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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

外伝

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外伝二   ストロベリー☆パニック!(2)

「朝だ……」

 目を覚ましたマリクは時間を確認して驚いた。
 目覚ましが鳴る時刻よりも三十分も早い。
 二度寝をしようと考えるほどの眠気もなく、実にスッキリと目が覚めた。

「せっかくだし仕事の前にちょっと庭見に行くか」

 一日でどうこうなるわけでもなかろうが、植えたばかりのいちごの様子が気になる。
 身支度を手早く済ませ庭へ続くドアを開けたマリクは、視界に飛び込んだ映像に驚愕をきんじえなかった。




「わああーー!! なんっじゃっ、こりゃああーー!」

 もともとよく響く声をしたマリクの全力の叫びが、吾妻邸の敷地内全土にこだまする。
 屋敷を揺らすほどの大音量。眠りを妨害されたらしき家主達がドヤドヤと裏口のほうへ集まってきた。

「おはようマリク。一体どうしたの?」

 片手にぬいぐるみを抱いて、寝間着のまま眠そうに目をこすりながらやってきたカミィは、そこに広がる光景に同じく驚きの声をあげた。

「わあっ、なにこれ?」


 そこには、まるで海のごとく、しかし何者の侵入も許さないというようにみっちりと……いちごの葉がひしめき合っていた。
 庭中を覆い尽くすその葉は、密度によってミシミシと音を立てそうなほどの質量だ。


「あははー。大成功だ」

 固まるふたりの隣で唯一楽しそうな声を出したのはジュンイチだった。

「お前の仕業か! 人の庭になんてことしやがる!」

 悪びれる様子の無いジュンイチに怒声を浴びせていると、カミィに服の袖を引かれた。

「ねえ、これ、まだ増えてる……」

 その言葉に振り返ると、いちごの葉はゾワゾワと触手のように動きつづけ、少しづつその量を増し、いつのまにやら足元まで這い上がってきていた。

「うおおいっ!」

 絡みつく葉と茎を蹴り落とし、侵入を防ぐべく強くドアを閉める。犯人はへの字型に目を歪ませて笑っている。

「一体何しやがったテメー」

 襟首を掴んでガクガクと揺する。

 されるがままになってジュンイチは、
「やだなあ、ちょっと肥料をあげただけだよ。何も悪いことはしてないよ」
 と、自信満々に言い切った。

「ちょっと肥料……でこんなんなるわけねーだろ! 変なもんつくりやがって~」

 恨めしく睨んでいると、ガタン! と音がして、閉めたドアが外からの圧力でまた開きかけている。
 急いでドアを背中で抑えてマリクは聞いた。

「どうやったら止まるんだよこれ!」
「ん~、苗ごと燃やすしかないかなあ」
「クソっ、行ってくる! マッチ寄越せ!」

 ジュンイチは、はい、とそばの引き出しから取り出して投げて寄越す。
 それを受け取って、蠢く葉の海へ飛び込んだ。

「気をつけてねえ」

 カミィの応援を背に、マリクは泳ぐ。
 右手で葉を掻き分け、左手で茎を引きちぎり、押し返そうとする緑の物体に負けじと前へ進む。

「すまん、俺の子よ!」

 なんとかプランターまでたどり着くと、もうすでに愛着がわきはじめていたいちごの苗を引き抜いて、その根に火をつけた。

 水分を多く含んだ根は派手に燃え上がりはしないが、炙り続けるとジワジワと焦げ付いていく。
 それにともない、いきり立っていた大量の葉達も徐々に力を失ってしおれていく。

 数本のマッチを使いきって苗を燃やし終わった頃には、庭には動かぬ植物だけがしなって地に伏していた。

「あーあー、どうすんだよこれ……」

 眼前の惨状に途方に暮れる。
 足の踏み場が無いほど増殖した葉を掃除するには、一日がかりでやらなければならなそうだ。

*

「本日の仕事は私に任せて、マリクさんは庭をお願いします」

 セバスチャンに事情を説明すると、予想通りの答えが返ってきた。

「坊ちゃまも悪気があったわけではないのです。良かれと思ってやったことだと思いますよ」
「はあ、そういうもんっすか……」

 ただでさえ人手の少ない吾妻邸で、こんなことに人員を割けるはずはなく。
 謎の薬品の尻拭いを、マリクはひとりですることになった。

 鎌を片手にザクザクと容赦なく、雑草と化した葉を刈り取っていく。
 ある程度のかたまりになったら、設置したドラム缶につめこんで火をつける。

 朝からはじまり、昼を過ぎても、やっと庭の半分がもとの様相を取り戻した程度だった。

「腰がいてえ」

 丸一日の草刈りは、想像以上に重労働だ。気を抜くと愚痴が漏れる。

「苗、半分残しといてよかった……」

 庭が元に戻ったら、また一からいちごの栽培にチャレンジしてみよう。
 ただし、今度は絶対に、【ジュンイチ立ち入り禁止】の看板を立ててやる。

 そう考えながら黙々と作業していると、後ろから頬に冷たいものが当てられて、マリクは情けない声を出した。

「冷てっ」

 振り返ると、グラスにフルーツジュースを入れたカミィが立っている。
 その横には諸悪の根源な人物も一緒に。

「のどがかわいたでしょ。ジュース飲んでいいよ」
「ああ。サンキュー」

 グラスを受け取り、ぐいっと飲み干す。
 その姿をふたりにじっと見つめられて、むずがゆさを覚える。

「なんだよ」
「ね、ジュンイチくん、はやくあやまって! ごめんなさいしなきゃダメだよ!」

 愛妻に袖をひかれ、ジュンイチはバツが悪そうに、
「うーん、ごめんね」
 と、言ったのだ。

 マリクは言葉を失った。

 ジュンイチがカミィ以外の他人に向けて謝るなどと、誰が予想できようか。

 しかしその直後の態度に、マリクはがっくりと頭を下げた。

「でも、僕、悪くなくない? いっぱいいちごができたらカミィちゃん嬉しいでしょ? 好きなものがたくさんあったら嬉しいはずでしょう?」
「嬉しいけど、無限にいちごが出来ても食べきれないから困っちゃうよぉ」
「馬鹿野郎。問題はそこじゃねーよ……」

 何が悪いのか分かっていないジュンイチと、論点がずれているカミィ。
 結局このふたりは何も変わらないのだと、脱力する。

「マリクくんだって、はやく育ったら嬉しいでしょ? 僕は良いことをしたんだよ」

 いや、ジュンイチは、少し変わったのかもしれない。
 大きくはカミィの為だろうが、マリクの為、というのも今回の行動理由に含まれているらしい。
 ただ、やり方は間違えているように思えるが。

「お前は何でも極端すぎんだよ」

 城へ潜入する前、酒場であったときも、「この男の考えは間違っている」と感じたことを思い出す。

「悪いと思ってんなら手伝えよ」
「それはやだよ」
「だろうな……」

 怒るだけ時間の無駄だと、それ以上の追求は諦めた。
 以前の自分なら力ずくでも従わせていたような気がするが、毎日関わる相手がこれでは、こちらの身がもたない。

 師匠の心の広さはもしや、諦めの境地に達したからなのでは? 
 胸中に渦巻く感情は言葉にするとネガティブかもしれないが、決して嫌な感じのするものではない。

 新しい生活、新しい人間関係。
 いろいろな問題は起こるが、それなりに楽しくやれている。
 趣味も見つけ、生活も充実しはじめた。

 自分を含め、すでに何もかもが変わりはじめていたのだと自覚する。
 そしてこれからも、変わっていくのだ。
 変わらないのは、毎日必ず朝が訪れるということだけ。
 明日も、明後日も、その先も。

「とりあえずお前ら、手伝わないならどっか行けよ。邪魔。それと、新しく苗植えるから、いちごが食いたきゃもう絶対触んじゃねーぞ」
「はーい」

 ふたりを追い払って、軋むからだにムチ打ち、再び緑と向き合う。
 横に置いたグラスのなかで、溶けた氷がカランと涼しい音を立てる。がんばれよ、と、まるで激励されているみたいな気がした。

END
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