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Journey of Life~戦犯の孫~  作者: ふたぎ おっと
第1章 ブラッドローから来たアジェンダ人
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8.ブランカの恋

「おい、そこ無理せずボール回せ! 受け取ったらすぐに走れよ!」

 明るい日差しの下で、活気のある下手くそなフラウジュペイ語が響き渡る。子供たちと一緒に遊ぶヴォルフの声だ。

 ヴォルフが来て二日目。早くも彼は子供たちの人気者だった。

 そもそも夕べの晩餐から既に彼は児童施設の人たちに気に入られていた。みんな興味深そうに彼のブラッドローの話を聞いていたし、子供たちは昨日彼が土産に持ってきたアニメ映画の感想を熱心に話していた。

 そうして今日は朝早くに子供たちに叩き起こされ、今こうして施設の庭で子供たちとボール遊びをしている。

「はぁ……彼の相手は疲れるよ」

 離れたところから眺めていたブランカのところにロマンがやってきた。先ほどまでヴォルフの対抗馬として一緒に遊んでいたロマンは、全身から汗を流して肩で息をしている。くたびれたかのように手を仰ぐが、ロマンはとても楽しそうだ。

「お疲れさま。本当に彼、すごいわね。あんなに運動神経いい人、久々に見たわ」

 ロマンにタオルを差し出しながらレオナが言うが、ブランカもそれに同感だ。

 二つのチームが長方形のコートの両脇にいるそれぞれのチームのゴールマンにボールを受け渡して得点を競い合う。戦後のフラウジュペイで人気を集めている球技だ。

 ヴォルフはそれを今日初めてやるらしく、ルールもつい先程施設の男性職員に教えられたばかりのはずだ。それなのに彼は既に子供たちに指示を出すほどに順応している。端的なそれは子供たちにはとても分かりやすいようで、彼は上手くチームをまとめ上げている。

 おまけにヴォルフは手加減はしているものの、やけに身のこなしが良い。このボール遊びが始まったときから、無駄な動きが一つもないのだ。

 おかげでロマンも含め彼の敵チームに混ざる男性職員たちは、一つのゲームが終わるごとにかなり息を切らして他の人へと交代している。つい五年前までは当たり前に従軍していたはずの中年の職員も、彼の動きについていくのに精一杯のようだ。

「ヴォルフのこと、気になるの?」

 突然、ロマンが尋ねてきた。ブランカは心臓が飛び出るほどに身体を揺らしてロマンの顔を見上げる。彼はいつもどおりの柔和な笑顔を浮かべているが、彼の空色の瞳は少し悪戯げに細められている。

 ブランカは思わず顔を赤くした。

「どっどうしてそうなるの?」

「どうしてって、さっきからずっと見ているよね、ヴォルフのこと」

「そんなこと……っ」

 反射的に言いかけるが言葉が続かない。無意識に彼を見ていたことや、それをロマンに見られしまったこと、更にはやけに確信めいたロマンの含み笑いにブランカは無性に恥ずかしくなり、赤い顔のまま口を開閉する。

 すると、それを見ていたロマンとレオナは目を瞠り、そしてすぐに声を上げて笑い始めた。

「あははは! あんた、なんて顔してるのよ!」

「まさか君のそんな顔が見られるなんてね」

 二人は尚も笑い続けるが、ブランカには二人がどうして笑っているのかが分からない。まさかこの二人が今更ブランカの顔の火傷を笑うわけがないだろうが、あまりに二人が楽しそうに笑うものだから、ブランカはただ戸惑うばかりだ。ヴォルフの件も相まって、ブランカの顔は更に赤くなる。

 その様子にロマンが滲み出る涙を嬉しそうに拭った。

「うん、これは妬けるな。子供たちばかりか、君を赤くさせるなんて。まさか君の恋がここで始まるなんて、夢にも思わなかったな」

「こ……っ恋!?」

 ブランカは盛大に驚く。ブランカとしても、まさかそんな単語が出てくるとは思ってもみかった。益々顔が熱くなる。

「ブランカ、あんた今かなりいい顔してるわよ。夕べの晩餐じゃあ分からなかったけど、昨日の買い出しで何かあったの?」

 レオナが顔をにやつかせて詰め寄ってくるが、ブランカはあまりに恥ずかし過ぎて、いつもの癖で思わず俯いてしまう。

 レオナの質問はその通りだ。ヴォルフと昨日一緒に買い出しに行かなければ、きっと今こんなに動揺することもなかっただろう。

 昨日、彼は帰り道でも同じ調子だった。買った荷物のほとんどを持ってくれて、それでいながら楽しそうにブランカをからかっては、色んな話をしてくれた。

 当たり前にブランカを一人の人間として接してくれる人。色々と強引だが、それを楽しいと思えたのはいつ以来だろうか。果たしてこの気持ちを恋というのか分からないが、彼を意識しつつあるのも確かだ。

 だが、それを敢えて指摘されることはこんなにも気恥ずかしいものなのかと、ブランカは慣れない感情にうろたえるばかりだ。

「うん、やっぱり彼に来てもらって正解だったみたいだ」

 ふと、ロマンが満足そうに言った。彼は空色の瞳を柔らかく細めて、とても穏やかな顔をしている。

「ヴォルフはとてもいいヤツだよ。たまにふざけるけど、誰にでも優しいし、何事にもまっすぐなんだ。君に――合っていると思うよ」

 どこか嬉しそうに、どこか感慨深そうに、ロマンは自身の言葉に頷いた。まだ自分でもこれが恋と実感していないのに、そう言われては気持ちが落ち着かない。

 だが、ヴォルフを褒めちぎる言葉は、ロマンにも当てはまる。

 同じ事を思ったのか、レオナがロマンの肩を叩いた。

「へぇ、ロマンとヴォルフさん、似たもの同士なのね」

 これにはロマンは目を丸くする。

「え、どこが?」

「あぁ、ちゃんと違うところもあるわよ。ロマンは彼ほど男らしくないもの」

「レオナ、なかなか言ってくれるね」

 レオナの歯に衣着せぬ言い方にロマンが肩を竦めるが、そのやりとりが面白くて、ブランカは知らずクスクス笑ってしまう。

 すると、ロマンとレオナが再び目を見開いてお互いの顔を見合った。その瞬間、ブランカはハッと我に返る。

「あ……わ、私、散歩してくるわ!」

 二人の視線に再び気恥ずかしさが蘇り、ブランカは焦ってその場を後にした。

 後ろから「見た?」と呆然とした様子でロマンとレオナが互いに確かめ合う声が聞こえてきた。



――君に合っていると思うよ。

 ロマンは一体どういうつもりであんなことを言ったのだろうか。ブランカは身支度を整えに一旦居室に戻る道中、それを考えていた。

 あの流れでその言葉は、まるでブランカとヴォルフが恋人同士になるかのような言い方だ。そんなことはありえないと、ブランカは首を横に振る。

 ブランカにしてみれば、初対面であんなに誠実に自分と向き合ってくれる人は初めてだったからつい気にしてしまうが、彼にしてみれば、これがブランカじゃなくても同じだっただろう。何せ、彼は誰に対しても優しいのだから。

 それに、これが恋だと決まったわけでは――。

 考えながら、胸が高鳴るのが分かった。顔から熱がなかなか引かない。

 頭に浮かぶのは、ヴォルフの顔だ。出会ってまだ二日目だが、意地悪く笑うのが容易に想像できる。からかってくるのに、最終的に彼はその力強さでブランカの心を開いてくる。それが心地良くて安心するのは、これが恋だからだろうか。

 部屋に戻ると、姿見に映る自分の姿がふと気になった。

――生きてきた証に綺麗な真っ白。

 自分の正体を隠してくれているこの醜さは、疎まれて当然だと思っていた。それを彼は肯定してくれた。

 たったそれだけのことなのに、初めて生まれ変われた気がした。

 ブランカはポケットに手を突っ込む。そこから取り出したのは、ゴールドのブローチと薄萌葱色の封筒。

 人並みに誰かを好きになってもいいのだろうか。

 ロマンの気まぐれな一言だというのに、本気にしている自分にため息を漏らす。ブランカは簡単に出かける用意を済ませると、居室を出た。

 すると、玄関まで向かう途中で、談話室から話し声が聞こえてきた。

「子供たちすっかり懐いているねえ」

「そりゃあ彼、子供の扱い方上手いもの。流石のロマンも顔負けね」

 話しているのは、食堂婦の中年女と、施設に保護されているブランカと同年代の娘。割とよくある光景だ。

 二人は窓の外で遊んでいるヴォルフに目を向けている。あんなに人目を引く人なら、噂されても当然だろう。

 ブランカは聞き流しながら談話室を通過する。

 だが、食堂婦の女の次の発言に、ブランカは立ち止まった。

「それにしても、アジェンダ人にもあんな気さくな人がいたのね」

――アジェンダ人?

 どうしていきなりここでその単語が出てくるのか。

「え、それってヴォルフさんのこと?」

 ブランカの疑問を代弁するかのように、娘が食堂婦の女に尋ねる。

 食堂婦の女は「あら」と娘の反応に目を丸くする。

「あんたアジェンダ人を知らないのかい?」

「それくらい知ってるわよ。昔母さんが関わっちゃいけないって言っていたわ。でもあたし、実際にどういう人たちなのかよく分からないのよ、アジェンダ人って」

「まぁ確かに、戦争が始まったと同時にみんな連れて行かれたからねえ。昔はこの辺りにも沢山いたんだよ、彼のような赤みがかった茶色の髪と瞳と彫りの深い顔立ちの人がね」

「それがアジェンダ人なのね。じゃあ彼は生き残りってことなの?」

「さあねえ、ブラッドローから来たって言うし。ただ、ヴォルフさんみたいな人がいたんだと思うと、もう少し優しくしてあげれば良かったって、今更ながら思うわね」

 そこまで聞いて、ブランカはそっと談話室から離れた。早足で、施設の中から飛び出る。

 すると、明るく拙いフラウジュペイ語が聞こえてきた。ヴォルフが相変わらず子供たちにあれこれ指示をしている。

「赤みがかった茶色の髪と瞳、彫りの深い顔立ち……」

 彼を眺めながら、食堂婦の女の言葉を復唱する。

 確かに彼の鳶色の髪と薄鳶色の瞳は、彼女の言うようにも形容できる。顔立ちもその通りだ。

 まさか、本当に?

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