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そしてふたりでワルツを 作者:あっきコタロウ(カミユ)

外伝

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外伝二   ストロベリー☆パニック!(1)

※メイン:マリク ジャンル:どたばた
 執事の朝は早い。
 カーテンの隙間から覗く空は、どこかの誰かさんの髪みたいな薄紫色。

 これまで昼過ぎにやっと目覚めるような生活をしてきたマリクが、吾妻邸に召し抱えられて以降一番苦手としているのは、朝起きること。

 眠いからだに鞭打って、住めそうに広いベッドから抜け出せば、今日もはじまる執事の生活。

 まずはセバスチャンと共に屋敷の掃除。作業室(パントリー)で銀器を磨き、一日の予定を把握。今日は午後からセバスチャンに外出予定があり、その間に来客があるらしいのでマリクは屋敷で待機。
 昼近くには主人を起こし朝食を摂らせ、午前の仕事を一通り終えたなら。

 やってくるのは自由時間。嘘にまみれた自由時間。ときどき真実が混じるから、たちが悪い。
 今日は、さて、真の自由か、”不”自由か。

「マリクー! あのね、急になんだけど、いちご味のプリン食べたくなっちゃったんだけど」

 コロコロと走ってきた奥様のおかげで、今日も、”不”自由時間に決定。




「なんか趣味でもあったほうがいいのかな」
 奥様に供す為のプリン(いちご味)を鍋で煮詰めている最中、ふいに口から出た言葉。

 朝の辛さの次にマリクが苦手なのは、あるのか無いのか分からない、この自由時間だった。
 だいたいは今日のように主人夫婦によっていとも容易く握りつぶされる自由時間も、極稀に真の自由となることがある。
 そんな時、何をすれば良いのか分からないのだ。

 出かけるにしても行くあては無く、買い物するにも欲しい物は無い。
 昼寝をすれば衣類が乱れ、かといっていつ”不”自由時間に変わるか分からない状況で着替えるのも手間である。

 時間を無駄に浪費するのは惜しい。断続的な空白時間に、屋敷のなかでできる何か。
「趣味ってもんを作ってみるのも、いいかもしれねーな」
 決まった。スラムから抜け出した今、次に掴み取るべきは、空き時間の過ごし方だ。





 足の踏み場もなく散らかった書斎。主人はいつも通りデスクに向かい、奥様は本をかきわけ後ろに穴場を作って読書。
 最近のふたりは、この過ごし方がお気に入りらしい。

「お前、趣味ってあるか?」
「僕の趣味は、妻だよ!」
「ほわぁ」

 プリンを運ぶついでにちょっと聞いてみれば、”馬鹿その一”は気持ち悪い笑みを浮かべ振り返った。

「お前に聞いた俺が間違ってたわ」
「急にどうしたの、マリク? ぷりんおいしいよもぐもぐ」

”馬鹿その二”は「もぐもぐ」と声に出してプリンを食べる。

「たいしたことじゃねーんだが。俺も何か、趣味でもあったほうがいいのかなって」
「へぇ~。どんな趣味?」
「それが思い浮かばねーから参考に聞いたんだがよ」
「あ、あのね、わたしはね、絵本をよむのがすきだよぉ。それとね、ぬいぐるみとか、ふわふわをさわるのもすきだし、えっと、えっと、あと、ジュンイチくんもだいすき!」
「……ああそう。やっぱり俺が間違ってたわ」

 何の参考にもならない。
 あっという間に片付いた皿を下げ、ため息と共に部屋を出ようとしたとき。ジュンイチが椅子を揺らしてもっともらしく、

「趣味といえば、王道は読書や観劇、スポーツ。あとは、絵画や、骨董品の収集。他には実益を兼ねてなにかをつくってみるとか」
「ものづくりか……それはなかなか良いかもしれねーな。屋敷内で出来そうだし、実益を兼ねるってのも俺の好みだ」

「それじゃあね、マリク、いちごつくって! 今お庭に何もないでしょ? あそこでいろいろ育てればいーよ。ね、ジュンイチくん」
「うん。庭、好きに使っていいよ。庭師がいなくなってから、もう長いこと使ってない。セバスチャンがたまに手入れするだけだったから」

 思いがけない提案は、期待以上のもの。場所まで提供されるなら、試してみる価値はある。

「家庭菜園ってやつか、悪くないな。それにしても、なんでいちごなんだ?」
「あのね、それはね、わたしがいちごを食べたいからだよ!」
「……ああ、そう」

 本日二度目のため息。




 さて、いちごをつくると言っても、まずは種なのか? 苗があるのか? 土や肥料は?

 いきなり家庭菜園をはじめましょう。と言ったとて、マリクはまったくの初心者。右も左も分からない。
 何から調べれば良いのかすら曖昧。自室で頭を悩ませていると、コンコンと、裏口からノッカーの音。

「そういや誰か来るから対応してくれってセバスチャンさんが言ってたな」

 ドアを開けると、そこにあったのは懐かしい顔。
「あ~ボス~! 元気してたッスか~?」
「デコ! ボコ!」

 昼下がりの穏やかな空気に溶ける間延びした声と、気の抜けるような笑顔。その半歩後ろには、いかめしい大男。

「なんだ客ってお前らかよ。俺のあと引き継いでちゃんとやってんの?」
「やってるッスよ~。今だって現場に債務者達送ってきたとこッスよ」

 大見得を切った割には、書類にサインをするボコの手つきはまだぎこちない。

「そうだお前ら、ちょっとおつかい頼まれてくんね? あのさ、肥料と、いちごの苗? 種か? わかんねーけどそういうの、買ってきてくれよ」
「いッスよ。あのお姫様が育てるんスか?」
「いや、俺」
「はッ!?」
「俺。俺だよ。俺が育てるんだよ。いちご」

 二、三度目を瞬かせたあと、ボコは盛大に吹き出し、腹を抱えて大笑い。

「ぶっは! う、嘘でしょ! 何言ってんスか! ボスが!? いちご!? あの、ボスが!? い、い、いちご~! いちご、可愛いッスネ~!」
 立っていられない。と膝を降り、涙まで流している。
「い、いちご……ヒッ……息、苦し……」
「そんなに笑うことねーだろ! 家庭菜園は立派な趣味だぞ! 食えるし!」

 なあ!? と、静かに立つデコに同意を求めて視線を送れば、あるのは細かく震える姿。

「あぁ!? なんだテメーら喧嘩売ってんのかコラ! じゃあ聞くが、お前らの趣味は何だよ?」
「お、俺は、酒場で騒ぐことッスかね。あと、可愛い女のコとの楽しいおしゃべり……出来たこと無いけど」
「俺は、ジグソーパズル」
「えっ、デコ、そんなことやってたの!?」

 振り返って驚くボコと、頷くデコを斜めに見て、マリクは「フン」と鼻を鳴らした。

「なんだ。お前らだってたいした趣味じゃねーじゃねえか。俺の趣味のほうがよっぽど実用的だな。分かったらはやくいってこい。育て方も聞いてこいよ!」

 問答無用でドアを閉めても、小さく聞こえ続ける「ププ、いちご……」。

 それでも数刻後、彼らはきちんといちごの栽培道具を手に再びやってきた。ニヤニヤ笑いを滲ませていることには目を瞑ろう。

 受け取って、早速ひとり、庭へ降りる。
 言われた手順通りに、苗をプランターへ。

 はじめての植物栽培。
 培養土のふかっとした柔らかい感触や、青々しい葉っぱが風に揺れて踊る様は見ていて清々しい。 
 日当たりや風通しも重要だときいて、プランターを抱えて広い庭を歩きまわり、やっとベストだと思える場所に配置し終わると、一筋の汗が頬をくすぐった。

「なんか……いい感じじゃねー?」

 一帯を見渡せる位置に立ってみれば。
 茶色い土と少しの雑草、それと花の咲かない生け垣という最低限しか手入れされていなかった庭に、明るい色の葉が瑞々しく輝いている。
 しばらくすればここに赤い実がなるのだろう。

「もっと花とかもそのうち植えてみるか」

 色とりどりの花が咲き乱れ、四季折々の野菜や果物が採れる庭を想像すると、湧き上がるのは新鮮な高揚感。

 あそこにはオレンジの木を植えたい。ここには薔薇のアーチを作りたい。夢中で構想を練るうちに、いつの間にか地を照らすのはオレンジ色。

「マリクさん? 庭をつくっているのですか?」
 声がして振り返ると、セバスチャンが戸口から顔を覗かせていた。ポツンと目立つプランターの前まで降りてきて、
「この葉は、いちごですか?」
「はい」
「大きな実がつくと良いですねえ」

 魔法の呪文のように呟いて、目を細め慈しむように眺めている。
 そのまま同じ目をマリクに向けて、背筋を伸ばして屋敷へ。
「さあ、夜の仕事がはじまりますよ」

 マリクも小走りに後を追う。
 夕日に照らされるギザギザした葉に後ろ髪をひかれながら。


***


 夕飯(ディナー)が済み、翌日に向けて皆が眠りについた頃。

 ひっそりと闇に響く、誰も聞いたことのないような妙ちくりんなメロディ。
 マリクの城たる庭に、変な鼻歌を鼻ずさみ(・・・・)降り立つ影がひとつ。

 影は悠々と庭を歩きまわり、いちごが植えられたプランターを認めると、その場にしゃがみこんだ。そしておもむろに懐から取り出したのは、人間の腕ほどの太さをした注射器形状の容器。
 それを抑揚のない掛け声とともにゆっくりと振り下ろす。

「えーい」

 容器のなかの液体が徐々に土に染み渡っていく様を、影は楽しげに観察。
 一滴残らず吸収されたのを確認すると、暗闇に紛れて小さく頷く。

 謎の影は立ち上がり、纏う衣装の裾を揺らしながら、おかしな鼻歌を再開し満足そうに屋敷へ。

 影が去ってから数分後、誰もいない庭がザワザワと落ち着きを無くし――。

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