#16:ホテルにて(前編)【指輪の過去編・夏樹視点】
今回も引き続き指輪の見せる過去のお話です。
夏樹26歳の12月の始め。
舞子のお見合い当日。
次の日、お見合い当日は青空の広がる良いお天気だった。冬晴れの所為で朝は結構冷え込んだが、その冷たさも気持ちを引き締めるのに丁度良かった。
舞子は今頃振袖を着つけしてもらっているのだろうか? そんな事を考えながら、自分も出かける用意をする。
(パンツでって言ったよね)
杉本さんが言った言葉を思い返しながら、クローゼットの中の服を見まわした。仕事には基本スカートで行っている。パンツはスーツのみで、ジーンズもあるにはあるが、今日お見合いのある帝都ホテルにはいて行く勇気が無い。仕方なく、パンツスーツを着る事にした。
スーツは地味なチャコールグレー。リクルートの頃に買ったものだった。中に綺麗な水色のタートルセーターを着た。これだと仕事に行くようだと思いながら、まあ、杉本さんが何か用意してくれるだろうと思い直し、そのままで出かける事にした。
洗面で化粧をし、寝ている間は外していた指輪を右手の薬指にはめた。この指輪をしていると、何か良い事が起こりそうな気がする。昨日も浅沼さんと再会できたし……。
今日は、杉本さんに逢えるのだ。杉本さんはすぐに私をからかうような、意地悪な事を言うけれど、とても友達思いのいい人だと思う。でも、よく考えたら、杉本さんと話をしたのって三十分も無い位なのに、そんなにすぐに信用してもいいのだろうか。
心のどこかで、浮かれている自分を諌める声が聞こえた。
杉本さんとは、お見合いのある帝都ホテルのロビーで待ち合わせた。お見合いは午前十一時からなので、その前にと言う事で午前十時半に約束した。
私はワクワクとドキドキで早く目覚めてしまい、ゆっくりと用意をしても、充分に時間が余ってしまったので、少し早い目に出かける事にした。
初めて入る帝都ホテルは、私のような小市民にはとても勇気がいる。十時過ぎにホテルに着いてしまい、約束の時間にはまだ早かったけれど、勇気を出して中へ入っていった。
中は想像以上に広かった。丁度チェックアウトを済ませた人や待ち合わせのために来たと思われる人など、人が溢れ行きかっている。
入口正面にフロントカウンター、右手の方の広い空間はロビーラウンジになっていて、天井の方まである大きな窓のその向こうには日本庭園が見えている。左手の方はエレベーターフロアーがあるようだ。館内案内図を見て見ると、地下一階にはショッピング街とレストラン街があるようだった。
少し時間があるから、見に行ってみようかなと思っていると、ポーンと音がして到着したエレベーターの扉が開くと、また沢山の人が降りて来た。何気にそちらを見た時、降りてきた人の中に一際目立つ麗しい男女の姿があった。遠目に見惚れていると、その男性の方はどこか見覚えがあると思ったら、なんと、杉本さんだった。思わず彼らから死角になる柱の影に隠れそっと覗くと、チェックアウトをするためにフロントに向かっているようだった。杉本さんがスーツケースを持ち、女性は杉本さんの腕に自分の手を絡ませていた。
それは何かのドラマか映画を見ているような、二人の情事の現場を見てしまったような、現実味が無いようで、どこかバツの悪いような、焦った気持ちになってしまった。
昨夜電話をくれた杉本さんと同一人物だろうかと疑ってしまう程、洗練された身のこなし、女性のエスコートに慣れた仕草。到底、私なんかに電話をしてくるような人には見えなかった。
二人はチェックアウトを済ますと、出口へ向かって歩き出し、そのまま出口から出て行ってしまった。
よく似ていたけど、他人の空似かも知れない。
私とここで待ち合わせしているのに、女性と一緒に出て行ってしまったのだもの。
そうよ、きっとそう! 良く似ていただけだよ。
そう納得して、私は地下一階のショッピング街を見に行く事にした。
そろそろ約束の十時半になる頃、ショッピング街を後にして、ロビーに戻りかけた途端携帯電話が鳴った。ビクンと驚き、携帯電話を取り出すと、例の待ち合わせをした人の名。
「もしもし」
「夏樹さん、今どこにいる?」
(どこって、ロビーで待ち合わせしたじゃない)
携帯電話を耳にあてたまま、ロビーまで戻ってきたが、杉本さんの姿はなかった。
「ホテルのロビーですけど」
「悪いんだけど、ホテルの地下駐車場に今いるんだ。変装用の服とかを車に積んでいるから、ここまで来てくれないかな?」
「わかりました。」
通話を終わり、踵を返して再びエレベーターに向かって歩き出した。
地下駐車場への入口のドアを開けると、そこはとても広いスペースになっていた。かなりの車が止まっている。杉本さんがどんな車に乗っているのかもわからないので、探しようも無い。電話で聞こうかと思っていると、また携帯が鳴りだした。
「夏樹さん、今どこ?」
「地下駐車場の入口入ったところだけど……」
「ああ、それならそこにいて、迎えに行くから」
それだけ言うと、電話は再び切れた。
杉本さんはすぐに現れた。
「夏樹さん、おはよう。待たせたね」
「おはようございます」と杉本さんの方に顔を向けると、そこには見覚えのある服装をした彼が近付きつつあった。
私は、先程女性とチェックアウトをしていた男性と同じファッションの彼を、ただ、目を見開いて見つめる事しかできなかった。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
2018.1.27推敲、改稿済み。