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ちい姫さまのブローチ

作者: 藍野ナナカ

 むかしむかし、あるところに、かわいいお姫さまがいました。

 まだ小さなお姫さまで、みんなから「ちい姫」とよばれていました。

 ちい姫のお父さまは、立派な王さま。

 三人のお兄さまは、背が高くてとても強い騎士です。

 そんなお父さまやお兄さまたちに似たのでしょうか。ちい姫はとても元気なお姫さまです。

 お父さまは、ちい姫のために、やさしくてきれいなポニーを連れてきてくれました。

 生まれて初めてのポニーに、ちい姫はとても喜びました。

 とてもうれしかったので、お兄さまたちに馬の乗り方を教えてもらいました。

 そして、一人でポニーに乗れるようになると、お城のまわりをカポカポとお散歩していました。




 そんなある日のこと。

 ちい姫は、大切にしていたブローチがないことに気づきました。

 亡くなったお母さまの形見のブローチで、ちい姫のお気に入りです。毎日服につけていたのに、いつの間にかなくなっていました。

「どこかに落としたのかしら」

 ちい姫は、お城の中を探しました。

 暗い地下の倉庫で探していると、ネズミが二匹、通りかかりました。

「ネズミさん、ネズミさん。わたしのブローチを知らない?」

「倉庫に、そういうものはなかったよ」

 ネズミたちはチューチュー言いながら答えてくれました。

 ちい姫はお礼を言って、お庭へブローチを探しにいきました。


 たくさんのお花が咲いているお庭は、お日さまの光がいっぱいです。そのあたたかいお庭のベンチで、ネコがお昼寝をしていました。

「ネコさん、ネコさん。わたしのブローチを知らない?」

「いつもちい姫がつけているブローチかい? お庭では見ていないねぇ」

 黒と白のきれいなネコは、大きなあくびをしながら答えてくれました。

 ちい姫はお礼を言って、馬小屋に行きました。


 毎日お散歩のためにきている馬小屋には、お兄さまたちの馬と、ちい姫のポニーがいました。

「馬さん、ポニーさん。わたしのブローチを知らない?」

「昨日のお散歩に行く時に、ちい姫がつけていたブローチのことなら、帰ってきた時にはなくなっていましたよ」

 お兄さまの大きな馬が教えてくれました。

 どうやら、お散歩中に落としてしまったようです。

 ちい姫はお礼を言って、ポニーと一緒に探しに行くことにしました。


 いつもお散歩をするところを、ゆっくり歩いていきます。

 よく晴れているから、ブローチがあればキラキラ光るはずなのに、どこにも見当たりません。

 ちい姫は池のカエルにききました。

「カエルさん、カエルさん。キラキラしたブローチを見なかった?」

「知らないなぁ。でもキラキラしているのなら、森のカラスが持って行ったかもしれないね」

 ちい姫はカエルにお礼を言って、森に行くことにしました。




 お城が遠くなって、大きな森まで来ると、ポニーが足を止めました。

「ちい姫さま。森に入ってはいけないと、王さまが言っていましたよ」

「大丈夫よ、ポニーさん。まだお日さまは高いから、日が暮れるまえにお城にもどれば大丈夫よ」

 ちい姫はポニーにそう言って、森の中に入っていきました。


 ポクポクパカパカ進んでいくと、きれいな小川がありました。川には魚がたくさん泳いでいます。

 ちい姫は魚たちにききました。

「お魚さん、お魚さん。キラキラしたブローチを探しているの」

「川の中では見たことがないね」

「じゃあ、カラスさんは知らない?」

「森のカラスなら、この小川のずっと先にいるよ」

 ちい姫は魚たちにお礼を言って、川沿いに歩いていきました。

 途中で、お腹がすいてきたので、斜めがけしたポシェットからお菓子を出して食べました。ポニーも、水を飲んで草を食べます。

 元気になったちい姫は、またポニーの背中に乗って森の奥へと進みました。


 小川は、どんどん細くなりました。

 反対に森の木は、どんどん大きくなっていきました。

 上を見ても、広くのびた木の枝ばかりで、ほとんどお空が見えなくなっていました。

「ちい姫さま。これ以上進むと危ないですよ。お城に戻りましょう」

「きっと大丈夫よ。きっとあと少しでカラスさんのおうちにつくはずだから」

「でも、もうすぐ夕焼けの時間です。暗くなったら危ないですよ」

「危ないの?」

「真っ暗になったら足元も見えませんよ。ヘビが出て来るし、オオカミも出てきます。それにそれに……」

 そこまで言ったポニーは、はっとして振り返りました。

 ちい姫も振り返ってみましたが、モコモコと茂った木があるばかり。何も変わったことはありません。

 でもポニーはおびえたように、前脚で地面をひっかきました。

「ポニーさん、どうしたの?」

「こわいモノがいます。逃げましょう!」

 ポニーはパッカパッカと走りはじめました。


 その背中で、ちい姫は振り返りました。すると、茂みの中から、なにかがものすごい勢いで出てきました。

 それは一つだけではありません。

 二つ、三つ、四つ、と数えましたが、まだまだどんどん出てきます。

 ちい姫はポニーに聞きました。

「ポニーさん、あれはなに?」

「魔犬です。魔物の一種です。しっかりつかまっていてください!」

 ちい姫がしっかりと手綱をにぎり直すと、ポニーはもっと速く走りました。

 魔犬の群れは、その後をずっとずっと追いかけてきました。

 少し引き離せたと思ったら、先回りした魔犬がいます。ポニーはあわてて向きを変えました。そこにも魔犬がいて、ポニーはまた向きを変えました。

 でも、走っても走っても魔犬はいます。そして、とうとう、険しい崖の前に追い詰められてしまいました。


 ちい姫はまわりを見ました。

 赤い目の魔犬たちが、ぐるっと囲んでいました。どの魔犬も鋭く長い歯をむき出しにして、うなっています。

 後ろを見ても、ゴツゴツとした岩のかべがあるばかり。ポニーとちい姫では、とても登れません。

 ポニーが、ぶるぶると震えています。

 だから、ちい姫は、勇気を出して魔犬たちに言いました。

「魔犬さん、魔犬さん。わたしたちはブローチを探しているだけなの」

「ブローチなんて知らないなぁ。それより、そのうまそうなポニーをおいていけ。そうしたら、おまえは帰してやろう」

「それはダメよ。ポニーは、わたしのお友だちだもの!」

 ちい姫は、魔犬たちをにらみました。

 でも魔犬たちは笑うだけ。そしてポニーを見て、舌なめずりをしています。

 ちい姫も怖くなって、震えてしまいました。




 その時です。

 グオー!

 とても大きな声が響きました。

 ちい姫がびっくりしていると、後ろの崖の上から大きなものが、びゅうっと降りてきました。

 ポニーが、小さくいななきました。

 魔犬たちは、キャンキャンと尻尾をさげて、逃げていきました。

 残ったのは、ぶるぶる震えるポニーと、その背中で目をまん丸にしているちい姫。

 そして、小山のように大きな体のクマ。

 崖から降りてきたのは、この大きなクマでした。


「お嬢さん、大丈夫かい?」

 大きなクマは、とても低い声をしていました。

 ポニーがこわがるからでしょうか、ちい姫たちから少し離れているところにいます。ちい姫を見る目はおだやかで、とてもやさしそうでした。

「ケガはないかい?」

「大丈夫です。ありがとうございました」

 ちい姫がお礼をいうと、クマは空を見上げました。

「もうすぐ日がくれる。おうちはどこだい?」

「わたしはお城のちい姫です。大切なブローチを探しているの」

「お姫さまは、いつもこんなところまで来ているの?」

「いつもはお城のまわりだけよ。でも、わたしのブローチはキラキラしてきれいだから、森のカラスさんが持っているかもしれないの」

「なるほど、カラスなら知っているかもしれないね。でも夜の森は危ないよ。お城の近くまで送ってあげるから、今日はもう帰りなさい。ブローチのことは、ぼくがカラスに聞いておいてあげよう」


 ちい姫は考えました。

 お空は夕焼けになっていました。あと少しで、一番星が見えるころでしょう。

 一生懸命に走ってくれたポニーは、すっかり疲れていました。

 たぶん、もうお城に帰るほうがいいのです。

 でもちい姫は、ポニーから降りてクマの近くへといきました。

「ちい姫さま。クマも危ないかもしれませんよ」

「このクマさんは大丈夫。だって、とてもやさしい目をしているもの」

 ちい姫はクマに言いました。

「クマさん、クマさん。あなたは森のカラスのおうちを知っている?」

「知っているよ」

「だったら、そこへ連れて行って。あと少しなのでしょう?」

「あと少しだけれど、森は、もうすぐ真っ暗になってしまうよ」

「大丈夫。お父さまから魔法のランプをもらっているから」


 ちい姫は胸を張ります。

 そして斜めがけしているポシェットから、小さなランプを取り出しました。

 ちい姫の手のひらにのるくらいの、小さな小さなランプです。でもそれに手をかざして、お父さまにならった呪文を唱えると、ランプはふわーっと明るい光をだしました。

「ほら、これなら明るいでしょう? 魔法のランプだから、一週間でもずっと明るいのよ」

「これはすごいね。さすがお城のお姫さまだ」

 クマは感心しています。

 しばらく明るい光を見ていましたが、ちい姫はポニーを振り返りました。


 いつの間にか暗くなった空に、星がポツポツと見え始めました。そんな中で、ポニーはまだぷるぷると体を震わせていました。

「ポニーさん、もう少し乗せてくれる?」

「ちい姫さまがいくのなら、がんばりますよ」

 ポニーはクマをちらちら見ながら、カポカポとやってきました。

 でもちい姫が背中にのると、ぶるりと一回震えただけで、きりりとしたいつもの姿に戻りました。

「クマさん、さあ案内してください」

「では行こう。足元にきをつけて」

 暗い森の中を、大きなクマがのしのしと進みました。

 その後を、魔法の光に包まれたポニーとちい姫が追っていきます。

 ポニーは時々耳をピクピク動かしていますが、もうクマを怖がりませんでした。




 クマは、どんどん森の深いところへと進んでいきました。

 木の枝の隙間から見える空には、ぴかぴか光る星がたくさんふえていました。

 ちい姫がポニーの背中で空を見ていると、ポニーは足を止めました。

 クマも止まっています。

 まわりを見ると、少し先に小さな家が見えました。そしてその裏に、とても高い木が何本もはえていました。


 ちい姫がポニーを降りると、クマが言いました。

「あれは森の魔女の家だよ。カラスは魔女のお使いだから、裏の木にいる。まずは魔女に聞いてごらんよ」

「わかった。じゃあ、いってくるね」

 ちい姫はスカートから土埃をはらい、髪をなでつけて身支度をととのえます。

 そして魔法のランプを持って、どうどうと魔女の家へと向かいました。その後を、クマがのしのしと続きます。ポニーも魔女の家の前までいきましたが、玄関の前で足を止めました。

「クマさんと一緒に、ここで待っていますから、何かあったらすぐに出てきてください」

「ポニーさん、ありがとう」


 ちい姫は深呼吸をしました。

 それから、コンコンコン、とドアをたたきました。

 少し待つと、ガチャリとドアが開きました。中から出てきたのは、黒い髪の女の人でした。

「おや、かわいいお客さんだね」

「こんばんは、森の魔女さん。わたしはお城のちい姫です。大切なブローチをさがして、ここまできました」

「ブローチ?」

「キラキラして、とてもきれいなブローチです」

「なるほどね。うちのカラスが好きそうだ」

 魔女は口笛を吹きました。

 すると、ひらりとカラスが飛んできました。

 そのカラスに、魔女は聞きました。

「お城の近くで、ブローチをひろっていないかい? キラキラしてきれいなブローチだよ」

「ひろいましたよ。ちょっと待ってください」

 カラスはひらりと飛んでいき、少ししてまた戻ってきました。

 そしてテーブルの上におり、口にくわえていたものをころりと置きました。


「ちい姫さま。これですか?」

 魔女に聞かれて、ちい姫はじいっとテーブルの上に置かれたものを見ました。

 テーブルの上に転がっている、キラキラした宝石が二つ。

 ブローチの留め具に残っている宝石が一つ。

 でも、宝石が三つたりません。はめ込んでいたお花の絵もありません。

 ブローチは、ばらばらにこわれていました。

「これです。でも、こわれているわ」

「ふぅむ。どうやら、うちのカラスが宝石をはずしたようだね。どうやってはずしたんだい?」

「岩に落として、はずしました」

「お花の絵はどうなったの?」

「こわれてしまったし、きれいじゃなかったから、すててきました」


 ちい姫はがっかりしました。

 きっとカラスには悪気はありません。きれいなものをひろって、きれいな宝石をはずしただけなのですから。

 悪いのは、落としてしまったちい姫です。

 大切なお母さまの形見のブローチなのに、どうしてもっと気をつけていなかったのでしょう。

 ちい姫は自分のことが悔しくて情けなくて、うつむいてしまいました。目にはジワリと涙が浮かびました。


 すると、魔女が小さなガラスのビンを持ってきました。

「うちのカラスが、悪いことをしてしまったね。これはおわびだよ。ちい姫さまの望みを、一つだけかなえてあげよう」

「望みって?」

「なんでもいいんだよ。でも一つだけだから、よく考えるんだよ。そのビンの中に入っている魔法の水を飲んで、願いごとを言いなさい。最初に言った願いごとがかなうだろう」

 ちい姫は顔を上げました。

 びっくりして、涙がひっこんでしまいました。テーブルの上に置かれた小さなビンは、ランプの光を受けて虹色に輝いていました。

「これを飲めばいいの?」

「願いごとを決めたら飲むんだよ。この水は声を魔法に変える薬でね、毒ではないから安心しなさい」

 魔女の言葉をきいて、ちい姫は改めてビンを見つめました。

 とてもきれいな水が入っています。

 でも、どんな願いをすればいいのでしょうか。


 そこへ、ポニーが扉口から顔を突っ込んで言いました。

「魔女さん。どんな願いごとでもいいのかい?」

「もちろんだよ」

「こわれたものとか、なくなってしまったものでも元に戻るのかい?」

「死んだ人を蘇らせたり、そう言うことはできないけれど、そうだね、こわれた飾りを元通りにするくらいは簡単だよ」

 魔女の言葉をきいて、ポニーはほっとしたようにうなずきました。

「さあ、ちい姫さま。お城に帰りましょう。みんなが心配していますよ」

「ではお城まで送ろう」

 ポニーが言えば、クマもうなずきます。

 ちい姫は、ばらばらになったブローチをポシェットに入れました。

「魔女さん、ありがとう。カラスさんも、返してくれてありがとう」

「とんでもない、お姫さま。こわしてしまってごめんね」

 カラスはしょんぼりしています。

 ちい姫はガラス玉で作った指輪をはずして、カラスにあげました。

「これ、あげる」

「わぁ! キラキラしてきれいだね! ありがとうお姫さま」

 元気になったカラスは、真っ黒な羽をバサバサと動かして喜んでいました。


 家の外では、ポニーが待っていました。

 森の中はもう真っ暗で、上を見ると降るような星空が広がっていました。

 ちい姫は、きれいな星空に歓声をあげました。

 でも、ポニーの背中に乗ると、小さなあくびをしてしまいます。もう夜ですから、ちい姫が眠る時間になっていました。

「ちい姫さま。眠かったら、しがみついていてください」

「ぼくが落ちないように見ていてあげるよ」

 ポニーとクマがそういってくれたので、ちい姫はポニーの背中にしがみつくように横になりました。パカパカと進むと少し揺れますが、座っているより楽です。

 時々落ちそうになりますが、クマがそっと背中の上へと押し戻してくれました。ポニーはゆっくりゆっくり、できるだけ揺れないように歩いてくれました。




 うつらうつらしているうちに、ちい姫はすっかり眠っていたようです。

 気がつくと森の外に出てきました。

 空はずいぶん明るくなっていました。

 早起きの小鳥たちは、チュイチュイ、ピピピと鳴きながら飛びまわっていました。

「もう朝なの?」

「そうだよ、お城も見えてきたから、あと少しで着くよ」

 横を歩いていたクマが教えてくれました。

 ポニーは、パカパカとゆったりと歩き続けています。

 ちい姫がポニーの上で伸びをしていると、クマが足を止めて前を見ました。

 ポニーも足を止めました。

「どうしたの?」

「たくさんの人が来たよ。馬と人だから、きっとちい姫のお迎えだよ」

 クマが指差します。

 ちい姫がポニーからおりると、たくさんの馬が走ってきました。


 馬たちは、ちい姫たちの前で止まりました。

「ちい姫!」

 背の高い男の人が駆け寄ってきました。

 ちい姫の一番下のお兄さまです。

 一緒にきた二番目のお兄さまも、ちい姫の頭をなでてくれました。

 でも一番上のお兄さまは、馬からおりると、ゆっくり歩いてきました。そして、膝をついて、ちい姫と目の高さを同じにしました。

「ちい姫。無事でよかった。でも、みんなはとても心配したのだよ? お父さまにもあやまりなさい」

 お父さまは、まだ馬のところにいました。

 ちい姫はお父さまの前に行きました。背の高いお父さまですから、ちい姫が見上げても、どんなお顔をしているかよくわかりません。

 でもちい姫は、勇気をふりしぼってあやまりました。

「お父さま、ごめんなさい」


 ちい姫はそういって、ぎゅっと目を閉じました。

 お父さまに叱られるのを待ちました。

 でも、お父さまのこわいお声は聞こえません。そっと目を開けると、お父さまはちい姫の前にしゃがみこんで、ぎゅっと抱きしめてくれました。

「ケガはないか?」

「うん」

「どこへ行っていたんだ?」

「森の魔女のところ。ブローチを探していたの」


 ちい姫はお話をしました。

 大切なブローチをなくしてしまったこと、お城の中にもお外にもなくて、カラスを探して森に入ったこと、クマに助けてもらったことも、魔女の家でこわれたブローチを見つけたことも話しました。

 お父さまは、草の上にすわって聞いてくれました。

 三人のお兄さまたちも、一緒にすわって聞いてくれました。

 ちい姫は、魔女にもらった魔法の薬と、こわれたブローチを見せました。お父さまは、こわれたブローチを見て、ちょっとさびしそうな顔をしました。お兄さまたちは、魔女の薬を興味いっぱいで見ていました。



 その時でした。

 どさり、と何かが倒れる音がしました。

 振り返ると、ポニーが倒れていました。

「ポニーさん、どうしたの!」

 ちい姫がびっくりしていると、二番目のお兄さまがポニーの様子を見てくれました。

 でも、お兄さまは悲しそうにため息をつきました。

「お兄さま。ポニーさんはどうしたの?」

「ちい姫。あのね、ポニーは足の骨が折れたんだよ」


 どういうことなのでしょう。

 骨が折れたのなら、お医者さんにみてもらえばいいのでしょうか。

 ちい姫が一番上のお兄さまを見上げると、お兄さまは首を振りました。

「ポニーはね、自分で立てないと死んでしまうんだよ」

「そんな」

「きっと、ちい姫を守るためにがんばりすぎたんだろうね。苦しまないように、静かに死ねる眠り薬をあげようね」


 ちい姫は首を振りました。

 そしてポニーのそばに行きました。

 ちい姫に気づいたポニーは、起きがろうとしました。でも立てません。前脚が一本折れていました。

 よく見ると、その他にもケガだらけです。

 助けを求めるようにクマを見ると、クマもお兄さまたちと同じように首を横に振りました。

「内緒にしてと言われたけれど、ポニーさんは、本当はたくさんケガをしていたんだよ。魔犬に追われた時だろうね。でもほめてあげて。お姫さまが眠っている間、本当にがんばって歩いたんだから」

 クマにそう言われても、ちい姫は首を振りました。


 ポニーは、ちい姫の大切なお友だちです。

 ちい姫のために、こんなにがんばってくれたのに、眠り薬なんて飲ませたくありません。ちい姫はまだ小さなこどもですが、死んでしまったらもう会えないことは知っていました。

 だから絶対に死んでほしくないと首をふります。でもその間も、ポニーはとても苦しそうでした。

「ちい姫さま。眠り薬をください。王さまは、きっとすぐに新しいポニーを探してくれますよ」

「いや! 絶対に今のポニーさんがいいの!」

「でも、もう苦しいんです」

「だめなの! ポニーさんは死んだらだめなの!」

 ちい姫はポロポロと涙をこぼしました。

 ぎゅうっと手を握りしめ、そして、はっと思い出しました。


 そうです。ちい姫には魔法の水があるではありませんか。

 死んでしまったものには使えない魔法ですが、ポニーはまだ生きています。とても苦しそうにふるえているけれど、まだ生きています。

 ちい姫は、魔女からもらった魔法の水を、ゴクリと飲みました。

 虹色に光る水は、すこし甘いあじがしました。


「ポニーさんのケガを治して!」


 ちい姫がそう叫ぶと、まわりに、ぱぁっと光が広がりました。

 光は、横たわるポニーを包みました。



 そして、光が消えました。

 ちい姫が目をこすっていると、ポニーがひょいと立ち上がりました。

「ポニーさん、足は大丈夫?」

「はい。ケガも全部治りました。ありがとうございます。でも……」

 ポニーは、王さまが持つばらばらにこわれたブローチを見ました。


「ごめんなさい。その魔法の水は、ブローチを元通りに直すためのものだったのに」

「いいの。ブローチは修理してもらえばきれいになるわ。本物の宝石じゃなくて、かわいい石をつければいいのよ。そうだわ、ねえ、クマさん。きれいな石があったら教えてくれる?」

「見つけたら、いっぱい持ってきてあげるよ」

「ねえ、お父さま。小さくなってもいいから、修理してくれる?」

「いいだろう。ちい姫に似合うような、かわいいブローチにしてあげよう」

「ほらね? ブローチは大丈夫。ポニーさんが元気になって、本当によかった!」


 ちい姫は、ポニーの首にぎゅっと抱きつきました。

「また、お散歩にいきましょうね」

「もちろんですよ、ちい姫さま。でも、もう森の奥へは行かないと、約束してください」

「うん、もう行かないわ」

 まじめな顔をしたちい姫は、素直にポニーと約束しました。




 お城のちい姫は、元気いっぱいのお姫さま。

 前より小さくなったブローチをつけ、大好きなポニーに乗って、ポクポク、パカパカとお散歩をします。

 森の近くまでいくと、大きなクマがあいさつをしてくれました。

 ちい姫も、クマに手をふってあいさつをしました。でも、もう森の中には入りません。

 クマにもらったきれいな石は、ちい姫のブローチとポニーのたてがみの上で、キラキラと輝いていました。


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― 新着の感想 ―
[一言] とても読みやすくて、小さい頃に読んだ絵本のお姫様が歩いている絵が浮かんでくるようでした。 素敵なお話をありがとうございます。
[良い点] 面白かったです! 絵本を読んでいるような、懐かしい気持ちになりました。 ちい姫とポニーの絆は、きっとなににも代え難いものになったのでしょう。 良心をありがとうございました! [一言] 僕…
2015/01/19 17:24 退会済み
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