Episode9 光の射手
「よろしく、アリス。早速で悪いんだけど、アリスはゴブリンソーサラーを頼む、俺はゴブリンソルジャー2体を殺る。もし生き残れたら飯でも奢れよっ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
アリスの言葉を無視して2体のゴブリンソルジャーの元へと走っていくルークに止まるように叫ぶが、聞こえていないのか全く反応せず私から離れていってしまう。
アリスはルークを止める為に追いかけようと考えるが、ルークを狙おうとしているゴブリンソーサラーが視界に入る。
アリスはルークを追いかけるという考えを捨てて、すぐに魔法弓を構えると、"光の矢"を魔力錬成してゴブリンソーサラーに放つ。
"光の矢"が近づいていることに気づいたのか、ゴブリンソーサラーは突然こちらを向いて、魔法の発動を始める。
アリスはゴブリンソーサラーが魔法陣を構築し始めたことを確認すると、光の矢を複数に分裂させる。
しかし、ゴブリンソーサラーは構築していた魔法陣を変えずに魔法陣の構築を終了させると、"光の矢"に向かって魔法を放つ──ことをしないで魔法陣を破棄して新たに魔法陣を組み始める。
魔法陣の再構築?それなら、さっきの魔法陣の構築を途中で破棄して早く組み始めた方が早いと思うのだけれど。
相手は魔獣だから知恵が劣っていると分かっていても、どうにも理解が出来ない。これには何か理由があるとしか……
その時だった。ゴブリンソーサラーは魔法陣の構築を、まるで先ほどの魔法陣と入れ替えたような速度で構築を終了させる。
「はやっ……!」
ゴブリンソーサラーはアリスが発動した"光の矢"を、先ほど構築した初級火属性魔法"火の玉"と同属性同系統の魔法、初級火属性魔法"火の矢"を使用する。
そして、ゴブリンソーサラーはアリスと同じように"火の矢"を複数に分裂させて、全ての"光の矢"を撃ち落とす。
「そんな……ありえない」
ゴブリンソーサラーの魔法陣の構築速度が異常に早いのは置いておいたとしても、魔法の分裂や操作はアリスの切り札ともいえるほど特別な技術だ。
分裂展開、魔力誘導と呼ばれているこのスキルは脅威度8以上の魔獣が持っているとされているスキルであり、脅威度5の魔獣が使用出来る筈がないのだ。
アリスは"光の矢"を複数創り出すと、弓を構えてゴブリンソーサラーに放つ。
ゴブリンソーサラーもアリスが"光の矢で攻撃をしてくるのを確認すると、"火の矢"を使用してアリスの"光の矢"を撃ち落とす。
やっぱりこのゴブリンソーサラーは私と同じように分裂展開と魔力誘導の魔法スキルを持ってる……
アリスはゴブリンソーサラーが"火の矢"を発動しているのを確認して、光の矢の魔法陣の構築を始める。
アリスとゴブリンソーサラーはほぼ同時に、自身の魔法の魔法の構築を完了させて、魔法を発動した。
アリスとゴブリンソーサラーは数分の間、魔法の撃ち合いが続くが、全く終わる気配が見えない。このままでは、どちらかが先に魔力が尽きるまで魔法の撃ち合いを続けてしまう。
この戦闘を続けていれば私が先に魔力が底を尽きるのは目に見えている。
アリスは何か行動を起こそうと考え始めたその時、木の隙間から光が差し込み視界が封じられる。
アリスと同じようにゴブリンソーサラーも光で目が封じられているだろうと確信したアリスは何とか目を開けて攻撃を仕掛けようと魔法弓を構えた時、不意にアリスは顔を右に向ける。
そこには、複数の銀色の糸で2体のゴブリンソルジャーを拘束しているルークの姿があった。
アリスはそれを見てかなり驚く。
Eランクの駆け出し冒険者が2体のゴブリンソルジャー相手に優勢なのも驚きなのだが、銀色の糸、鉄糸のようなものを戦闘に利用して戦う者をアリスは知っている。
その人物は絶糸の支配者という2つ名を持っていて、糸を操って自分を中心とした十数mの空間に入った者全てを一瞬で拘束して殺害すると呼ばれている、最強で伝説の暗殺者である。
アリスはルークが鉄糸で2体のゴブリンソルジャーを拘束しているのを見て、アリスはゴブリンソーサラーに目線を戻してゴブリンソーサラーを倒す為のある方法を試そうと決心する。
アリスは構えていた魔法弓をゆっくりと下ろすと、地面を蹴ってゴブリンソーサラーに近づいていく。
アリスは"光の矢"を3本錬成して右手の指で挟む。
私が近づいてきていることに気づいたゴブリンソーサラーは"火の矢"の魔法陣を構築してアリスに使用する。
私は''火の矢"を用意していた"光の矢"を使用して撃ち落とすと、ゴブリンソーサラーまで残り2mというところで接近する。
アリスは再び"光の矢"を3本生成して、ゴブリンソーサラーに狙いを定めると魔力誘導を発動せずに、分裂展開のみに全集中を注ぐ。
いつもは3本にしか分裂展開することの出来ない弓矢を、5本に増加させて分裂展開を発動する。
ゴブリンソーサラーはそれを避けきれないと判断したのか、防御魔法陣を展開して"光の矢"を少しでも防ごうとする。だが"光の矢" は防御魔法陣を一瞬で破壊して、大量の"光の矢"はゴブリンソーサラーに降り注ぐ。
やった!
そう思った瞬間、ゴブリンソーサラーがありえないほどの速度で魔法を構築して"光の矢"を全て吹き飛ばす。
初級火属性魔法"フレアボム"──直径1mの空間を爆発させるという単純な初級魔法だ。だが、"フレアボム"は威力は高いが魔法構築速度が長く、発動範囲を指定出来ない魔法なのだ。
魔力誘導のスキルを所持していても、大まかな範囲指定しか出来ないので、自爆系魔法と呼ばれているのである。
このゴブリンソーサラーは"フレアボム"を何らかの方法で高速発動させて、"光の矢"を防げる可能性に自分の命を賭けたのだ。この行動はゴブリンソーサラーの必死さがわかる行動でもあり、魔獣の死にたくないという気持ちがわかる瞬間でもあった。
だがアリスはそれを心の何処かで気付かないふりをしていた。
それは冒険者であるなら誰でも無意識にしてるような当たり前のことで、魔獣や人を殺すという事実を直視しない為のものでもあるのだ。
誰もがそれを直視した時、魔獣や人を殺せなくなってしまう、躊躇うようになってしまうとわかっているから、誰もがそうやって精神的壁をつくっているのだ。
アリスはゴブリンソーサラーが行った魔法の高速発動に警戒しながら、ゴブリンソーサラーと弓と魔法による近接戦闘が始まった。
約5mほど間隔を開けて弓矢や魔法の撃ち合いを行って、隙があれば近づいて攻撃、危険だと思えばバックステップをして後退する。
そんな戦闘を繰り返しているうちにゴブリンソーサラーも体力に限界がきたのか、魔法の攻撃速度を速めて大量に魔法を放ってくる。
「きゃっ……!」
アリスは対応しきれずに数回魔法にあたり足を止める。魔法が直撃した時の痛みと傷で身体がふらつく。
アリスは顔を上げてゴブリンソーサラーを見ると、魔法を連続で放って疲れているゴブリンソーサラーが目に映る。
アリスはふらつく身体に鞭を入れて、足を動かしてゴブリンソーサラーに近づく。
3本の"光の矢"を生成して魔力弓を構えると、ゴブリンソーサラーに向ける。
その時だった、ゴブリンソーサラーは突然起き上がってアリスに向かって杖を振るう。
ゴブリンソーサラーの杖はアリスの魔法弓にあたり、魔法弓はアリスの手から離れて地面に弾き飛ばされる。
「弓が……!」
"光の矢"はアリスの手から離れた瞬間に消えて消滅する。
ゴブリンソーサラーは魔法弓を弾いた杖を構えて、アリスに振りかぶる。
アリスは魔法弓を弾き飛ばされた驚きとゴブリンソーサラーの魔法が直撃した痛みで、身体の動きが鈍化して反応が遅れて、杖による攻撃を上手く避けられそうにないことに気づく。
私の魔法弓は地面に落下し、防御魔法陣の展開も間に合わない。
そんな絶体絶命の状態である男の顔が浮かび上がる。
その男は、2体のゴブリンソルジャーに殺されそうになった時に助けてもらった人でいまも2体のゴブリンソルジャーと戦っているでいると思われるルークの顔だった。
彼はEランクの駆け出し冒険者なのに、2体のゴブリンソルジャーとゴブリンソーサラーに襲われている私を見て助けに来てくれた。
自分も死ぬかもしれないとわかっていたのに助けにきてくれた命の恩人。
そんな彼が私に言ったんだ「ゴブリンソーサラーを頼む」って。
彼は私がゴブリンソーサラーを倒すことを信じて、2体のゴブリンソルジャーと戦っているんだ。だから私は生きてこのゴブリンソーサラーを──
「──倒す」
アリスは左手を出して、杖を受け止める。
左手から激痛がはしり、血が滴るが私は我慢して杖を握りしめて、左手で魔力錬成を行い、"光剣"を錬成する。
それを見たゴブリンソーサラーは杖を奪うのを諦めて離れようとするが、アリスはそれを許さなかった。
アリスは右手に力を入れて"光剣"を下から斜めに全力で振り上げる。
アリスが振り上げた"光剣"はゴブリンソーサラーの腹を切り裂く。
腹を切り裂かれたゴブリンソーサラーの身体は後ろに倒れ込み、切り裂かれた腹からはドクドクと血が流れる。
それを見たアリスは緊張が解けたのか、ゆっくりと膝を曲げて地面に倒れ込む。
右手に持っていた"光剣"は消えて無くなる。
「はぁ…はぁ……」
私は荒くなる息づかいをなんとか整えながら、心を落ち着ける。
すると、後ろから足音が聞こえて振り向くとルークがこちらへと近づいてくるのがわかった。
私はルークに何を言おうかと考えている内にルークは私の元に訪れ……ることはなく私を通り過ぎて、ゴブリンソーサラーの死体に近づいていく。
ゴブリンソーサラーの死体の前で短剣を取り出すと、綺麗な手つきで心臓部を切り裂いて魔石を取り出すと、私の方を向く。
「アリス、この魔石貰っていい?」
その言葉に私は怒りが湧いてルークに叫ぶ。
「勝手にしてください!!」
ルークは少し驚いたような表情に変わるがすぐに冷静さを取り戻したのか、無表情に変わる。
「そうか」
そう言ってルークはポーチに魔石をしまう。
「私を助けてくださって、ありがとうございました」
これは自然に口から出た言葉だった。
考えて出た言葉という訳ではなく、ごく自然にルークを前にしたら出た言葉だった。
「別に。何となく助けようと思ったから助けただけだよ」
「でもっ、私は結果的にあなたに命を救われました。なので私の命に足りる分だけの礼を──」
「最初に言っただろう?生き残れたら飯でも奢ってくれって。命を助けた報酬は飯の奢りとゴブリンソーサラーの魔石、これで充分だ」
そう言うとルークは立ち上がって、森の出口に向かって歩き出す。
すると、アリスは身体を起こして口を開く。
「あの!命を助けてもらった方にこんなお願いをするのは申し訳ないんですが……」
俺は足を止めて振り返る。
「私のパートナーになってくれませんか!」