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第七十六話「天音の疑問。」



 『傭兵ギルド』は二代目勇者か、その関係者が作った組織ですよね?


 いきなりの質問に、なぜそう考えたのか理由を教えてほしい、と総長が聞き返した。
 ちょうど良い機会なのでこの世界について不思議に思ったことを話したい、と応じ、天音は「すこし長くなりますが」と断って説明を始めた。


「お話の前にまずひとつ確認を。

 わたしも姉も、この世界の言葉を知りません。
 それでも問題なく今こうして会話ができているのは、神官の方々によると、わたし達が世界を渡る時に受けた『光の女神』さまからの祝福のおかげだそうです。

 つまり、わたし達はこの世界の言葉を習得しているのではなく、みなさんが話す言葉を頭の中で自動的に故郷の言葉へ翻訳されて、それを理解することで会話をしているようなのです。
 総長さんもお気づきかと思いますが、このことでわたし達が話をする時、お互いに口の動きが名前以外合わない、という状態になっています。」


 総長が「ふむ」とうなずいて先をうながすと、天音は本題に入った。


「最近、この世界の話を聞くなかで、気になるものが二つ出てきました。
 ひとつは、“傭兵”と『クロニクル社』の“クロニクル”という二つの言葉。
 もうひとつは、『傭兵ギルド』と『魔法協会』という、二つの組織についてです。」


 まず“傭兵”について。

 天音はその言葉を「お金で雇われて自分には関係のない戦争に参加する兵士」という意味で理解していたので、過去に戦争の起きたことがない世界でそんな言葉が出てくるのはおかしいのでは? と疑問に思った。
 自動翻訳するにしても、「冒険者」や「旅の戦士」など、他にいくらでも変換しようがあっただろうに、どうしてわざわざ「傭兵」?

 そうして不思議に思っていた時、天音は仲間達との会話の中でふと気づいた。

「みんな“傭兵”って、日本語で発音してるんです。すごく驚きました。」

 唇の動きを読んで言葉を知る、読唇術というヤツで気づいたらしい。
 そして、考えた。

 日本語の「傭兵」という言葉がこの世界に自然発生するわけがないから、たぶん自分達と同じように日本からこちらの世界へ来た人がいて、その人が「傭兵」という言葉を「冒険者」のような意味で使い、それが広まって残ったのだろう。

 世界を渡る術は魔法の中でもかなり特殊だから、これまでに勇者として召喚された以外で異世界の人間がここへ来た可能性は低い。
 となると、「傭兵」という言葉を広めたのはおそらく一代目か二代目の勇者。

 そうして天音は、黒い髪と目をしていたという二代目勇者「テンマ・サイトウ」が日本人で(名前も同郷っぽいし)、『傭兵ギルド』の創設に関わったのではないか、と考えるようになった。




 すごいな天音。
 二代目勇者の故郷について、思いがけないところから自力でたどり着いてしまった。

 内心「おー」と驚きながら、天音と総長の話の続きを聞いた。




「『クロニクル社』については、何が不思議なのかね?」

 傭兵という言葉への疑問には答えず、総長が訊く。
 素直な天音は質問に応じて説明した。

「“クロニクル”という言葉も、わたし達の世界にあった言葉なんです。」

 これもまた傭兵と同じく、こちらの人々はそのまま“クロニクル”と発音している。
 ちなみに“クロニクル”という言葉の意味は、“年代記”や“歴史”。

 それで「傭兵」の時と同じように、こちらも二代目勇者テンマくんが名付けたか、その創設に関わったんじゃないかな? と天音は考えている。




 バスクトルヴ連邦の基礎を造った人物だという話だし、そのへんの組織の一つや二つ、創設に関わっていても何もおかしくはないだろう。

 アデレイドの予言に出てきた『歴史書(レコード)』は『クロニクル社』の関係者か? と思いつつ聞いていると、総長がまた先をうながした。


「『傭兵ギルド』と『魔法協会』については?」

「その二つの組織の技術レベルが、イグゼクス王国の生活レベルと異常に違うのが不思議です。」

 大陸全土を網羅する巨大規模の組織は、作るにも維持するにも高い技術力が必要になるはず。

 たとえばブラッドレーが「秘密」だと言った遠距離通信に関する技術なども、各地の支部が本部と連絡が取れないのでは一つの組織として機能することが難しいだろうから、ある程度の性能を持った道具が開発されていなければおかしい。
 秘密にされているので具体的なところはわからないが、たぶん電話やインターネットみたいな連絡回線がすでに構築されているのではないか。

 それなのに、イグゼクス王国の人々の生活レベルは、魔法があるおかげでだいぶ便利だとはいえ、だいたいファンタジーな物語のなかによく出てくる中世ヨーロッパ風。

 これってヘンですよね? と天音は首をかしげる。




 きちんと整理して説明されるのに、ほほー、とうなずいた。
 この世界、たとえて言うなら「江戸時代にインターネット使って全国展開してる店があります」的な違和感のある状況なのか。




 天音は二つ目の質問をした。

「『傭兵ギルド』と『魔法協会』は、イグゼクス王国へ技術提供をする気はないようですね?」

 総長は初めて質問に答えた。


「我々の利用している魔道具は、『魔法研究所(ウィザーズ・ラボ)』が開発した物であることが多い。
 つまり、魔道具に利用されている技術は『魔法研究所』のもので、我々が勝手に人々へ提供できるようなものではないのだよ。」


「『傭兵ギルド』から技術を提供することが禁じられているのではなく?」


「うむ。そもそも『傭兵ギルド』に提供できるほどの技術力がない、ということだ。

 魔法学校で教えられているような基礎分野は共有財産として開かれているが、専門的な知識と個人の発想によって開発された魔法は個人の資産とされている。
 そして、よほどの事がないかぎり、魔法使い達は個人資産である魔法の知識を公開したりはしない。

 我々は公開されていない知識から作り出された魔道具を借り、使わせてもらってはいるが、魔道具の所有者ではなく、その仕組みなどの技術的なところも知らんのだよ。」


 テレビとかパソコンとか、使えるけど詳しい仕組みは知りません、みたいなものか。

 天音は質問を変えた。

「『魔法研究所』がイグゼクス王国にその道具を貸したことはありますか?」
「おそらく一度も無いだろう。」

「一度も? そう断言できるということは、何か理由があるんですよね?」

 総長はにやりと笑みを浮かべて答えた。


「理由は『魔法研究所』の創設者たる、二代目勇者どののご命令だ。」


 『魔法研究所』の創設者が二代目勇者?

 きょとんとしている天音に、総長は簡単に説明した。


 二代目勇者は空船(スカイ・シップ)[パンドラ]を造った後、その開発のために集まってくれた大勢の人たちをまとめ、現在のバスクトルヴ連邦となっている地に『魔法研究所』という組織を立ち上げた。
 そして、彼らに一つの命令を残す。

 「人間はろくなことしないから便利な道具なんか貸すな」と。

 自身も人間だったが、人間の国の王が下した命令によって召喚され、黒髪黒目だったことで「こいつは違う」と殺されそうになったりして、いささか人間不信に陥っていたらしい。
 彼の仲間には人間もいたので、どうやらすべての人間を嫌っていたわけではないらしいが、『魔法研究所』は創設者の命令を守り、イグゼクス王国とサーレルオード公国に対してはどんな交渉にも応じないという。

 とはいえ、技術開発に必要な資金を得るために魔道具の貸し出しをしているので、『傭兵ギルド』や『魔法協会』、『クロニクル社』の他、いくつかの組織との取引によって王国や公国の国内にも『魔法研究所』の魔道具が持ち込まれており、人間も多少はその恩恵を受けているようだが。
 レンタル料や壊した場合の賠償金が高額なため、取引先はある程度の資金力があるところに限られていて、『魔法研究所』の魔道具を使っている組織自体が少ないので、その恩恵も微々たるものなのだそうだ。




 うーん。
 サーレルの話を聞いてる時には思いつかなかったけど、そういえばテンマくん、わりと人格歪みそうな体験してるよな。
 迷惑料っていうか、勇者の役目をまっとうした報酬に超能力もらってるらしいし、あたし達と同時代の日本でどんな大人になったんだろう?


 知りたいけど知りたくないような、と思いつつ、ふと疑問が浮かんだので総長に訊いた。

「『魔法研究所』は『魔法協会』とは別の組織なんですか?」

「一応、『魔法研究所』は『魔法協会』の傘下にある組織ということになっているがね。」

 大陸の中で最も優れた技術力を持つ『魔法研究所』は、発言力が強い。

 というか、そもそも彼らの開発した通信技術が無ければ全世界規模の組織である『魔法協会』が作られることもなかったので、本部の『魔法院』も、『魔法研究所』に対しては慎重に接しているそうで。

 つまり、大規模な組織の大元は、『魔法研究所』の開発した魔道具。

「じゃあ、『傭兵ギルド』も『魔法研究所』より後にできた組織?」
「彼らの技術力なくして、『傭兵ギルド』はありえんよ。」

「ということは、やっぱり『傭兵ギルド』と『クロニクル社』の始まりも、二代目勇者が関わってる?」

 総長は笑顔で応じた。


 ・・・なんでそこだけ沈黙かな?


 いまいち理由がわからず、新聞から顔をあげて話を聞いていたレグルーザに「知ってる?」と目線で問いかけると、「知らん」と彼も目で返してきた。
 現役傭兵のレグルーザも知らないとなると、隠されてるのか?


 天音はじっと総長を見つめて、訊ねた。

「わたし達が知るべき事ではない、というご判断ですか?」

「いやはや。賢いお嬢さんたちだ。」

 総長は楽しそうに言いながら顎をなで、ふぅむ、とすこし考えてから答えた。


「君たちの質問の答えは東の地にある。望むなら、行ってその目で見るといい。
 世界にあるのは美しい話ばかりではないが、己の力で手に入れたものは、何であれ君たちを形作る糧となるだろう。」


 天音があたしの方を見て「どう思う?」と視線で問いかけてきたので、今日はここまでにしておいたほうがいい、とうなずいて応じた。
 名前も知らなかった『魔法研究所』については聞けたし、あまり急いで隠されたことをつついても、良い結果が出るとは思えない。
 今日は天音と総長の顔合わせだけのつもりだったし。

 疑問がほとんど何も解決せず、ちょっと不満そうだったけど、天音はひとつ息をついて意識を切り替えると、総長に礼を言った。

「色々と教えてくださって、ありがとうございました。」

 こちらこそ楽しい時間を過ごさせてもらった、と総長が笑顔で答え、食事会はなごやかに終わった。


 天音は押しの強い総長に流されておみやげの包みを持たされ、あたしとレグルーザは高い酒をひたすらに飲みまくっていた精霊たちを回収。
 レグルーザは短剣となった[形なき牙(エイダ)]を革製の鞘へおさめ、あたしは[幻月の杖(ルナ)]が三日月型のイヤリングの形になれるというので、変化してもらったそれを右耳にはめた。
 杖に戻したい時は「杖になって」という意思を持ってイヤリングに触れれば良いそうで、持ち運びに便利だねーと感心した。

 そうして「また会う時を楽しみにしておるよ」という総長に見送られ、呪文を唱える。




「〈空間転移(テレポート)〉」




 野営地へ戻ると従者たちがすぐに気づき、すごい早さで天音を取り囲んでさらっていった。
 あたしはジャックが散歩に行きたいというので姿隠しの魔法をかけて送り出し、レグルーザと一緒に『星読みの魔女』たちが囲む焚き火の方へ移動する。

 「ただいまー」と声をかけるのに「ご苦労さまでした」と迎えられ、しばらく何を食べてきたかとかの話をしてから、アデレイドに訊いた。

「そういえば、アデレイド。今朝の予言にあった『(キィ)』と『歴史書』。
 『鍵』は『傭兵ギルド』の関係者で、『歴史書』は『クロニクル社』の関係者?」

 『星読みの魔女』は「申し訳ありませんがお答えできません」という返事で、やっぱり隠されてるのか、とうなずいた。


 二代目勇者としばらく一緒にいたサーレルに聞いたら、何かわかるかな? と考えていると、レグルーザに訊かれた。

「お前もアマネのように、“傭兵”という言葉をおかしいと思っていたのか?」
「いやー、まったく思ってなかったよ。というか、言われなかったら一生気づかなかっただろうという自信がある。」

「そんなところに自信を持ってどうする。」

 レグルーザは苦笑したが、あたしは「魔王」がいて「勇者」が召喚される世界に『傭兵ギルド』や『魔法協会』があると聞いて、「どこまでもゲーム的なファンタジーだな」と思っただけの人だ。
 天音と同レベルの疑問を持て、というのは能力的にもやる気の面でもムリだよ。

 まあ、あたしが気づかないところは天音が気づいてくれるんだから、それでいいじゃないか。

 お前ももっと頭を使え、という話になりそうだったので笑ってごまかし、話題を変えた。

「レグルーザ、明日からのことなんだけど。先の様子を見に行きたいから、ホワイト・ドラゴンで飛んでもらってもいい?」

 「かまわない」という返答だったので、「それじゃあ、よろしくね」とお願いする。
 アデレイドは引き続き天音と一緒にいてくれるそうなので、こちらにもよろしく頼みますとお願いして、話を終えた。




 散歩から帰ってきたジャックの毛並みにブラシをかけて“闇”の中へ戻るのを見送ってから、昨日と同じように天音と一緒に馬車で休む。

「総長さんなら知ってるかなと思って訊いたのに、かえって疑問が増えちゃった。」

 馬車の中で毛布に包まって落ち着くと、天音が気難しげな顔をして言った。


「ねぇ、お姉ちゃん。二代目の勇者さんはどうして『魔法研究所』なんて作ったのかな?
 必要だったのは空船[パンドラ]でしょう? それを造ろうとして組織ができたのならわかるけど、総長さんの話では『魔法研究所』が創設されたのは[パンドラ]ができた後。
 二代目の勇者さんは他にも何かを作ろうとしてたってことかな? それとも[パンドラ]を造るのに協力してくれた人たちのために、組織を立ち上げたとか?」


「テンマくんが何を考えて『魔法研究所』を作ったのか、そんなに気になる?」


「『魔法研究所』がしてるのは魔道具の開発と貸し出しだけじゃない気がして、なんとなく落ち着かないの。
 むやみに疑ったりするのは良くないって、わかってるんだけど。この世界の技術とか生活レベルが、どこかで管理されてるような違和感が消えなくて。」


「おー。陰謀説だね。『魔法研究所』の裏の顔は世界の技術管理局です、みたいな?」

 天音にしては珍しい発想だけど、なかなか面白いねそれ、と笑って言うと、わたしは真剣に話してるんだよ、と怒られた。

 いや、こんなトコでおねーちゃん相手に話しても真相なんてわかるわけないし、難しい顔してても疲れるだけだぞ。
 考えすぎて胃に穴でも空いて、美人薄命になっちゃったらどうするんだ。


「そんな難しく考えなくても大丈夫だって。
 確かに総長さんは天音の質問にはあんまり答えてくれなかったけど、ウソついたり、てきとうにごまかしたりはしなかった。
 すべてを話さないってだけで、今のところ『傭兵ギルド』はあたし達に好意的。
 今日の収穫としてはそれで十分だよ。」


 『魔法研究所』のことは、気になるならこれから調べていけばいいし。
 総長は「東の地に答えがある」って言ってたから、東に行けば何かわかるかもしれない。

 まあ、生きてさえいれば、いつかなんとかなるだろう。

 軽い口調で言うあたしに、難しい顔をしていた天音はふと息をついて、苦笑した。

「お姉ちゃんはおおらかだね。」

 あんまり何も考えてないだけだよ。
 でもまあ、天音はこうして考えすぎることがあるから、おねーちゃんはこれくらいでいいでしょ。


 話題を変えようと、明日からちょっと先の様子を見に別行動するけど、アデレイドが一緒にいてくれるからねという話をした。
 天音は「また行っちゃうの?」とちょっとすねたけど、しばらく話しているうちに機嫌を直し、空の上で居眠りして、ドラゴンから落っこちたりしたらダメよ、といたずらっぽく笑った。

 レグルーザと一緒に乗ると知っているので、本気で落ちるのを心配しているわけではなく、ただの冗談だ。
 あたしも「パラシュート無しにスカイダイビングするほど退屈してないよ」と軽く返していたが、くぁ、とあくびが出たので、そろそろ寝るかと話して「おやすみー」と就寝。


 サーレル、ちょっと訊きたいことがあるから出てきてー、と呼びながら、おだやかな眠りへ沈んだ。



 アマネちゃんの話を聞くだけ聞いた後、その疑問には答えず、にこやかにさらなる疑問を追加して終わった総長さん。おみやげ持たせてくれましたが、まあ、そういう人でした(笑)。さて。もうちょっとでドラゴンの旅~。


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