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恋愛ゲームシリーズ(完結)

恋愛ゲームの分岐点

作者: サトム

恋愛、学園、ゲームといった書き慣れないジャンルの習作です。

シリーズ化されている他の短編を読まないと、意味が判らないかもしれません。

 あれは……渡瀬わたせ さくら、か?

 クラスメイトらしき制服の後ろ姿をファミレスの窓越しに見ながら俺は開いていた本を閉じる。時刻は午後8時をまわり、完全に寮の門限を過ぎているはずだ。それなのに女子生徒は急ぐ様子もなくゆっくりと俯きながら夜の街を歩いていく。

朱里しゅり! 俺ら帰るわ」

 つるんでいた連中が帰途につく中、俺も共に店を出ると適当に街をふらつこうとして……渡瀬の後をつける他校の生徒たちを見つけた。顔を見て一目で不良連中だと判る。

 ああやって男を引っかけて遊んでるって訳か。

 表の顔と裏の顔を使い分けて男を手玉に取ることを趣味としている女だと聞いている。身体の奥から苛立ちが沸き起こり、だがいい機会だと後をつけた。男遊びの現場を録画して勇太ゆうたに見せてもいい。美咲みさきに警告を受けたにも関わらず渡瀬と仲良くしている馬鹿な親友だが、本性を見れば考えを変えるだろう。

 何も気付かぬふりをして歩いていく渡瀬は交差点でしばらく立ち止まると、寮とは違う道へと曲がっていく。あの先はマンションが多く立ち並ぶ住宅街だったはずだ。道の反対側には大きな公園があり、遊ぶのにはうってつけの場所もある。

 人気のない住宅街故か大きく距離を開けて後を追う不良達。そこから更に間を空けていた俺は公園で二人の不良に囲まれている渡瀬を携帯片手に観察する……いや、しようとした。

 携帯の画面に映った渡瀬の顔は怯えていた。ドロドロとした負の感情を抱え、それでもソレを洩らさないよう懸命に抱えているように見える。不良に囲まれる恐怖や怯えの他に生徒会室で一度だけ見た激情が彼女の表情に浮かび、あの不良達は彼女が誘ったわけではないと判断すると同時に駆け寄ろうとした俺は――――思わぬ渡瀬の大声につんのめった。

「誰かー! 助けてー! 誰かー!!」

 その大声にマンションの灯りがポツポツ点き始め、からかい半分で遊ぼうとしていた不良たちは慌てて逃げ出した。まぁ、当たり前の反応だろう。このままだと警察が呼ばれ、なにもするつもりがなかった自分達が補導される可能性があるのだから。

 不良共が逃げ出すのを見送っていた渡瀬は、ぜぃぜぃと息を切らせて地面にへたり込んでいた。動く様子はない。それどころか今頃になって聞こえてきた泣き声に、俺は小さく舌打ちして渡瀬のそばまで歩み寄り、投げ出されたバッグと彼女の腕を取って立ち上がらせた。

「っ!…………渡辺君?」

 悲鳴を上げそうになった渡瀬は、俺の顔を見るなりそれを辛うじて飲み込んだようだった。呼ばれた俺は返事もせずに彼女を公園の奥へと引っ立てていくと、渡瀬は逆らうことなく着いてくる。しばらく早歩きで公園を突っ切り、住宅街とは反対側、川沿いの土手に降りて俺達はようやく立ち止まった。

「あのままあそこにいたら警察に補導されるだろ。そんなことになったら内申に響くぞ」

 渡瀬に非はなくとも、こんな夜更けに高校の制服でうろついているのが見つかれば普通の生徒は面倒なはずだ。あの場所から連れ出した理由を言ってやると、泣き顔に納得の表情を浮かべた渡瀬は手を差しだしてきた。

「助けてくれてありがとう……バッグも、ありがと」

 促されて俺は初めて渡瀬の荷物を持ったままだったことを思いだす。

「俺はなにもしちゃいねぇよ。あいつらはお前が追い払ったんだろうが」

 俺の言葉に、渡されたバッグからハンカチを取りだして顔を拭いた渡瀬が苦みを含んだ気の抜けた笑いを洩らした。普通は恐怖で声が出なくなるもんなんだが、彼女の肝は意外とどっしり据わっているらしいと、俺は変なところで感心していたのだ。

「けどお前も悪い。こんな時間に制服でうろつけば、遊んで欲しいと言ってるようなもんだぞ」

 それでなくとも俺の学校の生徒は狙われやすいのだ。嫌っていたはずの女子だがしかたなく注意を促せば、渡瀬は体育座りで川面を見つめた。

「今日は……父と母の命日だったから法事で……一人になりたかったの」

 返ってきた返事は思いのほか重く、声は震えている。横に座って観察すると涙を浮かべた大きな目が俺に向けられた。

「よくある話よ。一年前の昨日、ちょっとしたことから喧嘩してお父さんとお母さんに……大嫌い……って言っちゃっ……。朝、学校に登校するときだってわざと……無視して、挨拶もしなかっ……た」

 声を詰まらせながら話し続ける渡瀬は、手が白くなるほど自分のシャツを握りしめる。堪えきれなくなった涙が流れては落ち、隠すように顔を川に向けた彼女は鼻声で話を続けた。

「また……会えると……謝れると思っていたの。ごめんなさい、本当はお父さんもお母さんも……て、だい……すきよ……って!」

 感極まって声をあげて泣く渡瀬の小さな背をじっと見つめる。正直、どうしたらいいのか判らず、俺は羽織っていたパーカーを彼女の頭の上から被せて泣き顔を隠してやった。俺だったら泣いているのを知られても泣き顔を見られるのは嫌だろうと思ったから。

 同時に生徒会室で俺に言った渡瀬の言葉を本当の意味で理解する。

『不仲でも生きているならいいじゃない。まだやり直せるチャンスがあるんだから』

 生きていればいつかは分かり合えるかもしれない。分かり合えなくとも、生きていれば言葉を、想いを伝えることができるのだから……と。いつでも会えるからと、大切な人達に大事な言葉を伝えなかった渡瀬は深い深い後悔の中でもがき苦しんでいる。隣から聞こえる慟哭は今まで聞いたことがないくらい悲しみに満ちて川面を渡っていった。

 泣くな、なんて言えない。泣かない方がおかしいはずだ。だから彼女の気が済むまで泣かせてやることが今のするべきことだと、俺はただ黙って渡瀬の隣りに座り続けた。



「ごめん。パーカー汚しちゃった」

 ようやく落ち着いた渡瀬の最初の一言はコレだった。

「……気にするな。そのまま羽織ってろ。制服じゃ寒いだろ」

 自分でも呆れるほどぶっきらぼうに返事すると、渡瀬は鼻を啜りながらも小さく笑う。そんな渡瀬と半袖になった俺の間を、川を渡った肌寒い風が吹き抜けた。

「渡辺君がここまで付き合ってくれると思わなかった」

 嫌われている自覚があるのか、泣き顔を見られたことが恥ずかしいのか、話題を変える渡瀬に俺は不機嫌になる。

「泣いてる女子を放っておけるほど、俺は人でなしじゃねぇ。まぁ、お前からすれば俺じゃなく山田の方が良かったんだろうがな」

 山田の名前が出ると途端に渡瀬の視線が緩んだ。その存在を想うだけで穏やかな気持ちになるのだろう。

「でも太郎君には見せられない姿だわ。一人夜の街を徘徊して、後悔で大泣きするなんて。嫌われるかもしれない」

 自分の行いを反芻して恥ずかしそうに頬を押さえ首を振る渡瀬に、俺は憮然として言い返す。

「俺はいいのか」

「元から嫌われてるし? 嫌われても今更だし」

 こいつ……さっき不良共を追い払ったときにも思ったが、結構いい性格をしているなと改めて思う。外見に似合わぬ図太さというか、年齢に似合わぬ強かさを感じさせるのだ。少女のような純粋さと歳を重ねた女性のような芯の強さを併せ持つ渡瀬の横顔を見て、俺は自然と笑っていた。

「はっ、俺に悩みを聞かせておいてそれか」

「あれは! ちがっ、そうじゃなくて……か、川に向かって話しかけてたのよ。渡辺君に話した訳じゃないから!」

 自分でもどうして俺に話してしまったのか判らないのだろう、顔を赤くしながら苦しい言い訳をする渡瀬。大泣きした顔を見るのは二度目だが、感情豊かに表情を変えるこいつは嫌いじゃないと改めて思う。

「俺のパーカーに鼻水付けておいてよく言うな」

「鼻水なんかじゃっ……! 女の子になんてこと言うの。そこは見て見ぬ振りするのが男でしょ!」

 首筋まで赤く染まった渡瀬が反論し、羞恥に涙目になりながら睨みあげてくる仕草に笑いが込み上げてきた。だがそのまま笑うことはせず、俺は渡瀬の頭をポンポンと軽く叩く。

「……少しは元気でたか」

 少なくとも今晩を泣いて過ごさずに済む程度に元気がでたかと問えば、キョトンと俺を見上げた渡瀬が数瞬おいてから嬉しそうに微笑んだ。

「うん。ありがとう」

「じゃ、行くぞ。あんまり遅いと寮の奴らが騒ぐだろ」

 時計の針がまもなく21時を指すのを確認して立ち上がると、パーカーに袖を通した渡瀬も立ち上がり……

「やっぱり男の子だね。袖が長いわ」

 その言葉とブカブカの『俺のパーカー』を羽織った渡瀬を見て、なぜか一気に羞恥が込み上げてきた。咄嗟に赤面した顔を逸らしたから渡瀬にはばれなかっただろうが……一体なんだ、これ! 半端ない動悸と血の上った頭をどうにか静めようと気付かれないように深呼吸を繰り返し、手を強く握ってなにかの衝動を耐えるしかない。

 そんな俺に気付かない渡瀬はパーカーの袖をまくると、長い髪をクルクルと巻き上げて胸ポケットに差してあったペンで器用に留める。それによって現れた白く細いうなじを一瞬だけ見てしまった俺は……うなだれて渡瀬の隣から一歩離れるしかなかった。

「渡辺君? もしかしてなにか用事あったりした?」

 いや、そういうわけじゃない。っていうかこっちを覗くな! 無防備に近付くな!という心の叫びが今にも漏れ出そうだ。

「あ。いつまでも私のそばにいるの、嫌だよね。気付かなくてごめんなさい」

 誤解と共にしょんぼりと離れる渡瀬を引き留めようと手を伸ばしかけて、慌ててジーンズのポケットに突っ込む。

「気ぃ使ってんじゃねぇよ」

 お前の方が辛いだろうが。苦しいだろうが。そんなお前を理由もなく傷付けた男なんだぞ、俺は。

 飲み込んだ言葉は腹の奥に沈殿したが無視する。だがあえて感情を乗せないようにした言葉が不機嫌そうに聞こえたのだろう、更に小さくなって俺から離れようとする渡瀬に自ら近付くと少し冷えた華奢な手を取った。

「大通りは目立つ。このまま学園近くまで上がる階段があるから、そっちに行くぞ」

 俺はともかくパーカーを羽織っているとはいえ制服の渡瀬は目立ちすぎる。裏の階段は薄暗くて人通りがなく物騒だが俺が送ればいいだけだ。なにかあれは俺が渡瀬を守ればいい。

「わ~、こんな道もあったんだ」

 外灯の少ない初めての道を夜に歩くのが楽しいのだろう。渡瀬は俺に手をつながれたままあちこちをキョロキョロと見回していた。お陰でつないだ手を離すこともできなくなる。

「お前な、もう少し前見て歩けよ。ここは遊歩道に近いが草が刈られてないから道が見えにくいんだぞ」

 アスファルトの道幅は二人が並んで歩ける程度で周囲は草木が茂っている。これからちょっと急な階段を上ることを考えて注意を促せば半歩遅れてついてくる渡瀬から返事が返ってきた。

「は~い。渡辺先生」

「ふざけんな」

 笑いを含む軽い言葉のやり取りを行ってようやく手を離し、長い階段を上りきると寮の建ち並ぶ区画が見えてくる。そこまで行けば外灯もあるし治安も悪くない。

「寮長には素直に怒られるんだな」

 門限を破ったことまでは面倒見切れないと、見えてきた木蓮寮を目の端に入れながら告げれば、渡瀬はばつが悪そうに誤魔化し笑いを浮かべた。

「そっちは届け出してあるから大丈夫、だと思う。本当は外泊届けを出していたんだけど、家にいたくなくて帰って来ちゃったから」

「……俺がなにも言わなければ今夜の夜遊びが完璧に隠蔽されるわけだな?」

 手回しがいいとは言わない。家にいたくない『理由』がなんとなく判るからだ。だがそれでもからかってやりたくて考えるふりをすると、渡瀬はにこやかに笑いかけてきた。

「えっと……口封じと賄賂、どっちがいい?」

「どっちもいらねぇ!」

 っていうか口封じってなんだよ。なにする気だ、この女! 一瞬で歩幅一歩分の距離を取った俺を笑った渡瀬は、山田の隣でよく見せる笑顔を浮かべていた。ただそれだけのことなのに再び訳のわからない羞恥心が込み上げてきて、頭に血が上ってくるのを感じる。慌てて後ろを向いて隠し、右手をぎこちなく上げながら俺は別れを告げた。

「誰にも言わねぇよ。俺のパーカーに鼻水付けたことはな。じゃぁな」

 だからそれは自然の反応なんだから仕方ないでしょ!とかデリカシーがないとか、渡瀬の言い訳が後ろから聞こえてくるが無視して歩み去る。落ち込みながら寮に戻るよりはいいだろうとガラにもないことを考えながら。



 次の日。学校にはいつもと変わらぬ渡瀬の姿があった。俺との距離もいつも通り。ただ朝、目が合うと「おはよう」と挨拶されるようになった。

 俺はといえば、自分がなにをしているのか判らなくなっている。暇な時に無意識に渡瀬の姿を探したり、用事もないのにそばに近寄ってみたり。だからといって声をかけるわけでもないのだが、男のクラスメイトと話しているのを見るとなぜかムッとしたり。

 自分でもどうにもならなくて渡瀬の名を出さずに親友の勇太に相談すると、ヤツは無駄に爽やかな笑みを浮かべながら一言で答えを出した。

「それは『恋』だね」

「…………は? 違うだろ。俺は美咲が好きだ」

 あまり聞き馴染みのない言葉を処理するのに数秒費やし、導き出された結論を言えば勇太も不思議そうに首を傾げる。

「相手は美咲先輩じゃないんだ?」

「……ああ」

 しぶしぶ肯定すれば訳知り顔で肯く勇太が牛乳パックを潰しながら「一般論だけど」と前置いて話始めた。

「朱里の説明を聞くとその子に恋してるように聞こえるよ。その子のことが気になってそばにいたいとか、それでいて近付くとドキドキしたり、落ち込んでいたら慰めてあげたくなるんだろう?」

「いや、別にそこまで……ただ目が離せないだけで」

「じゃあ逆に聞こうか。美咲先輩を想うとどんな感じになるんだ?」

 それなら答えやすいと美咲を思い出しながら脳裏に浮かんだ言葉を口にする。

「俺の帰る場所っていうか……美咲のそばにいていいんだと思える。どことなく安心するし、俺を見てくれるのも判るから大切に思う」

 俺の説明に勇太がなんとなく言いづらそうに視線を逸らし、大きくため息を吐きながらも慎重に言葉を選んで話を続けた。

「俺は朱里じゃないから正確にはわからないけど、今の説明だと親、兄弟みたいな感じに聞こえる。肉親っていうの? それに近い感情に聞こえたよ」

 確かに俺は肉親の情ってやつに飢えてるんだろう。勇太を兄弟のように感じるときもあるし。

「けど美咲は俺のことが好きだって……だから俺も美咲のことが好きなんだろうし」

 勇太と同じくらいには大切な人である認識はあると言うと、食い終わった焼きそばパンの袋をゴミ箱に捨てながら幼なじみ兼親友は小さく笑った。

「俺の好きな子が言ってた。『大切なのは自分が誰を好きか』なんだって。周りの噂や相手に流されないつよさを、朱里ならちゃんと持ってるだろ?」

 そういうと3時限目の予鈴と共に教室に戻る勇太を黙って見送る。俺は今更ながら突きつけられた現実に身動きが取れず、自分の気持ちの曖昧さに苛ついて壁に寄りかかると天井を見上げて一番強い想いを笑いながら吐き捨てた。

「渡瀬なんて嫌いだ」


男性陣の残りはあと一人。残り3作となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 後引く終わり方で気になりますね・・・ここまで一気に読んだので続きが待ち遠しいです^^;
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