って先に行ったのですか?」
「いや、あれは偶然だ。圭吾に彼女が一生懸命追いかけているのに気付かせようと思って……」
「どうやって気付かせるつもりだったの?」
「特に考えてなかったけど……まあ、結果オーライだな。」
なんだ、もっと策士なのかと思ったけど、感情のまま動いたんだ。それも、友達思い故と言う事か……やっぱり杉本さんは優しいんだな。
そう思うと、心の中がほんのり温かい気持ちになった。
ふと、ホテルの窓から日本庭園を見ると、さっきまでと違い着物の舞子に合わせてゆっくりと歩く二人が目に入った。何やら笑顔で話しながら歩いている様子が、微笑ましい。
「杉本さん、ほら、あの二人、いい感じですよ」
「ああ、なんとか上手くいったみたいだな」
私が声をかけるまでもなく、彼も窓から二人の姿を追っていた。そして、私の方を見るとあの理想の癒し系笑顔で「よかったな」と言った。
その時、夏樹の体の中を杉本さんのその笑顔がビビッと電流のように走りぬけて行ったのだった。
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