#99:祐樹の過去(14)祐樹の気持ち【指輪の過去編・祐樹視点】
お待たせしました。
またまた今回も指輪の見せる過去のお話の祐樹視点です。
28歳の11月頃のお話です。
夏樹視点の#59・#60の祐樹視点になります。
社長から俺の婚約話を聞いた週末土曜日、俺の当番のグルメの会の日だった。昨日の内に明日は遠出するから、車で迎えに行くとメールを入れている。まだ彼女からのグルメの会を辞めたいと言う連絡は無い。ただ、俺のメールの返信に分かりましたと一言のメールが届いたのみだった。
もしかしたら、今回のグルメの会で辞めたいと話すのかもしれない。夏樹の事だから、メールとか電話で辞めると言うのは失礼だと思っているのかもしれない。
そんな事も気にはなったが、今は祖父さんの陰謀の方が気になる。周りを巻き込んで動き出している現実を、どうやったら止められるのか。
ああ、今日はせっかく夏樹との食事なのに、ここの所の心に圧し掛かるストレスをこの食事会で癒したい。
今日は全て忘れて楽しもうと、夏樹を乗せて郊外目指して車を進める。だけど、いつもと違い黙ったまま物思いに耽る夏樹が気になった。
何か悩んでいる事でもあるのだろうか? もしかして、どうやってグルメの会を辞めると言おうか悩んでいるとか?
けれど、いつもの揶揄いと強がりの会話がポンポンと弾むと、俺は少し安堵した。
そして、いつものように夏樹は俺にとってのNGワードを口にした。
「祐樹さんこそ、現実を見つめた方がいいんじゃないですか? いつまでも女ったらしのままでいないで」
またかよ……。
女たらしという情報は、書き換えられないのか。
俺は大きく息を吐いて、フロントガラスの向こうに視線を向けたまま口を開いた。
「夏樹は、本当に俺が女性を弄ぶような奴だと思っている訳?」
「え? 弄ぶ?」
「そうだろ? 女たらしって言う事は、そういう事だろう?」
深い意味も考えずに口にしていたって言うのか?
そんな風に言われる相手の気持ちなんて、気にしないのか?
「でも、今まで祐樹さんは否定しなかったし、女には不自由していないって言っていたし……。それに、見る度に違う女の人を連れていたし……」
「ふ~ん。それで? それだけの理由で俺は女ったらしって言われる訳? それから、夏樹は女たらしだと思っている男と平気で二人だけで食事に行くんだ?」
そうだよ、男の人とは二人きりにならないように気を付けているって言いながら、女たらしだと思っている俺と二人きりで出かけるって、矛盾していないか?
「ち、違います。ご、ごめんなさい。……祐樹さんが女性を弄ぶような人だとは思っていません。祐樹さんの事は優しくて友達思いの人だと……。信頼のおける友達だと思うから一緒に食事にも行くんだし……」
なんだよ、それ……。
散々女たらしって言っておいて、信頼のおける友達だって?
なんだか、面白くなくて、俺はその後黙り込んだ。
でも、せっかくのグルメの会だから、こんな気持ちでいたらダメだよな。早く気持ちの切り替えをしないと……。
やがて車が目的の料亭の駐車場へ入って行くと、夏樹が「私、ここ来た事あります」と言った。
え? ここの料亭って、若い女性だけで来られるような所じゃないけど……。誰かに連れてきてもらったのか?
そんな疑問が頭を過ると、夏樹は俺の心の声が聞こえていたかのように「料亭の方じゃ無く、隣のお菓子とお抹茶を頂けるお店の方」と言った。
ああ、そう言えば、隣にお菓子処を併設していたっけ。
良かった。夏樹の初めての感動する様子を見たかったから……。
それなのに、夏樹は気後れしながら俺の後をついて料亭の玄関を上がった時、女将が夏樹を見て笑顔で何か言ったと思ったら、夏樹は人差し指を立てて口に当てる仕草をした。先を歩いていた俺は、丁度振り向いた時、夏樹と女将のその様子を見てしまった。
なんだ? それって、ここへ来た事を内緒にしてくれってお願いしているのか?
ここの女将は一度来た人の顔を忘れないと評判だが、やはり、夏樹はここへ来た事があったんじゃないか。お菓子処の方へは女将は行かない筈だから……。
どうして、嘘をつくんだ?
誰かと一緒に来た事を、知られたくなかったのか?
一緒に来た奴を知られたくなかったからか?
俺は、ここの評判の料理を食べて喜ぶ夏樹の顔が見たかった。でも、それも二度目だと、感動も半減だよな。
それよりも、嘘をつかれた事の方がショックかな……。
だんだんと冷めて行く心に、カーテンが引かれるように心が塞いで行く。
それでも、部屋へ案内され、出された料理をワクワクした表情で見ている夏樹を見て、先程までの気持ちが薄れて行く様な気がした。
ここの料理は見た目も綺麗で上品でとても良い味を出している。その分料金はそれなりで、俺は「今日は俺の奢りだから」と夏樹に言った。しかし、気真面目で融通のきかない彼女は、自分の分は払うと言って引かない。何度言っても、自分の意見を曲げない彼女にイライラした俺は、先程薄らいだと思っていた負の感情が一気に噴き出した。
「アイツだったらいいのか?」
「だから、アイツとここへ来たんだろう?」
「女将、お前の事覚えていたじゃないか。俺には知られたくなかったみたいだけどな」
俺の言葉に唖然としている夏樹に向かって、俺は立て続けに言葉を放った。
「だから、隣のお菓子を頂けるお店の方へ行ったのであって、こちらの料亭は初めてです」
まだ、そんな嘘を吐くのか……。
俺に言えない理由があるのか?
「だったら、なぜ女将に口止めしたんだ?」
この言葉を聞いて、夏樹はバツの悪そうな顔をした。
ほら、言い返せないんだろう?
「別に夏樹が他の男と一緒にここへ来た事があったって、俺は怒りも責めもしないのに……。変に隠し事される方が気分悪いよ」
そう、素直に来た事があるって言えば、誰と来たかなんて詮索しないのに。それを、お菓子処の方だけなんて、姑息な言い訳をして……。
「ごめんなさい。でも、本当に料亭の方は初めてで……」
まだ言うのか……。そんなに知られたくない様な人と来たのか?
まさか……、不倫とか? 夏樹に限ってそれは無いだろうけど、ここへ連れてくれるような奴は年上が多いだろう。
俺はそんな事を想像した自分に嫌気がした。
「いいよ、もう。とにかく今日の支払いは俺が持つから、遠慮しないで食えよ」
俺はイライラする自分自身に愛想が尽きて、気持ちをもう一度仕切り直すために、目の前でオドオドしている夏樹に、そう言った。
それなのに空気の読めない夏樹は、「さっき言ったアイツって、誰の事ですか?」なんて訊いて来るから始末に負えない。俺は大きく息を吐いて、「いいよ、もう。誰とここへ来ようが、俺には関係ない事だから……」と、突き放すように言い、食べる事に集中した。
食べながら、こんな雰囲気では美味しい料理も台無しだよなと、今更ながら自分の態度を反省した。目の前で食べる夏樹も、いつになく元気が無い。
俺の所為だよな? あんな突き放すような言い方をしたら、傷ついただろうな?
自分の感情の揺れをセーブできない今の自分に、イライラする。それも、これも、自分の知らない所で婚約話が進んでいる所為だろう。俺のプライベートの事情でのイライラを、夏樹にぶつけている様なものだ。どこまでも自分が情けなかった。
食事の後、反省した俺は、気持ちを落ち着かせて笑顔で「このお店の評価は、どうだった?」と訊いた。すると夏樹は思いもしなかった返事を返した。評価を気にしてお店を選ぶのに疲れたと、あまり外食しないからお店を知らないのだと……。だから、評価する事を辞めたいのだと……。
俺はこの時、夏樹が遠回しにグルメの会を辞めたいと言っているのだと思った。でも、今の俺はいろいろ考える事に疲れてしまって、とにかく帰ろうと席を立った。もう作り笑いさえできなかった。どこか投げやりになっている今の俺には、冷静な判断はできそうになかった。この時、夏樹がどんな表情をしていたかなんて、思いやる余裕も無かった。
あのグルメの会から一週間、俺は自分に今起こっているいろいろな問題について考えた。何よりも今、解決しなければいけないのは、美那子さんとの婚約話、だよな。でも、祖父さんと話しさえできない現状では、どうする事も出来なかった。あれから足立さんにもう一度電話をした。時差も考えて向こうの都合の良さそうな時間に電話したにもかかわらず、祖父さんには代わってもらえなかった。祖父さんが帰って来るまで、何もできないのかと思うと焦りを感じるが、どうしようもない。
しかし、今の俺の心を占めているのは、夏樹は本当にグルメの会を止めようと思っているのだろうかと言う事だ。やはり、あいつと付き合い始めたから、辞めたいのかもしれない。
俺はこんな憶測で、いろいろと思い悩むのは嫌だった。そんな時に思い出したのが、圭吾の奥さんの舞子さん。夏樹の親友と言うから、夏樹が誰かと付き合っているのなら、きっと知っているだろう。
俺はこの時、現実を知れば、心の中のモヤモヤした気持ちも、きっと晴れるに違いないと思っていたんだ。
グルメの会から一週間後の土曜日の午後、圭吾達の自宅を訪ねた。舞子さんは悪阻も収まり、今度は食欲が出てと笑っていた。半年後に生まれる子供を楽しみに待ち望む二人の笑顔を見ると、幸せを絵に描いた様な家庭を作り上げている圭吾が、羨ましさを通り越して、妬ましささえ感じた。
リビングで二人に向かい合って座ると、圭吾がニコニコして「おめでとう」と言った。舞子さんも圭吾の横で、ニコニコしている。俺は突然の祝福に呆けた様に固まった。
もしかして、あの婚約話を知っているのか?
俺は怪訝な顔で「なんの事だ?」と訊いた。すると、舞子さんが「やだー、何照れているのよ!」とハイテンションで返してくる。
「もしかして、婚約話の事だったら、あれは違うから。俺は婚約も結婚もしない」
俺は大きな溜息をついて、そう宣言した。なのに、二人は信じようとしない。俺が照れて否定しているのだと決めつけている。どうも親父経由の話だから、真実だと信じ込んでいるようだ。もうこれ以上話しても、分かってもらえそうにないので、俺は話を変えて、しばらく雑談した。そして、ついでのように今日の目的の話を振ってみた。
「そう言えば舞子さん、この間夏樹さんに会いましたよ。レストランで会ったんですが、男の人とデート中でしたよ。会社の人だと紹介してもらいました」
俺は、夏樹が俺と月一回一緒に食事している事を舞子さんに話しているだろうかと気になったが、これまでの雑談の中には出てこなかったし、第一、圭吾がその事を知ったら、俺に一言言ってくるはずだと安心していた。二人に知られて、変に勘繰られるのは嫌だった。
だから、この情報を聞いて、舞子さんがどんな反応を示すかが、今回俺を悩ませる疑問にとっての答えだった。
「えー! 夏樹は何も言ってこないけど、デートだと言っていました?」
「いや、そんな事は言わなかったけど、夏樹さんって、付き合っていない男の人と二人で出かけるなんて、考えられなかったからさ……」
自分の事を棚に上げて、こんな風に言う自分が可笑しかった。
「そうね、夏樹は人一倍、男の人には警戒しているものね。それにしても、付き合っている人がいるなら、どうして話してくれないの?」
舞子さんは悲しそうな顔をした。俺は思わず「これから言うつもりじゃないの?」といい加減なフォローをした。
でも、舞子さんが知らないと言う事は、たまたま同僚の人とランチを食べに来ただけだろうか? でも会社の休みにわざわざ二人で出かけるなんて……。もしかしたら、後から他の人も合流する予定だったのかもしれない。
「でも、私に話してくれなくても、夏樹が誰かと付き合い始めたのなら、喜ばしい事だわ。夏樹って恋愛事には臆病で運が無いのよね。やっと会社の人と付き合い始めたと思ったら、相手は海外転勤になっちゃうし……」
「そう言えば、圭吾達の結婚式の二次会で、夏樹さんの同僚の人が話していましたよ。夏樹さんがその付き合っていた人にプロポーズをされたのに、断ったって……」
「そうなのよ。夏樹は臆病だから、付き合い始めて数ヶ月なのにいきなりプロポーズされても、気持ちが付いて行かなかったみたい。それに、夏樹は母親から男の人との付き合いや結婚について、釘を刺されている事がある所為で、恋愛感情をセーブしてしまう所があるのよね」
「釘を刺されている?」
やけに違和感を覚える言葉に、思わず訊き返していた。
「あ……まあ、祐樹さんには関係ない話だから言うけど、夏樹に会ったとしてもこの話は言わないでね。夏樹はね、母親からお金持ちの人を好きになっちゃいけない、ましてやそんな人と結婚なんて考えちゃいけないって言われているの」
え? なんだそれ? お金持ち? 普通だったら玉の輿って喜ぶんじゃないのか?
「お金持ちって……、玉の輿を狙えって言わないのか? 普通……」
「うーん、なんだかね、身分違いは辛い思いをするだけだって……。お金持ちと言っても、私や圭吾さんみたいに、親が一応社長みたいなのを言うみたい。そんな条件の人に出会う事の方が少ないと思うのに、私なんかと友達になったもんだから、身分隠して普通に会社勤めしている人も居るかも知れないって、会社の人にも警戒していたわ。なかなかお家は会社を経営していますかなんて、訊けないから……」
俺は舞子さんの言葉に衝撃を受けた。思わず圭吾の方を見ると、圭吾も俺の方を見て苦笑いしている。俺は首を振って、俺の事をバラすなよとサインを送った。
俺は、夏樹にとって、恋愛対象外と言う事か。なんだか無性に腹が立った。また、俺のバックの事が俺の人生の妨げになるなんて……。ここまで考えて、違和感を覚えた。
俺、何で腹が立つんだ? 夏樹の恋愛の対象になれない事が、腹立たしいのか?
「夏樹さんもお母さんの言いつけを律儀に守って、大変だな」
俺は自分の中に沸き起こった気持ちを封じ込めて、笑顔を作った。
「そうなのよ。そんなこと気にせずに、もっと恋愛して欲しいのに……。私が家のために恋愛もせずにいた事が、余計にそう思わせたのかもしれない。会社社長の息子は、恋愛しても結局親の決めた人と結婚するものだからって……」
舞子さん……。まさかワザと言っていないよね?
舞子さんは俺が会社社長の息子だと言う事は知らないはずだ。それなのに、今の俺への当て付けのように……。
当て付け? どうしてそう思う?
自分の頭の中で別の声が俺に問いかける。俺、いったいどうしてしまったんだ?
舞子さんが席を離れた隙に、圭吾に念を押す。
「舞子さんには、俺がいいと言うまで正体をバラさないでくれよ」
「わかっているけど、時間の問題だぞ。親父がいつポロッと言うかもしれないから……。それにしても、さっきの夏樹さんの話、驚いたな。おまえの事を言っているのかと思ったよ。祐樹は夏樹さんとは恋愛できないって事だよな。おまえたちの付き合いがフリで良かったな。まあ、今のおまえには婚約者がいるから、関係無いか」
圭吾はさっき舞子さんが話した夏樹が母親から釘を刺されている恋愛対象にしてはいけない人の条件が俺と同じだと思ったらしい。
何か釈然としない物を感じたが、もう一度婚約話は間違いなんだと訴えた。
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なんだろう、この気持ちは……。
結局、夏樹は誰かと付き合っているのか?
答えが分からないまま、もっと聞きたくない情報を手に入れてしまった。
分かっている。分かっているんだ。でも、認めたく無かった。この気持ちを認めてしまったら、祖父さんの言うように、親父の二の舞じゃないか。
でも、祖父さんの決めた人と結婚しないのなら、誰と恋愛しようが関係無いよな。
智恵美さんも言っていたじゃないか、始める前から諦めるなって……。
そうさ、俺は夏樹に惹かれているよ。
そう考えたら、今までの俺の不可解な心の動きは全て解明できた。
それなのに、夏樹の恋人疑惑の上に、恋愛対象外? ダメな条件が俺そのままだなんて……。
それでも俺は、どことなく気分がすっきりしていた。
この気持ちを認めてしまえば、後は開き直るしかない。
夏樹がどんな気持ちで俺とグルメの会を続けているのかは、分からない。
でも、はっきりと夏樹の口から辞めたいと聞くまでは、このままでいいんじゃないのか?
それに、舞子さんが知らないのなら、やはり夏樹には付き合っている人はいないんじゃないのかな?
それに、料亭の事だって、夏樹の言う通りなのかもしれない。俺が頭ごなしに決めつけて非難したから、何も反論できなかっただけなのかもしれない。
希望的観測だと笑われてもいい。俺は又誰かを好きになれた事が嬉しかった。
夏樹は俺の事、信頼のおける友達(イマイチ喜べないけど)だと言う。まあ、「女たらし」よりは随分ましだけどな。夏樹が俺の事を、友達以上の気持ちがあるのかどうかは分からないが、二人で食事に行ってくれる事を思うと、異性の友達の中では最上級のランクに違いないと自負している。
でも今はまだ、夏樹にこの気持ちを伝える事は出来ない。今目の前にある問題を解決してからだ。一応まだ許嫁のいる(俺は認めていないけれど)身だから……。しばらくはこの関係を続けて行こうと思う。でも、今は久々の恋心にドップリとハマるのもいいかもしれないと自分自身に苦笑した。
2018.2.14推敲、改稿済み。