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Journey of Life~戦犯の孫~ 作者:ふたぎ おっと

第4章 変わらぬ故郷の街

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9.理不尽なオプシルナーヤ

 それから一時間。
 約束通り、ヴォルフはゼルマとヘルネーの街中へと向かっていた。
「うふふっ! こうやってヴォルフとデートなんて夢のようよぉ」
「はぁ……良かったな……」
「ええとっても! しかもスクーターで二人乗りなんて、少し前の映画みたいでいいわねぇ」
「……そうだな」
 ヴォルフはうんざりしながらスクーターのハンドルを操作した。ゼルマが普段使っているらしいスクーターで、ヴォルフが前で運転している。そのため後ろからゼルマに胸を押しつけられてもどうすることも出来ず、ヴォルフは半ばあきらめの状態だ。
――っていうか俺は一体何をやっているんだ……。
 この状況に疑問を感じずにはいられない。
 下手に身動きできない間、ヘルネーのことを知っておくのは確かに必要だ。同時に東ヘルデンズの現状をきちんと把握するのにもいい機会だ。普段簡単に立ち入ることが出来ないからこそ、尚更だろう。
 しかし、まるで休日を過ごしているかのような感覚に、果たしてこんなことをしていていいのか疑問に思う。いや、オプシルナーヤ兵の目を逸らすには遊びを装った方がいいには違いないのだが、片や工場に働きに行ったやつもいるわけで――。
――くそっ。アロイスは何を考えているんだ?
 ヴォルフの失言についてはともかく、いくら髪を黒くし変装したとしても、ブランカを外に出すのは危険すぎる。彼女をオプシルナーヤ軍の目から隠さなくてはいけないのは、ヴォルフと目的が違うアロイスにしても同じことのはずだ。
 そう思ってブランカとヤーツェクが外出する前にヴォルフは二人を止めたのだが、これはアロイスとブランカの間で取り決めたことだからと言って聞かず、またヴォルフの心配するようなことには絶対ならないとアロイスに強く言われてしまい、結局二人を止めることは出来なかった。
 しかし、時間が経てば経つほどに、あそこで引き下がるべきではなかったのではと、後悔の念が湧いてくる。確かにアロイスも彼女の身柄を確保しておきたいはずなので、そういう点では信用していいのかもしれないが、結局彼の手の上で転がされている気がして面白くない。
――大体取り決めって何なんだよ。
 頑なにこちらを見ようとしなかった黒いおかっぱ頭を思い出すと、知らず眉間に皺が寄っていく。おそらくヴォルフが寝ている間に何かあったのだろうが、とにかく気に入らない。
――確かに俺も良くなかったが――……。
「ねぇ、ヴォルフ? 聞いてるのお?」
 不意にゼルマの声が耳に入ってきて、ヴォルフはハッと我に返った。いつの間にか思考がおかしくなっていた自分自身に、ヴォルフは深くため息を吐く。
「悪い……聞いてなかった」
「もぉ何よそれぇ。だからね、今日は南の運河沿いでマーケットやってるから、是非行きたいんだけど、ヴォルフはどこか希望はある?」
「そうだな。とりあえず街をひととおり把握するためにも適当に走るから、重要箇所とか治安の悪いところとか、何でもいいから気が付いたことがあれば解説してくれ」
「ふふっまるで観光案内人ねぇ。任せて頂戴」
と、ゼルマは先程よりも強くヴォルフにくっついて嬉しそうにする。相変わらずのこの状況には呆れる他ないが、こうなった以上、ヴォルフも自分の仕事に集中するしかない。
――それこそ時間は限られているしな……。
 などと自身に跳ね返ってきた失言にしみじみ頷いていると、同時に黒いおかっぱ頭も脳裏をよぎり、ヴォルフは再び深くため息を吐いた。
「……ゼルマ。もう一つ頼みがあるんだが」
「なぁに? 何でも言ってちょうだい」
「帰りにヤーツェクが働いているとか言う工場の場所を教えてくれ」
「え? まぁ、いいけれど……」
 後ろでゼルマが驚いたように返してくるが、正直自分でもどうかしていると思う。しかしブランカをきちんと見張る必要があるのも確かだ。つまりはそういうことだ。
 ゼルマの了承を聞くと、ヴォルフは再びそれを振り払って目の前のことに集中した。
 その時ゼルマがどんな表情をしているかなど、ヴォルフは全く考えもしなかった。


――それにしてもひどいな……
 中央通りの小脇の道に入り、でたらめにスクーターを走らせながら、ヴォルフは思った。
 車通りや人通りの多い街の中心部には、出来たばかりであろうショッピングセンターやホテルが建ち並び、またそこから奥まったところには綺麗な集合住宅が続いていた。そこだけ見ると、予想よりも早いスピードで戦後の復興が進んでいるように感じられる。
 しかし、あくまでそれは中心街の一角だけで、しかもどれにもオプシルナーヤ語の看板がぶら下がっている。そして数百メートルそこから離れると、景色は凄惨なものへと移り変わった。
 最上階から大きく抉れたオフィスビル、壁がごっそり崩れ落ちているアパートメントやどす黒い焼け焦げの痕が色濃く残る総合病院。教会の屋根は骨組みしか残らず、がれきで埋まったままの道もいくつか残っていた。そんな景色が続いている。
「……フィンベリー大陸戦争の痕……なんだよな?」
「そうみたい。あたしも初めてここに来たときには目を疑ったんだけれどねぇ」
 フィンベリー大陸戦争の後半からヘルデンズはブラッドローとオプシルナーヤの連合軍から幾度も空襲され、終盤は国内のあちこちで激しい陸上戦が繰り広げられた。この光景も連合軍から報復を受けた結末なのだろう。
 とはいえ、それから五年は経っている。
「これは意図的に残しているんだよな?」
「ほとんどはねぇ。オプシルナーヤの政権が変わるまでは解体作業や立て替えも少しずつ進んでいたんだけれど、今の政権になってからそういう作業はほとんどが強制停止させられたみたい。こんなの地元の人たちは封印したいでしょうにねぇ」
 おそらく敢えて封印させないようにしているのだろう。負の記憶を残すことで、ヘルデンズ人に罪人としての意識を深く刻み込ませているのだと、何処かで聞いたことがある。そうしてオプシルナーヤに逆らえないようにしているのだと――。
「うちの周りは早くに家を建て替えたから良かったんだけれど、今じゃ自由に家を建てられないじゃない? うちに来るお客さんもまだ仮設住宅で暮らしている人も多くて、気の毒よぉ。中央通りのアパートだって、本当は地元の人が建てていたんだけれどねぇ」
「奪われたんだな」
「理不尽よねぇ」
 だからこそアロイスのような反対勢力が水面下で生まれたのだろう。倒壊した建物を用いてのマインドコントロールも、効果は今ひとつと見える。
 しかし、道行く人の無気力に歩く姿も、やけに多くはないだろうか?
 すると、道路の先の路肩に、人だかりが出来ているところがあった。
 気になって近くまで寄ると、自動車の衝突事故が起きていた。二台の車の向きからして、大通りを走っていた地元タクシーに、小道から抜けてきた最新鋭のスポーツカーが突っ込んだ形だ。
 凹んだタクシーから血まみれの女性が運び出される一方、衝突した二つの車の前で、タクシーの運転手ともう一方の車の運転手、そして地元警察と何故かオプシルナーヤの将校が、事情を話していた。
「相手はオプシルナーヤ人ねぇ。しかもやぁだ。あれ、お酒入っているわよぉ」
 ゼルマがぼそりと呟くが、確かにスポーツカーの運転手と見られる男は、東フィンベリー系の顔立ちをしていて、頬や鼻が赤くなっている。目も焦点が合わず、見るからにアルコールが入ったままだ。
 飲酒運転の衝突事故。ヘルデンズの法律がどうなっているのかは分からないが、確実に刑罰対象であるには違いない。
 そうなるはずなのだが、この事故は思わぬ形で収拾される。
「<では、この男は我が国の刑法に則って厳重に処罰する故、我々が身柄を引き取ります。異論はありませんね?>」
 オプシルナーヤの将校は、高圧的に地元の警察官に確認した。警察官がおどおどしながらその旨をタクシーの運転手に通訳して聞かせると、タクシーの運転手は地面に崩れ落ちながら頷いた。
 そうしてオプシルナーヤ将校は相手の運転手を連れ、追突したスポーツカーを牽引して去っていく。去り際、相手の運転手は「<処罰って言っても俺悪くないっすよね? だって向こうは人殺しのヘルデンズ人っすよ?>」などと全く反省の色無しにケラケラ大声で笑っていたが、隣に座っていたオプシルナーヤ将校は諫めようとはしなかった。
 地元の警察官もタクシーの運転手も、彼らを取り囲む野次馬のヘルデンズ人たちも、果たしてその男の言っていたことを理解出来たのかは謎だが、暗い顔をして怒りを露わにしようともしない。
 むしろ仕方がないと言わんばかりの虚無感が漂っている。
「なぁ、あの連行された男はどうなるんだ?」
 ヴォルフは小声でゼルマに尋ねた。
「何の刑罰も無し。これが逆だったら過剰に慰謝料請求してくるのに、ひどい話よねぇ」
 それでも居合わせているヘルデンズ人は誰も否を唱えようとはせず、むしろこの対処を受け入れているようでもある。
 どんな理不尽でも凶悪なオプシルナーヤ相手には反論することも出来ないのか、そもそも言う気力が失われているのか――。
「本当に嫌なものを見たわぁ。ヴォルフ、そろそろ行きましょう」
「あ……あぁ……」
 ゼルマに促されて、ヴォルフはスクーターの向きを変え再び発車した。
 走っていると、倒壊した建物が再び目に飛び込んでくる。その中には「ヘルデンズ人は人殺し」と大きくスプレーで書かれた壁もあった。
本日中にもう一話更新します
番外SS集あります
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カクヨムにも掲載しています。
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