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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第四話   第一楽章:ちくはぐなシンフォニー(2)

 大きな音の原因はすぐに見つかった。
 招待客らしき女性が、慌てて食器の破片を拾い集めている。この女性が割ってしまったのだろう。
 貴族らしからぬ振る舞いの女性に対しなんだか親近感を覚えたカミィは、片付けを手伝うべく正面にしゃがんで声をかけた。

「大丈夫ですか? お手伝いします」
「ぎゃ! おばけっ!」

 女性は顔をあげた瞬間に驚愕の声をあげた。
 なるほど。ガスマスクをつけているとお化けに見間違われちゃうらしい。

「驚かせてしまってごめんなさい。ちゃんと生身の人間です」
 おばけは怖いですものね。と謝罪してマスクを脱ぐ。

「いえ、こちらこそ大変失礼を……。ありがとうございます」

 お礼を言う女性に、安心してくださいと微笑みかけて、そのまま一緒に破片を拾いはじめる。一体どれだけ割ったのか、結構な量の破片が辺りに散らばっていた。

*

 場内に響き渡った食器が割れる音は、もちろん本日の主催者の耳にも届いた。少し離れた場所で貴族達に囲まれていた王子は、音のした方向へ視線を走らせ、ふたりの女性が割れた食器の破片を拾い集めていることに気がついた。

「何かあったみたいだ。失礼、少し外します。あとは皆様で気兼ねなくお楽しみください」

 名残惜しそうに後ろ髪を引く玉の輿狙いの娘達や、見え透いたおべっかをを使う成金貴族達に向けて笑顔を残し、脱出する。

 食器が割れたくらいであれば使用人が片付ける。普段ならわざわざ様子を見に行く必要は無い。
 だが今日は、それでは満点とは言えない。

 今日の彼には目的があった。

 ひとつはこの舞踏会を大成功させること。どんな些細なトラブルであろうと自分で解決したほうが良い。はじめて彼が主催する舞踏会だ。直接言葉にはされないが、次代の王の品定めをしに来ている貴族も少なくない。スマートに問題を解決できれば評価が上がるだろう。

 もうひとつは后候補を探すこと。できるだけたくさんの異性を目に入れておきたい。しゃがんでいる女性達も間近で見ておいて損は無いだろう。

 そんな気持ちで彼がふたりへ歩み寄ると、タイミングを見計らったように横から声がかかった。

「王子! ちょうど良かった。ご挨拶の機会をうかがっていたのです」

 マスクで顔は隠れているものの、その美しい薄紫の髪とよく響く声には覚えがある。先日この人物から謁見の申し入れをうけたばかりだった。

「ああ、あなたはヘルトゥ様ですね? どうです? 楽しんで頂けていますか?」

 他国の王族であると自称するヘルトゥは、普段は身分を隠し、吟遊詩人として諸国を周遊しているらしい。謁見は、この国の文化を学ぶ為に舞踏会へ参加させてほしいといった内容だった。

「ええ、もちろんです。この国の料理は素晴らしい。飲み物も美味しい。参加できて良かった。ぜひお礼をと、お姿を探していたんです。大きな音がしたのでここへ来てみたのですが、お会いできて良かった」
「それはなによりです。っと、そういえば」

 彼の言葉で王子はここに来た理由を思い出し、しゃがみ込むふたりへと声をかける。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 二人の女性のうち、近くに居るほうに声をかける。白桃に似た薄い色の髪をした小柄な少女だ。
 肩に手を置くと、黙々と破片を拾っていた少女は小さく声をあげて振り返った。

「え? あ、痛っ」
 驚いた拍子に指先を少し切ってしまったようで、サテンのグローブにじんわりと血が滲みはじめた。

「大変だ。片付けは使用人にやらせますので、あなたはすぐに手当を」
 王子は優雅な動作で、赤く染まっていく手を引いて立ち上がらせる。

 立ち上がった少女が顔をあげると、一瞬目を奪われた彼は、マスクの奥の表情を崩しかけた。少女の姿が、探していた后候補の条件にかなり近いように思えたからだ。
 だがそんな動揺をまわりに悟らせることはせず、あくまでも紳士的な態度を取り続ける。そういうことが人よりも上手くできるのが、この王子の特色だった。

「ヘルトゥ様もこの場の処理は使用人に任せて、どうぞパーティをお楽しみください」
「それじゃお言葉に甘えて。ところできみ、ひとりかい?」
「えっ?」

 もうひとりの女性に声をかける彼を苦笑いで見送ってから、王子は少女を医務室へと案内した。

*

 ホールの奥から続く廊下を進んだ先にある医務室。その長ソファで、カミィは傷の手当を受けている。

 白を基調とした清潔な室内で、家具は多くない。一見殺風景に思えるが、注意して見ると少ないながらも置かれている調度品はどれも上品で、やはりここも城内の一室なのだなと改めて思わせるような場所だった。

「深く切ってはいないようですね。すぐに出血は治まるでしょう。何か飲み物でも用意させましょうか?」

 カミィが処置を受けているあいだ、案内してくれた彼はそばに立ってじっと付き添ってくれている。
 この人もきっと舞踏会を楽しんでいたんだろうに、途中で抜け出させてしまった。なんだか申し訳ない気持ちになる。

「いえ、結構です。私の不注意でお手間をかけてしまってごめんなさい」
「こちらの対応が遅れたせいです。気に病む必要はありません。それでは、手当が終わるまでもう少し話でもしませんか」

 紳士然とした態度で隣に腰掛けて微笑まれ、つられてカミィも少しだけ笑顔になる。

「そう。女性は笑っていたほうが魅力的ですよ。申し遅れましたが僕はトーマス・ファン・ビセンテ・ラ・セルダ。本日の主催を務めさせていただいております」

 その名前を聞いてカミィは口から心臓が飛び出しそうになった。
 先ほどからの口ぶりや態度でお城に詳しい人だろうと予想はしていたが、あろうことか王子その人だとは。
 口説き文句のようなキザな台詞もこの人が言うとあまりに自然で、これが王族というものかと関心とともにやや気後れを覚えた。

「私はカミィ・セシル。オルレアン領にあります伯爵家、セシル家の次女です」
「ほう。セシル伯爵の」
「お父様をご存知なのですか?」
「直接の面識はありませんが、お名前は存じております。たしか貿易を営んでらっしゃるとか。こんなに可愛らしいお嬢さんがいらっしゃるとは知りませんでしたが。そちらの風変わりなマスクはお父様の貿易のお品で?」

 さっき知り合った男性にもらったガスマスクをさして、トーマスがたずねた。
 カミィはそこで自分がマスクを外してしまったのを思い出して、

「ごめんなさい。仮面舞踏会なのに私ったらマナー違反を」
「構いませんよ。あなたにはマスクは似合わない」

 そう言われて、カミィは改めて腕のなかの深緑の物体に目を落とす。
 とっても素敵なマスク。なんだか機能的で実用性もありそうな気がするし、珍しくて個性的でかっこいい。
 似合わないと言われると、少しショックだった。

「そうですか。わたしには、似合わないですか」
「本当の自分をマスクで隠し別の自分になる、というのは生きるうえで便利なことではありますが……着ける必要が無い人もこの世には居るのです。あなたがマスクを着け忘れたおかげで、今日は良いものを見つけました」

 マスクの話かと思ったら、そういうわけでも無いらしい。王子の言うことは抽象的で難しい。

「どういう意味ですか?」
「いえ、こちらの話です」

 質問の回答を曖昧に濁して、彼は目を細めた。

「お手当が終わりました」

 そのとき、道具箱を片付け終わった医師が立ち上がった。包帯が巻かれたカミィの指先を王子がすくい上げる。

「あの、なんだかよくわからないのですが」
「その好奇心はときとしてあなた自身の首を閉めることになりますよ。それでは、残りもごゆっくりお楽しみください」

 王子はまたもや意味深な言葉を発して、もたつくカミィを部屋の外へと送り出した。有無を言わさぬ態度なのに、エスコートは柔らかく完璧。

「あ、あの、お手当ありがとうございました」

 お礼を言うカミィの目の前で、それ以上の接触を拒絶するかのようにドアが閉まる。
 何か気に障ることを言ってしまったかなと不安になったが、考えても仕方がない。

「少しフラフラしすぎちゃった。お父様とお母様が心配してるかな」

 医務室から回れ右をしてホールへ戻る。寂しい廊下から賑やかな空間へ入り、ひとりでいることが急に心細くなる。見知った顔に会いたい。
 場内についてすぐ、一緒に来た両親を探すことにした。

 手当を受けているあいだに思ったより時間が経っていたようだ。
 戻ったホールでは楽団の演奏の音が大きくなっていて、パーティはいよいよ佳境に入っている。
 踊る人びとにぶつからないように隅のほうを歩きながら、ひとり、自分だけが世界から取り残されたような気持ちになった。


 キョロキョロとよそ見をしながら歩いていると、前方から来た誰かにぶつかった。

「大丈夫? ちゃんと前を向いて歩かないと危ないよ」
 相手は跳ね返って転びそうになったカミィの腰を素早く受け止めて、体勢をなおしてくれる。

「ごめんなさい」
 腰を支えられたまま顔を上げて、カミィは安堵した。知っている人がそこに立っていたからだ。

「あなたは先程の……」
「用があってきみを探してたんだ。ここは人が多いから、あっちのテラスへ行こう」

 そう言って、ぶつかった人物――ガスマスクをくれた人は、強引にカミィの手を引いて外へと連れ出した。


*


 城内の煌めきと相反して、テラスにはすっかり夜の帳が降りていた。冬の澄み切った空に散らばる星の輝きがふたりを照らす。
 白い息が混ざり合って、ふたりのあいだに小さな雲が浮かんでいるみたいに見える。

「そういえばこれどうしたの?」

 カミィの手に巻かれた包帯について、彼がたずねた。

「割れた食器の破片拾いをお手伝いしているときに不注意で切ってしまって……」
「血が出たの?」
「ええ、少しだけ……」
「きみって血液型は何型?」
「O型です」
「へえ、僕と一緒だね。奇遇だなあ。ところで本題なんだけど、僕、きみを好きになったみたい」



――あまりに唐突な告白に、カミィは頭が真っ白になった。



 一瞬、時間が止まってしまったのかと思った。
 彼の言葉はカミィにとって、時を止める魔法の呪文のようだった。

 前後のつながりがみえない話の内容と、突風のような急展開に理解が追いつかない。青天の霹靂。

 驚きのあまり体が凍りついたように固まってしまい、動くことができない。
 息が詰まって言葉に窮していると、矢継ぎ早に彼が続ける。

「きみを見ていると、今まで感じたことのない不思議な気分になるんだ。他の人間の前ではこんな症状が出ないから、病気でないとすれば、僕はきみを好きになったっていうことになると思う。きみに近づくと感情が高ぶるんだ。おそらくドーパミンが多量分泌されている。手を握ると心拍数が増加するのはノルアドレナリンの分泌のせいだ。そして今、少し不安になっているのはセロトニンの分泌が少なくなっているからだ。明らかに平常時とは違う脳内物質が出ていて心と体に変化を起こしている。この症状から導き出される答えは……恋……というものだと思う。この心理状態をもっと詳しく研究してみたい。ひとりじゃ無理なんだ。協力してくれるよね?」

 そこまでを一気に捲し立ててから、再びカミィの手を取りなおして、祈るように両手で優しく包み込んだ。



 カミィにだって、年頃の娘らしく人並みに恋愛小説など手にとって、登場人物に自分を重ねて焦がれてみたりしたことはある。
 もっと大人になれば自分も甘いロマンスや苦い失恋を経験するのだろうかと、漠然と夢想もしていた。
 しかしまさか、こんなにはやく突然に、その機会が訪れるとは。

 難しいことはよく分からなかったが、「好きだ」と言われたことをようやっと理解したカミィは、まるで自分が物語の主人公になってしまったかのような気分になり、すっかり舞い上がってしまった。

 恋愛経験どころか、異性との接触すらほとんどしたことのなかった少女にとって、「男性が自分を好きだと言っている」。
 それだけで、恋に落ちる理由は充分だった。
 人を好きになるきっかけなど、得てして案外些細なことなのだ。

 固まった体を溶かしていくように、握られたままの手からじんわりと熱が伝わってくる。意識しはじめると途端にその熱が全身へ広がって、今が冬だと忘れてしまいそうだ。

 何か言わなければと焦れば焦るほど、舌がもつれて言葉が出ない。今の自分の姿は、口をパクパクさせるだけの金魚みたいに滑稽なんじゃないだろうか。

「あの、わ、わたし、わたしも……」
 そこまでを絞り出したそのとき、横から声がかかった。

「お話中失礼致します。セシル家のカミィお嬢様でいらっしゃいますね? ロバート様からあなたを探すよう言付けを預かって参りました」

 城の使用人風の男性にそう言われ、カミィは急に現実に引き戻された。

「いけない! そういえば私もお父様を探していたんでした。もう行かなくては。ごめんなさい。今度お手紙を出しますからきっとお読みになってね」

 最初の目的を思い出したカミィは彼から手を離し、ドレスの裾をひるがえして小走りで会場内へ戻って行く。
 はじめての恋への気恥ずかしさから逃げ去るように。

*

「舞踏会はどうだったかね?」

 帰りの車のなかで父にたずねられたカミィは、めまぐるしかった今日一日を思い返していた。

 久しぶりに姉と義兄に会ったこと。
 割れた食器の片付けを手伝ったこと。
 王子と話をしたこと。
 不思議なマスクと自分のマスクを交換したこと。もちろん貰った不思議なマスクは今も大切に膝の上に乗せてある。
 そして、不思議なマスクの持ち主だった男性から好きだと言われたこと……。

 思い出して、また全身が熱くなってくる。

「とっても楽しかった」

 そう返事をして、顔が赤いのが両親にばれてしまわないように、体の向きを変えて景色を眺めた。

「そういえば、お手紙を出すと言ったのにあの人の名前を聞き忘れてしまったな。お義兄様とお知り合いだったようだけど、きけばわかるかなあ……」

 そんなことを考えていたから、家に着くまでずっと眺めていたのに、道中の景色は全然頭に入ってこなかった。
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