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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

外伝

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外伝一   獣はいかにして刃となりしか(2)


「赤い髪……」

 火事を鎮めたあと。
 屋敷で町人から事情聴取して、黒衣を纏った男は小さく呟いた。
 そういえば昔、身籠った異国の女のからだを森に残してきたことがあったか、と当時のことを思い出しながら。

「して、其奴は我らと同じ忍びの装束を纏っていたと?」

 男が顔を向けると、町人は、恐れ多くも、という風に頭を低くして答えた。

「はい、頭領様。不格好ながら装束を纏った子どもでございました。赤い髪の他に、瞳も赤く……」
「うむ。報告、ご苦労であった」


 町の奥にあるひときわ大きな屋敷から一歩出て、町人はホッと一息ついた。
 緊張のし通しでからだは冷えているが、褒美としてもたされた小判でふところが暖かい。
 門外から振り返ると、白い小さな石が平らに敷き詰められ溶けない雪のように風情を醸し出した庭園があり、飛び石のそばの池では美しい模様の鯉が優雅に尾を揺らしている。
 石灯籠の明かりが水面に反射し、幻想的な光景を浮かび上がらせていた。

 忍びと呼ばれる職業は、この国の治安保持のために尽力する職業である。
 明るくは政治から、暗くは罪人の処刑まで。ありとあらゆる国家的任務をこなす。

 うまれ育ちは関係なく実力のみがものを言う忍びのなかで、さすがは頭領までのぼりつめた男の屋敷だと、その庭の美しさに町人は感嘆した。




 町人が去った屋敷のなかでは、頭領がひとり眉間に皺を寄せ、あぐらをかいていた。
 床に広げた巻物には、ある伝承が綴られている。

【あかきにほひの髪と瞳を持ちし鬼、世の理を崩壊さす】

「あかきにほひ」とは、「あかるい色」のことである。
 この国に生きる人は全員が黒い髪に黒い瞳をしている。
 つまり、茶、金の色をした髪や、青、緑、などの瞳を持つ外国からの来訪者を鬼に例え、気をつけろという意味の伝承だった。

 決して人口が多いわけではない閉塞的な島国において、外からもたらされる病原菌は脅威だ。
 抗体を持っていなければ、次々と感染し、下手をすると人種が滅んでしまうということも充分に起こりえる。

 おそらく遠い昔に、そのようなことがあったのだろう。
 この迷信めいた警告は、宗教のような大きな力を持って、今でも多くの人に信じられている。

 そうして、この国はもうずいぶんと長い間、島外との交流を絶って独自の生活を守ってきた。
 貿易や文化交流を望む者、はたまたただの漂流者など、この国に訪れるありとあらゆる外国船や乗員を、問答無用で破壊、殺害することで、災いが起こるのを避けてきた。

 小さな灯りに照らされた巻物を畳んで懐にしまうと、頭領はふいに立ち上がり、口をすぼめて空気をはいた。
 口笛を吹くポーズに似ているが、常人の耳には何も聞こえない。
 忍びの者だけが聞き取れる特殊な音波を出すことで、静かに招集をかける。
 五分とたたないうちに、板張りの部屋のなかは黒く埋め尽くされた。

「山を狩る。鬼が出た」

 頭領の言葉に、静をモットーとする忍びの者達も、さすがに少々ざわついた。

「山ですか? 海ではなく?」

 普段、鬼が出るのは決まって海からだった。
 上陸されぬよう、発見次第その場で素早く片付けるのが常である。
 山のほうまで侵入を許してしまったとは、相手はよほどの手練かと忍び達は息をのんだ。

「うむ」

 頭領は一段声を低くして、頷いた。

「十年ほど前に、数百の鬼が一気に押し寄せたことがあった。ほとんどはその場で片付けたが、その時、ひとりの女鬼が我らの目をかいくぐり山へ入ってしまったことがあったのだ。すぐさま追いかけて片付けたが、その者は大きな腹をしておった。親が死ねば子も生を受けることはなかろうと、死体を野に返したのだが。何かの要因で子はうまれ、密かに育っていたらしい。今回出た鬼はおそらくその鬼の子ではなかろうか、と我は考えておる」

「何年も、この国に鬼が潜んでおったとは……」

 忍び達はその事実に戦々恐々とした。
 職業柄、冷徹になることを強いられるが、彼らとて人間。
 鬼を、災いを恐れているのだ。

「なぜ今になって山から降りてきたのか……謎は多いがとにかく災いのもとは絶たねばならん。即刻全員山へ」
「ハッ」

 衣が擦れる音ひとつ立てず、忍び達は散った。

 夜に紛れて、黒い人波が山をおおう。
 いつもと違うピリピリした空気に、獣達が騒がしく鳴いた。

*

 獣の騒がしい声と正体不明の小さな地鳴りに気づいた山犬達は、巣穴のなかで一斉に頭を上げた。
 帰り着いた少年のおみやげを平らげている最中だった。ピクピクと耳を動かして周囲を警戒する。

『何か来る』

 異変を察知した三匹の山犬は、唸り声を上げてウロウロと巣のなかを周回しはじめた。
 少年は岩穴の奥に潜み、小太刀を胸に抱いて入り口を凝視する。念のため、鉤爪と面も装備した。戦闘態勢となる。

 少しして、ふたりの人間――忍びがそこへ現れた。

「ここは山犬の巣のようだ。気が立って唸っている。さっさと他へ行こう」
「しかしこの岩穴、奥が深い。真っ暗で見えないが、もしや洞窟になっていたらどこかへつながっているやも」
「確認するか?」

 山犬達に、彼らの話している内容は分からない。いつでも飛びかかれるように気を張りながら様子をみる。
 人間は巣の外で屈むと、ふところから何かを取り出した。
 石をカチカチとこすりあわせ、火を起こしている。その火を、取り出した何かに当てると、周囲が照らしだされた。どうやら持ち運べる明かりらしい。暗闇でモノが見えない人間という種族ならではの工夫らしかった。

「すまない。荒らすつもりは無い」

 人間から敵意は感じられないが、不快であることに変わりはない。グルグルと喉を鳴らし威嚇する。
 人間は明かりを掲げ、巣のなかへ足を踏み入れようとする。

『入ってくるな!』

 その足に、山犬は肉を食いちぎる勢いで噛み付こうとした。
 しかし、間一髪で避けられる。

「やはり無理だ。鬼だってこんなところへは侵入できまい。どこかへつながっているなら、そちら側を探すほうが早そうだ」
「それもそうだな。では行こうか」

 威嚇が効いたか、ふたりの人間は岩穴の巣に背を向け、来た道を引き返しはじめた。

『良かった。追い払えたみたい』

 母犬の言葉に、子どもたちは安堵した。二匹の山犬は唸るのを止め、少年は抜きかけていた小太刀を鞘に戻す。キンッっと、甲高い音が鳴る。

 その瞬間。去りかけていた人間達は立ち止まり、お互いに顔を見合わせた。

「おい。今の音、聞こえたか?」
「ああ。空耳ではないようだ」

 ふたりはゆっくりと振り返る。

「やはり確認すべきか」
「いざとなれば犬は殺してでも」

 ふたりの目から光が消える。
 纏う空気が先ほどまでとは明らかに違う。
 腰から下げた刀に手をあてジリジリと、岩穴へ歩み寄ってくる。

『殺気! よくわからないけれど、彼ら、やる気のようよ。気をつけて』

 場の雰囲気が変わったのを感じ取った母犬が息子達に警告する。

『やってやる。僕達の生活を壊すつもりなら』


「ガアア!」

 先に動いたのは山犬のほうだった。

 人間が岩穴へ踏み入るより先に飛び出して襲いかかる。
 一匹が足を狙い、相手がそれを避けると時間差でもう一匹が追い打ちをかける。
 それも避けた人間の胸に、岩穴のなかから飛んで一気に距離を詰めた少年がズブリと小太刀を突き刺した。心臓を正確に一刺し。寸分狂い無いいつものチームワーク。

「鬼!」

 母犬と交戦していたもうひとりに一瞬の隙ができる。
 それを見逃さず母犬は素早く飛びかかる。
 しかし、人間の切り払った刀にかすり、弾き飛ばされた。

『母ちゃん!』

 二匹の兄弟犬は、キャンと小さく鳴いて地面へ衝突した母犬へ、駆け寄った。
 その隙に人間は距離を取り、木々のなかへ後退していく。逃げていくようだ。
 去る者は追わず、二匹の山犬は倒れた母犬のそばからざわつく葉を眺めるだけにとどめた。

『大丈夫、母ちゃん?』
『ええ。少しかすっただけよ』

 胸元から本当に少しだけ血を滲ませる母犬は、すぐに起き上がり優しく答えた。

『少し驚いただけ。心配しないで』

 そして、
「アオオオン」
 と大きく長く吠える。

 少し待つと、地面が黒く波打ちはじめた。黒い小さな粒があつまりひとつの巨大な形を成していく。
 それはよく見ると全て蜘蛛だった。
 地をはう蜘蛛の大群が寄ってたかってゾワゾワと母犬のからだを覆う。

 母犬の体はひとまわり大きく見え、黒く蠢く別の生きもののようになり、そこからヒソヒソと幾百もの囁き声が漏れ聞こえはじめた。
 すこしして、まとわりつく蜘蛛達が母犬のからだを離れ、また地を這い散り散りになると、何事もなかったかのように母犬は言った。

『今、蜘蛛達に聞いたわ。人間達の探しものはあの子のようよ。あの子はどうやら町へ降ろしてはいけなかったみたい。私のミスだわ』

 母犬の視線の先では、少年が男の死体をさらに細かく切り刻み、小刻みにからだを震わせていた。

*

 敵の胸を一刺しした刹那、少年のからだには異変が起こっていた。
 肉を絶ち、血を浴びると、町で人間を殺したときに受けた快感を思い出す。えも言われぬ感覚に襲われる。

 他者の手による性的刺激、絶頂の瞬間に人を殺し血を浴びたことで、少年のなかでふたつが結びついてしまったのだった。
 そんなことは少年にはよくわからなかったが、とにかく人を殺すと気持ちが良い。それが理解できれば充分だった。

 少年は何度も何度も敵のからだに刃物を突き立て、そのたびにジワジワとからだの内側から湧き上がる快感におぼれた。
 興奮で呼吸が荒くなる。ハアハアと口で酸素を取り込みながら、刀を刺しては抜き、刺しては抜き。
 ぷるぷるとしたつややかな内蔵をむき出しにし、握りつぶし、放り投げ。笑いがこみ上げるのを抑えきれない。
 死体の胸を切り開き、肋骨をへし折り、肺を握りつぶし血管を引き抜いて、残った心臓を片手で掴み、一口。
 噛みちぎりながら、少年は果てた。


『おい。おいっては! 何やってんだ。聞こえてるのか?』

 快感の余韻がひいていくとともに、だんだんと意識が戻ってくる。ボーッとしてしまっていたらしい。兄弟達の心配そうな声が届く。

『あ……うん……』

『ごめんね……私のせいで、お前が狙われることになってしまった。人間の世界になど降ろさず、ずっと山で暮らさせればよかったのに』

 そう言って、母犬は巣穴から風呂敷包みをひとつ持ってきた。

『お前が人間と暮らすと言ったら持たせようと思っていたものだよ。干した肉と、裏の泉の水が入っている。お前はこれを持って、山でもない、町でもないどこか遠くへお逃げ。あの人間達はきっとまた来るよ。明日……いえ、今すぐにでも。仲間を引き連れて、お前を探しにくるよ』

 母犬の忠告に呼応するように、少年の服のなかからぴょんと蜘蛛が飛び出した。

『うん。人間達、一箇所に集まって、みんなでここへもう一度向かってる! え? どうしてわかるのかって? オイラ達蜘蛛には、独自の情報"網"というか、"ネット"ワークというか、そういうのがあって、世界中どこにいても連絡しあえるんだな!』

 得意気に言い終わると、蜘蛛は再び服のなかへ潜っていき、
『オイラ、どこへでもついていくよ』
 小さくくぐもった声が聞こえて、それっきり静かになった。

『さあ。これを持って、山の裏側へ。そこから海を渡りなさい。あの辺りは大きな木が多いわ。この前の嵐できっと倒れた木がいくつかあるはずよ。見つけたら海に降ろして。それに乗りなさい』

 母犬が置いたふろしきを持ち上げて、後ろから背負わせてくれた。

『ごめんね』
 耳元で囁かれ、そして、
『さあ、はやく。お行き』

 少年は立ち上がって、言われた通りに駆けた。

『さよなら、また会える日まで!』

 兄弟として育った山犬も、キャンキャンと吠える。
 三匹の遠吠えに見送られ、少年は木々をかきわけ走った。



*


『お腹すいたな! あいつ食うか?』

 グルグルと鳴る腹を押さえて、赤い髪の少年は物陰に潜む。

 丁寧に手入れされ、色とりどりの花が行儀よく咲き乱れる場所。キラキラと光を反射する噴水や、敷き詰められた石畳。最近住処としている森のそばにある大きな建物。その敷地に、少年は迷いこんでいた。

 ここに来るまでにもいろいろあった。
 明るい太陽の下でも人目につかないように行動することにもずいぶん慣れた。

 海を渡り、辿り着いた先。

 見たこと無いものばかりで埋め尽くされた世界。
 水に浮かぶ大きな鉄の塊や、自分と同じような色をした髪の人、海と同じ色をした瞳の人。
 土ではない地面、素早く走る四角い塊。
 とにかく珍しいものだらけだった。

 まずは腹ごしらえをするかと、そこに居た人間をひとり殺すと、どこからともなくたくさんの人間が現れて追いかけられた。
 遠くから大きな音が鳴ったかと思うと、からだに熱い痛みがはしり、腕を怪我した。
 何がなんだか分からないうちに、命からがら逃げ出して、辿り着いた森でしばらく過ごした。

 やっぱり人間として生きるのは難しい。
 森で狩りをして暮らそう。
 そう思った矢先、逃げる獣をつい深追いしてしまい迷い込んだのが、この場所だった。

『今なら誰にも見つからないぞ。あいつさらって、森で食べような!』

 蜘蛛に返事はせずに、花の前でしゃがむ人間の背後へ歩み寄る。

 太陽の光を受けて輝く柔らかそうな髪は、赤髪の少年が故郷の山からよく見上げていた月と同じ色をしていた。
 輝く髪の乗った後頭部を眺めていると、懐かしい感じがする。

 無自覚にホームシックにかかっていたらしい赤髪の少年は、眼下にある金色の頭を、
「なんだか好きだ」
 と、感じたのだった。

END(To be continued ☆月の影に潜む刃は獣)
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