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(31)王の目は狂気に染まる
 王の目は狂気に染まる。
 たかが公爵の小娘に頬を叩かれたのだ、こんな事は前代未聞である。

「証拠……だと?」

 枯れても剣の王の威圧感は凄まじかった。いや、むしろ病的な狂気が、壮絶な威圧感を生み出したのかもしれない。後ろで見ているリーガンとコーディリアですら肌があわ立ったくらいだ。
 しかし、セラは引かなかった。
 もちろん怖かった。逃げたかった。体のどこかで栓が抜けたように腹の奥から力が抜けていき、じわりと涙目になってしまう。

 それでも歯を食いしばって、ゆっくりと頷いた。

――引かない、引けない

 そのセラの思いを押し潰すように、グロスター王は眉間の(しわ)を深くすると、腰に下げていた剣を引き抜く。
 玉座の間を照らすいくつもの灯火に、濡れたように輝く重剣(ブロードソード)。このシュバート国の起源とも言える『王の剣』だった。
 その切っ先はセラの鼻先に突きつけられ、王の狂気を体現するかのようにカタカタと震える。

「王に手を上げた者は、一切の例外無く死罪。公女ならば分かっていよう」
「――はい」
「では、一体何が証拠だと言うのだ! 答えよ!」

 セラは息を吸い込んだ。喉がカラカラに乾き、ひゅうと音が鳴る。

「これで、王は私の命を、いつでも奪う事ができます。私は、もう裏切れません……ですから」
「だから、余の親衛隊を出せ、と言うのか?」

 セラが震えるように頷くと、王は剣を引いた。安堵のあまり、膝から力が抜け落ちそうになる。

――よかった、これでフェイを助けに

 ギイン――キンッ――カンッ――カラン
 
 王の剣が、セラの足元へ無造作に落とされた。触っただけで切れそうな刃が飛び跳ね、思わず一歩引く。

「なれば、その剣で、今すぐ自らの首を()ねよ」
「……え」
「まず、その首を持って罪を(あがな)ってみせよ、と言っているのだ」

 氷水をぶちかけられたような悪寒、目の奥だけが熱く脈を打つ。
 命を賭けると勇んで踏み出したのに、言葉だけの覚悟だったと思い知った。涙が一筋、頬を伝う。

――取らなきゃ、剣を、取らなきゃ

 ガクガクと震える膝を必死で折り曲げ、剣の柄に手を伸ばした。
 重い。
 大人の手の長さほどの短い剣だが、両手で持ち上げねばそれは持ち上がらなかった。
 剣を持ってよろよろと立ち上がり、一度刃先を振り上げてから、首筋へと近づける。

「っ!」

 剣の重みで、覚悟のままならないまま刃に首が当たった。慌てて引き上げたが、刃を伝って血が玉座の前に赤い染みを作る。その深紅の雫に気が遠くなった。

「も、もういいでしょう! 王よ!」

 耐え切れず、コーディリアが立ち上がった。

「セシリア様、そんな事をして、あなたの大切な人が喜ぶとでも思っているのですか!」

 必死に訴えるコーディリアが視界の隅に入った。女性より美しいその顔に、涙が光っている。あのリーガンも顔が真っ青だ。
 今更ながらとんでもない事をしているのだと気がつく。

――私が死んだら、フェイ、泣いてくれるかな

 つい、そんな事が思い浮かんだ。
 考えるまでもない。きっと、バカだアホだと罵りながら泣いてくれるだろう。その姿を想像すると、体の震えが少し収まった。

「コーディリア様……これは、フェイのためじゃ、ないのです」

 そうだ、もう誰かを言い訳に生きたりしない。
 フェイに生きて欲しいと願うのは他の誰でもない、私自身なのだ。

「これは私が私のためにやる事。私が生きている証」

――そうだ、フェイと会うまでは、私はきっと死んでいたんだ

 それがたった数週間で、世界は色づき、意味を持ち、そこで初めて私は生まれたのだ。
 逢うたびに鼓動は加速し、きっと一生分を打ち終わったのだ。
 この成長しない大嫌いな体も、今このために存在していたのだ。

――やってみせる

 涙が流れるのは止められない。
 腹の奥がよじれるほど怖いのも、消しようが無い。
 しかし、セラは王の狂気の目を、真っ向から見返した。

「王様、必ず、親衛隊をお貸し下さい」

 セラは目を閉じ、手に力を入れた。
 コーディリアの悲痛な叫び声があがる。


――痛く、ない?

 うっすらと目を開けると、王が手を伸ばし剣を止めていた。
 あの老体で、片手一つで柄の先を握り、セラの両手から剣をもぎ取ったのだ。

「……あ、あれ?」

 体から力が抜け、セラはその場にへたり込んだ。
 グロスター王は片手で易々と剣を振り回すと、セラの目の前で刃先を鞘に収める。

「何故、そこまでやれる……何故、死の恐怖に抗える?」

 王はセラに問う。
 その口調は忌々しげであり、しかし、何かを渇望(かつぼう)するかのようだった。
 何故か――答えは簡単である。こんなにも明確に、この胸に存在しているのだ。
 セラは口を開いた。

「え、ええと、あの――」

 しかし、言葉にすることが出来なかった。それは言葉に出来るもので無いと、セラは知らなかったのだ。
 代わりに、ひどく遠回りな事を言い始める。

「私は、ついこの前まで、知らない人が怖かったです。知らない人と話す事も嫌いだったし、それでもいいと思っていました」

 目を閉じると、一室に閉じこもっていた空虚な日々が甦った。

「だから、私は知ろうともせず、何も求めず、何もしませんでした。私は、世界を拒絶していたのです」

 王の顔が歪む。しかし、セラは気がつかない。その顔の歪みの原因を知りもしない。
 王の心から愛した王妃が毒殺された事も。
 同じ食事をたまたま遅く食べ、妻の苦しむ姿に慌てて吐き出し、自分だけ助かってしまった事を。
 それ以来、誰も信用せず、誰も寄せ付けなくなった事を。

「でも、私に大切な人ができました」

 セラの目は、ここでない遠くの人を見た。
 その目のはかつて、死んでしまった王妃がグロスター王に教えてくれた、人を信じる目だ。

「その瞬間から、沢山あった怖いものが無くなりました。本当は優しい人のほうが全然多いのだと知しったのです。でも代わりに、死ぬ事より怖いものができました」
「死よりも、だと?」
「はい……その人に嫌われる事です」

 セラの整った顔が、悲しみに歪む。

「なのに、私は愚かで、大切な人を、傷つけ、殺しそうになったのです」

 王の顔も同じように歪む。
 愛すべき人が守れなかった事を、悔やまぬ日はないのだ。

「なのに――それなのに、フェイは、私を励まそうと、言葉をくれたのです」

 セラは真正面から王の目を見て、言った。

「あなたは生きている。生きているなら証拠を示しなさい。腐っている暇なんか無いって」

 王の心臓が跳ね上がる。その言葉は、かつて王妃が王に言った言葉なのである。
 若く王に就任し、間違った政治をした時、王妃は背中を叩き、そう言ったのだ。

「……そう言ったのは、フェイとか言う若造だと?」
「はい。フェイは、今この時、命を賭けてエドガー王子を救出しようと、懸命にゴルゴンと戦っています」
「なれば、今から救援部隊など送っても間に合うまい。そんな事にお前は命を賭けるのか?」

 その言葉に、セラは頭の奥が真っ赤になるほど怒った。

「間に合わない事など、どうでもいいです! 間に合うかもしれない事が、私には大切なのです!」

 セラは王に指を突きつける。その指は小さくとも、まっすぐ王の心を刺した。

「剣の王よ、あなたは生きています! ならば、その証拠を見せてください! 腐っている暇などありません! エドガー王子は、他の誰でもない、あなたの助けを待っているのですっ!」

 王の目に光が戻った。(よど)んでいた瞳が蒼い輝きを発したのを、セラは確かに見たのだ。

「アイオール!」

 王の呼びに、すぐさま一人の騎士が滑るように現れ、玉座の横に(ひざまづ)く。

「アイオール、エドガーがゴルゴンに誘拐された。至急、城中の親衛隊を集めよ。十分でだ!」
「し、しかし、王、私達はあなたの盾であります。あなたの傍を離れるなど――」
「痴れ者がっ! 王の剣を掲げ、余が戦うと言っているのだ!」

 アイオールと呼ばれた騎士は下げていた頭を跳ね上げた。

「王よ、戻られたのですかっ!」
「何を訳の分からぬことを……そうだ、アレは動かせるか?」
「ハッ! 十分で用意いたしますっ!」

 アイオールは歓喜の応と共に、玉座を滑るように去った。

「さて、セシリア=ラドクリフ」
「は、はいっ!」

 セラは名を呼ばれ、ビシリと姿勢を正した。その姿は祖父に怒られている孫の図である。

「王へ手を上げたものは死罪だ。例外は認めれらない」
「……はい」
「しかし、王を(いさ)めただけなら、何の問題も無い。いや、むしろ良くぞ言ってくれた。お陰で余は剣の王だと言う事を思い出す事ができたのだ。礼を言う」
「い、いえ、もったいないお言葉です」
「お礼に、この剣の国の取って置きを見せてやろう」

 王は微笑むと、不器用なウインクをセラに贈ったのだった。




 フェイと王子は廃屋の物陰に隠れ、見張りが途切れるのを待っていた。しかし、さすがに見張りが多い。
 一人でならどうとでもなるのだが、二人で抜け出すチャンスがなかなか無いのだ。

「あの、フェイさん……ってお呼びしてもいいでしょうか?」

 王子がヒソヒソ声で話しかけた。おしゃべりを注意しようかとも思ったが、この土砂降りなら問題ないだろうと判断する。

「いや、フェイでいい。黒猫なんて絶対にやめろよ」

 王子は微笑む。その表情は子供ながらじつに様になっていた。将来はさぞ女泣かせな王子なるだろう。

「あの、ではフェイ。さっきの人、オルフェルと呼ばれていた人ですが」
「ああ、どうかしたか?」
「あの人、怖そうにしてたけど、僕にもずっと親切でした。いい人ですね」
「誘拐されていい人って、お前、どんだけ能天気なんだよ……あ」

 フェイの頭で、ピタリとパズルのピースが重なる。
 どこかで見たことがある能天気かつお人好しだと思えば、セラと似ているのだ。そして、セラなら顔の造詣(ぞうけい)でもこの王子に負けない。二人が並べば、それは見事な絵になることだろう。

「よし、王子、いつかお前にピッタリのヤツを紹介してやる」
「は?」
「いいからいいから、任せとけ!」

 フェイは上機嫌で王子の肩を叩いた。
 そんな事を離している間に、雨が徐々に止んでくる。これはまずかった。
 空は真っ暗だが、雨が止めば月も出るだろう。視界も晴れるし、音も隠せなくなる。

 ヒュイイイィィィ!

 突然、鋭い口笛の音が闇夜に響いた。

「フェイ、この音は?」
「くそっ、牢が空になってる事がバレたな…………おっ、見張りがズレた。いくぞっ!」

 フェイがマークしていた見張りが、口笛の音につられ移動した。隙を逃さずフェイは王子の手を引き、廃村を抜け出す。
 ここからエルカ達の隠れている場所まで五分ほど走らねばならない。その間、視界を遮蔽(しゃへい)する物は何も無い。
 ここに来て『救出しなくていい』と繰り返し言っていたエルカの言葉が、ようやく骨身に染みた。王子を救出すれば追っ手はどこまでもやって来るだろう。何も無い砂漠の上で手練の追っ手を巻く事は、不可能に近いのだ。
 頼みの綱は闇夜だったのだが、雨はあっという間に止み、雲間から恨めしいほどに明るい満月が姿を現した。こうなると、時間との勝負だ。

「おい王子っ! 背中に乗れっ! いそげっ!」

 王子は一瞬だけ戸惑い、小さく「すみません」と謝るとフェイの背中に飛び乗った。セラより若干重いが、コノハとそう変わらない。
 フェイは濡れた砂漠をザクザクと走り出した。



 ゴルゴンの指笛の音は、エルカ達の所にも届いていた。

「フェイがしくじった?」

 エルカは心底驚いていた。フェイがこの手の潜入でしくじるなど初めてだ。
 いつだって、誰にも気付かれず偵察し、成果を上げてきたというのに。

――それだけゴルゴンの見張りが優秀だったという事か

「エルカ、私が行って様子を見てくるわ」
「ディアナ? いいのか?」
「もちろん。砂漠の民はリア=フェイロンに協力すると言う盟約をしたじゃない、もう忘れたの?」
「助かる。ルナ、君は馬車に戻れ」

 ルナは黙って頷く。この場合、自分がお荷物になることが良く分かっているのだ。
 ディアナとルナは、それぞれシートの反対側から飛び出した。




 ヒュン――――ザクッ

 フェイのすぐ右側に矢が刺さった。

――もう追いつかれたっ!?

 フェイは、慌てて王子を背からおろす。

「――このまま真っ直ぐいけ――――俺の仲間がいるはずだ。いそげっ」

 息を整えながら小声で指示を出し、ダガーを引き抜く。王子はすぐさま指示に従い、砂漠をひたすらに駆け出した。
 振り返った先には三人の男がいた。弓を持った男が一人、残り二人は盗賊らしく大振りな短剣(ダガー)を持っている。

――三人……やれるか?

「おい、こいつ黒猫じゃねえか!」
「殺れば出世間違いなしかよ!」
「ヒュウ、ラッキー!」

 三人は軽口を叩きながらも油断無く近づいてくる。無論目はカケラも笑っていない。さりげなく走ってきた息を整えているのだ。戦い慣れている。

――出し惜しみなんかしてる場合じゃない……でも、殺したくない……できるか?

 フェイは自問自答を繰り返しながら、短剣(ダガー)を逆手に構えた。
 その時、背後から(なま)めかしい声が響く。

「あら、三人とも不細工ね。アンラッキー」
「ディアナッ!」

 月明かりを浴びたディアナはフェイの背後に音も無く近づいた。
 詰まらなそうに髪を掻き揚げ、波打つ灰髪の下にあったのは、満面の笑み。

「黒猫ちゃんは、あの射手だけお願いね」
「ディアナ、頼む、殺さないでくれっ!」
「……全く、まだゴルゴンを信じてるの?」
「違う、そうじゃない。でも、殺したくないんだ。頼むっ!」
「ふぅ、了解よ。黒猫ちゃん」

 ディアナは躊躇(ちゅうちょ)無く二本一対の曲刀(シャムシール)を抜き放ち、砂漠の上を滑るように盗賊二人に迫った。

「喜びなさい、認めてあげるわ。あんたたち二人で一人前ってね」

 盗賊たちは、戸惑いの顔を浮かべながらもそれぞれの武器を構える。その二人の中心へ、ディアナは笑いながら躊躇(ちゅうちょ)なく割り入った。

「砂漠の踊り方、教えてあげるわ」




「ハァッ……ハァッ」

 王子はひたすら走っていた。
 まだ生きたいのだ。いつもは怠惰に過ごしていたくせに、命の危機になった途端、死にたくないとひたすらに願っている。

――だめだ、もう、限界

 しかし、その体は限界に達していた。王は体の弱い王子をさらに過保護に育て、結果として一般人よりはるかに劣った体力になってしまったのだ。
 剣の王の継承者として相応しくない事を、王子は痛切に感じていた。

 ガツ

 つま先が上がり切らず砂漠に引っ掛け、(つまづ)き、濡れた砂に思いっきり顔を打ち当てた。口の中に砂の味が広がる。
 力が抜ける。服が湿り、それが気持ちいい。いっそ、このまま眠ってしまいたいと言う欲望が頭をもたげた。

「大丈夫?」

 優しい声が空から降ってきた。
 王子は口から砂を吐き、見上げる。
 そこにいたのは、月明かりに淡く光る栗色の髪をした

――女神?

 その優しそうな女性はそっと屈み、顔の砂を指先で払った。顔から火が出そうなほどの羞恥、心臓が飛び跳ねた。

「はい、もう大丈夫よ」

 女神はそう言って微笑み、その笑顔に王子は全身を貫かれたのだった。




――みんな、大丈夫かなぁ

 ルナは一人、砂漠を歩いていた。
 戦力にならないとは言え、一人だけ逃げ出していると考えると、罪悪感が沸いた。
 ふと気になって振り返ると、遠くに白い光が見える。目を凝らすと、それは人だ。

「追っ手?」

 油断無く、ボウガンを白い人影に向ける。だが、どうにも違和感があった。
 まず何より派手すぎる。白いコートを着た盗賊など、あまり聞かない。それに、必死で走っているようだが、どちらかと言うと逃げている感じだ。
 徐々にその人影は近づいてくる。小さな身長は、あきらかに子供である。

――あっ! まさか、あれが、王子様?

 ピタリと頭の中で思考が噛み合った瞬間、ルナは駆け出した。

 バタリ

 力尽きたように王子は倒れ、そのまま起き上がらない。
 ルナは慌てて駆け寄り、声を掛けた。

「大丈夫?」

 王子は生き返ったかのように、ゆっくりと顔を上げた。
 月明かりを受けキラキラと光る金髪、優しげでかつ繊細な顔立ち、どこまでも澄んだ蒼い瞳、天使のような儚い美少年。
 ルナの理想(よくぼう)の結晶が、そこにいた。




「いやね、早過ぎよ。もっと楽しませて欲しかったわ」

 そう言うディアナの息は、確かに殆ど上がっていない。そのセリフに気を取られた盗賊の首筋に、フェイはダガーの背を当て昏倒させた。当然、その息は上がりまくっている。

「お疲れ様、向こうでエルカ達が待ってるわ。いくわよ」
「……ゼィ……くそっ、化け物親子めっ……ゲホッ」

 咳き込みながらも、フェイは負けん気だけでディアナに追走した。




「あの、皆さんを置いて来ても、良かったのでしょうか?」

 王子の問いにルナはニッコリと頷いた。

「フェイやエルカなら、大丈夫。きっと砂に潜ってでも助かります。それより、一刻も早くお父様のところへ行きましょう。みんな本当に心配しているんですよ」

 ルナと王子はあれから二時間をかけて砂漠を抜け、馬車にたどり着いた。
 そしてそのまま馬車に乗り、一路バイスアルムを目指していたのだ。
 今は何より王子の命を優先するというルナの判断である。

「それに、バイスアルムに出れば、通りかかった商人達に救援を求める事も出来ます。今はとにかくお休み下さい。さぁ、膝枕をして差し上げますから」
「……はい」

 王子は真っ赤になりながらも、その膝に寄りかかった。

「ルナ様、王子! 馬車が見えますぞ!」

 チョビ髭の御者のこの一言に二人は飛び起き、窓から顔を出した。
 月明かりを受けて横たわる真っ白なバイスアルムに、一点の染みがある。シルエットからこの馬車と同じ竜馬(ナタク)の馬車であると分かった。一部の上流階級しか所持できない超高額な馬車のはずである。
 ルナ達の馬車がバイスアルムに近づくと、向こうも気がついたのか馬車を止めた。

「あ! あれは剣の紋章! 軍の馬車です!」

 馬車の脇にある紋章を見つけ、エドガー王子は声を弾ませた。
 御者はバイスアルムに入ると急いで馬車を止め、ルナ達はすぐさま飛び出した。

「私はエドガー=グロスター! この国の王子です! 至急、救援をっ」

 馬車からぬっと人影が現れる。
 キツそうに正規軍の将校服を着込んでいる太った男だ。

「何故、お前がまだ生きている?」

 ゴリネルは憎々しげに吐き捨て、剣に手をかけた。


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