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姫騎士とカエル

 キャンピングカーの中、キッチンスペース。

 直人はIHヒーターの上に鍋をのせて、龍のしっぽ煮込みを作っている。

 鍋はぐつぐつ煮えていて、醤油とみりんの中にちょっとだけ混ざったショウガの芳しい香りが部屋の中に充満している。


「パトリシア、外鍋」

「はい、こちらです」


 横で冷蔵庫から「生えて」きて、直人の助手をしているパトリシア。呼ばれた彼女は用意していた鍋を直人に手渡した。

 直人はIHヒーターを切って、ぐつぐつしている鍋の取っ手をもって、渡されたそれに入れた。

 鍋はすっぽり入った。ぴったりかみ合っている、ワンセットの内鍋と外鍋だ。

 そこにプラスチックの材質の蓋をかけると、ぐつぐつしている中の音が聞こえなくなって、湯気も出なくなった。

 完全に密封された様子だ。


「うん、これでよし」

「ナオト、それはなんだ?」

「商品名は忘れたけど、保温調理鍋の一種だ。中に入れるとほぼ完全に断熱できちゃうから、一回沸騰した後の余熱で調理できるやつなんだ。旅で煮物とかカレーとか食べたいけど、ずっと煮込んでると電力がヤバイから――ってことでこういうのを用意してたんだよ」

「ふむ? よく分からないが便利なのだな」

「ああ、便利だ。後はこのまま一時間以上放置して、最後にもう一度沸騰すれば完成だ。ああ、そのうち石焼きシチューも作ってやる、うまいぞ」


 直人はそう言って、壁に埋め込んだパネルをタッチして、キッチンタイマーを起動して、一時間に設定する。

 待ってる間、保温鍋で節約した分の電力でゲームでもやろうかな、と思っていたその時。


「マスター、雨が降りそうです」

「雨?」


 振り向き、いきなりそんな事を言い出したパトリシアをみた。


「はい、気圧が急に下がりましたので、多分雨が降ります。もしかして雷もおちるのかもしれません」


 もう一度パネルを見て、パトリシアから言われた気圧の項目を確認した。

 そこは正常作動してて、常識的な数字が出てるけど、リアルタイムの表示なので下がってるかどうかはわからない。

 むやみに計器類をつけたが、そういえば直前との比較機能をつけてなかったなと気づいた。

 なので、それをパトリシアに確認した。


「下がったのか?」

「はい、下がりました」

「そうか」


 直人は少し考えて、窓の外をみた。

 空はたしかにくらくなっていて、今にも一雨来そうな感じだ。

 そしてキャンピングカーの辺りは開けた場所になっている。


「じゃあちょっと車を動かすか、もし雷が落ちるならこんな空けた場所だと危険だ」


 直人の知識では雷は周りで一番高い場所に落ちるので、せめてキャンピングカーより高い木のあるところに車を移動させようと思った。


「みんなちゃんといるよな」

「いるぞ」

「うん!」

「わん!」


 次々と声があがる。

 珍しく全員六畳間和室に勢揃いしている。


「よし、じゃあ移動しよう。悪いけどソフィア、この鍋を押さえててもらえるか。ミミとわんこはひっくり返ったら危ないからちょっと離れててな」


 運転席に座り、プッシュスタートでバッテリー走行用のモーターを起こした。

 フロントガラスの向こうに見える――目測で約一キロくらい先にある大樹に向かおうと、アクセルに足をかける。


「待って下さい、マスター」

「どうした」

「後輪の下に何かがいます」


 直人を呼び止めたパトリシアが車体後方を見つめている、まるで、壁を透視するかのような目つきだ。


「後輪の下?」

「わたくしが見てくる」


 ソフィアはそう言って、ドアを開けて、キャンピングカーから降りた。

 ネコがタイヤの間で居眠りでもしてるのかな、などと直人が思っていると。


「きゃあああ」


 絹を裂くような悲鳴が耳をつんざいた。


「ソフィア!?」


 何が起こったんだ!

 と、直人は運転席から飛び降りて、悲鳴の方に駆け寄った。

 そこに、尻餅をついているソフィアの姿が見えた。


「どうしたソフィア!」

「あ、ああああ」

「どうした?」

「あれ……」


 震える手を出して、タイヤを指さすソフィア。

 そこに目を凝らしてみると、タイヤの下に、少しでも車を動かしたらひかれそうな所にカエルがいた。

 カエルはのんきに、皮膚が透けるくらいほっぺたを風船のように膨らませている。


「ああ、パトリシアが言ってたのはこれか」


 状況に納得して、ソフィアをみる。


「で、アンタはこれが苦手、と」


 直人は大して驚かなかった。ちょっと大げさに感じたが、女の人がカエルを苦手とするのは珍しい事ではない。

 一方で、追いついてきたミミはカエルを見て大喜びした。

 子供がこういうのを好きなのも、珍しい事ではない。


「わー、ケロケロさんだ」

「ミミはこういうの大丈夫なのか?」

「うん! だってかわいいもん」

「そっか、じゃあカエルをどかしてあげな。車動かすから、このままじゃ轢かれちゃうよ」

「うん!」


 ミミは満面の笑顔でうなずいて、両手を皿のようにして、カエルをのせてトテトテと駆け去った。

 カエルがいなくなった後、立ち上がって取り繕ろおうとするソフィアに生暖かい視線を投げかけて、運転席に戻る。

 パタン、とドアを閉めたあと、シートベルトを締めつつパトリシアに礼を言った。


「ありがとうパトリシア」

「カエルでしたか」

「見えてたのか」

「マスターがつけてくれた全周囲モニターのおかげです」

「ああ、駐車用にナビにつけたアレか」


 直人はそう言ってナビを操作した、今は何も表示されていない。


「出てないけど、それでも分かるのか」

「わたし、パトリシアですから」

「なるほど」


 直人はうなずき、納得した。

 改めて、パトリシアに礼を言う。


「教えてくれてありがとう」

「いえいえー」


 手を頬に当てて微笑むパトリシア。

 頬が微かに赤いのは、マスターに褒められて嬉しいからなのだろう。

 ソフィアとミミが戻ってきたのを確認して、直人は車を発進させた。

 途中でパトリシアに言われた通りぽつりぽつりと雨が降ってきて、目指した木の下についた頃には本降りに変わっていた。

 モーターを止め、シートベルトを外し、運転席を反転させようとしたその時。


「ケロッ」

「ケロ?」


 聞き慣れない声がしたので、直人は眉をひそめて、声がした方を向く。

 六畳間の和室、そこにはミミがいて、彼女は思いっきり目を泳がせていた。


「ミミ? いまの鳴き声は?」

「な、なんでもないよ」

「いや、なんでもないって事はないだろ」

「ケロッ」

「ほら、また鳴ったぞ」

「えっと……えっと、オゴ、オゴオゴ!」

「違う、こんな怖い鳴き方じゃなかった……」


 ソフィアは真っ青な顔でつぶやくように言った。

 ミミの声と、さっきの声の正体をに予想がついて、二重の意味で恐れている様子だ。


「ほら、オークソムリエもこんなこと言ってるぞ」

「うぅ……」


 ミミは涙目になってしばらく迷っていたが、やがて観念して、隠していたそれを服の下からだした。

 一目で分かる、さっき逃がすように言ったカエルである。

 それを見た瞬間、ソフィアは「ひっ」と小さく悲鳴を上げて、壁際まで後ずさりする。

 ドラゴンとか一人で立ち向かうのにな、と直人は思った。


「連れてきたのか」

「うん……ごめんなさいお兄ちゃん」

「いやいいさ、別に何かがまずいって訳じゃない……ソフィアが怯える以外はな」

「わ、わたくしは怯えてなどいない!」


 直人の言葉に、脊髄反射のごとく意地を張ったソフィア。


「へえ、じゃあミミ」

「なあに?」

「そのカエル、ソフィアの頭の上にのせてやりな」

「えー、でも……」


 ちらっ、とソフィアを見る。


「いいか? こういうのは、実際にふれあうのが一番だ。触ってみたら意外に可愛くて、それで好きになるかも知れないだろ」

「……うん、そうかも」


 ミミは大きくうなずきながら、皿にした手にのせたカエルをソフィアの方にむけた。

 ソフィアは後ずさりしたが、六畳間の中は逃げられる程のスペースはなく、すぐに追い詰められた。


「お姉ちゃん……やっぱり嫌い?」

「うぅ……」

「……ごめんなさい」


 ミミはぱっと頭を下げた。


「お兄ちゃん、この子、やっぱり逃がすね。お姉ちゃんが怖がるから」

「そうか」


 直人はうなずき、ミミの頭に手をのせた。

 平然としているが、内心、恥じ入った直人である。

 ソフィアに意地悪するためにミミをしかけたのだが、図らずも幼い彼女にたしなめられたような形だ。


「ごめんな、わるかった、いやな事をさせてしまって」

「ううん。じゃあ逃がしてくるね」


 ミミは笑って、ドアをあけて、カエルを外に逃がした。


「オゴオゴ」

「ケロッ」


 最後に何か――別れの挨拶をして、カエルはピョン、ピョンと飛び去っていった。

 それを見送るミミの横顔はちょっと寂しそうで、ソフィアは申し訳なさそうな顔をした。


「……ソフィア」


 直人は少し考えて、姫騎士の名を呼んだ。


「お前、折り紙出来るか?」

「えっ? いや、あまりやったことはないが」

「多少はでもできるんだろ。パトリシア、物置の中に紙があるから何枚か出してくれ。ミミ、ソフィアが今から折り紙でカエルをおってくれるらしいぞー」

「なっ」

「わかりました」

「本当に?」


 三者三様の反応。

 その後、煮物が出来るまで、直人はつきっきりでソフィアに折り紙を教えてやった。

 ソフィアに作ったもらった折り紙のカエルをみて、ミミは無邪気な顔で喜び、雨で外に出れない中ずっとそれで遊んだ。







 その日の夜、皆が寝静まった後。


「マスター」


 寝ている直人の耳元で、パトリシアが優しくささやいて、彼を起こした。


「オッパイ……」


 目をこする直人、寝ぼけててオッパイを求めた。

 パトリシアは人差し指を立てて「しー」のポーズをして、何故か空いているドアを指さした。

 そして自ら、顔をちょっと出して、まるでのぞきをするように外を見た。

 なんだろう、と直人は半分寝ぼけたまま同じようにした。

 すると、キャンピングカーの後ろにソフィアの姿が見えた。

 ソフィアは地面に這いつくばるようにして、何かに向かって、おそるおそる手を伸ばそうとしている。

 目が完全に覚めて、なんなんだ、と思った。


「カエルです」

「カエル?」

「はい、さっきからずっと触ろうと努力してます」

「……ああ、克服しようとしてるんだな。折り紙で代替品を作ったはいいけど、それじゃダメだと思ったんだな」

「そうだと思います」

「そうか」

「はい」


 微笑む直人。

 ちょっとだけ残った眠気が、穏やかな気持ちに駆逐される。

 東の空が白みはじめるまで、彼はずっとそこで、奮闘するソフィアを見守り続けた。

アホの子ほど頑張り屋さんなのです、そして元社畜は頑張らないで見守るだけです。

そんな話でした。

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