挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

外伝

39/45

小話二   恨みを買うはなし

メイン:ジュンイチ ジャンル:マッドネス

ジュンイチがまだバリバリの軍人だった頃のはなし。
以前本編として差し込んでいたものです。改稿に伴い、小話として下げました。

 控えめな電球の明かりが照らす、灰色の簡素な室内。中央には簡易デスクとパイプ椅子。
 その椅子には、長いコートの裾を床に垂らして、片足が義足の男が座っている。

 この男は今日、軍の施設に押しかけ、刃物を振り回しながら「吾妻を出せ!」と騒いだのだ。発狂する彼はすぐに警備兵に取り押さえられ、速やかにポリシアに引き渡された。

 項垂れておとなしく椅子に座っている男の正面に自分でもうひとつ椅子を運び、精悍なポリシアがどかっと腰掛ける。

「アンタ、軍相手に問題を起こそうとするなんて正気か?」

 呆れたように言う正面のポリシアのほうを向きもせず、男は深く頭を下げたままだ。正面からはつむじが見える。まだ三十代そこそこだろうに、赤茶色い髪には白髪がまじりはじめている。

 沈黙を守り続ける男の白髪を、「一本、二本……」と心のなかでポリシアが数えて待っていると、観念したように男が口を開いた。

「大佐……。吾妻大佐に……恨みがあったのです」
「大佐ってことは、アンタも軍関係の人?」
「そうです。数年前は前線の一般兵でした」
「おかしいな。侯爵様は確か技術部のはずだ。技術部ってのは研究所であれこれする人の事だろ? 前線のアンタと何の関係が?」

 そこではじめて男は顔を上げ、涙を流しながら訴えた。

「あの人は! あの人は目の前で苦しむ私を見捨てた! そのせいでその後の私の人生は大きく狂わされた!」

 両手を拳にしてデスクを叩く。力説する男の目から溢れる涙は、悲しみではなく悔しさから来るものに見える。

「……詳しく話を聞こうか」

 ただならぬ様子の男から真に迫るものを感じたポリシアは、真面目な表情をして座り直した。
 男は拳を握りしめたまま、ぽつりぽつりと話しはじめた。

「あれは数年前、前線で激しい戦闘が行われていたときの事です……」

***

 戦場の後方に設営された大型の医療テントのなかは、本来なら百人以上が余裕で過ごせるほどの広さのはずだった。だが今は、床に横たわる重傷者達で足の踏み場も無い。
 怪我人のうめき声と、それに負けないように飛び交う医師の怒鳴り声が蔓延するその空間は、戦場にも引けをとらない熱気だった。

 次々と運ばれてくる患者の数に対して、圧倒的に医師が足りない。
 医師のもとへと列を成す軽傷者の横で、治療が間に合わなかった重傷者が息を引き取る光景も見られるほどだった。

 そんなただでさえ狭く感じるテントに、フラっと白衣の男がひとり、入り口の見張りを顔パスして入ってくる。吾妻ジュンイチ大佐だ。
 本来清潔で真っ白でなければならないはずの白衣は、裾のほうが赤黒い染みで汚れている。その赤黒さは一体何なのか……は、精神衛生上、想像しないほうが良いだろう。大佐の実験狂いは周知の事実。人として問題のあるような実験も多く行っていると聞く。

「吾妻大佐! 手伝ってください! 人手が足りないんです」

 来訪者に気付いた常駐医師は、治療する手を止めずに首だけをまわして懇願した。

 ジュンイチが医師免許を所持していて、さらには本業の医師顔負けの腕を持っているというのは、軍の人間のあいだでは有名な話だ。

 ジュンイチは、
「いいよ」
 と返事をして、隅の小さなスペースに片手で丸いすを運んで腰掛けた。

 テントのなかを広く見渡せるその場所で、何かを品定めするように辺りを見まわす。
 そのうち、横たわって苦しむひとりに目をとめて、立ち上がった。

「きみに決めた。膝砕けてるね」

 もとの形が分からないほど膝がパンパンに腫れあがって呻いている若い兵士のところまで歩く。しゃがんで患部を確認したのち、そばの看護師を呼び止めて兵士を手術台に乗せさせる。

「暴れるかな? 上体と足、ベルト固定して」

 膝を立てる格好で兵士の体がしっかりと台に縛り付けられたのを確認すると、今度は邪魔者を追い払うようにして看護師を解放する。
「あとはひとりでできるからもう行っていいよ」
「何をはじめられるのですか……?」
 身動きが取れない兵士は怯えた声色でたずねた。

 ふところからメスを取り出したジュンイチは、
「ん、手術」
 兵士の膝にメスを入れた。

「ああああ!」

 麻酔も、心の準備も無いままにいきなり体に刃物を入れられた驚きと痛みで、兵士は叫んだ。
 膝の正面が二十センチほど縦方向に切り開かれて、脂肪が少ないハムのような肉のあいだから砕けた骨が露出している。

「ああ……うっ……うっ……」

 泣きながら体をびくんびくんと震わせている兵士の骨を正しい位置に整復して、日曜大工で棚でもつくるかのような気楽さで鼻歌まじりにピンで固定する。まるでおもちゃと戯れる子どものようだ。

 だがしかし、遊んでいるように見えてもその技術は神業的で、素早く、正確に、模範以上の鮮やかな手並みで処置を施していく。
 常人の医師なら数時間かかるであろう手術も、彼の手にかかれば数十分で終わってしまう。

 意識を失いかけている兵士の傷口を一ミリの狂いもなく等間隔で縫いつけて、彼は言った。

「はい、おしまい。一週間くらいで動けるようになるよ」
「そんなにはやく?」

 兵士への声掛けを聞いて、手術風景を横目で窺っていた医師が思わず口を挟んだ。

「うん。僕の理論でいけばね。新しい手術法を思いついたから試しに来たんだ。丁度良い患者がいてラッキーだったな」

 その言葉を聞いて、医師は、
「それではまるで実験をしに来たようではないですか」
 と、ふたりのやりとりを聞いた大多数の人間が思ったであろうことを代弁した。

 まるで、ではなく実際に実験をしに来たらしいジュンイチは、
「そうだけど?」
 悪びれる様子もなくあっけらかんと言い放った。

 臆面もなく明言され、医師は押し黙ってしまう。
 これまでにジュンイチが確立した治療法や開発した新薬がすでに現場で役に立っているという実績を鑑みれば、彼の実験にはおおいに意味がある。

「術後の経過はこれに書いて送ってね」

 医師にカルテを手渡し、用は済んだと出口へ向かうジュンイチを、横たわって一部始終を見ていたひとりの男が、強く引っ張った。
 うつぶせのまま腕だけを伸ばしてズボンの裾を掴んでいる。

 男の足はガーゼと包帯でぐるぐる巻きにされているが、その厚みを通り越して表面まで血が滲んでいる。

「待ってください! 助けてください!」

 足元にまとわりつく男の赤茶色の髪を見下ろし、ジュンイチは心底不思議そうな顔をした。

「……なんで?」
「銃弾が右足に残ったままなんです! 手術の順番を待っていたら手遅れになってしまいます。あなたなら取り出して処置できるはずだ」
「やだ」
「どうして!」
「興味ないから」
「なっ……」

 即答に絶句する男の手からスルリと抜け出し、再び彼は歩き出した。
 我に返った男はその背中に向かってなおも叫び続けたが、ジュンイチが振り返ることは無かった。

***

「あのときすぐに手術してもらえれば私は足を切断しなくて済んだはずです。救える腕があるのに救わないのは非人道的だ。あれほどの外科手術の技術を持っていながら、医療行為について、私的好奇心を満たすための材料としか考えていないのはいかがなものか! 恨まれて当然ではないですか」

 そう締めくくって男は話し終わった。

 ポリシアは腕を組んで大きく息を吐く。背もたれに体を預け、「うーん」と難しく唸った。

「言いたいことは分かる。道徳的観点からみるとアンタのほうが正しいよ、そりゃあ。だけど、【やる】か【やらない】かを選択するのは本人の自由なんじゃないかね? 救われなかったからって恨むのはお門違いというか……彼がその場に来なければ今の結果と変わらなかったわけだし、誰を救うかは彼が決めることで、アンタは運が無かった。それだけのことじゃあないか?」

「しかし実際彼はその場に居たし、私を救うことができたはずなんだ! 彼のせいで私は仕事も失い、不自由な生活を余儀なくされている!」

 頭に血が上っているらしく興奮気味な男に、これ以上話し合いは無駄だと判断し、ポリシアは立ち上がった。

「ま、情状酌量の余地が無いとは言い切れんな。普通の貴族様ならアンタその場で即刻懲役刑だっただろうけど、吾妻侯爵からはまだどう処分するか連絡が来ていないから。少しでもマシな処分になるように掛けあってみるよ」

 そう言って部屋の隅にある黒電話の受話器を手に取り、ダイヤルをまわす。
 呼び出し音が途切れるまで、手持ち無沙汰にブラインドの隙間から外を眺めるポリシアの背中を、義足の男は不服そうに恨めしげな瞳で睨んで結果を待つしか無かった。



「ええ。それはたいへん。反省しているようですし。では。ありがとうございます」

 カチャリと小気味良く受話器が置かれ、ポリシアは振り返った。

 義足の男は恐る恐る顔を上げた。どうせもう守るものは何もないとヤケになって行動にうつしたが、いざ刑を告げられるとなると緊張が走る。

「どうなりますでしょうか」

 男がたずねると、ポリシアは豪快に歯を見せて笑い、

「罰は無しだ! それどころか、事情を説明したら仕事まで斡旋してくれるらしい。良かったな、アンタ!」
「な、なんと……なんとお礼を言えばいいか」

 男の目からは涙があふれる。その涙にはもう悔しさは微塵も含まれていない。

「あそこの執事さんは大変話のわかる人だ。ま、今日はこれ食って、明日から新しい人生がんばんな!」

 味気ない灰色のデスクに野菜がたっぷりはさまった鮮やかなバゲットが置かれる。
 それを頬張る男の涙は、それから数十分止まることは無かった。


END
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ