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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

外伝

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外伝四   ただ静かに過ぎる日々と

メイン:マリク  ジャンル:ほのぼの、コメディ
 眠い目を擦ってカーテンを開ける。
 早朝の景色が闇ではなく、薄く水の色をうつしだす季節。
 布団から出ると、ちょっと肌寒い。

 一日の準備を済ませたマリクは、まずは自分のものとなった庭へと向かう。
 ここ最近で一番の興味は、先月の頭に植えたミニトマトがそろそろ収穫できるのではないか、ということ。
 小さな実は、水彩の絵の具を混ぜ合わるように境界を描きながら、毎日少しづつ赤から青へと変化している。完全に赤に染まるまでもう少し。きっと美しい色になるのだろう。

 自然と浮かぶ微かな笑みを抑えきれないまま庭に降り立って顔を上げる。
 するとそこに、予想していなかった光景が広がっていた。

 それは――

「んだこりゃあ!?」

 荒らされた聖域だった。

 青いまま摘み取られ地に落ちた小さな実。無残に潰れて地面に痕を残している。それに、支柱から引きちぎられた蔦。そこから散ってしまった葉が点々と散らばり、凄惨さを際立たせた。
 昨夜は嵐だったかと勘違いしそうな散々な有様。

「またか!? またアイツの仕業か!? ぜってー許せねえ! クソッ!」

 以前、庭を与えられてすぐのこと。
 初めての家庭菜園でいちごを育てたときの騒動(外伝二参照)を、マリクは忘れていない。『ジュンイチ立ち入り禁止』の看板を立てかけてから、植物への被害は無くなっていたのだが……。


*


「おい! お前、俺の庭にまた何か変なことしただろ!?」
「やだなあ。僕は何もしてないよ」

 明け方に書斎へと駆け込んだマリクに対して、ジュンイチはデスクから眠たそうにゆっくりと振り返った。いつものように、徹夜で書き物をしていたようだ。

「あぁ? じゃあなんで庭が荒れてんだよ! お前しかありえねーだろ!」
「まったく、マリクくんってば何でも僕のせいにしたがるんだから」

 ジュンイチは立ち上がり、わざとらしくやれやれと肩をすくめる。

「普段の行動を振り返りゃ、そんなに謂れのないことでもねーってわかるだろーがよ。お前じゃないとしたら、一体誰の仕業だってんだ」
「裏の森の野生動物だよ。ここ何日か、敷地囲いの生け垣周辺が夜中騒がしかった。食べ物を探しに来てる。この部屋の窓から見えるんだ」

 そう言って彼が指したのは、デスクの真ん前にある明かり取りの窓。
 足の踏み場もなく積まれて崩れた本の山をかきわけ、獣道のような細い道筋を辿ってそこへ近づく。マリクが身を乗り出して下をのぞくと、なるほど、生け垣に沿ってつくられた柵の一部が壊れている。そこから敷地内へと動物が入り込んだのだろう。

「お前っ……見てたんなら被害が出る前に何か言えよ!」
「だって、何も聞かれなかったから」
 そう言って、ジュンイチは興味無さそうにふぁ、とひとつ大きくあくびをした。「昼過ぎに起こして」といつものメッセージを残し部屋を出る彼の背中に、マリクは苦々しく、「クソ野郎」と了解の返事を投げた。


*

 庭いじりをはじめてから、マリクは自由時間を持て余すことが少なくなった。趣味がひとつできただけで、時間が足りないとまで思うほど。
 外出しても良い日は街へ出て、本屋や花屋を巡ってみたりしている。生まれ育ちの経緯ゆえに読み書きはあまり得意ではなかったが、植物図鑑などはスケッチも多く眺めているだけでもそれなりに面白い。身近な野草がじつは食べられるものだったり、おいしそうに見えても毒があるものなど、単に「草花」と言ってもいろいろ。それを新しい知識として吸収するのが楽しかったし、気が向けば自分で育ててみるのも良いと思えた。

 この日も午後の自由時間に外出し、野生動物から作物を守る方法を調べた。オーソドックスな方法として、罠の設置が有効らしい。

 懇意にしている花屋の主人に作物被害のことを相談すると、親身になって話を聞いてくれた。おすすめの罠を教えてもらい、購入する。
 自分のために金を使うことに、まだ少し違和感がある。スラムから抜け出すためにがむしゃらに金を貯め、金だけを信用して生きてきた日々。その感覚が抜けきらず、楽しみのために金を使うことに罪悪感を覚える。
 いつかこれが当たり前に思えるようになるのだろうか。

「ずいぶん難しい顔をしているね。考え事? そんなに作物の被害が深刻なのかい?」
「あ、いや、そういうわけじゃ」
「元気だしな。オマケでこれを少しわけてあげよう。最近流行りの可愛い色の花が咲くんだよ」
 差し出された主人の手には、しっかり握りしめていないと無くなってしまいそうな小さな花の種が数粒。

 以前なら、「施しは受けない」と断っていただろうそのオマケに手を伸ばす。
「サンキュー、おっさん!」
 素直に受け取ることができるようになったのは、憧れていた「普通の暮らし」へ一歩近づいたということなのかもしれない。



*


 購入した罠は当日の夜のうちに早速仕掛けることにした。もちろん日中に空き時間を見つけて柵の補修も済ませた。

「狐か、狸か、山犬か? 何がかかりやがるか楽しみだぜ。俺の庭を荒らしやがって。たっぷりいたぶってやる」
 スラムの王と呼ばれていた頃のような乾いた笑みを浮かべて、作物の周りに罠を設置する。

 一通り設置し終わると一息ついて部屋へ戻る。その日は、興奮を抑えて眠りにつくのにずいぶんと苦労した。



 そして翌朝――



「んおあ!? なんだこいつ!?」
「ウリボウだね」
「かわいいねえ」

 設置した檻の中に見事にかかっていたのは、小さなイノシシだった。子犬くらいの大きさで、身体に走る縞模様がまだこのイノシシが子どもであることを示している。ピクピクと鼻をひくつかせて檻のなかからこちらの様子を伺っている。

 面白そうだから見せて、とついてきたジュンイチと、つられて一緒に来たカミィが並んで檻の中を覗き込む。

「普通、罠を仕掛けた翌日にすぐかかるなんてことは無いんだけど。人の住むところにかなり近い場所で生活していたのかな? 警戒心が薄いのかもしれない」
「可愛いねえ。抱いてもいいかなあ」
「いいよ」

 動物の子どもの魅力にやられてしまったカミィのお願いを叶えるべく、ジュンイチが素早く檻を開けた。そこに縮こまるいきものを引き寄せて掴む。

「おい! いいよじゃねえよ! 勝手に出すんじゃねえ!」
「ねえマリク、この子どうするの?」

 夫から手渡されたいきものを胸に抱き撫でまわしながら、カミィが顔を上げる。

「そりゃお前、害獣は駆除するに決まって」
「えっ! 駆除!?」

 駆除という響きに、カミィの瞳にじわじわと涙がうかびはじめた。
 マリクは遮られた言葉尻を飲み込んでしまう。言い切ってしまうとおそらく、うかんだ涙が溢れ出すだろう。

「駆除って、殺しちゃうの? こんなに可愛いのに?」
「可愛いとか可愛くないとかいう問題じゃなくてだな……」

 泣かせてしまわないように、どう返事をしていいかとしどろもどろに言いわけを考えていると、目の前のカミィが「あっ!」と小さく声をあげた。

「そうだ! この子、飼おうよ」
「あぁ!? 何言ってんだお前」

 かわいそうだから野に逃がせと言われるところまでは予想して、なんとか柔らかい言い方で反論のセリフを脳内で考えていた。が、飼いたいとは想定外。泣かせてでも強引に意志を通すべきだったかとはやくも後悔に襲われる。

「お願い。ちゃんとお世話するから」
「イノシシの飼い方なんて知ってんのかよ!?」
「お願いだよ。飼いたいよぉ」

 絶対に飼い方なんて知らないだろうカミィは「飼いたい飼いたい」と繰り返すだけ。その横でニヤニヤと笑ってただたっているジュンイチに顔を向けて、「どうすんだこれ」と口を開こうとしたそのとき。

 マリクより先に、ジュンイチが言った。

「よし! じゃあ飼おう!」

「なっ……」
「やったー!」
「お前っ……いや、いい。わかった」

 いろいろと言いたいことはあるが、屋敷の主が決めたのなら仕方がない。それに、苦言を呈したところでこの馬鹿夫婦がそれを聞き入れるわけがない。
 飛び跳ねて笑顔になるカミィとその姿に目尻を下げるジュンイチの姿に頭痛を覚えながら、マリクは諦めて、ため息を吐き出し従うしかないのだった。


*

 と、いうわけで。

 今、マリクの手には、板とトンカチが握られている。口には釘を咥えた完璧なDIYスタイル。
 何をつくるのか? もちろんイノシシを住まわせる小屋だ。

「くそっ。結局俺が……何もかも……やらされるんだ」

 文句は漏れるが、やるしかない。
 板と板を釘でつなげていく行為。言葉にするとそれだけなのだが、これがなかなかに重労働。
 次第に悪態をつくのにも疲れ、黙々と手を動かすだけとなる。なんとか「小屋」っぽい形に仕上がったときには、もう昼も過ぎた頃だった。

「こんなもんで完成か……?」

 汗を拭い、できあがったものを落ち着いて眺めてみる。屋根と側面だけのものではあったが、はじめてにしては上出来に思える。
 小屋は庭の隅のほうに配置した。
 木の板で作った純朴な小屋は、庭の緑を際立たせるエクステリアのようでもあり、景観としてもなかなか悪くない。

 つくりはじめた当初はあまり乗り気でなかったが、いざ完成となるとはやく動物を入れてみたくなる。マリクはこの小屋の家主となるウリボウを迎えに行くことにした。
「小屋ができるまでわたしと遊ぼうねえ」
 そう言って連れて行かれたウリボウはおそらくカミィと一緒にジュンイチの書斎に居るだろう。

 足早に屋敷二階奥の部屋へ。ノックをしてドアを開ける。

 しかして、そこにウリボウとカミィは居た。
 本と本の隙間に人ひとりがやっと入れるほどの小さなスペース。その、ジュンイチの書斎でのカミィの定位置に、今日はひとりと一匹。
 ウリボウはおとなしい。少し疲れているようにも見える。小屋を作成している数時間のあいだずっと撫でまわされていたのだろうか。

「おい。小屋ができたぞ」
「わぁ、はやかったねえ。ウリちゃん、おうちができたんだよ~」

 ウリボウを目線の高さまで抱え上げて話しかけ、カミィは立ち上がった。デスクで本を読んでいたジュンイチも一緒に立つ。

 そのまま書斎を出て、朝と同様三人でまた並んで庭に降り立った。

「どうだ。いい感じの小屋だろ」
「ほんとだ~。可愛いおうちだねえ」

 小屋を前にして得意気に振り返ると、その出来栄えに感心したらしいカミィから笑顔が溢れる。自分から見てもそこそこ良く出来たと思っているものを他人にも認められて、少し気持ちが良い。
 ……のだが、嬉しそうにはしゃぐカミィの隣のジュンイチは対照的に眉間に皺を寄せていた。

「あのさ」

 ジュンイチは難しい表情のまま口を開くと、矢継ぎ早に話しはじめる。

「僕思ったんだけどさ、イノシシって成獣になると体長は一メートルを超え、体重も百キログラム近く……いや、品種によっては数百キロになることもあるんだよね。それで結構力も強くて数十キログラムの岩も動かすことができるんだよ」

 言いながら、小屋に手をかける。拳で軽く叩いてみたり、手のひらで押してみたり。強度を確かめている様子。
 小屋は押されてもぐらつくことなく、しっかりと建っている。

「それに、実はすごく運動神経が良くて走る速度は時速四十キロメートルを超えるとも言われている。成獣になれば牙も成長するし、刺されたり、噛まれることもあるかもしれない。顎の力が強いんだって。そんなイノシシを飼おうっていうのにさ」

 そこでジュンイチは一歩下がりからだを捻って――

「こんな薄っぺらい板の小屋じゃ、ちょっと僕心配だよ」

 小屋を思い切り蹴り飛ばした。

 丹精込めて作り上げたちいさなお城は目の前で「バキィ!」という音をたてて砕け散る。薙ぎ払うかのような横からの一蹴り。数枚の板が破れてはじけ飛ぶ。まさしく「散る」という表現がぴったりな見事な壊れ方。

「おおおおい! な、何やってんだおめー!」

 突然の破壊行為にマリクの思考は停止する。頭が真っ白になり、怒りよりも悲しみよりも、ひたすらに驚きのみがからだを支配する。とっさに動くことすらできずに立ち尽くしていると、背後から、

「あっ、まってウリちゃん!」

 というカミィの慌てた声が聞こえ、マリクは我に返った。

 振り返ると、さきほどまでカミィの腕でおとなしくしていたウリボウは数十メートル離れた地点を駆けている。
 小屋が壊れる音に驚いたのか、それとも自分の叫び声のせいか。とにかく大きな音に驚いたらしい臆病な生き物ものは、その場所から逃げ出そうと必死になっていた。

 けれど、慌てることはない。ウリボウの向かう先は行き止まり。昨日きちんと柵を修繕したところだ。

「突然暴れ出しちゃったの。捕まえて~」
「落ち着け。どうせこの庭からは逃げらんねーんだ」

 カミィが腕のなかから逃してしまった言い訳をしているあいだに、ウリボウは柵の前まで辿り着き、そこで急停止した。

「ほらな。捕まえてやっから待ってろ」

 マリクは余裕の表情でウリボウに向かって一歩踏み出す。その背後で、ジュンイチがポツリと呟いた。

「いや、それは無理だと思うな」
「あ?」

「あ! ウ、ウリちゃんが……」
「跳んだッ――!?」

 急停止したウリボウはその場でジャンプし、囲いの柵を越えた! 
 高さ五十センチほどの生け垣と柵は何の障害でもないかのようにやすやすと跳び越えられ、ウリボウは振り返ることなく森の奥へ消えていく。瞬く間にその姿は小さくなり、わずか数秒で巻き上がる土埃すらも見えなくなってしまった。
 その光景に愕然と目を見開くカミィとマリクの後ろで、またもやジュンイチによる冷静な解説がはじまる。

「イノシシって脚力もすごくてさ。子どもでもあのくらいの高さは跳び越えるし、成獣になると一メートル以上は跳べるらしいんだよ。というかそもそも、柵を修繕したその日の夜に罠にアレがかかってた時点でおかしいと思わなかった? 柵が機能するならその夜に罠にかかることはありえないんだよね」
「おまっ……なんでそれをはやく言わねーんだよ……」
「だって、何も聞かれなかったから」

 数十時間前に聞いた言葉とまったく同じ音が語られる。
 この、目の前の男は、どうしてこうも物事をややこしくしてしまうのだろうか。そしてそれがまったくの無自覚だから質が悪い。

「クソ野郎」

 マリクはもはや合言葉のように反射的にいつもの返事を投げ返す。
 そのとき、沈黙していたカミィが堰を切ったように騒ぎ出した。

「うわ~ん。ウリちゃん逃げちゃったマリクのばか~!」
「おい! なんで俺のせいになってんだ」

 甚だしい八つ当たりをして、泣きながら屋敷のなかへと走り去る。

「カミィちゃん! ペットなら僕がもっと飼いやすい生きものを買ってあげるから」

 カミィが開け放ったドアが閉まる前に滑り込むようにしてジュンイチも駆けていく。
 いわれのない罪をなすりつけられて反論するすきも与えられないまま、マリクは庭にひとり残された。

 まわりを見回すと、ジュンイチが砕いた小屋の残りカスが散乱している。
「で、結局この片付けも俺がやるしかないんだよな……」
 哀愁漂わせ散らばる木片にむけて、マリクはため息をついた。


 この屋敷に来てから絶えることなくおこる小さなトラブルたち。いつもその尻拭いをさせられることに、不満はある。
 ただ静かに日々を過ごすこと。
 それは例えようもないほど難しいことだ。

 けれど、もしも叶ったとして……その日々は、今とどちらが楽しいだろうか?
 同じ日常の繰り返しは尊いものだが、もしかするとすぐに飽きてしまうのではないだろうか?

 このトラブル続きの日々に不満を抱きながらも放り出す気になれないのは、その答えがわかっているから。普通の生活。それはきっと、こういう日常の積み重ねなんだろう。

 破片を拾い集めながらそんなことを考えて、マリクは自分を嘲笑したくなった。
 そんな自分が嫌いではない、というのも、ちょっと悔しいポイントだった。

「俺はいつからこんなに他人に甘くなっちまったんだろうなあ」

 屋敷から漏れる、騒がしい馬鹿ふたりの声に耳を傾けながら空を仰ぐ。
 日は高く雲の少ない青い空。
 下ばかり向いているのはもったいない。早く作業を終わらせようと、マリクは片付けの手をはやめた。

END
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