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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第二五話   ☆そしてふたりでワルツを

 慌ただしい足音がして、心身の疲労で意識を失いかけていたマリクはハッとした。
 新たな敵か!? と、身体に緊張が走る。
 転がるパイプを握り直し、固唾をのんでドアを睨む。

 駆け込んできたのは三人。そのうちひとりは見知った顔だった。薄紫色の柔らかい髪が、汗で頬に貼り付いている。

「マリク君! 無事か!?」
「ああ。お前、ヘルトゥだっけか……驚かせるんじゃねーよ。殴りかかるところだった」

 敵ではないと分かり、ため息と共に力を抜く。

「そんな憎まれ口が叩けるくらいなら、無事なんだろうね。ひとまず良かった」
 ヘルトゥは心底安心したという様子で胸を撫で下ろした。
「それで、一体何があったんだい? この部屋のありさまは……」

 血と死体が散乱する凄惨な部屋のなか、ひとつ大きく息を吐いて、マリクは話しはじめた。
 少し前にこの部屋で起こった一連の出来事を。

「なるほど。分かった。王は逃げたんだね」

 黙ってことの顛末を聞いていたヘルトゥは、話が終わるとすぐに立ち上がった。

「それなら、もう外の争いは無意味だ。即刻やめさせなければ」
「待て。俺も行く」

 呼び止め、マリクも立ち上がろうとする。が、先程の戦闘のダメージでまだ身体が満足に動かない。うまく足に力が入らず、ふらついた。

「肩を貸そうか?」
「ああ……くそっ。貸りひとつ、だ」
「律儀だね」

 ヘルトゥの皮肉な笑みにマリクも似たような笑みを返し、ふたりは連れ立って部屋を出た。



*


「ここ……は……」

 目が覚めて、最初に視界に飛び込んだのは、見慣れない天井。窓から射すオレンジ色の光が、舞台照明のように室内を照らす。

「城の医務室だよ」

 ほとんどうわごとのような呟きにこだまするように返事がして、カミィはぼんやりと首をまわした。
 一瞬たりとも忘れたことのなかった想い人が、暖かい笑みを浮かべている。

「あ……が……つま……様?」

 夢と現実の狭間をただよってぼやけていた意識が徐々に輪郭を取り戻していく。

「吾妻様!? あっ、痛っ」

 はっきり覚醒して、起き上がろうとすると、腕と脇腹に鋭い痛みが走った。

「きみは王に撃たれたんだ。じっとして。まだ安静にしていないといけないよ」

 ジュンイチはふらふらと立ち上がり、少し離れたところにあるチェストを漁りはじめた。
 その背中に向かって問いかける。

「トーマス様は……? 私を撃ったあと、トーマス様はどうなったのですか?」
「あの従者と一緒に消えたよ。どこへ行ったのかは分からないな。それどころでは無かったし。あれは多分、忍者、というものじゃないかな。そういう民族がいると、本で読んだことがある。実際に見たのははじめてだけど」

 寝台横に戻り、探し当てた器具でカミィの血圧を測りながら、彼は答えた。

「うん。異常なさそうだ。麻酔が完全に切れるともう少し強く痛むかもしれない。まだしばらく寝ているといい」

 満足そうに頷いて、ジュンイチはまた椅子の上で背中を丸める。

「そうですか……。彼は、逃げたのですね」

 横たわったまま呟いて、カミィは視線を空中へうつした。
 どこを見るでもないまま、とりとめなく考える。




 結局わたしは、何にもできなかった。


 トーマス様を救うことも、いえ、救うどころか、止めることすら叶わなかった。彼の冷たい心に綻びをつくることさえ。
『人生ってね、決して思い通りにはいかないの。だけど、その時々に、できることを精一杯やれば、きっとうまくいくようになっているのよ』
 お母様はそう言っていたけど。全然うまくなんていかなかった。

 わたしはこの短い期間、一体何を残すことができただろう? 
 何を変えることができただろう? 


 "たったひとりの人の心を動かすこともできなかった。"


 わたしは無力だ。
 無力なわたしに、これから先、何ができるだろう?


 顔を少し横に向けると、いつにも増してひどいクマをつくったジュンイチが、じっと自分を見つめている。

 目が合うと、
「どうした? どこかひどく痛む?」
 と、心配そうな声色でたずねてきた。

「いえ、大丈夫です。あの、吾妻様が手当をしてくださったの?」
「うん。外科手術は得意なんだ」
「そう……。ありがとうございます」

 わたしに、この人の十分の一でも何か力があれば、結果は変わっていたのだろうか? 
 いつもの少しニヤついた顔をうらやましく眺める。

「あのさ」
 ふいに、ジュンイチが口を開いた。

「はい、何でしょうか?」



「やっぱり僕達、結婚しようよ」



 無音の空間に、魔法の呪文が響いた。
 言葉の意味を理解して、カミィは頭が真っ白になった。

 舞踏会のあの夜の、突然の告白のときみたいに。
 時を止める魔法の呪文が、再び襲ってきたのだった。


「きみを失いそうになって……いや、一度失って、気づいたんだ。僕はやっぱりきみが好きだ。もう二度と手放したくない。誰にも譲りたくない。僕は我儘に生きることに決めた。絶対にきみを幸せにする。もうこんなことが無いように、目を離したりしない。一生きみのそばで、きみを守り続けるよ」

 そこまでを一気に捲し立ててから、ジュンイチはカミィの手を取って、両手で優しく包み込んだ。

 その仕草までもが、あの日の再来のようだった。


 だけど答えは、同じようにはいかない。
 カミィは小さな声でぽつりぽつりと語る。

「でも……わたしは……わたしは、吾妻様と一緒にいても、何もできない。あなたを幸せにすることは、わたしにはできない。トーマス様ひとりすら、救えなかったんだもの」

 言葉にすると一層現実を突きつけられて、悲しみが襲ってくる。
 視界がゆがむ。こらえようとしても、次から次に涙がわいてきて、我慢ができない。

 泣き顔を見られるのが嫌で、顔を逸らした。重力に引っ張られた涙が目からこぼれて、枕に染みていく。

「何もしなくたっていいんだよ。僕のそばに居てくれるなら。僕はそれだけで幸せになれるんだ。きみが隣で笑ってくれれば、僕はそれで、救われるんだよ」




 ね、だから、結婚しようよ。




 それはもはや、プロポーズ、というよりは、決定事項の確認のようなものだった。

「だ、だけど、お父様と、お母様に、聞いて、みない、と」
 とぎれとぎれに絞り出す声は、全ての音に濁音がついているようで。みっともない。

「きみが、自分で決めればいいんだよ。だめだって言われたって、きみが望めば、僕はきみをさらうつもりなんだから」
 ジュンイチはゆっくりと、まるで言い聞かせるように、冗談とも本気ともとれる言葉を続ける。

「わたし……わたしは……」

 握られていないほうの手で、ごしごしと涙を拭って、カミィはジュンイチに向き直った。

 ステンドグラスのように透き通って輝く目を潤ませて。
 今度はちゃんと、小鳥のように濁り無い声で、

「わたしも、あなたが好きです。はじめて会った、あの日からずっと。あなたと、結婚したい、です」



 その答えを聞いて、ジュンイチは、今まで生きてきたなかで一番の満面の笑みを浮かべた。




「なんだか、あの舞踏会の夜がもう一度来たみたい」

――夢見る少女の瞳で、彼女がそう言ったから。

「それじゃ、ふたりでワルツを踊ろうか。怪我が治ったらね」

――彼は、悪戯な顔をした。
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