ミコミコ探偵部
学校の旧校舎に、お化けがでる。
深夜の教室に徘徊する、存在しない警備員。
ロッカーに置いてたはずの持ち物が、突然消える。
学校にまつわる、いろんなお話。
そんな不思議話で今、困っている人が沢山いる。
だからこそ、奇怪な出来事に立ち上がった部活があった。
「ようこそ、ミコミコ探偵部へ」
今日もまた、ミコミコ探偵部に足を運ぶ人物が……。
「いる訳ないじゃないのバカぁぁ!!」
堂々と部室の真ん中に座っていた少年が、後ろに立っていた少女に殴られる。
殴られた箇所をさすりながら、少年は少女に目をやった。
「だから、お客人を迎える練習じゃないか。わかってねぇなー史子」
「探偵部にお前が必要って言ってたから仕方なく入ってみたけど、名前超ダサいし」
「俺の尊と、お前の史子から取ってミコミコ探偵部。我ながらよく出来たと思ってるんだけどなぁ」
「その考えがおかしいっつってんだろ」
茶髪の少女、史子が舌を鳴らす。
青眼の少年、尊が少し落ち込んでいた。
ミコミコ探偵部、創立1ヶ月目。
学校に纏わる、奇怪な現象をターゲットにした探偵部だ。
しかしあまりにも奇抜な内容と名前に、未だ相談者は0。
殆どの人は、オカルトに興味もないだろうから仕方ない。
いつもの様に集まって客人を迎える練習、そしてオカルト本を読み漁ろうとした。
だが今日は、そんな日常では終わらなかった。
コンコン。
部室の扉をノックする音。
思わず2人は身体を硬直させるが、再び聞こえるノック音に史子が扉を慌てて開ける。
開けた先には眼鏡をかけたか細い少女が、目を泳がせて立っていた。
「1年……え、A組の……御堂由香子と申します……。た、探偵部は……こ、ここですか?」
「そうさ、まぁ入りな。今お茶出すから」
史子が御堂と名乗る少女を部屋に入れ、お茶を汲みに部室の隣に消えた。
御堂が部屋の中央にあったソファーに座ると、その正面のソファーに尊が座る。
「ようこそ、ミコミコ探偵部へ」
「はっはい!!」
「君が最初の客人だ、よくいらした」
「そ、そうだったんですね」
お茶を汲んだ史子が戻ってくると、尊は1つ咳払いをした。
「1年C組、判田尊だ。ミコミコ探偵部の部長をしてる」
「同じく1年C組の、廣居史子よ。同じ学年だし、仲良くしよう」
自己紹介を終えた2人に、御堂は深々とお辞儀をする。
笑顔を作る御堂だが、尊と史子は見逃さなかった。
御堂の背後の、黒い影の存在に。
「お、お2人は……合わせ鏡の階段を知ってますか?」
「あぁ、知っている。使われていない旧校舎の階段だろ?」
本校舎のすぐ裏側に、今はもう使われていない木造の旧校舎がある。
もうすぐ取り壊しの予定があるのだが、今ここである噂が広まっていた。
2階と3階の間にある、合わせ鏡の階段。
前後にある鏡の間に立ち、10秒待つと今一番会いたい人が現れるという噂だった。
その噂を聞きつけた大多数の人が、現れているのを見ているという。
この学校にある、『13の噂』の1つだ。
「私も、やって……みたんです。だけどそこに現れたのは……」
「それって、顔の歪んだ女の姿じゃない?」
ビクリと、御堂は肩を震わす。
何度か頷いた後、完全に俯いてしまった。
「お母さんに……死んだお母さんに、会いたかったんです。だけど、で……出てきたのは、顔半分が潰れた女の人で……」
スカートをグッと握りしめ、必死に涙をこらえている御堂。
史子は尊を見ると、尊は眉間にしわを寄せたまま御堂の背後を睨んでいた。
この2人は、ただの探偵部じゃない。
御堂の背後に存在する、黒くて禍々しいもの。
普通の人には視えない何かを、2人は視ることができる。
本当は視たくないのに、視えてしまう悍ましい光景。
「その日以来、どうしてもあの光景が頭から離れず……具合も悪くなっていって……」
「御堂さん、今から旧校舎行く元気はある?」
「えっ?あ……はい」
「正直、呑気に構えてる状況じゃない。御堂、このまま放っておくとお前は死ぬ」
唇を噛んで、血の気が引いたかの様にみるみる御堂の顔が真っ青になっていく。
尊の近くにいた史子が、思い切り尊の頭を殴った。
「怖がらせるんじゃねぇっつってんだ、このドアホ!」
「いってぇ!!ちょっ、もう頭殴るのやめてくれない!?」
「ごめんね御堂さん。でも危ない状況に間違いはないから、すぐ一緒に来てほしいの」
この言葉を聞いて、御堂は無言で何度も頷く。
ニッコリ笑った史子は、鞄を持って無理矢理尊を引きずりながら御堂と共に旧校舎に歩いていった。
旧校舎、時刻は既に17時を超えていた。
夏場の今は日の入りが遅いため、まだ外は明るい。
だけど旧校舎の中は、とても暗い。
本校舎の影になるため、陽はまともに入らないのだ。
そんな旧校舎の2階と3階の間に、3人は立っている。
合わせ鏡の階段、その噂を調査しに。
「実際にやってみるしか、おびきだせないよなぁ……」
「アタシ、呪われるの嫌だからパス。尊やってよ」
「はぁ!?俺かよ!?」
段差に座る史子が、尊を促す。
少し嫌がる尊だが、今にも泣きだしそうな御堂の顔を見て断る訳にもいかなかった。
「ミコミコ部、初仕事行きますか」
少し歩き回った後、鏡と鏡の間に立ち目を閉じる。
ブツブツと何かを呟いた後、目を見開く。
鏡に映らないよう段差に座っていた史子と御堂も、思わず鏡に視線が釘付けになる。
そこには、尊の首に腕を絡ませてくる顔が半分潰れた女の姿が映っていた。
「お前か、鏡の女」
「呼ビ出シタノハ、貴方ネ」
女がニタリと笑う。
潰れた顔から滴り落ちる血が、何もない空間から落ちてくるのが見えた。
たまらず御堂は、顔を手で覆い隠して悲鳴をあげる。
史子は御堂を隠す形で前に出て、尊に何かを投げた。
「これを使う時が来てほしくなかったんだけどなぁ……。尊、使って!!」
「おっ、持ってきてくれたか!!サンキュウ!!」
受け取ったそれは、少し太めのマジックペンだった。
さらに女が笑う。
「ペン?ソンナ物、何ノ役二立ツ?」
「ただのペンだと思ったら、アンタが痛い目にあうだけだ。史子、御堂を連れて逃げろ」
一旦女と御堂を離さなければ、いくら女を除霊しようとしても憑かれたままの御堂の身体に危害を加えてしまう。
先ずは、霊体と御堂の切り離しからしなければならない。
だけど女はそれを知っているのか、突然鏡から飛び出してきた。
不意を突かれ、尊はそのまま後ろに吹っ飛ばされる。
「しまっ……!!」
女はそのまま史子を突き飛ばし、御堂の身体を奪い取る。
片腕で御堂を抱え上げ、空中に浮かびながらケタケタ笑いだした。
鏡に入られれば、一貫の終わりだ。
史子と尊は両面にある鏡に背を向け、ペンを握る。
「いやぁぁぁぁ!!助けて!!助けて!!」
御堂が、泣きながら発狂している。
だけど女の力は強く、簡単には離れられない。
「まずいよ、尊。このままじゃ……」
「乱れた精神状態は、霊体が身体を奪いやすい絶好の機会だ……!!」
女に背を向け、尊は鏡にペンで大きくバツマークを描く。
史子も続いてバツを描き、霊の通り道を封鎖をする。
関係無いとばかりに鏡に飛び込もうとする女だが、入りこむことは叶わなかった。
「何ダ、コレハ……!!」
「史子の家の神社で使われてる除霊道具さ」
「本当は使いたくなかったんだけど。でも、悪さする霊は除霊しろって父さんから言われてるんでね」
何かあった時に使いなさい。
そう言われて持たされていた、謎のペン。
除霊用の道具としか知らされていなかったそれを、今使う事になるとは思わなかったが。
「アタシハ……アタシハ生キテアノ人ニ……」
さっきまで笑っていた女が、突然涙を流す。
潰れていない半分の目から流れた涙は、頬を伝って怯える御堂の顔に落ちる。
一瞬にして、空気がガラリと変わった。
「あまりにも有名な、合わせ鏡の階段。俺は調べたよ、アンタの事」
ペンで空中に何かを描きながら、突然喋りだす尊。
それは、とある昔の話だった。
この学校に勤める、1人の女性教諭。
旧校舎がまだ使われていた頃、この3階の教室で担任を勤めていた。
そんな彼女は、ある教師に恋をする。
5歳年上の男性だが、生徒からも好かれる程人気もあった。
しかし、告白するもフラれる女性。
さらにはその男を好いている数人の生徒から苛めを受け、ついには自殺した。
「それ、アンタの事だったんだな。数年前にここの階段で告白し、屋上から飛び降りた女って」
空中に描かれた紋章を描き終え、ペンに蓋をする。
既に女は御堂を放し、床に座り込んでうな垂れていた。
「信田眞百合さん、ここで悪戯したって何も報われないよ。このまま、成仏しな」
史子は御堂を起こしながら、信田を見つめる。
半分潰れた顔から流れる涙は、血の混じった涙。
自身の涙を見て、少し笑みを零す。
「ゴメン、ナサイ。アリガトウ……」
その身体は突然光りだし、尊が描いた紋章に包まれて消えていった。
御堂は涙目になりながらも、その姿を見つめる。
最後に見たその姿は、とても美しい女性の姿だった。
部室に戻る頃には、既に18時を超えていた。
勝手に旧校舎に入ったことが先生にバレて、かなり怒られる。
しかしそんな説教も聞こえない程、3人は安堵していた。
「ありがとうございました、お2人さん」
「いいっていいって、この馬鹿が勝手にやったことだし。でも助かってよかったよ」
「馬鹿は余計だ。しかしまだ、噂の一部を封印したにすぎない」
鞄を持ち椅子に座る尊は、窓の外を眺める。
それに寄り添うように、史子は座る。
御堂は入り口で、ずっと鞄抱きかかえたまま立っていた。
「あ、あの……お2人はどうして、この部活を?」
何気なく御堂が聞くと、史子はむっとした顔で尊を見る。
尊は外を眺めながら、少し眉間にしわを寄せていた。
「過去にあったんだよ、お化け絡みの事。それで尊は、『奪われたもの』を取り戻すために霊を封印していってんのよ」
「おい言うなよ、史子」
「除霊道具持ってるアタシを、勝手に誘っといて文句言うな」
そう言った2人は、同時に立ち上がり御堂に向き直る。
尊と史子の顔は、どこか寂しく微笑んでいた。
「これからも、ミコミコ探偵部をよろしく頼む」
「依頼がある人見つけたら、是非教えてね」
「は、はい!!」
こうして、ミコミコ探偵部の初仕事は無事終了した。
しかし2人の霊との戦いは、これが始まりだったのだ。