姫騎士と共同作業
晴れた昼下がり、キャンピングカーの外。
直人は洗車していた。モップとバケツを持って、車体を隅から隅まで丁寧に磨いていく。
この世界にやってきてから初めての洗車で、バケツの中の水はぬぐい取った土で汚れていた。
外で水を使ったので手がちょっとかじかむが、その代わり達成感を得られた。
「ふう、こんな所かな。他にどこか汚れてる所はないか?」
直人は手の甲で額の汗を拭い、横にいるパトリシアにきいた。パトリシアは開けたトランクルームを不思議空間の出入り口にして、そこから「生えて」きている。
キャンピングカーの化身とも言うべき存在の彼女は、車体をピカピカに磨いてもらったからか、いつもの穏やかな微笑みだけではなく、どことなく顔が上気している様に見える。
「屋根がまだです」
「そうか、そういえば屋根やってなかったな。脚立出せるか」
「はい、マスター」
即答して、出された脚立を受け取って、今度は屋根の上――このキャンピングカーの生命線でもあるソーラーパネルを丁寧に磨いた。
日頃の感謝の意味を込めて、丁寧に拭いてやった。
「さあ、これで綺麗になっただろ」
「ありがとうございます、マスター」
礼を言われた直人はバケツとモップを地面に置いて、パトリシアから少し距離をとって、全体を見渡せる距離から眺めた。
綺麗になった車体を見て、胸に達成感が広がった。
パトリシアの横に戻ってきて、言った。
「ピカピカにするのって気持ちいいよな」
「はい、マスター」
「うん? どうした」
「あとで、マスターのお背中を流してもいいですか?」
「そうだな、頼むよ」
体を洗ったから洗い返すという話を、直人は深く考えずに返事した。
なんとなく、背中をピカピカに流してくれたら気持ちいいだろうな、とだけ考えて。
パトリシアにバケツとモップを渡して、トランクルームの中に片付けてもらっていると、道の先から姫騎士と小さな女の子がこっちに向かってくるのが見えた。
近くの町に食料の買い出しに行っていた二人はちゃんと荷物を持っているように見えるので、目的は果たしているようだ。
「マスター。なんだか肩を落としているみたいです」
「ああ」
パトリシアが言うとおり、ソフィアは遠目からも分かる程肩を落としてて、見るからにしょんぼりしていた。
何かあったのだろうかと不思議になった。
「今帰った……」
「ただいまー」
キャンピングカーのそばに戻ってきた二人は対照的なテンションで口を開いた。
「お帰り、どうしたんだソフィア」
たずねた直人に、ソフィアはうつむいたまま、より悲しそうな顔をした。
「なかった……」
「え?」
「ナットーがなかった……」
「ああ……」
苦笑いする直人、それはしょうがない、と思った。
「そこそこ大きい町だったからどこかにはあると思ってたんだが、ないどころか、誰もそんなものをしらないそうだ」
「ま、まあ。遠い国の特産品だから」
「うぅ……」
あまりにも意気消沈するので、いい加減、かわいそうになってきた。
「あの子に食べさせたかった……」
「わんこのことか……」
自分のためではない姫騎士の願い、出来ればかなえてやりたいという気持ちになった。
直人は少し考えて、言った。
「そんなに落ち込むな、そのうち作ってやるから」
「ナットーを作れるのかナオト!」
荷物を持ったまま食いついてくるソフィア。
「かもな、ヨーグルトの自作と同じ最初の種菌が必要だけど……それさえあれば安定して作れるはずだ」
「なんだか分からないが、そのタネキンとやらがあればいいのか」
「それから大豆な」
「そうか、大豆がなければ話にならないよな」
俄然テンションがあがるソフィア。
そんなソフィアとミミから袋を受け取って、キャンピングカーの中に運ぶ。
二人が買ってきた食料の内、生ものを冷蔵庫に、日持ちするものはトランクルームにしまった。
全部しまった後、一息ついて、言う。
「結構あるな」
「はい、マスター。小麦粉が1421グラム、葉物野菜が2188グラム、根菜が3989グラム増えました」
「へえ、把握出来るのか」
「キャンピングカーのたしなみです」
「そうか、他に出来る事は?」
「人数管理もできます。ただいまビジターが二名入室しました」
ソフィアとミミがキャンピングカーに乗り込んできた。
「それから、マスターの累計乗車時間が今現在312時間48分です」
「すごいな、それ」
パトリシアが言ったのはコンピューターの管理システムを彷彿させる内容だった。
キャンピングカーに様々な機能を盛り込んだガジェット好きな直人にとってかなり興奮するやりとりだ。
意味はないが、夢はある。
パトリシアはやはり、直人の夢が詰まって、具現化した様な存在だった。
「さて、せっかくだから何か作ってみるか」
「ナットーか!」
様子見していたソフィアが食いついてきた。
「それはまだ無理だから」
直人は苦笑いして、気を取り直して改めて聞く。
「二人は甘いものは好きか」
「大好き!」
ミミが大喜びで答えた。ソフィアは控えめにうなずく。
「それなら何かデザートっぽいのを作ってみるか。何かあるかな……ベーキングパウダーはないよな」
「はい、ありません」
直人のつぶやきに、横で秘書の様に控えているパトリシアが答えた。
「じゃあないなりの作り方をするか。今ある材料なら……タルトの生地くらい作れるかな。基本のレシピじゃ足りないものはあるけど、代用品になるものもあったし……まあ大丈夫だろ」
「では、それらの材料を出します」
「ああ、たのむ。となると生地の上に乗る果物とかほしいな。なんかあったかな」
「おにいちゃん、果物がほしいの?」
ミミが聞いてきた。
「ああ」
「じゃあ、果物とってくる!」
ミミはそう言って、パッと立ち上がり、パトリシアが生えてくる所から不思議空間に潜り込んだ。
シロツメクサを大量にとってきた事があったので、なにか果物が中で生えているんだろうと直人は納得した。
しばらく待っていると、ミミが戻ってきた。
小さな腕の中で、大量のイチゴを抱えて。
「お兄ちゃん、これでいい?」
「イチゴなんてあったのか」
「うん、いっぱいあるよ」
「そうか、じゃあイチゴタルトを作ろう。ありがとーなミミ、後はまかせて」
「うん!」
「ナオト! わたくしは何をすればいい」
ミミが働いたのを見たからか、ソフィアも何かしたいと申しでた。
「あんたはこたつに入って」
「入ったぞ」
「スイッチ入れて」
「入れたぞ」
「はいまったりして」
「するぞ――ってそうじゃない。わたくしも手伝うと言ってるのだ」
「いいから、あんたは休んでな」
立とうとするソフィアの肩に手をかけて、こたつの中におし戻す。
「あんたは食料を調達してきてくれた、おれはそれを食べられるものに料理する、役割分担ってやつだ」
「それでも何かしたいのだ、わたくしは」
「うーん、それなら――パトリシア、何か入れ物を」
「はい、どうぞ」
パトリシアから受け取った入れ物の中にイチゴをいれて、それをソフィアに渡した。
「じゃあ、これのへたをもいでくれ」
「とればいいんだな、任せろ!」
ソフィアは意気込んで、こたつの上でイチゴのへたを取り始めた。
それをみたミミが。
「楽しそう、あたしもやるー」
と言ったので、二人で一緒に作業をした。
「さて、こっちはこっちで作るか」
「はい」
パトリシアのサポートを受けて、直人はタルト生地を作った。
小麦粉に砂糖を混ぜてこね上げ、成形して、フライパンで焼いた簡易的なものだ。
「そんなに簡単に作れるものなのか」
「料理なんて下手に手間かけてアレンジするよりシンプルにやった方がいいときもあるんだ。というかおれの料理は基本そう言うものばかりだな」
「言われてみると、肉を焼いたときも煮込みをした時もそうだった」
「基本手抜きの漢料理だからな。まあでも、おいしさの基本は抑えてるから安心しな」
「うむ、ナオトの料理の腕は信用できる」
「ありがとう」
直人はそういい、ソフィア達がへたをもいだ後のイチゴを受けとって、フォークで穴をあけたタルト生地の上にのせて、更に作った簡易的なカスタードを流し込んだ。
それを、予熱したオーブンの中に入れる。
「これで二十分焼けばできあがりだ。パトリシア、二十分カウントして」
「はい」
パネルに触れる事なく、キャンピングカーの計器を全て把握している……キャンピングカーそのものであるパトリシアに頼んだ。
そして自分は、ソフィアとミミが待っている、見守っているこたつに潜り込んだ。
「あとは焼き上がるのを待つだけ。美味しく出来てるといいんだが」
「きっと美味しいよー」
ミミが天真爛漫な笑顔を浮かべて言った。
「だって、みんなが協力して作ったものだから」
「みんなか?」
「わたしはなにも――」
パトリシアがいうが、ミミは更に笑顔でいった。
「あたしがとって来たイチゴをお姉ちゃんがへたをとって、お兄ちゃんが生地を作って、おねいちゃんが焼いたから――みんな」
ミミの言葉に、直人ら三人は顔を見比べて、やがてうなずいた。
ミミが言った通り、全員の力で焼き上がったイチゴタルトはものすごく美味しかった。
パトリシアはキャンピングカーそのもので、キャンピングカーの全てを把握してます。
累計入室時間は、パソコンの起動時間を見てニヤニヤする癖があるので、そこから出来たエピソードです。