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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

隣の芝生は枯れていた

「――お姉ちゃんの赤ちゃん、私にちょうだい?」
 この言葉を実の妹から告げられた瞬間、私の心は決まった。

 私には3歳年下の妹がいる。昔から可愛かった妹だが、ある日を境に歪んでしまった。
 それは、妹が小学校に入学してすぐの頃。
 妹は交通事故に巻き込まれ重傷を負った。幸いにも命は助かったのだが、それから両親は妹を失うことを恐れるあまり彼女を過剰に愛し始めたのが不幸の始まりだった。

 両親は妹の欲しがる物は何でも与えた。
 おもちゃに服、本にアクセサリー、ペットなんてこともあった。そして、両親は私にもそれを強要し始めた。妹が欲しがる物を私が持っていた場合は妹にあげるように言い、従わなければ殴られた。
 この時、私は両親にとって妹を喜ばせるためだけの道具になったんだと悟った。

 ――そして、これは妹の人生を狂わせる第2の転機となってしまう。

 欲しい物は他人の物でも与えられる。そう勘違いした妹の行動はどんどん歪に、そして危ない方向へと進んでいった。
 彼女は両親からただ与えられることに満足できなくなってしまった。より上質な物を、より得がたい物を求め始めた。
 初めは友達――妹自身は今でもそう呼んでいるが、おそらく彼女たちはそうは思っていない同性代の人たち――から身に付けている物などを貰っ……奪っていった。
 そんなことをし始めたものだから、彼女の友人はどんどん離れていった。
 そして、妹から頼まれてもあげなかった子たちには両親が会いに行き、不相応なお金を払っていたのを私は知っている。
 後日、くれなかったのに貰えたと無邪気に喜んでいる妹に空恐ろしさを感じたのだが、この時はまだ幼かったからそこまで気にしていなかった。
 今はまだ子供だから。
 そう言い訳して私は逃げていたのだ、と今になると思ってしまう。

 しかし、私の期待は悪い方向に裏切られていく。
 妹の増長は収まることなく、悪化していった。
「お姉ちゃんの彼氏、かっこいいよね~」
 ある日、妹が突如として声をかけてきた。その時期は私も難しい年頃で甘やかされている妹とはかかわらないようにしていたので、驚いたものだ。
「……あぁ、うん。ありがと」
 突如として振られた話題に、何かひっかかるものを感じてはいたが無視してもしつこそうだったので一応返事はしたのだ。
 だが、続けられた言葉でそれが間違った対応だということに気付かされた。
「ねえ、お姉ちゃんの彼氏、私にちょうだい」
「…………はっ?」
 この時、妹が何を言ったのかわからず、私は間抜けな顔をしていたのは間違いないだろう。
「いやいや、何言ってんの?人をあげられるわけないでしょ?」
 その程度のこともわからないの?
 そう言ったが、妹はちょうだいちょうだいを繰り返すばかりだった。
 私は煩わしくなり、逃げ出した。
 私が妹に甘くないとこの時になってようやく彼女も気付いたようで、以後私に直接彼女がお願いをすることはなくなった。

 しかし、彼女は狡猾だった。
 彼氏の件に関しては、両親も私に何かを言っても無駄だと思ったのか、それでも妹のお願いということもあり、それとなく別れたうえで紹介してあげられない?という言葉をかけられたが、その当時の私はぞっこんだったし、両親に見切りをつけていたので聞く耳など持たなかった。
 それから数日後、事態は急変する。
 私が家に帰ると男物の靴が玄関にあった。それも、見覚えのある。私が彼氏とデートした際選んで買った物だった。
 嫌な予感がして、妹の部屋に行くと……そこには予想通りの光景が広がっていた。
 ベッドの上で裸で抱き合っている男女。
 男の方は私の彼氏で、女は当然妹だった。
 男の方はバツの悪そうな、それでいてあたふたした表情を浮かべていた。しかし、妹は――嗤っていた。その眼はまるでざまぁみろとでも言っているようだった。
 私は血の繋がっているはずの妹が恐ろしく、そして憎らしかった。
 怒りに身を任せ、彼女を殴りつけた。
 そんな修羅場に男は逃げ出し、私は帰ってきた両親によって羽交い絞めにされることでようやく殴るのを止めた。

 それからは地獄だった。
 両親は私が妹を奪う敵だと認識し、私からあらゆる物を奪うのは妹の当然の権利だと主張するようになった。
 まずは私の部屋。そして、私のお金に彼氏などあらゆる物を奪っていった。
 私の預金通帳にはほとんど小銭しか残されず、妹の欲しい物は私のお金で買うのが当たり前になっていった。妹の通帳には1000万近い金が入っているというのに。
 この頃、妹の我儘のせいで家計が苦しかったことが両親を追い詰めたのだ。

 そんな家から逃げるために、私は必死で頑張った。
 奨学金で大学へ行き、妹が奪えない交友関係や恋人を築くために初対面の人間に家族がどういう人物かを説明する習慣を付けた。そして、何よりも家に寄りつかなくなった。
 その努力もあって私は結婚し、無事に子供を授かった。
 一応孫にあたるのだからと数年ぶりに家族に連絡を取ってみたりもした。
 だが、これは間違いだった。
 家族だからと信用などしてはいけなかった。
 家族の情など捨てておくべきだった。

「「おめでとう」」
 両親から久しぶりに聞いた私を祝う言葉に涙が零れてきた。数年ぶりに会った両親は若干老けており、皺の増えた顔で孫が出来ることを喜んでいた。
「…………いいなぁ」
 臨月となり、膨らんだお腹を見ながら、妹はそう言った。
 ボソッと呟くような言葉だったにも関わらず、私の耳にはハッキリと聞こえていた。
 ゆっくりと、ぎこちなく顔を妹に向ける。
 妹の目線は私のお腹に固定されていた。
「い、いい人はいないの?あなた、ならすぐに…」
 何故か動悸が激しくなり、思った言葉が出てこない。
 そんな私を不審そうに見つめる両親。二人からは妹の表情は見えない。
 その喜色満面の笑みが見えていない。
「羨ましいなぁ。私も赤ちゃん欲しいな」
 囁くように、歌うように紡ぎだされる言葉。
 私は聞きたくないと頭を振ることしかできない。

 そして、冒頭に立ち戻る。
「――お姉ちゃんの赤ちゃん、私にちょうだい?」
 だから――そう前置きをして、告げられる言葉。
 しかも、私にではなく両親に対して告げられた言葉。その指はしっかりと私のお腹を指しており、まるで子供があのおもちゃが欲しいと言っているように。
 ごく自然に妹は私の子供を欲しがった。

「い、いやああぁぁっぁぁぁぁああ」

 その言葉を聞いた瞬間、私は狂乱し、手元のナースコールをひたすら押し続けた。
 永遠にも感じる時間の後で駆けつけた看護師たちによって私は抑えられる。それでも私は家族を、妹を――化け物を追い出せと叫び続けた。
 看護師たちによって追い出される家族。
 病室を出ていく際、妹が確かに笑っていたのを私は見過ごさなかった。

 幸いにも、病院は旦那の家族が経営している物だったので、すぐさま転院手続きをし、私は前々から考えていた通りに家族と絶縁した。
 それでもその書類が通るまでの間、気が気でなかった。
 病室の周りには常に警備の人間を置き、誰も入ってこれないようにしたし、病室から一歩も外に出ることはなかった。
 そして、正式に絶縁関係が結べた日には張り詰めていた糸が切れ気を失いそうになったほどだ。それでも気を保っていたのは何も安心したからではなく、緊張の糸が切れた瞬間に見計らったように陣痛が始まっただけだった。





 あれから2年後、私は久しぶりに両親と再会した。
 両親には私が奪われたお金、それに受けてきた精神的苦痛の損害など諸々含めて2000万の返済が済めば会うことを許していた。当然、妹には私だけでなく家族にも会わせるつもりなどないが。
 だが、この2年間で両親が私に返済したという記録はない。それなのに、何故会っているのか?それは、あまりにもみすぼらしい恰好で現れ、懇願する姿に私が折れたからに他ならない。
 会うと言っても、門を挟み、さらには護衛越しに話す程度だが。それでもいいから会わせてくれと言うほどに両親は疲弊していた。
 その姿は何があれば2年でこれほどまでに老けるのかというほどに様変わりしていた。
 頬は痩せこけ、顔色が悪い。服はよれよれだし、髪の毛は白髪だらけだったり、抜けていたり。2年ではなく10年以上の時が経過したのではないかと思われたほどだった。

 話を要約すると両親が来た理由はお金の援助を求めてだった。
 私は払うべきものを払わずに何を言っているんだ?そう思ったが、話を聞いて頭を抱えることとなった。
 何でも、あの後妹は大層なことをしでかしたらしい。
 いつものように両親に言えば、私の子供を取り上げてくれるだろうと思っていたのに、両親は妹を初めて説得し、説教したという。
 それに対し、怒り、喚き散らされたことで両親もようやく自分たちが間違っていることに気付いたそうだ。あまりにも遅すぎると思ったが、それほど盲目的だったということにしておこう。
 妹はそれから変わった。
 両親に頼みごとをすることがなくなり、家に寄りつかなくなった。
 それを両親は成長だと考え、私への返済のためにお金の工面を始めた。
 だが、それが不可能になる事態が起こった。
 妹が半月ぶりに帰宅したのが始まりだった。
 妹は黒服のいかにも危ない系の男たちに抱えられるような形で帰ってきて、その顔は見たことがないほどに腫れ上がっていたらしく生きているのか疑ったほどだったそうだ。
 そして、黒服の後に現れた女性によって顛末を聞かされ、愕然とした。
 なんでも妹は私の子供を奪うために財政界の大物たちに接触を図り、彼らの愛人になろうとした。そんな中で標的に選んだのがその女性の旦那だったらしく、よくテレビで名前の出る大物政治家だった。
 だが、その政治家は奥さんの実家の権力と財力でのし上がったらしく、奥さんには頭が上がらなかった。そんな人の旦那に隠すことなく堂々と接触し、誘惑したものだから当然逆鱗に触れた。
 唆されそうになった旦那さんとは別れ、妹には慰謝料として億単位が請求された。
 両親がやせ細っていたのは慰謝料を払うために死に物狂いで金策に奔走したからだったのだ。

「…で、私にどうしろっていうの?」
 話を聞き、それで?と両親に問い掛ける。
 両親は今まで悪かった。だから、少しでも援助をしてくれ。さらには妹と縁を切るから迎え入れてくれとのたまった。
「随分、偉そうな話ね」
 私から奪っておいてその程度で許されようなんて。
 当然、私は追い返した。そして、二度と会うことはないだろうと。
 両親はなおも喚き、話を聞いてくれと言うので、私は戻ろうとしていた足を止め、小銭を投げつけてやった。

「お金が欲しかったんでしょう?それをあげるわ」

 そのお金は両親に奪われたお金の残りだった。
 憎しみを忘れないために取っておいたが、もう必要ない。二度と会うことなどないのだ。
 以後、私が両親と会うことはなかった。
 風の噂で自殺したと聞き、ちょっと悲しくなったがその程度だ。
 ちなみに、妹は精神疾患が認められ施設に収容されたという。どうも危ない施設らしく、二度と外の空気を吸うことはないだろう。








 ねえ、妹よ。
 隣の芝生は青く見えるって言うけど、あなたには他人の家の芝生がどんな風に見えてたのかしら?
 私にはあなたの芝生は枯れて見えたわ。
 何でも与えられるという話をよく目にしたのでちょっと自分でも書いてみました。

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