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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

外伝

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外伝六   かくて、狼は漸う王となり(1)

メイン:マリク、デコ、ボコ ジャンル:シリアス

金貸しとしてやや軌道にのりはじめた頃。
マリクとデコの元に、ボコがやってきたときの話。
 雨が降っていた。

 大気中に舞う砂を包み込んで降り注ぐスラムの雨は、じっとりとまとわりつくような重さがある。だが、夕刻の大通りは雨だろうが晴れだろうが、なんなら嵐だろうが関係なくごちゃごちゃと騒がしい。

 頭が痛くなるような喧騒にまみれたその場所から少し離れ、一本の路地に入ると、辺りは途端に静かになる。不揃いな形の家々がひっそりと立ち並ぶその路地の突き当りには、壊れかけのバスケットゴールが置かれた空き地があって、天気の良い日にはやんちゃな若者達がたむろする光景を目にすることができる。
 その空き地の手前、白い壁に歪んだ木のドアが嵌まる家のなかで、数人の若者達が地べたに座りカードゲームで賭けに興じていた。晴れの日には空き地で身体を動かして遊ぶ彼らは、壁のなかにあっても別段窮屈には感じていないようで、わあわあと子供のように弾んだ声を響かせて楽しそうにしている。ときおり小さな諍いで怒声が飛び交うのもご愛嬌。彼らにとってはじゃれ合いのようなものだ。


 そんな声を背に、マリクは黙々と金を数えていた。

 眼前のローテーブルに札とコインを束ごとに並べていく。
 数年前にはじめた金貸し事業は概ね順調だ。

 少年窃盗団を抜けたあと、貴族が斡旋する集団労働に参加してコツコツ地道に金を貯めた。その金を元手として金貸しをはじめ、最初は狭く小さく、ひとりでやっていた。
 はじめたばかりの頃ははまだ子供と呼ぶべき年齢だったし、力も弱かったから、貸した金が素直に返って来ないなんてこともあった。しかし、舐められたらそれで終わりだ。ときにはどうしても泣き寝入りしなければならない夜もあったが、基本的には"手段を選ばず"回収するようにしていると、徐々に皆きちんと返すようになった。取り立ては容赦ないが、利息はあまり多く取らない。取りすぎると反感を買うし、何よりポリシーに反するからだ。

 返す金の無い奴は労働に連れて行き、その賃金から取り立てる。連れて行った労働者は厳しく見張り、サボるようなことがあればケツを叩く。結果、マリクが紹介する人材は真面目によく働くと評価され、斡旋・監督を任されるようになり、紹介料も払われるようになった。
 そうすると加速度的に元金も増え、貸せる金額や人数にも余裕ができる。
 紹介のおかげで仕事にありつけた人や常連の口コミによってさらにマリクの名は広まり、金を借りに来る者の他に、部下にしてほしいとやってくる者もちらほらとあらわれた。
 そこからまた、見る目が無かったせいで痛い思いをしたり、人間の汚い部分に腹を立てたりしながら、紆余曲折。

 今、マリクの傍には、補佐としてよく働く心根の優しい大男と、騒がしいけれども慕ってくれる数名の若者が居る。


「お前らお疲れ。今日はもう仕事無いから、帰っていいぞ」
 午前の取り立て分の計算を終えて金をまとめると、マリクは待機させていた若者達へ声をかけた。

「了解。お疲れっすー」
 飲みに行こうか、人と会おうか、と半休の予定を語らいながら出ていく若者達を見送る。彼らの声が遠のいたあと、
「じゃあ俺も帰ります。お疲れ様でした」
 と補佐役のスキンヘッドの大男が立ち上がったとき。

 バタン! と。

 突き破るような勢いで、外からドアが開かれた。
 やって来た人物はそのままどさりと膝をつく。知らない青年だ。
 この雨のなか傘もささずに来たのだろう。からだは濡れそぼり、そこらじゅう泥だらけ。

 だが、それよりも。

「お願いします。助けてください」
 そう言って、びしょ濡れの彼が肩から降ろした小柄な少年に、マリクと補佐は目を奪われた。

「骨何本かイってそうですねこれ」
 補佐が見下ろして冷静に呟く。

 目の前に横たえられた少年はボロ雑巾よりもひどい有様だった。
 誰かに殴られでもしたのか、頬はパンパンに膨れあがり、目の上や口元は切れ、前歯も一本無くなっている。雨のせいで渇ききらない血が泥と混じり、顔や洋服の首元を汚している。服を捲くるとからだも痣だらけで、腕や足もところどころ腫れている。変な方向に曲がっていないのは幸いか。補佐の言う通り、あばらは何本か折れているかもしれない。

 苦しそうだが呼吸はしっかりとしている。外傷は酷くても、命には別状なさそうだった。

「おい、意識あるか?」
 マリクは屈んで、少年の痛々しい頬をはたいてみる。

「俺……生きてるッスか……?」
 少年はうっすらと目を開けて、焦点の定まらない虚ろな瞳を覗かせた。
「とりあえずな」
「あは、えへへ……」
 その言葉に安堵し、おそらく笑顔をつくろうとしたのだろう。少年は頬をひきつらせ力なく声を漏らしたあと、今度は正真正銘意識を失った。

 何がおもしれーんだか。と、呟いて、やってきた青年のほうに目を向ける。
 青年は能天気に、外に向かって濡れたシャツを絞っている。ここへ少年を運び込んで責務を果たしたつもりなのだろうか。

「おい、お前」
 マリクは無防備な青年の尻を蹴りつけて、自分より少し背の高い彼を睨め上げた。年齢も相手のほうが少し上に見える。
「説明しろ。お前は何者だ。こいつは何だ。どうしてここへ連れてきた?」

「俺達、逃げてきたんです。なんでもしますから、仲間に入れてください」
「追われてるんじゃねーだろうな?」
「それは大丈夫っす」

 相手の落ち着き様を見るに、どうやら嘘ではなさそうだ。黙ってアゴで先を促す。

「俺達、『アワリタの悪魔』っていう窃盗団で働いてたんですけど」

 マリクは、ああ、とひとつだけ相槌を打った。その窃盗団はよく知っている。なにせ、数年前までは自分も属していたからだ。何かしらの事情で、自分の食い扶持を自分で稼がなければならない子ども達の集団だった。一応記憶を辿ってみるが、このふたりの顔には覚えが無い。マリクが抜けてから入団したのだろう。

「俺は親居ないから自分が食うためなんすけど、そいつは親父に言われてそこで働いてて」
 床に転がっている少年をさして、青年は言った。

 産み落とされるだけ落とされて、あとはどうにでもなれと放置されることは、スラムの下層世帯ではよくあることだ。マリクだってそのクチだ。
 そしてそれと同様に、ただ、"親だから"というだけの理由で子どもを"使う"おとなが居るのも、特別珍しいことではなかった。その話を聞いても、この少年はそっちのタイプか、という感想を抱いただけだった。

「そいつの場合、団の仕事の分け前は親父が全部持ってっちまうんですけど、そいつ自身があんまりいろいろと上手くねーから、稼ぎが少ねーって普段から暴力うけてたみたいで。今日は特にひどかったのか、俺がたまたま通りかかったとき、こいつは親父に本当に殺されちまいそうだった。だから連れて逃げてきたんです」

 似たような境遇の子どもが集まったとて、全員の仲間意識が強まるわけではなく。団のなかでもシビアな力関係があった。年齢が上だったりからだが大きかったりという者が強く、幼い子やからだが弱い子は働かされても分け前は少なく、タダ働きもザラだった。頭が良いとか何かしらの一芸に秀でている者にはチャンスがあったが、そうでなければ、他に稼ぎ口を見つけるまで苦い汁をすするだけ。
 一度も目を逸らすことなく見つめてくる青年は搾取される側だったのだろう。足元で横たわる少年も言わずもがな。背は低く全体的に華奢で小さいし、とうてい頭も良さそうには見えない。

「事情はわかった。けど、すぐには信用できねえ」

 誰かをそばに置くと、いつか裏切られるかもしれないリスクが常に付きまとう。とくにスラムではそれが顕著だ。物理的な貧しさは、心の貧しさを誘引する。真に信頼できるのは、価値のかわらない金だけ。今慕ってくれている数人の部下も、給料という金で心をつなぎとめているだけにすぎないとマリクは思っている。だが、逆に言えば、給料をきちんと支払っているうちは大丈夫、と言える程度の信頼は置いている。
 そこに至るまでには当たり前のように時間がかかったわけで。

「とりあえずは試用期間だ。お前らがちゃんと働くかどうか見せてもらうぞ」
「ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」
 青年が頭を下げる横で、補佐の男が口を開いた。まだ意識がない少年を指す。
「ボス、こいつはどうしますか」

 あ~、と不明瞭な声を出してマリクは頭をかき、
「お前、面倒みてやれ」
「分かりました」
 マリクの指示で補佐の男は少年を肩に担ぐ。
「とりあえず俺んち連れて行きます」

「あの、俺は」
「適当に雨風凌げそうな場所探せ。明日の朝またここに来い」
「了解しました!」

 こうして解散の流れとなり、家から出ていく三人の背を見送ったあと。
「厄介なことにならなきゃいいがな」
 マリクは心の奥底に湧き上がる小さな懐疑心がどうか勘違いであって欲しいと願って、テーブルに置きっぱなしになっていた札束を金庫へ閉じ込めた。




 そして翌朝。

「おっはようございまッス!」
「うるせー!」
 耳をつんざくような大声がして、マリクは弾かれたようにソファから飛び起きた。声のほうへ顔を向けると、入り口近くにあのボロボロの少年が満面の笑みで立っていた。誰よりも早くやってきた少年の後ろで、補佐の男が小さく頭を下げた。

「すみませんボス。朝飯買ってきたんで勘弁してください」
「一緒に食べましょー!」

 差し出された紙袋からは香ばしいかおりが漂ってくる。呼応するように腹の虫が鳴き、マリクは渋々彼らをテーブルへ招待した。

「いやー、助けてくれて感謝ッス! 昨日はマジで死ぬかと思った~!」
「めちゃくちゃ元気あるじゃねーか……」
「一晩寝たらマシになったッス!」

 歯ぁ無いと噛みづれー! と、隙間の空いた歯を覗かせて笑いながら、少年はパンを頬張っている。
「なんか……頭の悪い小型犬拾ったみたいな気持ちになりました」
 補佐の男がボソッと呟いたのを、マリクは意図的に聞き流した。

「ところで、俺をここまで連れてきてくれたのって誰ッスか? 俺昨日親父に殴られてからあんまり記憶無くて」
「あ? そういや名前聞き忘れたけど……お前心当たり無いのか? 仲良かった奴とか」
「ん~。そッスね~」
 少年は腕を組み頭を捻る。
 と、「おはようございます!」とまた明るい声が聞こえ、噂の青年が姿をあらわした。

「目がさめたのか! 調子はどうだ?」
 青年はテーブルに少年を認めると親しげに歩み寄った。
「えっ? あっ!? アンタが俺をここまで運んでくれたの? なんで?」
 少年にとって、助けてくれたのは予想外の人物だったようだ。小動物のように目を丸くしている。

「ははっ! 何言ってんだよ当たり前だろ! 俺達、親友じゃんか! お前のピンチをほっとけるわけ無いだろ!」
「そうだったっけ……? まあなんにせよ有り難いッス!」
 少年は一度首をかしげたが、すぐに笑顔に戻って頷いた。あまり深く考え込むタチでは無いらしい。なるほどなんともカモにしやすそうな少年だ。窃盗団での彼の位置がどのようなものだったか想像に難くない。
 マリクが眉を潜めて補佐を見ると、彼もやや訝しんだ様子だった。

 そのうちにひとり、ふたりと部下が集まりはじめた。全員が揃ったところで、マリクは新入りを前に立たせ、皆に紹介した。
「今日から働くことんなったふたりだ。よろしくしてやってくれ」
 青年と少年が頭を下げる。少年と、そのややうしろに立つ補佐を見て、誰かが言った。

「補佐デカイし新入り小せえし、ふたり並ぶとデコボコでおもしれーですね」
 その一言で、ドッと笑いが巻き起こる。言われてみればたしかにアンバランスで面白い。しかも補佐は少年の世話役ときている。マリクも思わずふきだし、
「よし。お前らのあだ名は今日からデコとボコだ」
 などと冗談を飛ばすと、若者達はますます盛り上がってさっそく「デコボココンビ!」などと囃し立てた。
 補佐は相変わらず無表情でその場に突っ立ち、からかわれていることに気づいていないらしいボコとなった少年は、
「なごやかムードッスか? あはは。笑うと肋骨痛えやあははは」
 と、歓迎の雰囲気を楽しんでいるようだった。

 その日は新入りふたりを見学につけ、いつものように金を貸した者達の元をまわった。
 素直に返す者、感謝までしてくる者もあれば、頑なに反抗する者もいる。そういう者達には容赦なく家探しや脅し、暴力などできっちりと取り立てる。
 やっていることの悪どさに新入りふたりは最初尻込みしていたが、「借りたもんは返すのが当たり前だろ」という組織の信条に頷き、夕方、マリクの家に帰る頃には何も言わなくなっていた。




「どうだ? やれそうか?」
 全ての回収が終わったあと仲間を帰して金を数えながら、残らせた新入りふたりにマリクはたずねた。

「いけます」
 青年は即答。
「多分大丈夫ッス!」
 一拍置いて、本当に大丈夫か……? と心配になるような笑顔でボコも答えた。
「俺が指導します」
 一緒に残っているデコがさっそくボコにフォローをいれる。この様子だと、ふたりは本当に良いコンビになりそうだ。

「よし。それなら明日も朝から来い。あー、でもあんまはやすぎるのは面倒くせえ。適度な時間に来い」
 今朝の出来事を思い出しながら、数え終わった札を金庫にしまう。
「すみませんボス。今朝のことは俺の監督不行き届きです」
 その背中に、なぜかデコの謝罪が届く。彼を責めたつもりはないのだが、まったく律儀な男である。

「あのー、ボス。せっかくお近づきになれたんで、よかったらこれ皆であけませんか?」
 振り返ると、新入りの青年が一本の酒瓶を掲げていた。窓から差し込む沈みゆく太陽の色が、緑の瓶の輪郭を彩る。赤と緑のコントラストが喉の渇きを意識させる。

「わっ! いいッスね! 飲もう飲もう。グラスどこッスか!?」
「あ!? 何勝手に」
「もう開けちゃいました! いいでしょ、一杯だけ!」

 断る暇も無くあっという間にグラスに酒が注がれ、強めのアルコールの匂いが鼻腔を刺激する。一日働いたあとの酒がうまいことはこの場にいる全員が知っている。
 となれば。

「開けちまったもんは仕方ねーな。一杯だけ……」
「やった! いただきまーす!」
「かんぱーい」
 グラスを打ち合わせる音が宴会開始を知らせ、からだを熱くさせる液体が喉を駆け抜けていく。

「うめー! もう一杯!」
 最初の一杯を一気に飲み干したボコの顔はすでに真っ赤。昨日死にかけるほどの怪我をしていたというのに酒など飲んで平気なのだろうかと、見ているほうが心配になってくる。
 それでも本人は「あはは。やべーからだめっちゃ痛え!」と痛がりながらも笑顔を崩さない。もしかしたら日頃の暴力のせいで痛みに慣れてしまっているのかもしれない、という考えがマリクの脳裏によぎる。昨日見たボコのからだには、細かな古傷もいくつか残っていたことを思い出した。

 手のなかのグラスはそろそろ空になる。飲み終わったら解散しないと、明日の朝がつらい。三杯目に手を伸ばすボコを止めようとして、
「おい、今日はそのへんでやめと」

――突如、視界が揺らいだ。激しい立ちくらみがしたときのような、世界がひっくり返る感覚。

「何だ!?」
 同時にどさりと目の前でデコとボコのふたりが倒れ、彼らの手からこぼれたグラスが甲高い音を鳴らした。
 ただひとり、新入りの青年だけが平気そうな顔をして立ち上がる。

「クソ……何か盛りやがったなてめえ……」

 自身に起きた異変を理解したところで、マリクの意識も途切れた。
+注意+
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