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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

外伝

37/42

外伝五   春の頃、めぐりめぐりて(2)

「一足遅かったか」

 口惜しく漏らすマリクの目の前には、お互いに状況が飲み込めていないらしいボコとデコ。

「え? あれ? ボス、追いかけて来てたんスか? てかデコはなんで? え?」

「すまん。デコ」
「いや、まあ、別に隠すつもりは無いんでいいんですが」

 気まずく頭をかくマリクと、とくにいつもと変わらない様子のデコのあいだに、ボコが割り込む。

「何なんスか? 俺にもわかるように説明して欲しいッス。デコ、仕事休んでこんなとこで何してんの?」
「墓参り」
「墓?」
「ついてこい」

 そう言うと、デコは歩いてきた獣道の奥へと戻りはじめた。ボコとマリクも黙ってあとに続く。
 一、二分ほどすすんでから、デコは急に道から逸れた。そこからさらに数秒。一行は、すこしひらけた場所に出る。ひらけた、と言っても本当に少し。たった三メートル四方ほどの空間。意識しなければ、そこが「ひらけている」とは思わないほどの小さなスペース。

 その中央に、一本だけ他の樹とは違う種類の樹があった。
 なんという樹なのか、名前は知らない。茶色い幹の木々が茂るこの森でただ一本だけ、白っぽい色の幹をした樹だ。

「すげーでかくなってんじゃん」
「はい」

 前回目にしたとき、この樹はまだ高さも無く、幹も細く、簡単に折れそうなものだったのに。数年ぶりの光景がずいぶん記憶と違っていることにマリクは感嘆した。

「ここ……? 墓なんて無いじゃん」
「これだ」
 樹に手を添えて、デコはボコへ顔を向けた。
「これ? ただの樹じゃん」
「いや、これが墓なんだよ」

 樹の根本には、小さな花とくだものが置かれている。

「ふぅん。そう言われると、たしかにお供えものっぽい? で、誰の墓?」
「母さんだ」
「おかーさん!? まじ? なんでこんなとこに? てか、ボスは知ってたんスか?」
「まあな」

 がーん! と、コミックのような効果音を自らの口で発し、ボコはショックをあらわにした。

「俺だけ蚊帳の外だったッスか。ひでーッス。結構傷ついた……」
「待て。別にそういうわけじゃない。俺だって、デコから無理やり聞き出したみたいなもんだ」
「説明してほしーッス」

 ボコは口をとがらせてふてくされている。マリクがデコに「言っていいのか?」という目配せをすると、デコはそっと頷いた。

「まあ座れよ」
「うッス」

 墓である一本の樹の前に、三人は並んで腰をおろした。大樹と呼べるほどに成長する種類ではない樹のようだが、下から見上げるとやはりそれなりの安定感はあるように思う。
 まだこの樹が植えたてであっただろう頃のことを、マリクはボコのために話しはじめた。

「お前が俺らとつるむようになる何年か前。デコが俺んとこに来てからはじめての春。ちょうど今日と同じ日だ。まだ金貸しの仕事がやっと軌道に乗りはじめた頃。デコが突然、『明日は休みます』っつって帰ったんだ」
「昨日の俺と一緒ッスね」
「ああ、だから、朝それを聞いたとき、あいつはかわらねーなってちょっと懐かしくなったよ」

 フッと、皮肉げな笑みを向けると、デコは小さく頭をさげた。

「理由をきく暇もなく帰っちまうもんだから、俺も気になってさ。次の日は仕事休んで、こっそりデコのあとつけたんだよ」

***

 当時まだ十五歳ほどだったマリクにとって、数少ない仲間の怪しい行動は捨て置けるものでは無かった。なにせ、それまでの人生ではあらゆる人々から苦い汁をのまされてきたのだ。
 うむだけうんでろくに世話もしてくれなかった母親。顔すらみたことのない父親。散々こきつかって分け前をよこさない窃盗団の奴ら。なにもかもに目を瞑り、見てみぬふりをする大人達。

 窃盗団を抜けて、自分で事業をはじめて、寄ってきた奴らがいて……デコも、そんな折にやってきたうちのひとりだった。けれど、それらの人たちを簡単に信用できるほど、マリクは幸せな人生を歩んできていなかった。

 ふらっとやってきて、「仲間にいれてほしい」と言ったデコ。
 最初は、無表情でよくわからない奴だという印象だった。黙々と真面目に働く姿を見て、約一年ののちには、マリクも心を許しかけていた。
 その矢先の、突然のできごと。

 回収金をごまかしてちょろまかす輩も今まで何人か居た。デコのこれまでの態度は、真面目に働くフリをして油断を誘う作戦だったのかもしれない。

「もしそうだったら……俺を騙してやがったんなら容赦しねえ」

 そんな意気込みで武器を持ってあとをつけた。そうしてたどり着いたのが、この場所だった。

 つけられていることに気づいていないらしいデコは、道中で買った花とくだものを一本の若木の前に置いた。
 手を合わせて少しのあいだ祈ったあと、樹に背を預けて腰をおろす。
 そのまま、なにをするでもなく、ただじっと座り続けていた。

 一時間経ち、二時間が経った。
 デコはときおり体勢をかえながら、誰かを待っているふうでもなく、ひたすら樹に寄り添い続けている。
 そしてさらに一時間が経とうとした頃、ついにしびれをきらしたマリクは、隠れていた草陰から抜け出した。

「あっ、ボス」
「お前、こんなとこで何してんの?」

 鉄パイプ片手に草場から現れたマリクを見てもやはり表情をかえることなく、デコは、
「墓参りです」
 と答えた。

「墓ぁ? ここが?」
「そうです。去年死んだ母さんの墓です」
「ここで死んだのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど。静かなところで眠らせてやりたくて」
「ああ。まあ、スラムはどこ行ったってごちゃごちゃしてやがるからな」

 昼でも酔っ払いが我が物顔で道端に居座り、路地裏では怪しい露天商が客引きをする。街に近いほうはもうちょっとマシだが、全体的に見るとスラムはそういう場所だ。
 墓地ですらひっそりとはしてねーもんな、と、その場にしゃがみこみながら、マリクはデコの休みの理由が裏切りではなかったことに内心安堵していた。

 それにしても、

「朝からずっとここでぼーっとしてるだけが、墓参りか?」
「ボス、ずっと見てたんですか……」
「それは謝る。すまん。お前を疑った」
「や、まあ、別にいいんですけど。説明しなかった自分も悪いですから」

 ひとつどうですか、と、デコがお供えのくだものを差し出してくる。
 受け取っていいのかとまどっていると、「どうせ夜には持って帰るんで」と言うので、遠慮なくもらうことにした。

 それぞれがくだものを齧る音だけが森に響く。「静かな場所で眠らせてやりたい」というなら、たしかにここ以上に静かな場所は滅多に無いだろうと、そのときのマリクには思えた。

「俺の母親、良い母親だったんですよ」

 ぽつりとデコが漏らす。

「そうか」

 マリクはそれだけ答えた。
 どんな母親だったか? とは聞かなかった。詳しく知らずとも、「墓参り」と言って、この何もない場所に何時間も居座るような真面目で優しい男を育てた人。その情報があればじゅうぶんだ。
 それに、なんだか神聖にすら思えてきたこの場所で、人の話し声は雑音になるような気がした。

 それからふたりは無言でまたしばらくのときを過ごし、少し肌寒くなってきた頃に解散となった。

「できれば毎年、この日は墓参りをしたいんですが」
 帰り道で、少々申し訳なさそうにデコが言った。

「おう。わかった。今日は悪かったな。これからは邪魔しねーから」
「ありがとうございます」
「じゃ、また明日。それと、明日からお前、俺の補佐な」
「はい。わかりました」

 デコは、突然の昇格の通達にも顔色ひとつかえることなく了承する。
 寡黙かつ無表情でわかりづらいが、けして嘘はつかないその姿に安心感を覚え、マリクはハハッと小さく笑った。


***


「そういうわけで、俺は今日、デコがここに居るのを知ってたし、できれば静かに過ごさせてやりたかったんだよ」
「理由はわかったッス」

 黙って話をきいていたボコは、納得したように頷いて立ち上がった。

「デコ、邪魔してごめん。いや、よく考えると俺は悪くないけど! でもそういうことを言うのは野暮ってやつッスよね」
「わかったなら、帰るぞ」

 続いてマリクも腰を上げる。結構長話をしてしまった。時計を確認すると、ちょうど一時間ほど経っていた。ジュンイチはそろそろカミィを起こしただろうか?

「お前はどうすんの? 一緒に来れば多分車に乗れると思うけど」
 丘のほうをさしてたずねてみる。

「一回帰ろうと思ったんですけど、せっかくなんでやっぱりもう少しここに居ることにします」
 デコの返事は予想通りのものだった。

「わかった。じゃ、またな」
「デコ! 俺とはまた明日会おうな!」
「静かにっつってんだろバカ!」

 ボコにげんこつを落とし獣道へ戻ったマリクが振り返ると、一瞬だけ、デコの笑い顔が見えた気がした。


*


 歩いて丘へと戻る道すがら、歩幅を少し狭めて、ボコが珍しく真面目な声を出した。

「俺、デコのこと親友だと思ってたんスけど、意外と知らないことだらけだなって気づいたッス」
「あいつ、無口だからな」
「そういう奴なんスよね。それはわかってたんスけど、あらためて実感したっていうか。俺らってあんまり親とかどうでもいいじゃないスか。ちゃんとした親に育てられた奴って、金貸しみたいなギリギリの仕事しないっていう先入観があって」
「まあ、あながち間違ってもねーよな」

 自分の身のうえを振り返って肯定する。マリクだって、好き好んで窃盗団や金貸しをしていたわけではない。他に選択肢が見つからず、生きるために仕方なく。そこから抜け出すために悪どいことに手を染めていた部分もあった。人生に後悔はしていないが、もしもまともな親に育てられたなら他の選択肢が見えたかもしれないと思ったことが無いと言えば嘘になる。
 ボコもそうだ。普段は明るくて調子の良い奴だが、ただの能天気ではない。最初は必死で、がむしゃらだった。ろくでもなかった親元を飛び出し、マリクの元で必死に頑張ってきた。そういう姿を評価した結果、今の位置におさまったのだ。

「仲間もだいたいの奴親とかいねーし、居たとしても親の話なんかしねーし。だからデコも俺らと一緒だって思い込んでたんスけど」

 横目でうかがえるボコの表情からは、なにも読み取れない。
 悔しいのか、うらやましいのか、祝福なのか、後悔なのか。全部かもしれないし、どれでもないのかもしれない。
 だからマリクは、数年前に自分が出した結論をそのままボコに伝えることにした。

「違ったからってなにがかわるわけでもねーだろ。あいつはあいつだし、お前はお前だ」
「ま、そうなんスよね。なんか気合うし遊んでると楽しーし」

 それからボコはまたいつもの明るい口調に戻って、

「いやー、それにしても、墓参りで安心したッス。俺ってばてっきり、彼女でも出来たのかと思ったッス。デコに先越されちゃたまんねースからね!」
「あ? 彼女ならあいつずっと前からいるけど?」
「え!? ボ、ボス、今なんと……?」
「しかも、美人の」
「ボス~~~!! その話詳しく!! 詳しくッス!! これはひどい裏切りッス!! 場合によっては俺とデコの道が分かたれる事案ッス!!」
「っるせーな。でけー声出すな! 本人に直接聞きゃーいいだろーがよ!」

 わあわあとヒステリックに喚き立てるボコをいなしていると、遠くから聞き慣れた声がふたりの名を呼んだ。

「マリクー! ボコくんー! そろそろ帰るよー」

 昼寝からスッキリ目覚めたらしいカミィが大きく手をふっている。

「おう。すぐ行く」

 これ幸いと駆け戻り、一時間前とかわらず広げられたままのバスケットを片付ける。
 それをトランクにつみこんで、またピーピーとうるさいカミィとボコのおしゃべりに耳をかたむけたり塞いだりしつつ車ですこし。無事に吾妻邸へ戻った四人は解散の流れとなった。
 先にボコを見送り、ジュンイチも部屋に戻るということで、マリクも通常業務に戻ろうとしたときのこと。

 ちょんと、服の袖がひっぱられた。
 振り返ると、カミィが一通の封筒を差し出している。

「あのね、これ、マリクにお手紙」
「俺に? 毎日顔合わせてんだから用事なら直接言やぁいいじゃねーか。今言え」
「お手紙にはお手紙の良いところがあるんだよ。今日中に読んでね! じゃあね!」

 有無を言わさずぎゅっと握らせると、カミィはそのまま走り去ってしまった。
 マリクは小首をかしげながらも、その封筒を内ポケットに入れた。



 その夜。

 一日の仕事を終えシャワーを浴びたマリクはベッドに腰掛けている。
 手には一通の封筒。
 もとは真っ白であったろう封筒に、カラフルな色鉛筆でところ狭しと不思議な絵が描いてある。何の絵なのかはさっぱりわからない。目と口のようなものがあるので、おそらくなにがしかのいきものだろう。
 余白が無いくらいにみっちりと描かれていて、おそらく本人は可愛いつもりで描いたであろうその絵は、どちらかというと少し気味が悪い。

「あいつ……センスねーな……」

 封筒を眺めるだけですでにうんざりとするが、意を決して封をあける。
 中身は一枚の便箋だった。

 便箋には、カミィの丸い文字でこう書かれていた。

『マリクへ

 知ってる? 今日は家族で過ごすための祝日なんだよ。

 わたしは今日、どうしても、ジュンイチくんとマリクと、あの平原へ行きたかったの。
 あの平原から続く森、そこではじめてわたしとマリクが出会ったのを覚えてる?

 あの日、わたしはお父様とお母様とピクニックへ行ったの。
 今思うと、家族で過ごす日だからお父様がお出かけを提案されたのかもしれないね。
 それともたまたま、ただの家族サービスだったのかな?

 話が脱線しちゃった。ごめんなさい。とにかく、その、家族で過ごすお祝いの日に、わたしとマリクははじめて出会ったんだよ。

 それから何年もたって、わたしはマリクのことをすっかり忘れてしまっていました。ごめんなさい。
 その罪滅ぼしってわけじゃないけど、今度は絶対に忘れないようにしようと思って。

 それで今日、ピクニックの計画をたてたの。

 えっと、なにが言いたいかっていうとね、マリクがこのお家で働いてくれるようになって、もうすぐ一年。
 毎日一緒にいて、すっかり馴染んだし、マリクはもうわたし達の家族だよね!
 出会ったときは、わたしたちが家族になるなんて思わなかった。不思議な運命だね。

 マリクは今日を楽しく過ごせたかな?
 これからもよろしくね! じゃあね!

 カミィより』


「言われなくとも、よろしくしてやらねーと、お前ら夫婦は生活できねーじゃねーかよ。ったく……」

 なんでもできるくせになんにもしようとしない主人と、基本的に不器用な奥様を思って、執事のマリクはボヤいた。


「家族で過ごす日、か」

 そういう祝日があることは知っていた。
 けれど、そんな日を誰かと祝ったことなど無かった。

 特に今日はデコとボコのことに気をとられて、そんな祝日のことなど微塵も思い浮かばなかった。
 よく考えてみれば、命日でもないのに毎年決まってこの日にデコが仕事を休んで墓参りするのは、そういうことだったのかと今更納得するくらいには、自分には関係の無い日だと思って生きてきた。



 家族。

 カミィは自分をそう呼んだ。
 デコと母親のような血のつながりも無いのに? ジュンイチとカミィのような戸籍のつながりだって無いのに?
 それでも家族と呼ぶものなのだろうか。一体、なにをもってして家族だというのだろうか。

 ふと、朝、「ボコくんも一緒に行こうか」と言ったカミィの表情が脳裏に浮かぶ。いかにも、ひらめいた! という感じの顔をしていた。

「まさか、ボコも俺の家族だと思ったんじゃ……ありえる。あいつの脳内はお花畑だ。下手したら名前を知ってるやつは全員家族だとか言いだしかねねえ」

 苦笑いとともに、もう一度手紙に視線を落とす。文面は、『楽しく過ごせたか?』という一節で締めくくられている。
 気苦労の絶えない一日だったが、外で食べる昼食は美味しかったし、久しぶりに仲間だった奴らともゆっくり過ごせた。

「楽しかったかどうか、か」

 つぶやいて、手紙を丁寧に封筒に戻す。

「正直、楽しかったよ」

 誰にも届けるつもりのない返事を封筒と一緒に引き出しにしまいこんで、マリクは静かに鍵をかけた。

END
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