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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

外伝

30/42

外伝二   ストロベリー☆パニック!(1)

※メイン:マリク ジャンル:コメディ
 執事の朝は早い。
 バトラー(執事頭)の後を継ぐべく期待されているマリクの朝は特に。

 これまで昼過ぎにやっとからだを起こすような生活をしてきた彼にとって、執事として仕事をする上での最難関は、朝の辛さだった。
 カーテンの隙間から覗く外の風景は、まだ薄紫のベールがかかったような色をしている。

 枕元で騒音を出し続けている目覚ましの音をどこか遠くに感じながら、明け方のひんやりとした気温が布団から出ようとするからだを押さえつける感覚に必死で抵抗する。
 徐々に意識が覚醒し、鳴り続けるベルの音が我慢できないほど近くなって、やっとマリクは布団から片腕を出した。

「クソっ、もう朝かよ」

 毎日確実にやってくる夜明けに向かって悪態をついて、しぶしぶベッドから這い出した。

*

「おはようございます。師匠」

 身支度を済ませ玄関ホールに出ると、すでにセバスチャンが掃除をはじめていた。

「おはようございます」

 師匠と呼ばれてややくすぐったそうにしながら、彼は微笑んだ。

 吾妻邸に召し抱えられてからほんの数ヶ月。

 一日の仕事の流れはだいたい覚えた。
 からだはまだ新しい生活に慣れないが、もともとは几帳面で世話焼きな性格のマリクにとって、執事の仕事は思っていたよりもずっと楽しかった。

 玄関からホールをまたいで正面、大階段にある手すりの堀り装飾の隙間を無心で磨いていると、バタンとドアの音がして、二階廊下をジュンイチが通りがかった。

「ふああ、おはよう」
「おはようございます。今からお休みですか」
「うん。昼過ぎに起こして」
「かしこまりました」

 ふたりのやりとりの間に挟まりながらも、マリクは無言で手すりを磨き続ける。

「ねえ、マリクくん」
「あ?」

 名前を呼ばれ、雑巾を動かす手を止め顔を向けると、なぜだか目を細めて見下されている。

「おはよう」
「あ、ああ。おはよう……」

 ニヤニヤとした笑顔を投げかけられて不気味に感じながら、マリクも挨拶を返した。

 そのやりとりに満足したのか、ジュンイチはうなずいて寝室のほうへ歩き出した。
 姿が見えなくなってから、

「なんなんだよ。相変わらず変なやつだな……」

 マリクが小さく漏らすと、

「坊ちゃまもまだ戸惑っておられるのですよ。積極的に人と関わることに慣れていらっしゃらないのです。距離の掴み方をはかりかねておられるのだと思います。あなたをこの屋敷へ連れてこられたときは私もずいぶんと驚きました」
「はあ、そういうもんですか……」

 止まっていた手を再び動かしながら、戸惑いがちに、気の抜けたような返事をして。
「連れてくるときはあんなに強引だったくせに」と、そのときのことを思い返す。


***


「セバスチャン。新しい執事を連れてきたよ」

 ベッドで横になるセバスチャンに腕を差し出して、ジュンイチは言った。
 飼い猫が、獲った獲物を飼い主に見せびらかしに来るときのように得意気な様子で。

 掴まれた腕に引かれるがままマリクが前に出ると、セバスチャンと目が合う。

「マリクさん!」
「あの……こんちは、セバスチャンさん。お世話んなります。どーも」

 複雑な気持ちで軽く頭を下げる。

 ジュンイチはその様子を見て「うん」とひとつ頷くと、今度は後ろで笑うカミィの手を取って、
「さて、利きプリン大会だ!」
 高らかに宣言して、踊るように部屋から出て行った。

 置き去りにされたふたりは開口して顔を見合わせる。

「まあ、とりあえずお座りください。私は寝たままで失礼いたします」
「はい」

 言われるがまま腰掛ける。老執事は何も言わずに視線だけを向けてくる。
 マリクはその視線を受けて、尻のあたりがムズムズする居心地の悪さを覚えた。

「えっと、俺……」

 とりあえず口を開いたものの、続く言葉を見つけられない。再び黙り込むと、二の句をセバスチャンが継いでくれた。

「これから、よろしくお願いします。私は厳しいですよ?」
「あっ、はい! 俺、頑張ります。師匠!」


***


 午前の仕事を一通り終えてから。

 カチャリ、と磨き終わった食器をテーブルに置く音よりも大きく、ぐう、とマリクから空腹を訴える音が鳴った。
 いくつかの背の高い棚が立ち並ぶ食器室に響いたその音は、当たり前に師匠の耳にも届いただろう。

 戸棚から白磁のティーポットを取り出した師匠は、微笑んでマリクに向き直った。
「あとひとつ仕事を終えれば、休憩に入って構いませんよ」

 セバスチャンは師匠の名にふさわしく慣れた手つきでポットとカップにお湯を注いで温める。
 マリクも立ち上がり、茶葉の入った缶を用意する。

 缶を渡すと、セバスチャンはそれをトレーに乗せて、
「本日のモーニングティは、マリクさんが持って行ってください」
 と、逆にトレーごと押しつけてきた。
 朝食兼昼食用のフルーツも数種類ボウルに盛られ、それも乗せられる。

「俺っすか?」
「ええ。今日から毎日、坊ちゃまを起こす仕事をお任せしたいと思います」
「わかりました」

 おいしい紅茶の淹れ方は覚えているし、なんならもう慣れたと言ってもいいくらいだと思っている。お湯が冷めないように手早くカートにトレーをセットする。

「じゃあ、いってきます」

 顔をあげると、いつも笑顔のセバスチャンがいっそうの笑顔を向けてきていた。

「どうしたんすか? 俺、何か間違ってます?」
「いいえ。逆です。完璧です。あなたはやはり私の見込み通りの人物でした。言葉遣い等に粗暴な一面も伺えますが、仕事熱心で真面目に物事に取り組む人。慈善事業をしている頃から、私はあなたのことを買っていたんです」
「きゅっ、急に何なんすか!」

 顔が熱くなるのを感じる。今まで生きてきて、他人に真正面からこんなに褒められたのははじめてかもしれない。

「昇進です。おめでとうございます」
「え?」
「モーニングティを主人に用意するということは、眠っている主人の寝室へ立ち入るということ。それは、バトラーのみに許された特権ともいえる仕事のひとつです。いずれは私の後を継いで、坊ちゃまの良きパートナーとしてこの吾妻をあなたに取り仕切ってもらいたい」


 正直なところ、ジュンイチのことはマリクにはよくわからなかった。
 毎日覚えることが多くて屋敷のなかを走り回る生活の自分と、書斎や寝室にこもっていることが多いジュンイチ。同じ屋敷に住んでいながらも、顔を合わせることはそれほど多くなかった。

 たまに廊下ですれ違えば、
「やあ」
「ああ」
 くらいの挨拶を交わす程度。
 例えば一緒にカミィを城から救い出したときのように、何かしらのきっかけがあれば。そうすればまた違った関係になっていくのかもしれないが、そこまで考える余裕はまだ無い。
 パートナーと言われても、実感を持てなかった。

 けど、別に、ジュンイチのことが嫌いなわけではない。嫌いならこんなところでおとなしく執事なんかやってない。

 だから。

「努力はします」

 その返事を聞いて、セバスチャンは幸せそうに頷いた。

「では、行ってらっしゃい。あ、それと、私はこのあと夕方まで出かけますので、そのあいだ屋敷の雑務を頼みます。午後に一件来客があるだけで、その他の予定はございませんので、休憩を長めに取って頂いて構いません。ただし、屋敷のなかでお願いいたします。外出はされませんよう」

 セバスチャンが静かに手を振っているのを視界の端にとらえ、マリクはカートを押して踏み出した。




「おい、起きろよ。昼過ぎだぞ」

 枕を抱いて眠っている主人を揺すると、彼はすぐに目を覚ました。
 意外だな、と素直に感心する。気だるげな普段の態度から、寝起きが悪そうだと勝手な印象を抱いていた。

「わあ。今日はマリクくんなんだね」

 いつもとは違う人物の登場に驚いた様子で、ジュンイチは上体を起こした。
 マリクは覚えた手順の通りにお茶を淹れて、主人の目の前に差し出す。

「モーニングティだ。飲めよ」

 お茶を受け取って、ジュンイチは眉をしかめた。
「僕、今日はコーヒーがいいんだけど」
 カップを手にしたまま、顔をあげて不満を投げつけてくる。

「我儘言うんじゃねえよ、今日はこれ飲んどけ! 明日はコーヒーにしてやるよ、どうせこれから毎日俺だ」
「でも明日はコーヒーが飲みたいかどうか分かんないんだけど」
「うるせえな!」

 ブツブツ言いながらも口をつけるジュンイチの手のなかの液体が空になるのを待って、
「朝飯も食え」
 バナナの皮を剥いて手渡してやる。

「ありがとう」
「リンゴも剥くか?」
「うん」

 もぐもぐと口を動かすジュンイチの横でリンゴの皮を剥く。皮は途切れることなく螺旋を描き伸びていく。
 これまでの人生は決して明るいとはいえないものだが、ナイフの扱いが得意になったところは過去に感謝だ。

「ほらよ」
「カミィちゃんにデザートを出すときみたいに、うさちゃんにしてよ」
「ふざけんじゃねえ!」

 ちぇ。と舌打ちして、底の浅い皿に盛られた白くみずみずしいリンゴをジュンイチは口に運ぶ。

「着替えは?」
「それはいい。白衣羽織るだけだから。もう行っていいよ」
「りょーかい」

 食器を片付けて、部屋を出る。
 新しい仕事の初日は、失敗ではないが大成功でもないみたいだ。

「クソっ。明日からはコーヒーと紅茶両方の準備してから起こしに行ってやる。リンゴはうさちゃんで、バナナはタコさんにしてやる」

 負けず嫌いな自分の性格は、実は吾妻邸の執事にとても向いているんじゃないかとマリクは思った。

*

 昼食を済ませると、少しのあいだ自由時間となる。

 だいたいは主人のおやつや夕食の給仕をする時間まで、数時間程度。
 吾妻邸の場合、主人の生活リズムがバラバラなので、日によって長かったり短かったりする。

 朝の辛さの次にマリクが苦手なのは、この自由時間だった。

 外出するにしても昼間から酒場に向かうわけにはいかず、買い物するにしても何か欲しいものがあるでもなく。
 これといってすることがない。

 結果、毎日あてがわれた自室で昼寝をして時間をただ消費するだけが日課と成り果ててしまっている。

 空いた時間に昼寝ばかりするのもなあ、と冴えない気分でベッドにからだを預け、天井を見上げる。
 天井の高さひとつとってもスラムで住んでいた簡素な家とは大きく違う。せっかくあの街から抜けだして、より良い暮らしをはじめたというのに、この満たされない気持ちはなぜだろう。

「なんか趣味でもあったほうがいいのかな」

 ふいに口から出た言葉にハッとして、
「趣味か……」
 もう一度繰り返して、起き上がる。

「趣味ってもんを作ってみるのも、いいかもしれねーな」

 でも、趣味って、一体何だ?
 マリクは首をかしげた。

 生きることだけに必死で、心に余裕を持つことが出来なかった人生。
 他人に自分を重ねて、そこで幸せを得ようとしていた自分に、自身の楽しみを見つけるチャンスが訪れた。

 だけど。
 その見つけ方を、知らなかった。

「師匠に聞……けねーな」

 師匠に意見を聞いてみようとして、今日は夕方まで不在にすると言っていたことを思い出す。
 結局、あまり気は進まないながらもジュンイチの居る部屋へ向かうことにした。

*

「お前、趣味ってあるか?」
「僕の趣味は、妻だよ!」
「ほわああ! ジュンイチくん、何言ってるの。恥ずかしいよぉ」

 マリクは呆れて立ち尽くした。
 満面の笑みで言い切った【馬鹿その一】と、読んでいた本を取り落として顔を真赤にする【馬鹿その二】を視界にいれて。




 ノックしてドアを開くと、足の踏み場もなく散らかった書斎でなんとか穴場を作って座り込み、カミィが読書をしていた。
 ジュンイチは執務机のうえで、何やら書きものをしていたようだ。

 最近の午後のふたりは、この過ごし方がお気に入りらしい。
 そこへ割り入って、部屋の主に向かい質問を投げかけたマリクはその行為を後悔した。

「お前に聞くんじゃなかったよ」

 心底うんざりとしてドア枠にもたれかかる。

「突然どうしたの、マリク?」

 カミィの様子からは、夫の恥ずかしい回答をなんとか流してしまおうという魂胆が見え見えだ。あえて突っ込まないでいてやることにする。このふたりが馬鹿をやるのにいちいち反応しては身が持たない。

「いや、たいしたことじゃねーんだが。俺も何か、趣味でもあったほうがいいのかなって」
「へえ、趣味! 良いんじゃない? どんな趣味?」
「それがわかんねーから参考に話を聞きに来たんだけどよ」
「あ、あのね、わたしはね、本をよむのがすきだよ! それとね、ぬいぐるみとか、ふわふわをさわるのもすきだし、えっと、えっと、あと……」

 カミィは顔を赤くしたままチラと夫のほうに目線をむけたあとギュッと目をつぶって、

「あと、ジュンイチくんもだいすき!」

「……ああそう」
 もはやつっこむのも面倒くさくなって、マリクはため息をついた。

 何の参考にもならなかった。
 礼を言って部屋を出ようとしたとき、椅子を揺らしながらジュンイチがもっともらしく口を開いた。

「趣味といえば、やっぱり王道は読書や観劇、スポーツじゃない? あとはそうだね、実益を兼ねてなにかをつくってみるとか」
「ものづくりか……それはなかなか良いかもしれねーな。ひとりでも出来そうだし、実益を兼ねるってのも俺の好みだ」

 立ち止まって耳を傾ける。考えていると、追加の案も飛んできた。

「それじゃあね、マリク、いちごつくって! 今お庭に何もないでしょ? あそこでいろいろ育てればいーよ。ね、ジュンイチくん」
「うん。庭、好きに使いなよ。庭師がいなくなってから、もう長いこと使ってない。セバスチャンがたまに手入れするだけだったから」

「家庭菜園ってやつか、悪くないな。それにしても、なんでいちごなんだ?」

 確かに今くらいに植えれば丁度季節がぴったりかもしれないが。と、疑問を投げると、

「あのね、それはね、わたしがいちごを食べたいからだよ!」
「……ああ、そう」

 本日二度目のため息。


「思ったよりいい話が聞けた。サンキュー」

 今度こそ礼をいって部屋をあとにするマリクの背中に、
「それとねー、チェリーとねー、ネーブルオレンジもすきだよー」
 という叫びが届く。

「さすがにいきなり木のもんは難しいだろ。とりあえずいちごで我慢しとけ」

 カミィの要望は聞こえていないふりをして、心のなかだけで返事をした。

*

 さて、いちごをつくると言っても、まずは種なのか? 苗があるのか? 土や肥料は?

 いきなり家庭菜園をはじめましょう。と言ったとて、まったくの初心者である。右も左も分からない。
 何から調べれば良いのかすら曖昧。自室で頭を悩ませていると、コンコンと裏口から来客を告げるノッカーの音が聞こえた。

「そういや誰か来るって話だったか」

 姿見の前に立ち、身だしなみを整える。
 来客対応は基本的にはセバスチャンの仕事だった。何度かマリクも対応したことはあるが、これは未だに慣れない。

 丁寧な言葉遣いは息が詰まるし、自分のうまれが見透かされているような気がして心地が悪い。
 裏口からやって来るのは業者がおもで、高貴な客人などではないはずだが、それでもスラム出身の自分よりはまともな生き方の人間ばかりだろう。

 ひとつ深呼吸してから緊張した面持ちでドアを開けると、そこにあったのは見知った顔だった。

「あ~ボス~! 元気してたッスか~?」
「デコ! ボコ!」

 昼下がりの穏やかな空気に溶ける間延びした声と、気の抜けるような笑顔。そしてその半歩後ろに立ついかめしい大男。
 懐かしい面々にマリクの表情も自然と緩む。

「なんだ客ってお前らかよ。俺のあと引き継いでちゃんとやってんの?」
「やってるッスよ~。今だって現場に債務者達送ってきたとこッスよ」

 大見得を切った割にはまだぎこちなさの残る手つきで書類にサインをし、差し出してくるボコ。

 受け取って、軽く目を通す。ザッと見た感じでは問題なさそうに思える。
 この様子だと金貸しのほうも順調だろう。
 突然自分が抜けて、残った部下達はうまくやれるだろうか。と若干の罪悪感を抱いていたが、あまり気にする必要はなさそうだと安堵する。

「ね、ボスこそちゃんとやってんスか~? なかに入れて茶のひとつでも出してみてくださいよ~」
「ダメダメ。お前なんか入れたらせっかく磨いた手すりが泥まみれんなっちまう」

 ボコはふざけた調子で右へ左へ体を揺らし、屋敷へ踏み込もうとする。
 両手を広げてそれを防いでいるうちに、ひとつの考えが浮かんだ。

「ところでお前ら、おつかい頼まれてくんね? お駄賃やるから」
「えっ、なんスか!? 良い生活になったからって急に自慢スか?」
「馬鹿野郎!」

 卑屈な態度で下から睨め上げてくる頭頂にゴチンと一発ゲンコツを落として、

「あのさ、土と肥料といちごの苗? 種か? わかんねーけどそういうの、買ってきてくれよ」

 釣りはそのままやるよ、と懐からいくらかの札を手渡した。

「いッスよ。あのお姫様が育てるんスか?」
「いや、俺」
「はッ!?」

 札を数えていた手を止めて、目玉が落ちるのではないかと思うくらいに目を見開いて驚くボコに向かって、もう一度言う。
「俺。俺だよ。俺が育てるんだよ。いちご」

 二、三度目を瞬かせたあと、ボコは盛大に吹き出し、腹を抱えて大笑いしはじめた。

「ぶっは! う、嘘でしょ! 何言ってんスか! ボスが!? いちご!? あの、ボスが!? い、い、いちご~! いちご、可愛いッスネ~!」

 立っていられない。と膝を降り、涙まで流している。

「い、いちご……ヒッ……息、苦し……」
「そんなに笑うことねーだろ! 家庭菜園は立派な趣味だぞ! 食えるし!」

 なあ!? と、静かに立っているデコに同意を求めると、デコも細かく震えて笑いをこらえている。

「あぁ!? なんだテメーら喧嘩売ってんのかコラ! じゃあ聞くが、お前らの趣味は何だよ? そもそも趣味あるのか?」
「お、俺は、酒場で騒ぐことッスかね。あと、可愛い女のコとの楽しいおしゃべり……出来たこと無いけど」

 ヒィヒィと笑いを残しながら、軽薄な見た目そのまんまの趣味をボコが語る。

「俺は、ジグソーパズル」
「えっ、デコ、そんなことやってたの!?」

 振り返って驚くボコと、頷くデコを斜めに見て、マリクは「フン」と鼻を鳴らした。

「なんだ。お前らだってたいした趣味じゃねーじゃねえか。俺の趣味のほうがよっぽど実用的だな。わかったらはやくいってこい。ちゃんと育て方も聞いてこいよ!」

 問答無用でドアを閉める。

「ププ、いちご……」

 まだ笑いが止まらない様子のボコの声がだんだん小さくなっていくのを聞いて、自室へ戻った。

*

 数刻後、抑えきれない笑いをニヤニヤと顔の表面に滲ませる元子分からいちごの栽培道具を受け取って、マリクは早速庭へおりたった。

 なんだかんだと言いながらも、きちんと指示通りに栽培方法まで聞いてきてくれたふたりに、心につかえを残しながらも感謝する。

 苗を手に取り、言われた手順通りにプランターに移す。
 受け取った苗は十株。失敗することも考慮して、まずは半分の五株を栽培してみることにする。

 はじめての植物栽培。
 培養土のふかっとした柔らかい感触や、青々しい葉っぱが風に揺れて踊る様は見ていて清々しい。 
 日当たりや風通しなども重要だときいて、プランターを抱えて広い庭の中を歩きまわり、やっとベストだと思える場所に配置し終わると、頬に一筋の汗が流れた。

「なんか……いい感じじゃねー?」

 汗を拭って、辺り一帯を見渡せる位置に立つ。

 荒れ果ててボロボロというわけではないが、茶色い土と少しの雑草、それと花の咲かない生け垣という最低限しか手入れされていなかった庭に、明るい色の葉が輝いている。
 しばらくすればここに赤い実がなるのだろう。

「悪くねーな。俺の庭って感じがする。もっと花とかもそのうち植えてみるか」

 色とりどりの花が咲き乱れ、四季折々の野菜や果物が採れる庭を想像して、高揚感を覚える。
 慣れてきたら本格的にやってみるのもやぶさかではない。

 あそこにはオレンジの木を植えたい。ここには薔薇のアーチを作りたい。
 あれこれと構想を練るうちに、いつの間にか日は沈みかけていた。

「マリクさん?」

 声がして、振り返るとセバスチャンが屋敷の戸口から顔を覗かせていた。

「あ、師匠。おかえりなさい」
「庭をつくっているのですか?」
「はい。ちょっと、やってみようと思って」

 セバスチャンも庭におりて、ぐるっと一周見まわすと、ポツンと目立つプランターへ手をやった。

「この葉は、いちごですか?」
「はい」
「大きな実がつくと良いですねえ」

 魔法の呪文のように呟いて、目を細め慈しむように眺める。

 そのまま同じ目をマリクに向けて、
「さあ、夜の仕事がはじまりますよ」
 言うと、背筋を伸ばして屋敷へ戻る。

 マリクも小走りにその背を追った。
 夕日に照らされるギザギザした葉に後ろ髪をひかれながら。


***


 それぞれの夕飯が済み、翌日に向けて皆が眠りについた頃。

 静寂が支配する闇のなかに、誰も聞いたことのないような妙ちくりんなメロディが小さく響く。

 マリクの城たる庭に、変な鼻歌を発しながらおりたつ影がひとつ。

 その影はふらふらと庭を歩きまわり、日中にいちごが植えられたプランターを認めるとそこで立ち止まった。

 しゃがんで、おもむろに懐から取り出したのは、人間の腕ほどの太さをした注射器形状の容器。
 それを抑揚のない掛け声とともにゆっくりと振り下ろす。

「えーい」

 容器のなかの液体が徐々に土に染み渡っていく様を、影は楽しげに観察している。

「あは」

 一滴残らず吸収されたのを確認すると、暗闇に紛れて小さく笑う。

 謎の影は立ち上がり、纏う衣装の裾をひらひらと揺らしながら、またおかしな鼻歌を奏でて満足そうに屋敷へ戻っていく。

 影が去ってから数分後、誰もいない庭がザワザワと落ち着きを無くし――。

+注意+
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