女子寮GirlMeetsBoy
前からほっそい腰だなぁとは思ってたけど、胸があんなにえぐれてるとは。
せつないよね。
胸のある子は走るとき邪魔、うつぶせになるとつぶれて苦しい、かわいいブラ探すのに一苦労とはいうけれど、なかったらなかったで心寂しいものじゃない。わかるわかる。ぎりぎり滑り込みBですから。
そっか。この断崖絶壁を隠すために、病弱美少女は体育も不参加で、昔大怪我したから他人に着替えを見られたくないなんて噂まで流して、今もこそこそ一人で着替えてるんだね。
………なんていうと思ったか。
同室で一年近く過ごしてるのに、今まで気づかなかったなんて、我ながら鈍すぎる。
自分と彼女に同じくらい苦いものを感じながら、頭を抱えて扉を開けた。
「来栖…キミ、男だったのね…」
「うわっ!なんで当然のようにクローゼットの中から出てくるんですか、砂川さんっ!めちゃくちゃ怖いんですけどっ!」
うん、確かに怖いよね。クローゼットから出てくる女。なんのホラーだろう。自分でもひくわ。
「それがさー、聞いてよ!ポーカーの負けがこんじゃってさー、狭山のやつ、『罰ゲームだからぁ、美少女のビックリした顔写メってきてぇ。スナコ同室じゃーん☆』…とかいうのよ!しゃーないから隠れて驚かすことにしたんだけど、ホント面倒くさいことやらせんなって思わない?」
「……そうですね」
「あ」
いつもの調子で同意を求めてしまったことに気づいて、こほんと咳払いする。
「まあ――結果的には私の方がびっくりしたワケだけど。男よね、来栖 明君?」
じっと彼の胸を見ると、来栖は恥らう乙女のように両手で胸を隠した。
ちょっと。そんなことされたら私が変質者みたいじゃない。
「……ち、違うんです、すごく貧乳なんです、恥ずかしいので特殊パッド十六枚で隠してるんです!」
「アホか!いくら貧乳たって、そんな赤貧な胸があってたまるかっ!」
「いいえっ!本当に貧しいんです!赤札だらけで夜逃げ寸前の胸なんですっ!!」
「………」
アホだ。
顔が美少女だから気づかなかったけど、来栖は本物のアホだ。
私はクローゼットから飛び出した。
「あ。なんだかドラえもんみたいですね、砂川さん」
「うるさいよ、のび太っ!」
来栖といつものほのぼのボケツッコミをすると、なんかせつない。
でも、真実は白日の下にさらされるものなのだ。
「そこまでいうなら覚悟はあるんでしょうね」
「覚悟?」
何も分かっていない来栖は、小動物系の顔をちょこんと傾けた。本当に大貧民な胸なだけだったらどうしようと思いたくなる可愛さである。
しかし、手を抜く気はない。来栖と部屋の扉の間に立つと、さっと腕を組んで厳しい表情を作った。
「キミが本当に男じゃないなら、証明してよ」
「砂川さん…?」
「スカート脱いで、今、ここで」
「そんな…!生まれたままの私が見たいなんて、砂川さんの変――」
「違うわ、ボケッッ!!!スカート脱げっていっただけじゃ!下は脱ぐなッ!!」
鋭くつっこんで、話をそらそうとした来栖を遮る。
来栖は途方に暮れた様子だったけど、最後にはがくっと肩を落とした。
「最悪だ…」
うなだれた半裸の少女、もとい、少年だったわけだが――彼を見下し、わざとらしく笑う。
「最悪ね。いってくれるじゃん。私じゃなかったら今頃晒し者にされてたかもよ?」
「ごめんなさい、別に砂川さんだからって意味じゃなくて」
「うん。わかってたけどいってみた」
「……前から思ってましたけど、砂川さんていい性格してますよね」
「よくいわれる。なんでだろ、お淑やかで良心的な乙女の模範じゃんねぇ?」
にっこり笑っていうと、来栖は首の限界まで目を逸らした。
どういう意味かな、それ。
「なんで目を逸らすの、く・る・す・く・ん?」
「待って、砂川さん、静かにしてください!こんなとこ誰かに見られたら!」
「確実にこいつらできてるなって思われるね。私が来栖を襲ってるようにしか見えないし」
「砂川さんっ!」
春日辺女子高等学校付属であるうちの寮は、その手の冗談が素面で噂話にされる恐ろしい世界だ。来栖の顔は完全にひきつっている。
「もっとも、キミのウルトラAマイナスカップが目に入らなかったらの話だけど。露出狂じゃないんだし、さっさと偽乳つけて服着ちゃえば?」
さらりと指摘すると、来栖は顔を赤らめながら、内側に仕込みのあるブラとキャミをつけて学校指定のブラウスをはおった。
見てると、ボタンを留める手がぎこちないのなんの。
「とろいなー。もっとちゃっちゃっと着替えらんないの?」
「……誰のせいですか」
「あら。今すぐ談話室に走って、大人しい美少女として有名な来栖嬢の正体ぶちまけて欲しい?」
ちょっぴりいじめっ子気分である。
扉に背中を預けて、にまにまと来栖の反応を待つ。
「………それもいいかもしれない」
「え?」
予想外の返答に目を瞬かせると、来栖は鬱陶しげにリボンタイをしめて溜息をついた。
「ブラジャーは窮屈だし、スカートは足が寒いし、いちいちスネ毛処理しなきゃ駄目だし、パンツは心もとないし、女子の制服っていいことひとつもないですよ」
健全な男ならそうだろう。
見て可愛いのはともかく、自分で着てもねぇ。
「わっかんないなぁ。女装趣味じゃないなら、来栖、どうして女子高来たの?試験もきちんと受けて、体育は総パス、身体計測関係は全部指定病院行き。他にも色々大変じゃん。なのに必死で誤魔化してる。なんで?」
「それは……個人的な理由だから話したくありません」
「ふぅーん」
往生際悪く逃げた来栖を冷ややかに見据える。
「オッケー、言い方を変える。来栖、何も話さないなら私はキミのことを他のやつらにつきだすしかない。いっとくけど、晒し者ってのは脅しでいったんじゃないよ。来栖もここで一年オンナやってればわかるっしょ、女を集団で敵に回すとどうなるか。ここの女子寮生にとっちゃ、キミはカンペキ不審人物だし、きっと拾う骨も残らないね」
「砂川さん…」
来栖は傷ついた顔をした。
おいおい、そんなに女生徒として換算して欲しかったのか?………なわけないか。
分かってる。私に拒絶されて、裏切られた気分なんでしょ、来栖。そんなの、私だって同じだよ。
来栖と私は、この一年足らず、ひとつの部屋で全てを分かち合った。すごく仲のいいルームメイトだった。
「……友達だったじゃん、うちら。性別偽っただけの話じゃないってわかってんの?私、騙されてたんだよ、よりによって、一番仲の良かった来栖に」
卑屈に笑って口にした言葉に、来栖ははっとした顔をすると―――思いっきりタックル、じゃなくて、私に抱きついてきた。
「ごめんなさい、砂川さん、ごめんなさい!」
「………」
ホントだよ。
お上品なサイズの胸が嘘なら、いっしょにいった美容院で女の子らしいってほめた髪も嘘、コスメ売り場で私がファンデつけた時はにかんだ顔も嘘で、カラオケでちょっと低めなのが恥ずかしいっていった声も、みーんな嘘だよね。……それってあんまりじゃないの。
黙っている私を、来栖はほっそい体全部使って、ぎゅうっと抱きしめた。
知ってる香りと長い髪。子どもみたいに高い体温、泣き出しそうに震える、来栖の声。
「ごめんなさい…嘘だらけの友達で、本当に、ごめんなさい…」
……そうだね、自分でも意外なほど傷ついたよ。それでも、私にしがみついてるこの来栖は「本当」だったらって、まだ思ってる。
だって、ズルイんだ。来栖の嘘つきな髪から、二人で馬鹿話しながら二時間かけて選んだシャンプーの香りがしてくんの。
来栖と過ごした時間、全部が嘘だったわけじゃないって、本当だったものも同じくらいいっぱいあるって、私に訴えてる。
―――信じてみようか。私を抱きしめてる友達は、「本当」だって。
「来栖の事情、話してよ」
「…でも」
「友達なら、面倒抱えてないでちゃちゃっと相談しろってぇの。アホ」
「ん。……ありがとう、砂川さん」
「ハイハイ。つーかさ、キミ、やっぱ下あるじゃん」
「すすす砂川さんーッ!ドコ触ってんのーッ!!」
大慌てで飛びのいた来栖に、ヤらしく笑ってみせる。
「えー。いって欲しいの?」
「いい!いわなくていいっ!!」
来栖は一人で騒いでどっと疲れたようだ。小動物系のキラキラ目がえらく恨みがましい。
思いついて飲みかけだったスポーツドリンクを投げてやると、嬉しそうに笑って飲み始めた。単純なやつめ。
それにしても……いくら見た目が私より美少女でも、上がなくて下がついてるとなると、今まで間違いが起こらなかったことが不思議。ほとんどハーレム状態じゃん?平気なもん?
しかし、ここでも来栖は私の想像の上をいった。
「砂川さん――同性愛って、そんなにまずいものかな」
「ハイ?」
どーせいあい?何?
「オレ、親に病気っていわれたんだよね。でも、あの人らも十分病気。『いくらおまえがおかしくても、女子高になら一人くらい好みの女がいるだろう』ってさ。時代劇の大奥じゃないんだから…バカだろ?」
すみません、私もさっきハーレムとか思ってました。バカです。
というか、さすがに気づいた。間違いなんか起こらないはずだ。
「――来栖は男が好きなんだ?」
「ん。中学の時、好きになった相手が男子校の友達だったから。卒業前にどうしても告白したかったんだけど、母親に書きかけのラブレター読まれちゃって」
「ラブレタぁ?来栖、キミ、何時代の人間?携帯電話もってなかったの?」
「……人が真面目に打ち明け話してる時にツッコミありがとう。オレの学校じゃメールより主流だったんですぅー」
あ、ふくれた。リスだ、リス。
「そうなんだ。まあ、メアド手に入れるのもけっこう面倒だし、恋文なんて乙女チック、じゃない、硬派な所だね、来栖のガッコ」
「砂川さん、下手なフォローはいらないから」
「あはは…ゴメン、話続けちゃって」
例の美少女顔で睨むと、来栖は首を振った。
「それだけだよ。母親がパニック起こして、家族にカミングアウトした途端ホテルに軟禁、後は親父にここに押し込められて今に至ります――来栖明の物語は、それでお終い」
少しおどけた調子でしめくくると、来栖は疲れたように座り込んだ。
いつもしている女の子ずわりじゃなくて、スカートで胡坐モード。
でも、開き直ったって顔じゃない。色んなことに疲れて、もう全部どうでもいい、そんな顔してる。
「来栖はどうしたいの?」
「さあ?どうしたいのかな、自分でもわからない」
「ここから出たら、どうなんの?」
「……決まってるよ、また違う何かに押し込められる」
来栖は笑った。
仕方ないって顔で笑った。
すごく、ムカついた。
「―――いればいいじゃん」
「え?」
「え、じゃない。ここにいればっていったの」
「だって、……いいの、オレ」
「いーんじゃないのー。誰も来栖の女装に気づいてないし、誰かに迷惑かけてないし?」
「でも、砂川さんには迷惑かけるかもしれない」
「へえ?じゃあ、今までは私に迷惑かけてなかったって?」
「そうじゃない!でも、もっと面倒なこととかあるかもしれなくて、そうなったら、今のオレはきっと砂川さんを頼りにしちゃうし」
「だーかーらー。そういう面倒事を友達に相談しろって、さっきからいってんですけどー。二度も言わせるなっての」
「でも…あの、」
「なに?」
来栖はいいかけた言葉をぐっと飲み込んで、恐る恐る、私に手を差し出した。
「砂川 元子さん、本当の来栖明と友達になってくれませんか?」
聞いたことないメチャクチャ真面目な友達申し込み。
びっくりしたけど、すぐに笑ってその手をとった。思ってたよりでっかかった手を、私の両手でぎゅっと握りしめてやる。
「当然っしょ。来栖みたいな面白い友達、私が逃がすわけないじゃん」
「―――ん。すごく嬉しい」
おお。素直だな、来栖。外見が美少女とはいえ、さすがにちょっと照れる。
でも、私の隣にいる時は、そうやって幸せそうに笑えばいいんだ。
仕方ないとか、どうでもいいなんて顔は、しなくていい。
そんでさ。
いつかココを出て、私が隣にいなくなっても、ちゃんと今みたいに笑えるキミになって欲しいって心から思ってるよ、来栖。
―――でも、それはそれとしてね。
「来栖ー、友達更新記念に写メとらしてよ」
「更新記念…砂川さんらしいよね。いいけど」
「じゃあ、携帯のほう見ててね。さん、に」
いち、という代わりに、私は来栖の頬にキスをした。
「!!」
カシャッ!
「……す…砂川さん、今のって…」
「ごめんねー。一応、罰ゲームだからさ、やっとかないとうるさいのよ」
「………」
よしよし、うまいこと来栖だけとれてる。
男が好きな来栖には大したことないだろうと思ってたけど、インパクトは十分だったみたい。めっちゃびっくりした顔で固まってる。
「砂川さんて」
「うん?」
「実はけっこう考えなしだよね…」
「あー、そうかも。これからポーカーはほどほどにするわ。またこんなのくらったらたまんないし」
「……ポーカーのことじゃないんだけど」
「なに」
「なんでもないです…」
なんだ、その疲れきった溜息は。
来栖を不審な顔で見つめると、苦笑いして「本当になんでもない」といった。何なんだ。
「なんでもないなら狭山んトコいってくるよ、罰ゲーム終了って。ついでに自販機で買うもんある?」
小銭用の巾着をひっぱりだして聞く。
「別にないけど」
はいはい。その割には、何か言いたそうな顔してますよー。
「くーるーすー。『けど』の続きはー?」
しゃーないのでつついちゃると、来栖は照れたようにはにかんだ。
「ん。……いってらっしゃい、元子さん」
うぐっ。
そ、そうきたか…恥ずかしいやつめ。
「……いってきマス、明」
ごにょごにょ口にして、逃げるように廊下へ出る。いい加減、私もつきあいがいいっつーか、甘いっつーか。
まあ、あれもこれも、少しずつ慣れるでしょ。
ゆっくりたくさん楽しめばいい。来栖と私の時間は、まだまだいっぱいあるんだから――。
ちなみに。
この玄関先の挨拶が恒例になったせいで、二年目には公認バカップル扱いされるはめになり、流されるまま、三年目には「校内No.1お姉様ズ」として不動の地位を築きあげ、卒業するまで周囲の誤解は解けないままだったりする。