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初登場人物
・エリアーデ=ウォルク……『ジーク空賊団』の船長。29歳。
・セファス……『ナハツ空賊団』の船長。31歳。
・ヒスキ……セファスの弟分。19歳。
・シャンディ……セファスの部下。23歳。
11.大空に生きる翼たち
 大陸は二大国家によって領土が二分され、さらに地方都市ごとに区域が細かく分かれているが、どこまでも広がる空に境界線はない。
 ……と思われることが多いが、実際には空にも境目が存在していた。空に生き、空を制する者たち――空賊と呼ばれる彼らは、大国の軍も限られた数しか持っていない飛行艇を駆って、勢力争いにしのぎを削っているのだった。

ねえさん、大変です!」

 ある日のある船にて。
 夜遅くに見張り番が駆け込んだ一室には、黒地に白鷲しろわしの団旗と、ソファーに座る匂いたつような美女の姿があった。実際に風呂あがりで湯気とバスソープの香りが残っていて、男は開けた扉をそのままの姿勢であわてて閉めた。

「すっ、すみません!失礼しました!」
「今度ノックを忘れたら、そのチョビヒゲ丸刈りの刑ね。」
「は、はい……!」

 大事な自慢のヒゲを両手で押さえながら、見張り番の男は扉の向こうでぶんぶんとうなずいた。そして数秒間息をひそめて様子を伺ってから、ゆっくりとノックをした。

「入っていいわよ。っていうか、急いでいたんじゃなかったの?」
「そ、そうでした!大変なんです!」

 美女は濡れた髪をふきながら、ワインをわずかに口に含んだ。

「ナハツの連中でしょ、どうせ。」
「えっ、どうしてそれを……!?」
「王国軍は時間外労働なんてしないし、帝国軍なら正面から攻めるようなマネはしないもの。わざわざ見張りにまで自己主張するバカは、あいつらしかいないわ。」
「さすがエリアーデの姉御!完璧な推理で……ぐあっ!」
「船長と呼びなさい。」

 扉のすぐ裏に張り付いて感心していた部下ごと押し開き、エリアーデはにっこりと一瞥すると、顔を押さえている彼を放って上着を羽織りながら甲板へと向かった。


 夜の空に浮かぶ飛行艇ジークは、明かりをいっさいつけずに暗闇に溶けていた。羽が回る音だけが存在を示しているが、地上からはまずわからないし、たとえ同じ空にいても目視できるころには大砲の射程に入っている。夜襲は仕掛ける側にもリスクが高いので、警戒さえ怠らなければ夜は平和なはずだった。それを今夜わざわざ出向いてきたからには、相応の覚悟が……

――ないわね。なんの考えも。

 ……感じられないエリアーデは、夜風に乱れる茶色がかった金髪を押さえてひとりごちた。大陸南部とはいえ、この時期の夜は肌寒い。

「総員、準備完了しました!」

 すでに持ち場についていた船員たちが、興奮ぎみにそれぞれの武器を手に集まってきた。どの男たちも修羅場を越えてきた屈強な者たちばかりで、中には彼らに負けない度胸と腕っぷしを持った女も何人かいる。ジーク空賊団では性別や年齢の区別はなく、ただ船長と団旗の下に忠誠と希望をもって集っていた。

「姐さん、迎え撃ちますかい?」
「敵は5時の方向、船尾3砲の射程です。」
「大砲はいいわ。ただし各自、持ち場からいつでも動けるように準備はしておいて。」
「へいっ!」

 エリアーデは一同を見まわして、ゆったりと指示を出した。慌ただしい戦闘態勢の中で1人落ちついているのは、その方が部下たちに無用な不安を与えることがないからと意識して演技をする場合もあるが、今は本当にあわてる必要がなかった。

「ぅおーい!エリアーデ、出てこい!」
「……うるさいわね。」

 暗闇でもすでに肉眼で確認できる距離に近付いてきた一艘の飛行艇から、風にもプロペラ音にも負けない怒鳴り声が響いてきた。エリアーデは細く整った眉をひそめて、情けなそうにため息をついたが、船が目の前に来るまで油断なく見据えていた。

「待たせたな!ナハツ空賊団、参上!」

 小柄な少年とどこかよそ見をしている女性を引き連れて、真ん中の無精ヒゲの男が再び腹の底から大声で叫んだ。もう普通に話しても聞こえるほどの距離なので、エリアーデだけでなく両側の2人も思わず耳を押さえた。

「あたしは何も頼んでないわよ。」
「オレ達は通りすがりの行商か!」

 ボケているのかツッコんでいるのか、夜襲をかけてきた敵ながら緊張感の欠片もない。夜風も凍る極寒の空気をまったく無視して、エリアーデはタバコに火をつけた。

「で、セファス。いちおう訊いてあげるけど、なんの用?」
「ふん、訊くだけヤボだな。」
「じゃぁ、いいわ。」
「待て待て!そこまで言ったら聞けよ!」

 さっさと戻ろうとしたエリアーデを、セファスが焦って引き留めた。タバコの白い煙が、場の空気を象徴するかのように二艘の船の間を漂っている。

「もう5度目だが、あえて言おう。エリアーデ、我がナハツ空賊団に入れ!」
「もう5度目だけど、はっきり言うわ。いやよ。」
「なぜだ!?」
「なぜ、あたしがナハツに入らなきゃならないのよ。」
「そりゃあ、お前……じゃなくて!ジーク空賊団を吸収合併するために決まっているだろ!」
「だったら実力行使しかないわね。いつでも受けてたつわよ。」
「よーし、おれっちがやってやる!」
「やめろ、ヒスキ!」

 セファスが押しとどめようとしたが、すでにヒスキは船べりを蹴っていた。軽々と宙を跳ぶ少年を、エリアーデは目で追いながらその場から動かない。セファスも舌打ちをして、すぐに後を追って跳んだ。

「もらったぁーッ!」

 ヒスキが身の丈以上の長槍を頭上に構え、落下と同時に敵船長めがけて突き出した。わずかに遅れて空中からセファスが投げたナイフも、立ったままのエリアーデに迫る。

 キイィィンッ!!

 瞬きひとつしないエリアーデの眼前で槍の穂先とナイフがぶつかり、刃のかすめたタバコが床に落ちた。そしてジーク号に着地した2人は、一瞬でどこからか現れた何十もの銃口に取り囲まれていた。

「あたしのタバコが落ちたら、船員総攻撃の合図なのよ。覚えておきなさい。」

 あらかじめ発砲はしないように言っていなければ、今ごろ彼らは空中で蜂の巣になっていただろう。床に突き刺さった槍を挟んで、セファスとヒスキはおとなしく両手を挙げた。足元のタバコを拾って再び煙を吐いたエリアーデが目で制すると、部下たちはいっせいに武器を下ろして持ち場に戻っていった。

「どうして、オレ達を殺らなかったんだ?」
「殺ってほしかったの?」
「……いんや。」

 自称「ナイスミドル予備軍」のセファスは、手入れなどしたことがない無精ヒゲと寒いギャグのせいでおっさんくさいと部下たちにまで思われているが、じつは去年三十路みそじを越えたばかりである。こうしてニヤリと笑うと、イタズラ好きな少年の瞳を残していて、見る者をどことなく惹きつける輝きがある。

「アニキ、どうして邪魔をしたんだよ!おれっちの槍は、完璧に捉えていたのに。」
「お前、あのまま行っていたら、今ごろ首が吹っ飛んで、もっと背が低くなっていたぞ。」
「わっ、悪かったな、小さくて!」
「ま、いろいろあんだよ。大人の世界ってのは。」

 憤慨する弟分をなだめすかして、セファスはからからと笑った。敵船に乗り込んでおきながらのんきに構えているライバルに、ついエリアーデも口紅をしていない唇をほころばせた。

「そんじゃ、オレ達はこれで失礼するぜ。……シャンディ!」

 一緒に出てきて1人ナハツ号の甲板に残っていた女は、返事をする代わりに面倒くさそうにあくびをして、船員たちに出発の合図を伝えた。ただ黙って見ているだけのジーク団が手を出さないことを確信しているセファスは、先に槍を抜いたヒスキを行かせてから、船べりに足をかけてふり返った。

「次に会うときには、いい返事を期待しているからな。」
「何度言われても同じよ。空に生きる限り、あなたとあたしは敵同士なんだから。」
「空と自由と、大いなる力を求めて闘う……それが空賊の掟だからな。でも、お前にオレは殺せねぇよ。オレがお前を殺せないのと同じように。」
「……。」
「空もお前も、いつか手に入れてやる。あばよ、エリス。」

 夜空に向かって飛び立った後ろ姿を、エリアーデは表情さえ動かすことなく見送った。今度は動かないのではなく、動けなかった。

「……幼なじみだからって情を捨てられないようじゃ、あたしもまだまだね。」

 タバコを消してつぶやいた独り言は、ナハツ号が再起動させた推進エンジンの爆音にかき消された。


 そのまま敵船はやってきた方角に消え、ジーク号の船内は再び平穏な夜の静寂に包まれた。エリアーデは緊急戦闘態勢を解いて夜番以外の船員たちに休むように指示をすると、冷えた体を抱きかかえるようにして自室に戻った。

――ナハツ空賊団……『真なる闇夜』なんて大げさな名前ね。

 現在、大陸の上空には空賊団が10ほどあると言われている。これは王国や帝国が把握している、大国に対しても脅威になり得る規模を持った一団の数であり、飛行艇さえない小さな組織はむしろ山賊と同程度に扱われている。そして絶えず互いに争い、また常に軍にも追われているので、いつどこの空賊団がなくなっていてもおかしくなかった。

――空と自由と、大いなる力を求めて……か。

 エリアーデは飲みかけだったワインを一気に飲み干して、後ろの壁に広げた団旗をちらりと見た。勝利の象徴と言われる白鷲は『勝利(ジーク)』の名にふさわしく、またその名に恥じない強さを示してきた。そしてそれは、これからも変わらない。

「あなたがよそ見をしているなら、あたしが先に“樹”の力を手に入れるわよ、セフィ。」

 空賊たちが闘う理由はただひとつ、自由なる空を制して、その果てにあるという“生命の樹”を見つけだすことだった。エリアーデはどこかの空にいる、おかしな幼なじみ兼ライバルに改めて宣戦布告すると、もう1杯そそいだワイングラスを誰にともなく乾杯した。

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