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(27)最大の障害は何か
――最大の障害は何か

 エルカは思考を巡らせた。

「王子が緊急の時にパーティなど論外だ。今宵はここで解散とする」

 領主公が重々しくパーティの閉会を宣言すると、貴族たちはその言葉を皮切りにそれぞれの領地や屋敷へと急ぎ、ゴリネル将軍も罵りながら豪華な竜馬(ナタク)の馬車で去っていった。
 フェイはエルカの要求した代えの服に着替えに行っている。
 ディアナはガラムと何かを話しており、領主公は主だった貴族たちに指示を出していた。
 コノハは自己嫌悪の中にどっぷりと漬かっており、カシムが声を掛けているが反応は無いようだ。
 セラも同様に床に座り込み、時折声を掛ける侍女の声にも全く反応を見せる様子は無い。

 エルカは一人腕を組み、今すべき事を考えた。

 この依頼(クエスト)さえこなせば、領主(ちちうえ)と言えど王族の恩人であるフェイを手にかけることはすまい。

――では、何が依頼遂行の障害となるか

 まず考えられるのが、王子が既に殺害されている場合である。この場合、悲報をシュバート国内に告げねばならない。
 しかし、そうなればさしものゴリネル将軍もゴルゴン討伐を決意する事だろう。それは、王子の敵討ではなく彼自身の野望のためで、非情に不愉快ではある。しかし、事態の進展を促した功績は認められるはずだ。

――では、最大の障害とは

 エルカは目の前で俯いている(セラ)睥睨(へいげい)した。

「……セシリア」

 セラの頭がゆっくりともたげられる。その瞳に生気の色は無い。よほど子供ができた事に、希望を見出してしまったのだろう。
 これからその上に止めを刺すのだと思うと、さすがに胸が痛んだ。

「セシリア、お前は自分が母上を殺したと思っているのだそうだな。だが、私はお前が殺したなどと思っていない」
「…………なら、何故、兄様は私を避けるのですか」

 そのすがるような声を突き放すように、エルカは冷たく言い放った。

「お前がどうしようもなく子供だからだ。お前は自分が何をしたのか、分かっているのか?」
「――え?」
「セシリア、お前がフェイを殺しかけたのだ」
「っ!?」
「自分の欲求しか考えぬお前の行動の結果が、今でもフェイの命を脅かしているのだ。分からんのか?」
「――――うそ」

――嘘ではない。私とお前の行動の結果、だがな

 エルカは最後だけ、優しく(ささや)くように諭した。

「お前はフェイを不幸にしか出来ん。もう何もするな」

 その言葉でムチ打たれたように、セラは立ち上がると領邸へ駆け出した。その後姿を見てエルカは目を閉じる。

――これでもう、妙なマネはしないだろう

 エルカは自分を納得させ終わると、ゆっくりと目を開き、次にすべき事に移った。



 フェイは新しい服の感触に戸惑っていた。やたらとツルツルして羽のように軽いため、何も着ていないような心許無さがあるのだ。
 だが、流石にデザインは良い。無地の白いシャツと真っ黒なスラックスなのだが、フェイの痩身にぴったりとフィットした服など初めてだったのだ。市場で買えばサイズは恰幅の良い人に合わせてあることが多く、大抵はダボダボでなのである。ついでに、上等な革ベルトも頂戴した。迷惑料としては足りないが、無いよりはマシだろう。

――なにより、エルカーナに帰れるんだ

 自然と顔が(ほころ)んだ。
 依頼について不安が無い訳じゃない。なにしろ明後日までに王子を探さねばならないのだ。万が一、ルナの助力を得られなければ絶望的だろう。
 しかし、あのエルカがやると言ったのだ。やると言ったことはやり通す。そしてエルカなら何とかしてしまうのだろう。

 領邸から出て大理石の休憩所が見えた頃、フェイは何かが走ってくる事に気が付いた。
 深紅のドレス、金色の結い上げられた髪――セラだ。
 セラは俯きながら走っており、こちらに気がついている気配は無い。明らかに様子がおかしかった。

――構うな、放っておけ

 フェイの理性はこれ以上無いほどハッキリ止めた。こう云うときにこそ悪に徹さなければならない。あれだけの経験を経て学んだ事だ。十分過ぎるほど分かっている。

――でも

 このままでは気持ちが悪いのだ。胸のつかえが取れない。こんな状態で生きていくなど、想像するのも絶えられない。
 だから、これはただの自己満足だ。間違っても善行などではない。
 フェイは自分に言い聞かせた後、口を開いた。

「セラ!」

 目の前まで走っていたセラは、その声にピクリと反応した。なれない靴にバランスを崩し、体が宙に浮いた。

「おっと」

 フェイはセラの肩を掴み、腕を絡めるように支える。勢いがついていたはずだが、驚くほど簡単に止められた。本当に軽かったのだ。
 セラは顔を上げ、信じられないモノでも見るような目で、自分を受け止めた男を見つめる。
 その顔は蒼白で、掴んだ肩は小刻みに震えており、歯はカチカチとなっている。昨夜、牢で見た状態より酷い。

「おい、どうした、セラ?」
「あっ……ごめっ、ごめっなさ、い」

 そこまで言うとセラは碧眼から涙を溢れさせ、フェイの手を振り解いて邸内へと走り去さろうとした。

「おいっ! セラッ!」

 セラはこちらを見ないまま、しかし、フェイの怒声のような呼びかけに足を止める。
 だが、引き止めたのはいいが、何を言っていいか分からなかった。気の効いたセリフはカケラも思い浮かばないのだ。
 だからまず、心に合ったモヤモヤとした不満を言葉にした。

「あのな、親のためとか、領のためとかさ、そういうのやめろよ!」

 セラは振り向かない。頷きもしなかった。しかし、それ以上、フェイにかけてやれる言葉は無いのだ。
 だから、エルカに教わった言葉をセラに伝える。

「セラ、お前はまだ生きてるんだ! 死ぬ前にそれを示せよ! 腐ってる暇なんて無いんだぞ!」
「…………なんで、フェイは、私を――」

 セラはそれだけ言うと、セラはさよならも言わずに走り去った。

――ほら、やっぱり放っておけばよかったじゃないか

「うるせえな、分かってるよ。黙ってろ」

 フェイは誰とも無く呟いたのだ。



「フェイ、すまない。準備に時間が掛かりそうなんだ。先にエルカーナに帰って休んでくれ」

 会場に戻ったフェイは、領主と話し合っているエルカに開口一番こう言われた。

「いいのか? 本当に帰ってもいいのか?」

 フェイの顔が懐疑の色に染まる。不幸慣れと云うのは、かなりネガティブになるらしい。
 エルカは苦笑を浮かべ、もちろんだと頷いた。

「なにせ明朝には出発するからな。十分に休んでくれ」
「エルカは、その、体とか大丈夫なのか?」

 エルカはもう一度頷くと、「ただし」と落ち込んでいるコノハを親指で指す。

「その代わり、私の代わりにコノハをエルカーナまで送って欲しいんだが」
「コ、コノハをっ!?」
「嫌か?」
「だって、ほら、さっきの見たろ? コノハ、何があったか知らないけど、おかしかったじゃないか……」

 エルカは心の中で、この朴念仁と軽く毒づく。

「もう心配ない。そうだ、なんなら背負っていけ。それで昔のように戻れるだろう。ついでに助力も頼んで欲しい。コノハがいれば心強い」
「……まぁ、エルカがそう言うなら、でも本当に――」
「大丈夫だ。ああ、それからルナがエルカーナで待っている。彼女の助けが今回は必須だ。同行を頼んでくれるか?」
「ルナがっ!? よし、分かった。任せとけ!」

 途端に上機嫌なったフェイは、さっさと(きびす)を返すと一目散にコノハを迎えに行った。残されたエルカは苦笑する。

――フェイ、お前は何故修羅の道を選ぶか……このゴタゴタが終わったら存分に楽しませてもらうからな

 エルカは根本的なところでまったく懲りていなかった。



「師範を頼む」

 カシムはそれだけ言うと、放心するコノハを見捨て立ち去ろうとした。

「ちょ、ちょっと待て!」
「なんだ、俺は忙しいんだ」
「いや、あんたが何でコノハを師範とか言ってるんだ?」

 その途端、カシムの表情が怒りに歪む。なにやら炎のような怨念さえ見えた。

「お前を倒すために決まっている。このゼクス領一の槍術家と名高い師範に槍術を鍛え直してもらい、いつの日か貴様にリベンジしてやるのだ」
「リベンジなら思いっきりしたじゃねーか! 椅子ごとぶっ飛ばしやがって!」
「不意打ちなど勝負の内に入らん。正々堂々と真剣勝負をしてもらうからな」
「お前の勝ちでいいからっ! って言うか他にすることあるだろっ!」

 カシムは一呼吸吐くと、月をまぶしそうに見上げた。

「貴様を倒すまで……俺は一歩も進めない」
「そのノリやめろよっ!」

 しかしカシムは何を思ったのかニヤリと意味不明な笑いを浮かべ、ディアナの傍へ行ってしまった。
 フェイは息を一つ落とすと、仕方なく落ち込みまくっているコノハに呼びかけた。

「おーい、コノハ」

 フェイが試しに呼んでみるが、相変わらず反応が無い。
 早く帰りたいフェイは、エルカの助言通り、コノハを背負うことにした。
 引き上げるために両手首を掴むと、意外なほどに細い。強いと云うイメージしかないコノハだが、その実、非常に華奢な女性だと思い知った。

――九年前、はじめて会った時は男だと思ったのに

 戸惑いを打ち消すようにフェイは作業に没頭する。
 コノハの前に座り込むと、肩に細腕を乗せ、慎重に立ち上がった。
 コノハの顔がフェイの顔のすぐ横に来る。

――あ、あれ?

 その瞬間、フェイは違う女性を背負ってしまったかと焦った。いつもと違う髪型、別人のような綺麗な顔、憂いを帯びた表情。

――違う、これはコノハだ。ただのコノハだ

 フェイは必死で自己暗示をかける。しかし、ことさら意識しないようにすると、逆に色々と気になるものだ。
 背中の温もり、支えている腕にかかる重み、甘い香水の匂い。
 高鳴ってしまった鼓動を運動のせいにするため、フェイは駆け足で領邸の門を出て行った。


 満月の夜、巨道バイスアルムにある商店街は遅くまで活気に溢れかえる。
 屋台の焼きチーズの匂い。調子外れの歌のような大道芸人たちの掛け声。月明かりを照らす白い巨道の淡い白色光……何もかもが懐かしかった。
 
――そう言えば最近、ここに来てなかったな

 昔は満月の夜になると、コノハとクロフとの三人で金も無いのに巨道商店街に来ていたものだ。
 大道芸の演劇を遠くから盗み見たり、武器のたたき売りを冷やかしたり、金を出し合って焼きチーズ一本を分け合い、他愛の無い事で口論をする。そんな事が無性に楽しかったのだ。

 あの頃、コノハはひたすら真っ直ぐだった。
 困った人を見れば、周囲を巻き込みつつ助けた。絡んでいるチンピラを見れば、相手がどれだけ強そうでも間に入った。知り合いがやられれば、どれだけ時間をかけてでも後悔させた。
 一言で言えば義憤(ぎふん)の塊だったのだ。
 だが、今は何を考えているのか分からない。言動も矛盾だらけで、始終怒っている様にも感じられている。しかも、その怒りはほとんど自分に向けられるのだ。

「――フェイ」

 突然コノハが声を出した。心臓がギクリと悲鳴を上げる。

「あーっ! なんだ、お前、あの、おまえさ、あの、全然反応しなかったから」
「うん、ごめんね」

 素直に謝られ、フェイの調子が狂う。昔は謝ることが何より大嫌いだったはずなのだ。

「お前すごい変だぞ。今日だって、お前、まるで悪魔だった」
「…………ごめん」

 急に怒りがこみ上げてきた。
 フェイの中ではコノハは最強だったのだ。憧れだったのだ。どんなチンピラでも一蹴して、十二で師である父に勝ち、エルカにだって試合では負けた事がない。

――こんなの、コノハじゃない! この背中にいるのは誰なんだ?

 怒りだけではなかった。
 さっき感じてしまった女性の部分。コノハだけが変わってしまったような戸惑い、不安、そんなものがグシャグシャと頭の中をかき回していた。
 フェイはよく分からない気持ちを、よく分からないままぶつけた。

「元気になったんのなら、さっさと自分で歩けよ!」
「……もうちょっと、お願い」

 弱気で、甘えたような声。心臓が高鳴るのは、怒りのせいか戸惑いのせいか、それとも――
 
――エルカはコノハを背負えば昔に戻れると言っていたのに

 それどころか、どんどん戻れない所へ進んでしまっている気がした。
 それきり、フェイは言葉が出せなくなった。

「ねぇ、フェイ。あそこ覚えてる?」

 沈黙に耐えれなくなったように、コノハはその細い指で一点を指した。
 その先にあるものは潰れたままになっている娼館だ。
 勿論その場所をフェイは覚えていた。人さらいまがいの営業をしていた親父に、キツイ天誅を下したのはコノハだ。フェイも情報収集をやらされ、覗き少年と勘違いされ衛視に捕まったのだ。忘れる訳がない。
 しかし、フェイが答える前にコノハは指を横に移動(スライド)させた。その先にあるのは一本の木。 あの上から三人で並び大道芸を覗いたのだ。
 次に指したのは何の変哲も無いラマの馬車。あの後ろにコッソリと乗って、この広い町を何度も何度も横断した。あの頃、自分達はどこへでも行けると得意になったものだ。その時の取り留めの無い話が、耳によみがえっては消えていく。
 コノハは次々に指を指す。フェイの答えを期待したのではないのだ。ただ――

「昔に、戻りたいな」

 そのときフェイは気がついた。コノハだって昔の自分に戻りたいのだ。

「戻ればいいじゃないか。簡単だろ。昔みたいにふんぞりかえって」
「できないの……あたし、今、すごい弱くなってる。自分で分かるの。気がつくと今日みたいに無茶苦茶になってて、もう、訳が分からない――」
「コノハ……」

 また沈黙が訪れた。かける言葉が見つからない。
 その沈黙を静かに破ったのは、またしてもコノハだった。

「……あたし三年前にルナから聞いたの。フェイがあたしのこと、その、どう思ってるか」

 フェイはビクリと身を振るわせた。何かまずい事でも言ってたのだろうか?
 必死で記憶を探る。
 ルナにコノハのことを話したとすれば、ゼクス領で一番強いんじゃないかと軽口を叩いていたくらいだ。
 後ろから長い長い深呼吸が二度、聞こえた。

「あのね、その…………今でも、あたしのこと、同じように思ってる?」
「――ああ、何だ。そう言う事か」
「何だって何よ! あ、あたしにとっては、すごい大切な事で――」
「あの時と一緒だよ。今だって、コノハが一番だと思ってる」
「っ!!」

 背中でコノハが身を震わせた。

――強いって思われることが、コノハには大切なことだったんだ。馬鹿だな

 馬鹿はお前だ。エルカなら間違いなくそう突っ込んでいるだろう。
 しかし、そうと知らないフェイはコノハの不調の原因が分かったような気になり、ホッと息を吐いた。

「さて、まずはクロフの結婚式を祝ってやらなきゃな」
「え? あ、う、うん」
「そうそう、明日からのクエスト、コノハも手伝って欲しいんだよ」
「え、ええ? なにそれ?」

 フェイは苦笑した。昔からキレると本当に周りが見えなくなるのだ。

「じゃあ、王子が誘拐された事も知らないか?」
「王子様が誘拐!? それって一大事じゃない!」
「で、明日から王子を探さなきゃならないんだ。かなり危険だけど、また手伝ってくれないか?」
「あんた、また巻き込まれたの?」
「う……面目ない」

「――しょうがないわね、手伝ってあげるわ」

 その言葉を聞いた途端、フェイは急におかしくなった。
 いつも『しょうがないわね』なのだ。困っている人がいれば、いつだって彼女は『しょうがない』の一言で全力を尽くすのだ。

「何よ、何笑ってるの」
「いや、変わらないところは変わらないんだなと」
「何よっ! だいたいあんた、髪がすごい臭いわよ」
「しょうがないだろ! もう一週間も風呂に入ってないんだっ! だいたい臭いなら早く降りろよ!」
「なに? このあたしが重いって言うのっ? いい度胸してるじゃない!」
「本当の事じゃねーか!」

――本当の事だった。エルカが言った通り、昔に戻れた

 昔のまま、二人はギャアギャアと言い合いながら白い道を帰っていく。
 しかし、一点だけ違っている事があった。
 コノハの顔が月明かりにもハッキリと赤く染まっている事など、背負っているフェイは気がつかなかっただけなのだ。

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