私の職業は観測者。
タグを見た方の期待通りではないと思われますので、ご注意ください。
私は思考に流れ込む数多の情報の中から、必死に最も危機的な状況にある人を探し出す。
もう何度したかも分からない作業。でも、それは私にしか出来ない作業。
「見つけた。私の助けが必要な人」
私は跳ぶ。電子情報、有と無で現される、夢の世界の空間を。
この世界において、その現象を、人は『転移』と呼ぶ。
でも、転移をこれ程、詳細に座標設定して出来るのは、恐らく『観測者』という『職業』を持つ私だけ。だからこそ、私はこの世界で人殺し続ける。
目の前の殺害をしなければならない人は、多数のモンスターに攻撃を受けている。
ああ、くそ、初心者が。私の邪魔をするな。忙しいんだ。なんで私がこんな事を。
私は最近出来た、あるゲームに興味を持った。VR技術は日々発展し、人が夢にまで見たVRMMORPGなるジャンルのゲームは、既に多く発表されている。私が興味を持った、そのゲームは『今までのVRではありえないレベルの現実感』をウリにしていた。
だが、そのゲームを遊んでいた複数の人が、現実世界において植物状態に陥った、という噂があった。
私は故にそのゲーム。何と言ったか。確か、略称が『DD』だったか。そんなゲームに興味を持ったのだ。
だから、やってみる事にした。
そして、手元に届いた機器を使い、そのゲームにログインした。
必要な操作なんてほとんどない。アバターはほぼ現実通り。ステータスや初期職も、勝手に割り振られてしまう。
で、初期の街に降り立ち、周りを見渡すと、棒立ちの人が何人かいた。が、取り敢えず気にせず、チュートリアルもすっ飛ばし、フィールドに出て、初期装備でモンスターを狩ってみた。驚いた。
攻撃を受けると、滅茶苦茶痛い。
確かに風景や何かを触った感じ等も、リアルだったが、痛覚が驚くほどリアルだった。
噂は聞いていたが、なるほど、ノーダメージで戦闘しようとする人が増える訳である。
私はなんとかそのモンスターを倒したが、しばらく痛みで呻いていた。
さて、取り敢えず、一度、街に戻ってログアウト。
懇意にしているある大学病院に連絡を取り、植物状態の患者データを送ってもらった。まあ、そこらへんはスムーズだ。私は興味を持って今回の事を調べているが、そもそも、調べてくれとの依頼を受けている。
で、また驚いた。
そして、関連を理解した。
この植物状態の奴ら、棒立ちの奴らだ。
でもなぜだ。
「フリーズして、意識が閉じ込められた。いや、なんだその夢みたいな話は」
科学はもっと現実的だ。
「でも、少なくとも関連は有って。そして、棒立ちだ」
しばらく考えたが、よく分からない。新たな情報を求めてログイン、する前に、攻略サイトを流し読み、丸々全部暗記した。そして、ログイン。
前回ログアウトした地点に降り立った私は、取り敢えず、ステータスを見てみる事にした。
「うん。普通だ」
平均的な数値より少し低いくらい。AGIは高いが。ただし、
「なんだこの職は」
『観測者』。そんな職は攻略サイトには載っていなかった。ついでに、本来、上位職が表示される部分があるのだが、どうやら、上位職が無いのか表示されない。
「まあいい」
別に『DD』の世界を楽しむつもりは無いのだから。何だって構わない。
だが、どんな情報を集めなくてはならないのだろうか。棒立ちを見続けても、意味は無い。新たな情報は得られない。
と、私の隣に誰かが転移してきた。
まあ、気にするような事ではない。転移アイテムを使用すれば起こる現象なのだから。
しかし、
「おや」
転移者は動かなかった。
「いや、まさかな」
とは思ったが、ずっと見ていても動きは無かった。
棒立ちが増えた。
もしかして、現実の方では植物状態が増えたのか。
「いや、まさかな」
今、現実に戻って確認しようとしても無理だろう。植物状態だと家族などが判断しなければならないし。今の段階では、この転移現象が関係している事を前提に調べていこう。
で、転移アイテムを買って、転移してみた。
「問題なし」
うん。恐ろしい事を試してみたものだと自分でも思う。だが、これも私の興味の為なんだ。許せよ、私。
「分かった。許してやろう、私」
さて、そんな事はどうでもいい。転移現象は関係ないのだろうか。転移によって植物状態になるのではなく、植物状態になる場合になぜか転移現象が起こるのか。
あるいは、転移現象は転移現象でも、特徴的な転移現象である必要があるのか。
だとすれば、それはどんな転移現象か。どんな原因で起こるのか。
というか、くそう。当たらねえ。攻撃が。初期装備の短剣が空を切る。反撃が私をとらえる。HPがイエローゾーンに。痛い。リアルすぎるぜ。
もしかして。
「いや、まさかな」
追撃で私のHPがレッドゾーンに。
いやまあ、試してみてもいいんだが。なんだか正解な気がする。
「やめておこう」
私の一撃がやっと当たり、モンスターを屠った。ファンファーレが鳴った。レベルが上がった。
私はログアウトして、準備を始める。何の準備かと言うと、いわゆるハッキングだ。
転移現象は、転移アイテムを使用するもの以外に、死に戻りがある。これが、植物状態の原因になる転移現象の理由かもしれない。
植物状態の数は少ない。転移アイテムが使用された数よりは遥かに少数だろう。だから私は実験した。正解でないだろうと予想できたから。
死に戻りは少ない筈だ。だって、誰もダメージ受けたくないもの。痛いから。
で、見事、植物状態になった時期と、棒立ちの死に戻った時期が符合した。
「でもどうして」
どうして死に戻ると植物状態になるのか。
取り敢えず、大学病院とDDの運営会社に連絡を取り、説明。運営会社側にはサービスの停止を求めた。当然だ。
大学病院は明日以降の返信になるだろうなー。と考えていると、運営会社から返信があった。早い。
ボロクソに罵倒された。いや、丁寧な言葉では書かれていたけれどね。
サービスを止めるつもりは無いらしい。そもそも、ライバル会社からの嫌がらせのように思われたか。まあ、開発費とかいろいろあるだろうし。予想していなかった訳ではないけれど。ハッキングの事は書けなかったしね。信用はしてもらえまい。
「だがどうする」
被害者は増えていくぞ。私の予想があっているならば。
「あー。くそう」
そうだよ。分かってる。分かっているのが私だけなんだから、私が何とかしないといけないのだ。それこそまさに民主主義。いや、違うか。
でも、そう。どうすればいいのか。
ああ、仕方が無い。助けて回ってやろうじゃないか。ピンチの奴を。
ログイン。
でも、ピンチの奴とかってどうやって見つけるのか。
『理解』を使った。
なんだそれ。うん。いや。そういう名前のスキルなんだよね。HP残量の割合が分かる。
『千里眼』と重複利用で、この世界全域のHP情報を網羅。
『転移』で、レッドゾーンのプレイヤーの隣に転移し、『一撃』でモンスターを屠る。そう言えば最初の二体も一撃で倒せたな。『転移』は助けたプレイヤーに疑問を持たれたが逃げた。
これの繰り返し。
なんて異常な性能だ。『観測者』。
で、数週間それをやり続けて、あっという間にレベルが上位ランキングに載った。当たり前だ、寝る間も惜しんで異常性能な『観測者』で、プレイしているのだから。ちなみに増えた棒立ちは現実世界で植物状態になった事が確認できた。
あと点滴を付けている。なんで私がそこまでやらなくてはならないのかと思ったが。まあ、大学病院が協力してくれたのを、ありがたく思う方が先だろう。あんな突飛な話、疑いながらも少しは信じてくれたんだから。
その間も、私はDDの運営会社にサービス停止を求め続けた。無視されたが。
私はそんな事をし続けた訳だが、ある日、ミスをした。モンスターもろともプレイヤーを『一撃』で、殺してしまったのだ。
罪悪感。自己嫌悪。普通のPKではない。
仮想現実なのに、DDで人を斬った感触は、あまりにも生々しかった。レベルアップのファンファーレが、鳴り響く。けれどそんなモノは聞こえなかった。恐ろしさに手が震える。
だが、
「あれ。おかしいな」
ふと気付く。
私が殺してしまったはずの人のカーソルが動いている。
安心と同時に疑問が思考を駆け巡る。
「死に戻りが条件じゃないのか」
なら、何が条件だ。
けれども、少なくとも。
「罪悪感を感じなくていいのなら、というか、結果がそれほど変わらないのなら、モンスターを倒すより、こっちの方が楽だ」
だが本当にPKで大丈夫なのだろうか。
私はログアウトした。久し振りの自分の手は、既に骸骨のようだった。そして、DDの世界の時のように震えていた。
取り敢えず、ハッキング。急がなければ、また被害者が出るかもしれない。
で、どうやらPKがOKな条件ではないようだ。
PKで死に戻った奴も植物状態になっている。
ログイン。
じゃあどうしてさっきのは大丈夫だったのだろうか。
私は同じ作業をしながら考える。
この世界での死は、現実世界の植物状態。それは恐らく、合っている。
電子情報が現実世界に浸食する。拡張現実のように。でも、それは。いや。まて。
今、結構核心をついていなかったか。
死は死として拡張される。
考えろ。
意識は戻らない。
考えろ。
夢の死。
なんだ。
死の認識。
それはどういう事か。
死を認識。
少し違う。
そうだ。死が意識で認識されているんだ。
「でも、証明は出来ない」
いや、出来なくはないが、その危険を冒してはいけないのではないだろうか。
だって、少なくとももう一度誰かを殺す必要がある。
だが、私はもう疲れた。もう、いいんじゃないだろうか。人を一人くらい殺す事を許されてもいい程度には働いたような気がする。これでも私は頭が良かったし、運動能力も高かった。多分何にでも成れた。それを捨てて、今、こんな事をしている。何かになりたかった訳じゃない。何かをしたかった訳じゃない。強いて言えば、私は私がしたい事をしたかった。
なら、殺そう。
私は今、人を一人殺したいのだから。
一応、言い訳はあるし。
ごめんね。殺される人。
私は殺される人に絶対に気付かれず、痛みも与えないように一撃で屠った。もちろん、罪悪感は最低限で済むように、レッドゾーンの人を。ハイレベルなプレイヤーを殺した事による大量の経験値。レベルアップのファンファーレ。
私は直後に、思わずログアウトしていた。
どうしても、耐えられなかった。結果を直視したくなかった。なんであんなことをしたのだろうかと思う。自分の為に考えた言い訳も、全く役には立たなかった。
私はしばらく泣き続けた。
でも、やってしまったモノは仕方が無い。少なくとも、見なければならない。
ログイン。
私は再び泣いた。安堵で。私に殺された人のカーソルは動いていた。ついでに私のカーソルは殺人者カーソルになっていた。
植物状態の彼らは、自分で自分を殺したのだ。
このゲームの世界での、あまりに生々しい経験は、現実の意識へと拡張される。死んだという認識は、現実の意識を殺していた。死んだという認識が、現実の意識を殺していた。
ならば、死の直前に、私が痛みも無く安らかに死に戻らせてやろう。死の認識の無いように殺してやろう。私は、死んでいないのに死に戻るバグの原因者になろう。
このゲームのサービスが終わるまで。
赤いカーソルのまま、私は死の直前を観測し続けよう。
私の職業は観測者。