姫騎士と男の夢
「お兄ちゃん、はい、これ」
ダッシュボード下の収納ボックス、そこからミミがにょっ、と上半身を出してきた。
下開きで開けると長方形のスペースが出来るボックス。
その三分の二をミミの小さいが普通な見た目の胴体でしめてて、残った三分の一をパトリシアのまか不思議な細く体が使っている。
ミミのは窓から体を乗り出している普通の見た目だが、パトリシアのはやはりランプから出ている精霊のような不思議な光景だ。
実に対照的である。
ミミは直人に白い花を差し出してきた。球状に集まっている花びらが特徴のシロツメクサだ。
直人はオッパイに顔を埋めたまま、それを一本受け取って、マジマジと眺めた。
「シロツメクサか、春の風物詩だな」
「そーゆー名前なの?」
「多分なー、こっちの世界で違う名前がついてるかもしれないけどね」
「へえー」
「それよりも、そのシロツメクサはいっぱいあるのか?」
「うん、すっごい大きな庭みたいな所に、すっごいいっぱい生えてるよー」
「そうか」
「じゃあ、もっととってきてくれるか? いっぱいとってきたら、それでいいものを作ってあげるから」
「いいもの?」
「うん、いいものだ」
「わかった♪」
ミミは大喜びでうなずき、ボックスの中に引っ込んでいった。
小柄な女の子とはいえ更に小さなボックスの中に消えていくという、物理法則をまるで無視した光景だ。
直人はそれさえも気にすることなく、ミミがシロツメクサをとってくるまでの間、オッパイにいやしてもらった。
「はい、お兄ちゃん」
戻ってきたミミは体ごとボックスからはいでて、六畳間部分に立って、持っているシロツメクサの束を直人に手渡した。
直人はそれでようやく、パトリシアが現れてからはじめて、オッパイからいったん離れた。
「ありがとう」
「それをどうするのー?」
「ちょっと待ってな」
直人はシロツメクサ次々に「編んで」いった。
「ナオト……それはなんだ?」
おずおずとした様子で、それまでパトリシアに警戒して距離をとっていたソフィアがよってきて、直人を手元をじっと見た。
警戒していたが、直人のやる事に対する好奇心が勝った形だ。
「まあ見てなって。ふふ、子供の頃思い出すなあ」
ソフィア、ミミ、パトリシアの三人に見守られる中、シロツメクサが徐々に一本の縄の様に編み込まれていく。それが直人の手の平よりちょっと長いくらいの長さになったところで、ミミの目の前に掲げて、意見をきいた。
「ミミは頭につけるのと、手首につけるのとどっちがいいんだ?」
「わかんないけど……手かな!」
「よし、じゃあもう長さは足りるな」
直人はうなずき、編み上げた花の縄の頭としっぽを重ねて、最後にもう一本シロツメクサをとって、しっかりと止めた。
最初は一本一本独立した花だったのが、花のブレスレットに大変身した。
直人はそれを、ミミの細い手に通してやった。
「わああ!」
ミミは瞳を輝かせて、つけてもらったブレスレットを無邪気に喜んだ。
「すっごい、お花が宝石みたいだー」
「だろ」
「ありがとうお兄ちゃん!」
「おう」
直人はうなずき、ものすごく自然な……まるで布団で二度寝するかのような感じでパトリシアの胸に戻った。
パトリシアはうふふ、と彼を受け止めた。
ブレスレットをつけたミミは大喜びで、再びボックスの中に飛び込む。
「すごいな……ナオト、お前そんなものまで作れたのか」
「他にも色々作れるし、遊びもしってるぞ? ススキの笛とか、たんぽぽの風車とか、名前は忘れたけど、プロペラになってゆっくり飛んで落ちる花か草とかもあったな」
「はああ……」
「まあ、全部昔取った杵柄だ」
ソフィアにそう言ってから、顔を埋めたままパトリシアに聞く。
「なあ、あんたが出てるそこってどうなってるんだ? どこかに繋がってるのか」
「どうなんでしょう、わたしにもよく分かりません」
「わからないのか」
「はい、どこかかも知れませんし、わたしの中かも知れません」
「不思議空間ってことか」
「はい」
「まあ、それならそれでいっか」
納得――というより考えを放棄した直人。
素敵オッパイに抱かれたまま、難しい事を考えたくないのだ。
「それでいいのかナオト!」
「心配しないで下さいな、わたしがきちんと管理しますから」
「しかし――」
直人とは違って、ちゃんとした根拠が得られなかったので、ソフィアはいまいち納得出来ない様子だ。
なおも食い下がろうとすると、ミミが再びボックスの中から飛び出してきた。
両手いっぱいのシロツメクサを抱えて、それを直人に差し出した。
「お兄ちゃん、また作ってー」
「おう、いいぞ。今度はどっちがいい? もう片手のもつくっとくか」
「お姉ちゃんはなにがいーい?」
「わ、わたくし?」
いきなり水を向けられて、ソフィアは見開いた目で驚く。
「うん! お姉ちゃんは頭と手、どっちのがいい?」
「おまえ、ソフィアのためにとってきたのか」
へえ、と直人はいう。
「うん!」
「ええ子や……」
オッパイから顔をあげて、わざとらしく涙ぐむ仕草をした。
オーバーなリアクションはソフィアに見せるもので、実際にもそう思っている。
そして、ソフィアの方を向き。
「って事らしいが、どうする?」
「い、いきなりそんな事を言われても」
「ふむ、そういえばお前姫騎士だったな」
「あ、ああ。正真正銘王国の――」
何かを言おうとするソフィアの言葉を遮って。
「なら頭の方――冠でいこう。ティアラとかそういうのつけ慣れてるだろ?」
「た、確かに」
「よし……じゃあミミ」
「なあに?」
「せっかくだから、お前が作ってやりな。おれが教えてあげるから」
「――うん!」
ミミは一瞬目を見開いたあと、大輪の花が咲いたような笑顔でうなずいた。
ソフィアに、ということならミミが作ってやった方が喜ばれるだろうと思ったのだ。
直人は手取り足取り、ミミに作り方を教えてやった。
幼い女の子、はじめての経験。
さすがに直人とは勝手が違って、十分間ほど悪戦苦闘して出来たのは、花の並びが不揃いだったり茎が飛び出したりしてる、なんとか花冠に見える程度の代物だった。
「うーん、なんか違うなあ」
その不出来に、作ったミミ本人も首をかしげてしまう。
「はじめてにしては上出来だとおもうぞ」
直人の慰めに、ミミはでも……と渋って見せた。
「ごめんなさいお姉ちゃん!」
「え?」
「またとってきて新しいの作るから、ちょっと待ってね!」
「ま、待ってくれ」
ボックスからまた不思議空間に飛び込もうとするミミを、ソフィアは慌てて呼び止めた。
既に両手が向こうに入ってる体勢で、首だけ振り向くミミ。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「そ、それでいい。いやそれをくれ」
「でも、これかっこわるいよ?」
「構わない――いやそれがいいんだ」
「……」
空間の入り口から手を出して、体ごと振り向き、ソフィアをじっと見つめた。
やがて、彼女は再び――いやさっき以上の笑顔で花冠をソフィアに渡した。
「はいお姉ちゃん」
「あ、ありがとう……」
ソフィアは受け取って、感動したような目でじっと見つめる。
おずおずと、それを頭にのせる。
「ど、どうかな!」
「うん、すっごくにあうよお姉ちゃん」
「そうか」
「そうだ! お姉ちゃん。一緒にわんちゃんの分も作ろうよ」
「わ、わたくしは――」
「さっ、行こう!」
「わっ!」
渋るソフィアの手を無理矢理引いて、一緒に不思議空間に消えていった。
キャンピングカーの中、残された直人とパトリシア。
二人が残していったほっこりを満喫してから、直人は静かに口を開いた。
「あんたはそこからしか出てこれないのか?」
「いいえ、わたしはこのキャンピングカーの精霊ですから。この車で、ドアのような場所ならどこからでも」
「そうなのか」
「例えば」
パトリシアはそう言って、いったんボックスの中に引っ込んだ。
彼女がそこからいなくなった途端、まだら状で虹色になっていた出入り口が普通のボックスに戻って、そこにしまっていた長距離運転用のサングラスが見えた。
「マスター」
背後から声が聞こえくる。
振り向くと冷蔵庫が開かれていて、パトリシアはそこから体を出していた。
やはり体の末端が細く、まるでランプの精霊のような見た目だ。
「おお、本当だ」
「お兄ちゃん、これ結んで――ってあれ?」
パトリシアの横、冷蔵庫の中から飛び出してきたミミが、違う出口になってる事にきょとんとした。
その姿が愛らしくて、直人の目尻が緩む。
「どうしてこっちに?」
「わたしがこっちから出てるからですよ」
「そっかー」
理由になっていないような理由だが、ミミはあっさり納得する。
直人は作りかけのシロツメクサを仕上げして、冷蔵庫の中に戻っていくミミを見送ってから、更に聞く。
「で、あんたの名前はパトリシアか」
「はい、マスターにつけてもらった名前です。マスターがわたしにいっぱいの夢を詰め込んで作ってくれましたので、嬉しくて化けて出ました」
「そうか、夢がつまってるんだな」
「はい、詰まってます」
「じゃあその夢をもっとくれ」
「はい!」
笑顔で応じるパトリシア。
キャンピングカーの中、パトリシアの胸の中。
直人は抱かれて、ゆっくりと眠りについた。
草でプロペラを作るあの遊びってなんだっけ……と思ってググろうとしたけど、やめました。
きっと今のまったりモードな直人はネットが生きててもググらなかっただろうな、となんとなく思ったからです。