#14:スイーツな再会(後編)【指輪の過去編・夏樹視点】
今回も引き続き指輪の見せる過去のお話です。
夏樹、26歳の12月の始め。
舞子のお見合いの前日。
「紅茶のお代りはどう?」
浅沼さんがそう尋ねてくれて、もう少しお話をしていたかった私は、ニッコリと笑って頷いた。
その後、新しく届いた紅茶を飲みながら、スイーツ談義に花が開いた。浅沼さんは本当に甘い物好きで、いろいろなお店のスイーツに詳しかった。また機会があれば買いに行こうと浅沼さんお勧めのスイーツを何点かメモした。私もお勧めのお店を紹介したりと、全く女の子同士の会話だった。こんな年上の男性とこんな話ができるなんて、驚きだった。
「浅沼さんの会社の女の子達っていいですね。スイーツのお話を社長さんと出来るんですもの」
「会社では内緒なんだよ。甘い物が好きな事は」
「えっ? そうなんですか? オープンにしたら、女子社員の方を誘って、スイーツのお店に食べに行ったりできるんじゃないですか? 社長とスイーツを食べに行く会なんて言うのを作って、サークル活動のように福利厚生の一環として、毎月一回甘いもの食べ歩きをするとか」
「とってもいいアイデアだけど、男性社員はそんな社長をどう思うだろうね? 女子社員に媚びているなんて思うんじゃないかな。社長としての威厳が保てないような気がするんだよ。家族でさえ、私が甘い物を食べていると、呆れたような顔をするからねぇ」
「大変なんですね、社長さんも。それに、家族の方も、もう少し暖かい目で見て欲しいですよね。浅沼さんみたいな甘いもの好きの父親がいたら、私なら食べに行こうとおねだりしちゃいますけど」
「嬉しい事言ってくれるねぇ。娘がいなくて残念だなぁ。佐藤君とお父さんは仲がいいのかい? お父さんは甘い物はお好きかな?」
(お父さん? お父さんって……)
『あなたの父親はとても甘い物が好きで、私の作るお菓子をいつもおいしそうに食べてくれたわ』と生前母が言っていた事を思い出した。
でも、今問われているお父さんって……今の父親、佐藤のおじさんの事だ。
おじさんは甘いもの好きだったかな? たしか……。
「父との仲は普通だと思います。残念ですけど、甘い物は苦手です」
「それは残念だね。それなら、また機会があったら、父親か親戚のおじさんのつもりで私と一緒に食べに行かないかな? 佐藤君と話しているのは楽しいからね」
いいのだろうか?
二度偶然会っただけの人と、そんな約束をしても。
でも、この人は大きな会社の社長さんだ。変な事考えている訳じゃないだろう。(たぶん)さっき、話しただけでもとても甘い物が好きな事がわかった。純粋に甘い物を食べたくて誘っているのだろう。浅沼さんの周りには誘えるような人がいないのかも知れない。
短い時間だったけれど、浅沼さんと話をして、この人は正直な信じられる人だと確信していた。
(娘か姪にでもなったつもりで……)
娘と父親。そう考えた時に、心のどこかで浅沼さんのような人が父親だったらいいのになと考えていた。顔も見た事が無い(母は父の写真を持っていなかった)父親だけど、母が話す父親像に浅沼さんがダブった。
(偶然にも名前が同じだし、甘い物が好きだと言うし……)
そんな人は幾らでも居る事はわかっている。心のどこかの父親を求める気持ちが、そう思いたいのだ。だったら少しぐらい、生まれてから今までの自分の中の欠けた部分を目の前のこの男性に埋めて貰ってもいいんじゃないか、浅沼さん自身も望んでいる事なのだし……。
「あ、変な意味じゃないからね。純粋にスイーツを食べ歩いて、スイーツ談義をしたいだけなんだから」
「わかっています。でも、私みたいにどこの誰とも分からないような者と一緒でもいいのですか? 浅沼さんは大きな会社の社長さんなのに。知っている人が見たら、変に誤解しませんか?」
「こちらにやましい気持ちが無いのなら、心配する事は無いさ。誰かに聞かれたら姪だとでも言っておくよ。もちろん妻にも話しておくから。それに、君の事は今日話をしていて、きちんとした真面目なお嬢さんだとわかったから、心配していないよ」
私は人を見る目があるんだよ、と浅沼さんは笑って言った。
それでも、名前しか知らない(それも姓だけ)私の事を、そこまで信用して下さるなんて嬉しい事だと思った。
「わかりました。また機会があればご一緒させて下さい。私も今日、ご一緒させて頂いてとても楽しかったです。御馳走様でした」
「いやいや、付き合わせてすまなかったね。でも、とても楽しかったよ。君みたいな娘がいたらいいだろうね。そうそう、また忘れるところだったよ。君の連絡先を教えてくれるかな?」
私は携帯を取り出すと、浅沼さんと連絡先の交換をした。そして、確認のために携帯を見ていると、浅沼さんが私の手元を凝視しているのに気づいた。
思わず「浅沼さん?」と問いかける。
「その指輪は、とても素敵だね。どなたかのプレゼントかな?」とまるで取り繕うように慌てて聞いてきた。
指輪?
言われるまで指輪をしていた事を忘れていた。なぜ、そんな事聞くの? 指輪が気になったの?
心臓がドキンと跳ねた。
それとも、ただ指環が目についたから、聞いただけ?
浅沼さんの邪気のない優しい笑顔に、きっと指輪が目についたから聞いてみただけなんだろうと思った。
意識する事はない、よね。でも、本当の事は言えない。
「あ、この指輪ですか? 気に入って自分で買ったものなんです」
笑顔を貼り付けて、右手を広げて指輪を見た。嘘を吐いた事に心の中がシクシクする。
「婚約指環かなと思ったんだけど、ちがったんだね」
あ、やっぱり、そんな風に勘違いしたから、聞いてみただけなんだね。
「婚約指環だなんて、そんな人いませんから……」
「いやいや、君は素敵な人だから、いても可笑しくないよ」
その後、私達は一階に降りて、ケーキのショーケースを覘いていた。私はもう、おいしいスイーツを頂いたので、ケーキを買って帰るのは止めようと思っていたのだが、浅沼さんに付き合ってケーキを見ていたら、私の分まで買って下さった。これではクリーニング代の何倍ものになってしまうと思っていたら、今日付き合ってくれたお礼だと、ケーキのテイクアウト用の箱を渡された。お礼の上のお礼って、と唖然としていると、親しげな笑顔で、こんな時は遠慮しないのと諭された。
そんな浅沼さんの優しさが、心の中の欠けた部分を埋めていくのを、私はまだ意識していなかった。
2018.1.27推敲、改稿済み。