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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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最終話   終幕:ある晴れた日のキャロル

 
「ジュンイチくん! 大変! わたしのプリンが無くなっちゃったの!」

 これは大事件だ! と、愛する夫の書斎に駆け込んだカミィが目にしたのは、まさにそのプリンの最後の一欠片を口に放り込もうとしているジュンイチの姿だった。

「あ……。これ、カミィちゃんのだったの……。ごめんね、糖分が欲しくて。僕、食べちゃった」

 ジュンイチはポリポリと頭を掻きながら、スプーンを口にくわえてバツが悪そうに謝った。



*


 国は今、新しい体制をつくり上げている最中だ。

 王族の最後のひとりだったトーマスが消え、統治者が居なくなって、国内は混乱するかと思われた。
 しかし、ヘルトゥの尽力により、意外にもあっさりまとまることになった。

 ヘルトゥが新しい王に。というわけではない。

 反乱のあったあの日、マリクと一緒に城を出たヘルトゥは、
「王が居なくなった」
 と各陣営へ伝達してすみやかに停戦を促した。

 事実、王がどこを探しても居ないこと。それに彼の口のうまさと、経験に基づいた説得力。
 その全てがうまく作用し、人びとは武器を収めた。

 もとより王の独裁のせいで争いが起こったわけで、その王が居なくなったとあれば反乱軍側には戦う理由が無くなった。
 攻めてこられたから応戦しただけの城陣営側もそうだ。
 主が居ないのに、一体何を守ればよいのか。

 反乱軍は、勝った。

 たしかに勝った……のだが、二階の部屋での一件を知らない人びとにとっては、あまりにあっけない終わり方だった。
 何せ、捕まえて尋問しようとしていた王が影も形も無く消えてしまったのだから。
 勝ったという実感がいまいちわかない。

 狼狽える、はたまた放心する者達の前で、ヘルトゥは声高らかに民主主義を説いた。

 その場から教会、城、市民、ポリシア、スラムの各代表をすばやく決め、彼らをとりあえずのリーダーとし、そこに政治のノウハウを持ったヘルトゥをアドバイザーとして。
「新しい国の体制を皆が納得できるかたちで、これからつくりあげていけばいいじゃないか」と、言ったのだ。

(ちなみに、スラムの代表を決めるとき「君、やってみないか?」とヘルトゥが誘い「やらねーよ、めんどくせー!」とマリクが辞退するやりとりがあった)

 そういうわけで、連日代表達による会議が開かれ、現在国は新しくうまれかわろうとしている。

 ヘルトゥがこれまで学んできたことは、この国の未来に大いに活かされるだろう。
 これも何かの縁、と覚悟を決め、この国を新たな安息の地と定めた彼は、もう不干渉などではなく立派にこの国の人として立っている。


*

 ジュンイチとカミィは、宣言通りに結婚した。

 怪我の治療が済んだあと、カミィはジュンイチによってまず自宅に送りとどけられた。
 反乱が決行されていたことを知らなかった両親は、ボロボロのカミィの姿を見て言葉を失った。

 ジュンイチが事情を説明し、そのついでとでもいうように、
「それと、僕達結婚します」
 なんて報告したときには、母は言葉だけでなく気も失ったほどだった。

 ジュンイチがカミィの命を救ったこと、侯爵の地位である吾妻家の当主であること、それになにより、無理に嫁がせた結果ボロボロになって帰ってきたカミィの姿を見て、両親はこの報告に異を唱えることはしなかった。

「カミィ、私達が悪かった。すまない。これからはお前の好きに生きるといい」

 そんな謝罪を受けて、カミィは両親に向かって微笑んだ。

「お父様、お母様、ありがとう。私、幸せになるわ」

 慌ただしく日々が過ぎ、撃たれた傷が良くなった頃、ふたりは教会で小さな式を挙げた。

 参列者はカミィの父と母、そしてセバスチャンだけ。
 マリクも一応招待したものの、欠席の返事が届いた。

 カミィの左手の薬指には、ジュンイチがマリクから託されたあの指輪が嵌められた。
 十年の時を経てカミィのもとへ戻ったその指輪は、ジュンイチによって細工と宝石が付け足されていた。深い青紫色の美しい石だ。

 ジュンイチはその翌日に軍を辞めた。

 研究施設には引き続き必要に応じて出入りしているが、"物騒なもの"はてんでつくる気が起きず、もっぱら医学、心理学、人体について何やら研究しているようだった。
 屋敷の書斎で書きものをすることが増え、はやくも新しい論文を発表して世間の注目を集めている。

 そうして夫婦になったふたりはジュンイチの屋敷で共同生活をはじめ、

「ねえ。僕達夫婦になったんだから、いいかげんその『吾妻様』っていうの、やめない? カミィちゃんも吾妻様なんだよ? 言葉遣いだって、無理して堅苦しくしなくていいんだ。王政は廃止だし、身分なんてもう意味を成さないんだから。それに、僕はそのままのきみが面白くて好きなんだ」

「えっと。じゃあ、ジュ、ジュンイチ……くん、だね?」

 と頬を染めて返すカミィと、呼ばれるだけで身体が熱くなるジュンイチが見つめ合って……


 などという初々しいやりとりを経て、少し。
 物語は冒頭の大事件へ――。


*


 カミィは目にいっぱいの涙をためて、夫を罵った。

「ひどい! ひどいわ! 一緒に半分こして食べようと思って、昨日から楽しみにとっておいたのに! ひとりで食べちゃうなんて! ジュンイチくんのばか~! うわーん!」

 ジュンイチは慌てて妻に駆け寄り、オロオロと、

「ごめん! ごめんね、知らなかったんだ。新しいの買おう? それともうちのパティシエにつくらせようか? 何個食べたい? 五個? 十個? 百個だって用意できるよ! おーい、セバスチャーン!」

 呼ばれてやってきた老執事は、部屋の入り口で泣いている奥様と、
「どうしたらいい? どうしたらいい?」
 と繰り返しその周りをウロウロする主人に、困ったような温かい目を向けた。

 結婚してからのジュンイチは、昔と比べずいぶんと表情が豊かになった。
 セバスチャンはそれがとても喜ばしい。
 しかし、まだまだ人の気持ちというものに鈍感な主人の将来を、彼は危惧していた。

「どうなされました?」
「プリン食べたら泣いちゃった。ああ、本当に、夫婦というものは難しいよ……」

 ジュンイチは言葉とはうらはらにやや興奮気味で言うと、すぐそばの書類の山に目をうつした。

「この出来事はレポートにまとめておこう。プリンを食べると泣いてしまう、と……」

 うわーん、から、シクシク、に変わってきた泣き声の横で、ガサガサと紙の山を漁りはじめる。
 積み上がっていた紙の束が雪崩のように崩れ落ち、部屋の床を埋めた。

「それでは私が、別のプリンを用意してまいりましょう。カミィ様、涙をお拭き下さい」

 紙束に埋もれるカミィに近づき、セバスチャンは胸ポケットからハンカチを取って差し出す。

「ありがとうセバスチャンさん」

 その場で膝をついて一心不乱にペンを動かすジュンイチと、受け取ったハンカチで涙を拭いたあとそのまま鼻をかむカミィ。
 若い夫婦を微笑ましく思いながら、セバスチャンは立ち上がった。

 そして振り返って一歩踏み出そうとした次の瞬間。

 右足が、ジュンイチの散らかした紙の上をすべり、空を切って、視界が急激に半回転。
 ゴッ! という硬い音がしたかと思ったら――

 彼は床にひっくり返っていた。

*

「骨に異常は無さそうだから、ただの打ち身だと思うよ。今日一日はゆっくり休んだほうがいいね」

 ジュンイチの診察を受けて、ベッドに横たわったセバスチャンは眉を下げた。

「申し訳ございません。まさか滑って転んでしまうとは……。本日の執務はどういたしましょう」

 時計の短針はまだ真上にすら到達していない。
 一日ゆっくり休息、というには早過ぎる時間だった。


 前当主時代に仕えていた使用人ほとんどが辞めてしまってから、吾妻家のことの大部分はセバスチャンが取り仕切っていた。
 幸いにも、現当主はあまり屋敷におらず、派手な遊びもしない。

 辞めずに残った数人の使用人で家事をまわし、直接の主人の世話と執務くらいなら、セバスチャンがひとりでやっても余裕を持てるくらいだった。
 彼が元気に動けるのなら、の話だが。



「困ったね」
「そろそろ私も歳です。仕事を引き継いで坊ちゃまのお世話をしてくれる人物を探さねばと思っていた矢先でございました。もう少しはやく行動にうつしていれば……」

 執事がそんなことを考えていたとはまるっきり知らなかったジュンイチは、
「へえ」
 と目を開いた。

「それって、何か条件ある?」

 なぜだか少し弾んだ声でたずねられて、セバスチャンは「そうですねえ……」と小さく呟く。

「若く健康で、信頼できる、あわよくば坊ちゃまの友達にもなりえるような人物。が一番の希望でございます」

 叶わぬことがわかっている。というような、優しいけれども少しだけ悲しそうな笑顔をして、無理を承知で言った。

 ジュンイチは顎に手をあてて数秒思案したあと、

「友達っていうのはちょっと難しいけど……若くて健康、なら、僕心当たりがあるな」

 立ち上がって、横たわる執事に布団をかけ直す。

「カミィちゃん、出かけようか」
「うん! ついでにプリン買ってくれる? クリームの乗ったやつ」
「いいよ。百個買おう」
「そんなにはいらないよぉ」

 妻を誘い、出かける算段を立てる。
 最後に振り返って、一言。

「じゃ、セバスチャン。おとなしく眠って待っててね」



*



「やあ、元気?」

 間延びした声が、風とともに頬を撫でる。

 聞き覚えのある声に振り返ったマリクの視界に飛び込んだのは、ヘラヘラと笑って片手をあげるジュンイチの姿だった。

「ああ!? 何しに来た」

 予期していなかった客の訪れに戸惑う。

「なんスか!? 誰スか!? 俺ら今から仕事行くんだけど!?」

 ボコがマリクの周りをチョロチョロしながら、突然の訪問者を威嚇するが、
「こんにちは」
 と、ジュンイチの後ろからカミィが姿をあらわすと、
「あっ、こ、こんにちは……ッス」
 勢いを無くして頭を下げた。

 口を固く結んでマリクの後ろに立つデコに向かって、「やべーよ。可愛い女のコだ、ボスも隅に置けねー! てかアレ? あのコなんか見たことある系?」と、小声で話しかけている。

「うるせーな。ちょっと静かにしてろ!」

 マリクは振り返って子分達を怒鳴りつけると、数歩進み出て招かれざる客と対峙する。
 気のせいかもしれないが、近づくと、厄介事の匂いがした。

「わざわざこんなとこまで、何の用だ」

「マリクくん。きみ、うちで働きなよ」


「……は?」


「じゃ、行こうか」
 ジュンイチは、事態が飲み込めず立ち尽くすマリクの腕を掴み、そのままドアの外へ連れようとする。

「待て待て待て待て! おい! 何だどういうことだ!? おい、待て!」
 マリクは混乱して早口で騒ぎ立てるが、抵抗むなしくずるずると引きずられてしまう。

「待てっつってるだろーがよっ!」
 もう片方の手を拳にして、背後からジュンイチに殴りかかる。
 しかし、後ろに目がついているのかと思うほど無駄のない動きで避けられ、流れるような動作でそちらの腕も掴まれた。

「安心してよ。お給料はちゃんと払うし、住み込みの部屋だって用意する。ここよりずっと広いし、ベッドだってふかふかだよ?」
 ジュンイチは条件を提示して、何が不満なの? とでも言いたげに眉間にシワを寄せる。

「そういう問題じゃねーんだよ。俺にはもうすでに仕事があるんだ」

 なあ。デコ、ボコ? と部屋の奥に顔を向けると、カミィと楽しそうに話し込んでいたボコが、「え? なんスか?」と、気の抜けた返事をよこした。

「あのねえ。マリクが、うちで働いたらとっても良いなって思ったの」
「あー、そッスかあ。ボス、行ってもいいスよ! 俺ら仕事のやり方はわかるッスから、引き継いでやりますよ! いいなあ、貴族のお屋敷に住めるんでしょ? すげーいい暮らしッスね! あ、たまに遊びに行っていいスか?」

 うらやましッス! と全力の笑顔で、おそらく本気でそう思っているであろうボコと、その横でただ頷くだけのデコ。部下の裏切りに、開いた口が塞がらない。

「良かった。決まりだね」

 微笑むと、ジュンイチは再びマリクを引きずりはじめた。

「待て! ちょっと、強引すぎねーか!?」

 慌ててマリクがたずねると、

「欲しいものは自分で取りにいけって、きみが言ったんだよ?」

 彼は振り返らずに答えた。


「お前……前から思ってたけど、力がつえーんだよ。馬鹿野郎」
 どうあがいても振り払えないと分かり、悪態をつく。
 そして、マリクは観念して吾妻の家で働く決心をした。

 どうせいつかスラムから出ようと思っていた。金貸しの仕事に未練は無い。
 まさかこんな形で出ることになるとは思っていなかったが、そんなに悪い話でも無いような気がしてきた。

 そんなふたりのやりとりをクスクスと笑うと、カミィも出口へ向かった。
「ばいばい。またね」
 デコとボコに手を振って、先を歩くふたりのあとを追う。

 きっとこれから、今までよりもっと楽しい毎日がはじまる。
 そんな予感に包まれた、ある晴れた日のことだった。
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