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そしてふたりでワルツを 作者:あっきコタロウ(カミユ)

外伝

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小話二   恨みを買うはなし

メイン:ジュンイチ ジャンル:マッドネス

ジュンイチがまだバリバリの軍人だった頃のはなし。

 控えめな明かりに照らされた、灰色の簡素な室内。中央を簡易デスクが陣取って、添えられた椅子には、長いコートの裾を床に垂らして、片足が義足の男が座っている。

 男は今日、軍の施設に押し入り刃物を振り回し、「吾妻を出せ!」と騒いだのだ。発狂する彼はすぐに警備兵に取り押さえられ、速やかにポリシア(警察機関)に引き渡された。



「あなた、軍相手に問題を起こそうとするなんて正気ですか?」

 呆れたようなポリシアを見もせず、義足の男は深く頭を下げたまま。赤茶色の髪には多分に白髪が混じって、年齢よりも老けて見える。

「大佐……。吾妻大佐に、恨みがあったんだ」
「大佐ってことは、あなたも軍関係の人?」
「そうだ。数年前は前線の一般兵だった」
「おかしいな。侯爵様は確か技術部のはずですよ。技術部ってのは研究所であれこれする人の事でしょう? 前線のあなたと何の関係が?」

 そこではじめて男は顔を上げた。頬に、分厚い涙が一筋伝う。

「あいつは! あいつは目の前で苦しむ俺を見捨てた! そのせいで俺の人生は大きく狂わされた!」
「……詳しく話を聞きましょうか」

 鬼気迫る様子で男は拳を握りしめ、ぽつり、ぽつりと話しはじめた。

「あれは数年前、前線で激しい戦闘が行われていたときの事だ」

*

 戦場の後方に設営された大型の医療テントのなかは、本来なら百人以上が余裕で過ごせるほどの広さのはずだった。だが今は、足の踏み場も無い。
 床に敷き詰められた(・・・・・・・)怪我人のうめき声と、それに負けないように飛び交う医師の怒鳴り声が蔓延するその空間は、戦場にも引けをとらない熱気。

 そこへ、フラっと白衣の男がひとり、入り口の見張りを顔パスして入った。本来真っ白でなければならないはずの白衣に、赤黒い染みがトレードマークの彼の名は、吾妻ジュンイチ。

「吾妻大佐! 手伝ってください! 人手が足りないんです」

 常駐医師の声掛けに、ジュンイチは、
「いいよ」
 と、テントの隅に片手で丸椅子を運んで腰掛けた。何かを品定めするように辺りを見まわして、そのうち、横たわるひとりに目をとめ立ち上がった。

「きみに決めた。膝砕けてるね」

 手術台に乗せられたのは、地の底から響くように低く呻く若い兵士。片足の膝が、もとの形が分からないほど、赤く濡れ腫れている。
 ジュンイチは兵士の体を黙ってベルトで拘束し、足だけを曲げて固定。

「何をはじめられるのですか……?」
 身動きの取れない兵士が震えてたずねると、ジュンイチはふところからメスを取り出して、

「ん、手術」

 兵士の膝に突如切り込みを入れた。麻酔も、事前通告もなく人の体に刃物を。

「ああああ!」

 叫ぶ兵士の膝が手のひらの長さほど縦方向に割かれて、脂肪の少ないハムのような肉のあいだから砕けた骨が露出。

「ああ……うっ……うっ……」

 ジュンイチは呼吸も苦しそうに痙攣する兵士の骨に触れ、日曜大工で棚を組み立てるくらい気安そうに、鼻歌まじりで施術する。まるでおもちゃと戯れる子どもが如く。楽しげに、素早く、自信に満ちた鮮やかな手並み。専門知識を持たずとも、その技術は神業的だと分かる。
 意識を失いかけている兵士の傷口を秒速で縫いつけて、彼は鼻歌を止めた。

「はい、おしまい。一週間くらいで動けるようになるよ」

「そんなにはやく?」
 兵士への声掛けを聞いて口を挟んだのは、手術風景を横目で窺っていた医師。
「うん。僕の理論でいけばね。新しい手術法を思いついたから試しに来たんだ。丁度良い患者がいてラッキーだったな」
「大佐……それではまるで、実験をしに来たようではないですか」
「そうだけど?」

 臆面もなく明言され、医師は押し黙った。違和感を覚えながらも、返す言葉を持っていないのだろう。それは、この場の誰もが同じ。
 これまでにジュンイチが確立した治療法や開発した新薬がすでに現場で役に立っているという実績を鑑みれば、彼の実験にはおおいに意味がある。

「術後の経過はこれに書いて送ってね」

 医師にカルテを手渡し、用は済んだとジュンイチは出口へ。

 それを引き止めたのは、一本の腕だった。
「待ってくれ! 助けてくれ!」

 床にはいつくばり、目一杯に腕を伸ばしてジュンイチのズボンの裾を掴んだ男。
 男の足はガーゼと包帯で幾重にも覆われているにもかかわらず、表面まで血が滲んでいる。

 満身創痍で声を張り上げた赤茶髪の男を見下ろし、ジュンイチは心底不思議そうな顔をした。

「……なんで?」


「銃弾が右足に残ったままなんだ! 手術の順番を待ってたら手遅れになっちまう。アンタなら取り出して処置できるはずだ」
「やだ」
「どうして!」
「興味ないから」
「なっ……」


 即答に絶句する男の手からスルリと抜け出し、再びジュンイチは歩き出した。
 我に返った男はなおも叫び続けたが、無慈悲な背中は振り返ることなく、消えた。


*


「あのときすぐに手術すれば俺の足は治ったはずだ。ドクターってのは人を治すもんだろう!? アイツは実験にしか興味がねぇクソ野郎なんだ! 恨まれて当然だ」

 締めくくり、男は拳をデスクに叩きつけた。

「言いたいことは分かります。道徳的観点からみるとあなたのほうが正しい。だけど、彼にも”どうするか”を選択する権利がある。彼がその場に来なければ今の結果と変わらなかったわけだし、あなたは運が無かった。そうは考えられませんか?」
「だが実際アイツはその場に居たし、俺を救うことができたはずだ! アイツのせいで俺はなにもかも失くして、不自由な生活を送らされることんなった! スラムじゃぁ片足で稼げる仕事なんて無ぇし代わりに働かせてた息子は逃げ出すし」

 頭に血がのぼっているらしく、聞く耳持たない男の姿勢にポリシアは軽く肩をすくめ、部屋の隅で受話器を手に取った。

「まぁ、情状酌量の余地が無いとは言い切れないですね。普通の貴族様ならあなたその場で即刻懲役刑だったでしょうが、吾妻侯爵からはまだどう処分するか連絡が来ていません。少しでもマシな処分になるように掛けあってみます」


 それから数分、ピンと小気味良く終了のベルが鳴り、義足の男は顔を上げた。
 振り返ったポリシアは、恨めしげに睨みつける男へ向けて、爽快に歯を見せた。

「よく聞いてください! なんと、罰は無しです!」

「な、なんだって……?」
 強張った男の体と表情から、見て分かるほどあからさまに力が抜けていく。

「それどころか、事情を説明したら仕事まで斡旋してくれるらしいです。あそこの執事さんは話のわかる人だ。良かったですね! 足は治らないかもしれないけど、とりあえず仕事があれば食べるには困りませんよ」

「いっそ捕まっちまった方が楽だと思ったのに、突然、無罪だなんて言われても……俺はこれからどうすりゃいいんだ」

「”どう生きるか”は、それこそあなたが自分で決めることでしょう。紹介された仕事で新しい人生を頑張るもよし、恨みを抱いたままもう一度復讐するも良し。あ、いやぁ、良くは無いな。もちろん未然に防げるようこちらも対処はしますが。恨みっこは無しですよ? それも選択です」

「はは……そうかよ」

 男の頬に再び涙が伝う。その、表情は――。


END
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