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廃遊園地の怪

ご無沙汰です。今回はわたしにしてはちょっと長めの話ですが、お付き合いいただければ幸いです。
 X県Y区Z市にある、およそニ十年前に廃園になった遊園地のメリーゴーラウンドには、いじめを苦に自殺した少女の霊が出るという噂がある。
 その女の子は夢見がちな女の子で小学六年生になってもメリーゴーラウンドが大好きだった。その遊園地に家族と一緒に来ては、メリーゴーラウンドに何回も何回も飽きることなく乗っていた。だけど彼女は本当は一緒にメリーゴーラウンドに乗ってくれる友達が欲しかった。
 だから遊園地が廃園になった今でも、一緒にメリーゴーラウンドに乗ってくれる友達をずっと探しているのだという。

 八月のある日の真夜中。真夏だというのに、割と涼しい夜だった。人気のない廃遊園地は、時折雲の切れ間からの月の光に照らされて、不気味さを演出していた。
「本当だ。だーれもいないよ」
 伊藤いとううらるが園内を見まわして声を上げた。
「ばか。声がでかい」
 隣にいる相田恵あいだめぐむがさして怒る風でもなく、笑いながら伊藤をたしなめる。そして無造作風にセットされた髪をかきあげながら、後ろにいる四人を振り返った。
「じゃあさっそく行こうよ。真也、入り口の鍵は壊れてんだよな?」
「ああ、うん。俺がおととい来たとき開いてたから」
 相田に問われた大久保真也おおくぼしんやは反射的に素早く答えた。そんな癖がもうすっかり染みついている。

 大久保が言った通り、廃遊園地の出入り口である鉄製の門は、錠前が外れており、なんなく開いた。まず少しだけ相田が開け、そこから一人ずつゆっくりと忍び込む。
 最初に相田、相田の腕にしがみつくようにして伊藤、次に大久保、最後に鵜川うかわ榎本えのもとやなぎの少年三人が続く。ただし柳は鵜川と榎本に小突かれながらの入場であり、園内に入った途端、鵜川に蹴飛ばされ、地面にべしゃりと転がった。
「汗臭いんだよ、お前。とっとと歩けよな」
 鵜川明彦うかわあきひこはまるで汚物を見るかのように柳を見下ろし、自慢のストレートヘアーをなびかせた。柳健太郎やなぎけんたろうはよろよろと起き上り、したたか打ちつけた顔を鵜川に向けた。その目には精気がなく、すべてを諦めた表情だった。鵜川を振り返ったのも、また蹴りが飛んでくるのを恐れたためで、反抗する意志表示ではない。
「うわ、ぶっさいく。こっちみんなって。とっとと立てよ」
 鵜川はまるで柳の視線で自分の顔が汚れるかのように、しっしと手を振る。
「ほんとこのデブ、見てるだけでイラつくな」
 榎本武えのもとたけしも鵜川に同調する。スタンガンで柳を攻撃するのが得意な、青白い顔の、痩せた男だ。
「うかわ、えのっち、そう言わないでよ。今日の主賓なんだよ、柳はさ」
 相田に腕をからめたまま、伊藤が甘ったるい声で言う。メイクで1.5倍に大きくなったその瞳を、主賓なんて難しい言葉知ってるんだよ褒めて褒めて、とでも言わんばかりに相田にむける。相田は伊藤に優しく微笑み返すと、
「二人とも、お楽しみはこれからなんだから、ほどほどにしとこうよ。うらるが言った通り、今日の主役は柳くんなんだよ? 丁重に扱わないとね。さ、問題の場所へ行こう」
 伊藤を伴い、先を歩く。それに大久保が続く。言い方は柔らかいが、皆さっさと付いてこい、という明白な命令だった。鵜川と榎本は万が一逃げ出さないように(それはあり得ないが)柳を間に挟み、相田に従って歩き始めた。

 相田恵、伊藤うらる、鵜川明彦、榎本武、大久保真也、柳健太郎の六人はZ市内にある有名私立高校一年生で、皆同じクラスである。相田達は大手企業の社長を母親に持つ相田をリーダーにして、高校部へ今年から編入した柳を執拗にいじめていた。裕福な家庭の相田達と比べて、柳の家は小さな花屋を営む一般家庭であり、柳の根暗な性格や、アニメ好きのマニアックな趣味も重なって、彼はいじめのターゲットとなった。相田達に逆らう者はクラスにはおらず、とくに相田は要領がよく、教師やその他の大人の前では優等生を演じていた。
 何もかもが金とコネで手に入る……そんな毎日の暇潰しとして、柳は生贄にされていたのである。

「真夜中の遊園地ってこわーい。しかも廃園になって長いんでしょ、ここ。あんな噂があるくらいだし」
 相田と恋人同士である伊藤が、芝居がかった声で相田に質問する。相田は渋谷を五分もうろつけば即芸能界にスカウトされそうな整った顔に柔和な笑みを浮かべて、その質問に丁寧に答えてやる。
「そう。俺らが産まれる前だよ、廃園になったのは。たしかニ十年は経っているはず。噂では、園内のメリーゴーラウンドに、いじめを苦に自殺した女の子の霊がでるらしい。まあ、霊がでるから廃園になっちゃたのかもしれないけど。その女の子は友達が欲しくて、今でもずっと、メリーゴーラウンドで待ってるんだって」
「ネットでも結構噂になってるもんね。ぴったりじゃん、うちらの柳くんに」
 伊藤は後ろを歩く四人を振り返った。
「ね、いじめられっこの柳くん」
 柳は鵜川と榎本の間で、うつむいて黙っていた。これからはじまる悪趣味で陰湿なイベントに、なにも感じていないような、感じることを放棄してしまったかのような、抜け殻に彼はなっていた。もうここでどうにかしようとしても無駄なのだ。柳はいじめがはじまってから今日と言う日まで、親の権力と、人間の持って生まれた才覚にはかなわないということを、嫌というほど思い知らされていた。
「おい、うらるさんが話しかけてるだろうが、シカトすんじゃねーよ」
 伊藤に少なからず気がある榎本は、柳の腹に肘を喰らわせた。柳は体を折り曲げ、その場で呻く。

 そんな様子を大久保は少し離れたところで見ていた。大久保は柳と同じ高校入学組だ。中学部からエスカレーター式で上がって来た相田達とは違う。家もごく普通の一般家庭。そんな彼が相田達の仲間でいられるのは、彼が相田の幼馴染だからである。家が近所で、小学生のときの一時期、同じスイミングスクールに一緒に通っていた。
 そんな庶民出の彼の立ち位置は微妙で、要は相田達のいい使いっぱしりにされていた。大久保自体いじめをよく思ってはいないが、逆らえば今度は自分が生贄である。相田達の容赦ない性格を知っている大久保は、彼らに従うしかなかった。
 今回のこの計画にしたって、相田に「遊園地にちゃんと忍びこめるかどうか下見しろ」とまず命令されたので、だれか常駐したりしていないか、楽に忍びこめそうか、おととい下見にきたばかりだった。

「ここか。噂のメリーゴーラウンド。ちんけな遊園地のわりには豪華だね」
「本当だあ。ニ階建だ。可愛い」

 園内を進むこと十分ほどで、噂のメリーゴーラウンドにたどり着いた。もともとそれほど大きくない遊園地である。メリーゴーラウンドも特筆すべきところはなくどこにでもあるメリーゴーラウンドに違いないと相田達は思っていた。が、予想に反して噂のメリーゴーラウンドはニ階建の、立派な造りだった。伊藤も口を半開きにして眺めていた。
 その豪華なメリーゴーラウンドも、その役目をとうに終え、忘れられたその姿はどこかみすぼらしかった。遠くから見れば立派でも、近くで見れば明らかな経年劣化が見てとれるだろう。

「さてさて、時刻はまもなく深夜零時を迎えます。みんな乾杯といきましょうか。はい、ジュース持って。五、四、三……」

 唐突に相田がスマホ片手にカウントダウンをはじめた。大久保が浮かない顔で柳以外のメンバーにあらかじめ用意した炭酸ジュースを配る。その意味を最初から知っている伊藤達は、それぞれの顔に残酷な笑みを浮かべながら一緒にカウントしだした。そして。

「ニ、一、お誕生日おめでとう、柳くん!」

 乾杯、と言いながら俯いて突っ立ている柳に同時にジュースを浴びせた。しゅわしゅわという音と、甘い臭いが広がる。大久保はためらっていたが、相田ににらまれて仕方なく参加した。
 柳は置物のようにじっとして、それに耐えていた。ただただ、ジュースがなくなるのを待った。
 と、一番最初にジュースがなくなった相田がふとメリーゴーラウンドの方へ目をやると、メリーゴーラウンドのニ階部分に黒い影が見えたような気がした。木馬にまたがっている。

 子ども……? 女の子?

「ねえメグ、それでいいよね?」
「え?」
 伊藤の声で我に返った相田は後ろを振り返った。鵜川が空になったペットボトルを柳に投げつけているところだった。
「濡れたまんまじゃ可哀想だからさ、服脱いで乗ってもらおうよ、メリーゴーラウンド。ね、柳も気持ち悪いでしょ?」
「あ? ああ、そうだな」
 理由なんでどうでもいい。最初から柳の誕生日にかこつけて、退屈さを発散出来ればいいのだ。柳の誕生日が近いと分かり、近所の廃遊園地に幽霊が出ると言う噂があった。条件がそろったので、「噂のメリーゴーラウンドに少女の霊は出るか検証」を名目に、世にも醜悪な撮影会が開かれることとなったのだ。
 それにしてもうらるは脱がすのが好きだよなあ。相田はふとそう思う。中学時代にいじめていたあいつも(その後ひきこもりになっておかしくなっちまったらしいけど、まだ生きてんのかな、あいつ)うらるは率先してとにかく脱がして大声で指さして笑っていた。相田も相手のプライドをはぎ取り、服従させるこの行為は嫌いではないが、そう何度も柳の裸など見たくはなかった。というか飽きてきていた。マンネリ化している。最初こそ激しく抵抗していた柳だけど、最近は諦めたみたいですぐ自分で脱いじゃうし。何か他に、もっと自分を満足させるようなことを柳にやらせないとな。あの、相手をじわじわ追い込んでいく過程がたまんないんだよね。
 そんなことを考えつつ、相田はメリーゴーラウンドの中に入っていく裸の柳を見やっていた。
「ニ階行けよニ階!」
 榎本が明らかに楽しんでいるように怒鳴っている。

 ニ階……そういえば、さっき見たものは何だったんだろう。女の子が木馬に乗っているように見えたけれど、今は何もない。見間違いだったのだろうか。まさかとは思うが、この俺が噂にびびって幻覚を見たとでも言うのだろうか。
「あははは、あいつ、マッパで馬に乗ってるよ。ホントに少女の霊なんて出るのかな? 逆にきもくて出て来られないんじゃない?」
 伊藤がアスファルトに散らばった柳の服を踏みつけながらやってきて、相田の腕をとった。

 いや。ないない。俺が幻覚とか、あり得ない。あれは、ただの見間違いだ。

 相田がそう思ったとき、空が一瞬光り、続いて地響きのような雷の音が轟いた。月はいつの間にが分厚い雲に隠され、湿った空気が漂う。そして一気に大量の雨が降り注いだ。ゲリラ豪雨だ。

「ぎゃああああ! ちょっとなにこれ? 雨なんて予報出てた?」
 伊藤が相田に身を寄せるようにして聞く。
「いや、出てない。今日は雨なんて予報は全くなかった。とにかく、どっか中入ろう」
 相田は辺りを見回した。雨で視界が悪いが、鵜川と榎本、それに大久保も突然のどしゃ降りに慌てて、逃げる場所を求めていた。と、その瞬間、光ったと思うと同時に、ドンという音がして、目の前のメリーゴーラウンドがスパークした。五人があっけにとられる中、メリーゴーラウンドは崩れる積み木のごとく崩壊した。もちろん、柳はニ階の木馬にまたがったままだ。雷が、メリーゴーラウンドを直撃したのだ。
「逃げろ!」
 相田のその声で、五人はそれぞれに走りだした。さっきまでの静かな空が一転、雷は狂ったように鳴り響いている。

 相田と伊藤、それに大久保はドリームキャッスルという、城の形をしたアトラクションに逃げ込んだ。城門をかたどった、アトラクションとしての入り口は封鎖されていたが、緊急避難用の出入り口はなぜか開いていて、大久保が他の二人を先導した。中はもちろん電気が通っておらず真っ暗だが、造りは頑丈で、雷を避けるにはうってつけだ。
「やだ、服がびしょ濡れだよ」
 伊藤が文句を言う。皆濡れネズミで髪からも服からも水が滴っているが、体を拭くようなものは持っていない。
「あの、柳、どうなったのかな」
 大久保が相田に尋ねたが、相田は冷たく答えた。
「知らないよ。見ただろ、潰れたんだよメリーゴーラウンドごと。ったく、こんなことになるなんてな。とにかく、早くここを出よう」
 柳は多分、いやほぼ助からないだろう。メリーゴーラウンドに潰される彼を、相田は丁度見ていた。気分のいいものではない。柳がどうなろうと知ったことではないが、自分が面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。一刻も早くここを出て立ち去りたい、と相田は思っていた。
「ええ? でもまだ外すごい雷だよ? 雨だって……」伊藤がぐずる。
「分かってる。どうせゲリラ豪雨だろう。雷が収まってきたら急いで帰るんだ。なあ真也、なんか傘代わりにになるもん、探して来てくれない?」
 お願いという体裁をとった命令を受けて、大久保は建物の奥へと入って行った。
 大久保の姿が消えた途端、伊藤が甘い声を出して、相田にすり寄った。
「服がべちょべちょで気持ち悪いよお。あーあ、大久保あいつがいなければわたし、脱いじゃうんだけどなあ。それともやっぱり脱いじゃおっかなあ」
 ちらちらと相田の反応を見ている。目の前で柳が押し潰されたというのに、いつもと変わらない調子の伊藤にさすがの相田も少し引いたが、伊藤は美人だ。この雨で化粧が流れてはいたが、その蠱惑的ともいえる美貌は相田がつき合っている数々の女たちと比べても群を抜いている。はっきり言って伊藤の唯一の長所である。頭の方はお世辞にもいいとは言えず、なぜ私立進学校に入れたのかさっぱり分からないが、そんなことは相田にはどうでもいいことだった。こんな馬鹿でも、伊藤を手放すのは惜しい。相田は伊藤の頭を撫でてやりながら、
「うらる、今は帰ることが先だよ。お楽しみは、ここを出てからにしようよ。ね?」
 伊藤専用の甘い声で囁いた。だが言い終わらないうちに大久保の悲鳴が建物の奥から聞こえた。

「真也、どうした」
 二人が奥の部屋へ駆けつけると、大久保が部屋の中で何かを指さして固まっていた。
 その部屋はいわゆる城内の「玉座の間」と言うべき場所で、暗い中目を凝らすと、一番奥に王と王妃が座るための椅子が並んでいた。だがゴミがあちこちに散乱している、床に敷かれた絨毯に目をやったとき相田の心臓は跳ね上がった。人が、仰向けに倒れていたからだ。暗くて誰だかまでは分からない。
「え? 何、あれ、ひと?」
 伊藤が何が何だか分からないと言った風に間抜けな声を出した。
 そのとき、部屋の照明が一斉に付いて、倒れている人間を露わにした。そこに倒れていたのは大久保だった。体中に血がこびり付き、目は飛び出さんばかりに見開き、明らかに四肢は不自然な方向に曲がっている。
 どう見ても死んでいる。しかも、見るからに腐敗がはじまっている。見計らったように腐臭が流れてきて、相田はとっさに鼻と口を押さえた。伊藤は体を丸めこんでその場に吐いた。
 なんで? おかしい。だって大久保はさっきまで……。
 相田は後ろを振り返る。だがそこに大久保の姿はなかった。変わりに、髪を肩のあたりで切りそろえた少女が立っていた。チェック柄のスカートを穿いている。
「うわ!」
 相田は仰天して尻もちをついた。伊藤のことも忘れ、すぐに四つん這いになって逃げようとしたが、何かに右足を掴まれ、そのままうつ伏せに引きずられていく。
「うわああああああ」
 何かに掴まろうとしたが上手くいかず、相田は頭と顔を庇うしかなかった。それでもどこかに頭を強くぶつけ、意識が遠のいた。

 再び気がついたとき、相田は水の中に一人浮いていた。
「うう……どこだ、ここ? プール?」
 どこか別のアトラクション内らしい。やはり照明がついていて、天井からぶら下がる看板に「アクアツアーズ」の文字が読めた。外からは相変わらず激しい雷の音がする。
「なんだっていうんだよ、ちくしょう」
 一体どうしてこんなところにいるのか分からなかったが、相田はたんこぶになった頭を押さえ、自分が今いる大きなプールから這い出ようとした。訳の分からないことが多すぎて、頭の中がパニックを起こしている。
 一体何が起こっているんだ。それになんで電気が通っているんだろう。いや、そんなことじゃない、大久保の腐敗した死体があった。あれはなんだ。まるで死後何日か経っているような。まさか、あいつは俺が下見にここへ来させた日にもう死んでいたのか? いや、殺されてた? じゃあ今の今まで一緒にいた大久保は
「わたし」
 プールの淵についた手に、ひんやりした誰かの手が重ねられた。思わず見上げると、そこにさっき見たチェックスカートの少女がいた。しゃがんで、無表情に、相田を覗きこんでいる。
「わ・た・し」
「ああ、あっ」
 相田は声にならない声を上げて、水の中に突っ伏した。その瞬間、足に激痛が走る。次に脇腹、腕、肩。見ると全身に奇怪な魚が食らいついていた。服を裂かれ、肉を持っていかれる。
「ふざけんなよっ」
 柳が死んだ。大久保も死んだ。次は俺か? メリーゴーラウンドの霊だかなんだか知らないが、この俺が、このままやられてたまるか。
 相田はジーンズのポケットをまさぐった。あった。いつも柳を切りつけていた折りたたみナイフ。それで自分に食らいついている魚を刺して、引き離していく。
 案外あっけなく魚は退散し、なんとか水から這い上がり、その場に倒れる。振り返ると自分の血で染まった水面が見えてぞっとした。どうやら自分はプールではなく、水槽にいたらしい。
 全身が食いちぎられて激しく痛むが動けないほどではない。相田はとにかく出口を目指した。あの少女は見当たらない。バッグもスマホもどこかへいってしまったが、もうどうでもいい。うらるも鵜川たちもどうでもいい。死にたくない。とにかく、外へ。相田はほとんど布切れをまとったような状態で、這いつくばりながら、とうとう「アクアツアーズ」の出口にたどり着いた。

 一方、鵜川と榎本はミラーハウスへと逃げこんでいた。その名のとおり、鏡張りの部屋が迷路のように続くアトラクションである。こちらは入口が運よく壊れて開いていた。早々に照明が付き、二人は深く考えることなく喜んだ。
「人感センサーがまだ生きてたんだよきっと」
 ナルシストの鵜川は、そう知ったかぶりをして、自分たちを囲む鏡で髪形を整えていた。榎本は、相田のような美形でもないのに、なぜそんなに鵜川が自分の顔に熱心なのか疑問だった。柳のことも顔がきもいといってよくタバコの火を顔に押し当てていた。正直なところ、鵜川と柳の顔にたいした美醜の差はないと思うのだが、鵜川は突然キレるところがあって危ない性格なので、とくに口にはしなかった。代わりに、
「なあ、やっぱ柳、死んだのかな? やばくね?」
 気になっていることを口にした。
 鵜川は自分で最高にカッコいいと思っているパーフェクトファッションもじっくりチェックしたあと、
「やばくなんてねーよ、俺ら、カンケ―ないじゃん。あれは雷のせいだぜ」
 今度は凝ったデザインのショルダーバッグから手鏡を取り出して、合わせ鏡でうしろ姿をチェックしだした。
 榎本は半ば呆れながら、「でも死体、全裸なんだぜ、いじめのことばれるんじゃ」
「だからカンケ―ねえって。相田がなんとかしてくれるだろ、相田のママ様がさ。あいつ、ああ見えて実はマザコンなんだぜ」
 心の中では相田のことをよく思っていない鵜川がつまらなそうに言う。鵜川も裕福な家庭に育っているが、残念ながら相田の家とは格が違う。
 そのときどん、と雷が落ちる大きな音がした。ミラーハウス内の照明が消えて、二人は押し黙る。しかしそれは一瞬で、照明はまたすぐ付いた。

「ひいっ」

 二人は同時に息をのんだ。まわりの全ての鏡に、幼い女の子がこっちを見つめて映っていたからだ。髪が肩で切りそろえられ、チェックのスカートを穿いている。
 二人が硬直して動けずにいると、少女が薄い唇をゆっくりと動かした。

「し」

「ね」

「ぎゃああああああああ」
 奇声をあげて鵜川はミラーハウスの中を奥へ向かって走りだした。
 なんでそっちに行くんだよと榎本は思ったが、そんな馬鹿にかまっていられない。榎本は鵜川を置いて、ミラーハウスを飛び出した。

 鵜川はなんでこっちに走っちゃったんだろう俺、と思いながらも足を止められずにいた。どこまで走っても、前後左右どこかしこにさっきの少女が映っていたからだ。
「なんだよこれ、そういうアトラクションなのか?」
 そうこうしているうちに行き止まりになる。どんづまりの目の前の鏡にも、少女が無表情で映っている。彼女の口が開き、真っ赤な血が大量にあふれだす。そしてその口が
「し」
「ね」
「し」
「ね」
「し、ね、し、ねしねしねしねしね」

 鵜川の足は、なぜか止まらなかった。言うことをきかない。鵜川はそのまま少女が映る鏡に顔から突っ込んだ。

 ミラーハウスの外に出た榎本は、遊園地の出口を目指した。あれはきっと例の少女の幽霊だ。噂は本当だったんだ。なんでメリーゴーラウンドじゃなくてミラーハウスに出たのかはわからないが、とにかくここはヤバい。逃げなければ。
 幸い、雨脚は弱くなっていた。視界が開けている。
「えのっち!」
 突然後ろから声をかけられた。うらるだった。服が汚れ、サンダルが片方脱げている。
「うらるさん?」
「え、えのっち、メグが、どっか連れてかれちゃった。直くんが死んでて、それで、女の子がっ」
 うらるは榎本にしがみつき、泣きじゃくった。
 榎本は、こんなときなのに伊藤にときめいていた。ずっと伊藤のことが好きだったが、相田がいたために今まで何も出来なかったのだ。
「えのっち、一緒に出口に行こう? あたしを守ってくれたら、あたし、えのと付き合ってもいいよ」
「ほ、本当に?」
 出口までは数十メートルだ。榎本はこんな時なのに、下着が透けている伊藤のTシャツから目を離せなかった。こんなときなのに、自分に押し付けられている伊藤のバストの柔らかさに浸っていた。バカだった。
二人は手を繋ぎ、榎本を前にして出口、すなわち、入って来たときの鉄製の門に向かった。榎本の気分はナイトだった。あのうらるさんと手を繋いでいる。あのうらるさんと付き合える。そんでもって、最終的にはあの、うらるさんと……
「うらるさん、出口ですよ」
 満面の卑しい笑顔でうらるを振り返った榎本は固まった。そこにいたのはうらるではなく、女の子だったからだ。あの、ミラーハウスで見た少女だった。榎本は、いつの間にかうらるではなく、この少女と手を繋いでいたのだ。
「え、あ、う、らるさん?」
 金魚のように口をぱくぱくさせた榎本に、そのとき雷が落ちた。榎本は感電し、スパークした。そしてその場に人形のように倒れこんだ。

「えの、えのっ。呼んでんだろうが、答えろよてめえっ」
 伊藤は何かに左足を掴まれ、仰向けに園内を引きずられていった。ぶりっこの仮面は剥がれ落ち、引きずられていく自分に気がつかない榎本に散々汚い言葉で喚き散らす。だが無情にも榎本はすぐに遠くに見えなくなってしまい、伊藤はなす術もなく園内を引きずりまわされるしかなかった。
 伊藤の足を掴んでいるのは幼い少女の白く冷たい手なのだが、伊藤にはそれを確認する余裕はなかった。完全に彼女は錯乱していた。
 引きずられていくうちにTシャツは擦り切れ、破けていく。流行りのスカートはあられもなくまくれ上がり、伊藤はショーツ丸出しの姿で園内を引きずりまわされた。そのうちブラジャーのホックがはじけ飛び、ショーツも擦り切れていく。

 アクアツアーの出入り口で、自分のスマホを発見したとき、相田は助かった、と思った。これでママに連絡して、助けを呼べる。自宅はここから近い。ママなら俺のためにすぐに駆けつけてくれるはずだ。相田は慣れた手つきでスマホを操作した。しかし、アクアツアーを出た瞬間、視界が一回転したかと思うと、相田の前には稲光が走る真っ暗な空を背景に、天高く伸びるレールがあった。なぜか相田はいつの間にかジェットコースターに乗っていたのだ。
「え、あ、え?」
 機械的な音と共に、ゆっくりとレールを登って行くジェットコースター。それに、相田はスマホ片手に座っているのだ。
「なに、これ」
 突拍子もない出来事にあっけにとられていた相田だが、次第に自分の今の絶望的な状況に気が付いた。
 安全バーが降りていない。
 相田は自分の足ががくがくと震えだすのが分かった。動悸が激しくなり、冷や汗が吹き出す。このままジェットコースターが下降したら……。
「恵? どうしたの?」
 手にしていたスマホから母親の声がして、相田は震える声で喘いだ。
「マ、ママ……助けて、俺、死んじゃう……」
「え? なに、聞こえない。貴方今どこに」
「遊園地だよ! 早く! はやく! もうすぐ落ちちゃうよお」
 レールの頂上が迫る。実は極度の高所恐怖症の相田は後ろの席へ移動していくということも出来ず、ただただ幼児のように母親に助けを求めるしかなかった。
「ママ、ママあっ。助けて、助けて助けて助けて」
 やがてそのスマホも手から滑り落ちる。
 レールの頂上に、黒い影が浮かび上がった。あの少女だった。泣き叫ぶ相田との距離が近づいていく。
「悪かったよ、ごめんなさい、ごめんなさい、だから助けて、たすけて」
 少女は微動だにしない。
「止めてくれよ、これ、お願いだから……」
 少女の顔が突然相田の真正面に迫り、はっきりとこう言った。
「死ね」
 相田は気絶した。


 いつの間にか雷は遠のき、雨は止んだ。静けさを取り戻した廃遊園地で、ライトアップされたメリーゴーラウンドだけが、メルヘンチックな音楽とともに動いていた。
 メリーゴーラウンドはニ階建て。一階には裸同然の伊藤が木馬に倒れるように跨っていた。半目を開けたまま気を失っている。そしてニ階部分の木馬には、優雅に一人の少女が横座りしていた。彼女はこの光景をメリーゴーラウンドの外から呆然として見ている柳健太郎に向かって微笑んでいた。
 少女は優しく言った。
「こっちにくる? わたしの友達になってくれる?」
 柳はジュースでべとべとになり、自ら裸になった自分自身を見て、みじめさを噛みしめた。今日まで、毎日が地獄だった。
 少女は微笑みながら柳の返答を待っている。柳は俯いて考えていたが、やがて顔を上げた。

「僕は……」


「廃遊園地の怪」
 一連の事件はその後こう名付けられ、ネットで未解決事件として長々と語り継がれていった。あるまとめサイトではこう取り上げられている。

 ニ十X年前に閉鎖された☓☓遊園地で、有名私立高校生五人が奇妙かつ無残な姿で発見された。
 高校生A(男)はジェットコースターのレールを登り切ったところで気絶しているところを保護。全身に何かに噛まれた跡があり、服はボロボロ、半裸状態だった。相当怖い思いをしたのか、顔は自分の吐瀉物で汚れ、あたりに大量に失禁していて、救助される際は幼児のように泣き喚き、手がつけられなかった。そのときの様子らしい映像がなぜかネットに流れ、拡散し、一時問題になった。削除されたようだが、探せばまだあるかもしれない。本人はショックで廃人同然になってしまったらしい。今でも意味不明な発言を繰り返しているという。
 高校生I(女)は全身擦り傷だらけの全裸状態でメリーゴーラウンドの木馬に跨っていた。その画像もなぜかネットに大量に流れ、Iは不登校となったが、自宅にいるところを中学時代の同級生に襲われ、全身骨折と打撲で社会復帰不能となったという。その襲った同級生に、過去凄惨ないじめを行っていたため、報復されたと思われる。
 高校生U(男)はミラーハウスの鏡に顔を突っ込んで気絶しているところを発見。その顔は見るも無残で、Uは自分のその顔を見るなり発狂したという。
 高校生E(男)は出入り口付近で雷に感電したかのように全身に火傷を負った状態で発見され、その後長期入院した。現在どうなっているかは不明。しかし事件があったと思われる当日、その遊園地近辺で雷雨が発生したという記録はない。
 高校生O(男)はドリームキャッスル内でひどく衰弱した状態で発見、保護。記憶喪失で、自分が誰なのかもわからない状態だったという。

 尚、この遊園地にはいじめを苦に自殺した少女の霊が出ると言う噂がもともとあったが、事件との関連性は不明。現在この遊園地は封鎖され、完全立ち入り禁止となっている。


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