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そしてふたりでワルツを 作者:あっきコタロウ(カミユ)

外伝

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外伝四   かくて、狼は漸う王となり(2)


 頭が痛い。棒で殴られたあとのような鈍痛。
 目が霞む。視界が水面のように滲んで。
 手足も重く、全身が土中に埋められているみたいにほとんど動かない。

「っくしょうめ」
 目を覚ましたマリクにできることと言えば、唯一まともに動く口で悪態をつくことだけ。

 なんとか無理やり首を回すと、案の定金庫の扉が開いていた。
 ダイヤルロックと鍵の二重構造だったのに。ロック番号をどこかから盗み見られていたのだろう。コートのポケットに入れていたはずの鍵が、開きっぱなしの金庫扉から、こちらをあざ笑っている。

「迂闊だった」

 他人の目の前で金庫を開けた自分の責任。誰を責めることもできない。
 だが、それはそれ。今後気をつけるとして。

「ぜってー許さねえ。舐めやがってクソが」
 せっかく苦労して貯めた金を盗まれ、泣き寝入りなどできるはずがない。この世の果てまで追いかけて必ず奪われたものを取り返す。

 地獄のような怒りを覚えてしばらく。手足の先から徐々にしびれが遠のいてゆき、立ちあがれる程度に回復して時計を確認すると、幸いにもまだ数時間しか経っていない。問題なく、追える。

「おい、起きろ。テメーもグルか? その怪我も俺の油断を誘う為か?」
 倒れたままのボコを怒声とともに蹴りつけると、彼はゆっくりと瞼を開けた。
「へ……? 何のことッス? あれ? なんか動きづらいッス」
 怪我だけでなく、今こうやって一緒に倒れていたことも、何かの罠かもしれない。勢いに任せて腕を振り上げると、ボコはビクッと震えて頭をかばった。こういう動きをする者を、これまでにも見たことがある。暴力を受けることに慣れている者が反射的にとってしまう仕草。

「チッ」
 ボコはグルじゃない。行き場をなくした腕は、やるせなく宙を切り壁へ。

「お前もオトモダチにハメられたんだよ。わかるか? こうなったら怪しいのはお前の親父だ。逃げたオトモダチと親父がグルだ。最初から、お前を殴って怪我させて、逃げてきたってことでここに入り込む作戦だったんだ。今思えば最初からアイツ、お前を運んできたあと一切心配する素振りがなかった。普通、一緒に逃げるほど大事なヤツが死にかけてたらもっと気にするはず。それなのに、事情を説明するあいだ一度たりともお前のほうを見てなかった。気づけなかった俺の失態だ」

 あくまで状況からの推測でしかないが、これが今一番可能性の高い現実。

「あー、どうりで。俺、あの人とそんなに仲良かったっけ? って思ってたんスよ。それなら納得ッスねー」
 ショックを受けるかと思いきや、ボコはだらしなく口元を緩ませた。

「お前……いや、今はいい。あいつの家は知ってっか?」
「知らないッスね」
「じゃあお前の親父のところへ連れて行け」
「それなら場所はわかるッスけど……俺あんまり行きたくないんで、場所だけ言うんでふたりで行ってきてもらうんじゃ駄目ッスか?」
 俯くボコの口から出たのは、出会ってから一番小さな声。

「ダメだ。お前も来い」
「そっ……ッスよねえ。わかったッス。行くッス」
 おどおどした上目遣いから転じて、すぐにまた笑顔が構築される。

 話しているあいだにデコも目覚め、薬が抜けて、全員それなりに動けるくらいには回復。

「よし、行くぞ」



 夜のスラムをしばらく走って、三人はマリクの住むあたりよりもっとずっと貧しそうな民家が並ぶ通りに着いた。

「ここッス」
 案内された一軒。壁に大きな亀裂が入り雨が漏れそうなその家の窓からは、微かな明かりが小さなイルミネーションのように。
 そっと覗くと、逃げた青年ともうひとり、中肉中背の男が見える。男がボコの父親だろう。髪の色がそっくりだ。

 マリクは腰に差した鉄パイプを引き抜いてデコに目配せ。デコは手にした金属バットを握りなおして頷き返す。
 ふたりは息を揃えて武器を高くあげ、窓ガラスへ向けて力いっぱい振り下ろした。

 クラッカーに似た音が轟き、窓枠ごと破壊されたガラスの破片が紙吹雪よろしく室内へ降り注ぐ。
 開いた大穴から身軽く飛び込めば、ブーツ越しに足裏へ伝わる、砂利を踏むような小気味良い感触。

「よぉ。パーティをはじめようぜ」

「なんだぁ!?」
 振り返った父親は、こちらを確認してすぐ、そばにあった酒瓶を手に立ち上がった。チラとズボンの裾から覗く片足は義足らしいが、動きに違和感は無い。
「あれだけ痛めつけてやったのにお前って奴は……もう一度教育してやろう!」
 額に青筋を浮かべ、マリクのことなど目に入っていないように横を通り抜けボコの前へ。躊躇なく酒瓶を振り上げる。流れるような一連の動作が、この行為の常習性を異質なまでに主張した。

「ごめんなさい!」
 しゃがんで身を守ろうとするボコを、父親は容赦なく殴りつけようとする。その腕を、マリクは後ろから掴んで止めた。
「無視してんじゃねえ。テメーの相手は俺だ」
 マリクはそのまま脇腹に蹴りを一撃。掠れた呻きでよろめいた相手の腕にパイプを打って、酒瓶を落とし無力化。羽織っているコートのベルトを引き抜いて、素早く相手の両手足を縛り上げる。

「デコ! そっちは任せた」
「もちろんです」

 どさくさに紛れて慌てて金をまとめる青年に、デコが膝蹴りを見舞う。うつ伏せに倒れた青年の首に関節技を決め、十数秒で絞め落とした。


「俺から金盗んで逃げ切れると思ったのか? ずいぶん舐めた真似してくれるなあ」
 手足を縛られ床に転がる青年と父親を、マリクとボコが見下ろして。デコは少し離れ、家のなかを物色中。

「役立たずのグズめ! 誰が今まで世話してやったと思ってんだ! こんな奴ら連れてきやがって馬鹿野郎!」
 父親はまだボコに怒声を浴びせる。あくまでマリクは居ないもの扱い。
「ひっ、ごめんなさい。でも俺、何も聞いてないし」
 相手は身動きがとれないというのに、怒声だけでボコは怯えて縮こまった。
「聞いて無くても分かりやがれ! グズ! お前のせいで作戦が台無し――!?」
 唾を撒き散らし大声をあげる父親の鳩尾に、無視されたマリクは再び蹴りをプレゼント。

「何しやがる! 今息子を教育してんだ! 関係ない他人はひっこんでろ!」
 ここではじめて、父親の目がマリクを捉えた。瞳はやや白濁として、目が合っても、見つめられているという感覚は薄い。どこか曖昧に四散した視線。
「よく聞け、息子よ。お前は俺の言うようにやってれば良いんだ。殴られるのは痛いだろう? 怖いだろう? だったら今すぐこの拘束を解け」

 この状況にあっても父親が余裕を崩さなかったのは、このせいか。マリクのなかで合点がいった。こいつは、この期に及んで、まだボコを使おう、と言うのだ。使える、と思っているのだ。この場を支配しているのは自分だと、身動きすら満足に取れないザコが。

「るせえ。何が教育だよ。デコ!」
「はい」
 デコどこからかガムテープを持ち出して、父親のお口を強引にチャック。

「さんざん巻き込んでおいて関係ないだと? ふざけんじゃねえ。”教育”ってのはこうやるんだよ」

 マリクは太もものベルト装備からシースナイフを引き抜いて、横に立つボコの手に握らせた。
 鋭く光る刃に、戸惑うボコが映り込んでぐにゃりと歪む。

「ボコ、やれ」
「えっ!? お、俺!? や、やるって何を!? こ、こ、殺すんスか!?」
「好きにしろ。殺したきゃ殺せ。お前だって殺されかけてんだ。やる権利はあるはずだ」
「ま、またまた~。冗談ッスよね? さすがに人殺しはマズいっすよ~あはは」

「なんでだ?」
「だって、そりゃ、バレたらヤバイことになっちゃうし」
「違う。なんでお前はこの状況で笑ってんだ?」
「え?」

 ナイフを返そうとする手は、目に見えて震えているというのに。額には汗をにじませて、足だってフラついて。
 それなのに。

「殺されそうになって、騙されて、今もまだ舐められたままで、それでなんで怒ったり泣いたりしねーんだよ。なんでやり返さねーんだ?」

 その問いかけは、もしかしたら、何よりも痛い言葉だったのかもしれない。
 ボコの顔から、笑みが消えて。

「おい、ボコ。お前はこれから先、どうしたいんだよ? ずっとヘラヘラ笑ってその場しのぎで生きるのか?」
「俺は……だって、笑ってないと、痛い思いをするだけで」
「いいか。お前の目の前には今、チャンスが転がってる」

 つま先で父親を突くと、両手足を縛られ口まで塞がれた彼は、鼻息あらく「ンー!」とくぐもった声を漏らした。

「別に一生道具のままで居たいならそれも良い。そしたら俺は、二度とこいつらが舐めた真似しねーようにちょっと叩いて、金を持って帰るだけだ。会ったばかりのお前の面倒を見る義理もねえ。けど、お前が仲間になりたいって言うなら、とりあえずうちに入れてやってもいい」
「お、俺、どうしたら」

「お前が決めろ」

 マリクはそれっきり口を閉じた。

 あとはもうボコ次第。

 父親とマリクに挟まれて、右も地獄、左も地獄。視線揺らすボコを見ていると、そんな一文が頭に浮かぶ。

 ボコは過呼吸のように短く息を繰り返し。
 数分後、意を決したように、ゴクリと喉元が上下。
 ナイフを両手で握りしめ、腕を高くあげ、しっかりと目標を見据え。

「ンー! ンー!」と鳴き続ける父親に向かって、ナイフを――振り下ろした。



「はいストップ」
 ナイフが父親の眉間に突き立つ寸前、マリクはボコの腕を掴んで止めた。
「できるじゃねえか」

 ボコは少しのあいだキョトンと放心。やっと状況を理解すると、その場にへたり込んだ。
「あは……あはは」

「こいつ、笑いながら泣いてやがる」
「え? 俺、泣いてなんか……あ、あれ? ほんとだ。なんでだろ? 涙出てる。あははは」

 父親はと言えば、ナイフが目前に迫った瞬間にデコが上手に絞め落とした為、今はとても静かだ。


 ”教育”は、おそらく、成功した。




 それから、部屋の中央にぐったりとしたふたりを転がしたまま、マリクとデコは暴れまわった。目に映るもの全てを壊してまわった。最初は右往左往していたボコも途中から加わって、三人で破壊の限りを尽くした。意識を取り戻したふたりに復讐の気持ちが湧き上がる余地の無いよう、徹底的に、完膚なきまでに。辛気臭い陰鬱な家を、それはそれはオシャレなハウスにしてやった。
 そして”リフォーム”が完了すると、奪われた金を持って、三人はその場をあとにした。

 帰り道、一歩先を歩くマリクの袖をひいてボコは、
「あの、助けてくれて、ありがとうッス」

 マリクは足を止めずに、頭だけ少し振り向いて、
「別に助けたつもりは無え。俺は、あいつらが俺の金を奪ったことにムカついたから潰しただけだ。お前の為にやったんじゃない」
「そッスか。でも結果的に、俺は助かったッス。なんか、新しい感じがするんス。うまく言えないけど、俺がちゃんと俺になれた気がするっていうか。こういうの、なんて言うんスかね?」
「知らねーよ。俺に聞くな」

「ですよね。ってか俺、これから先、どうしたら良いんスかね?」
「先のことは自分で決めろ。うちで働きたきゃ、しっかりやれよ。使えねーと思ったらすぐに追い出すぞ」

「了解ッス! 俺、真面目に働くッス! 最初のお給料で、まず差し歯を買って、そんで次は、彼女をつくるッス! 俺の人生、すげー楽しい感じにしてやるッスよ!!」

 ボコは駆け出した。昨日の雨でぬかるんだ地面。泥が跳ねるのも厭わずに、子供のようにはしゃいで。

「やっぱりあいつ、ただのバカかもしんねー」
 マリクの呟きに、隣を歩いていたデコが、無言で同意。

「早く帰りましょー! あ、その前にどっかで飲んで行くッス?」
 ひたすらに明るい声が闇夜に溶ける。
「行かねーよバカ」
 というもうひとつの声が、混ざり合って空へ、高く、高く。

END
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