壱・紅の紅 四
「あなた、年は?」
「十五です」
「好きな人とかいる?」
「いません」
「私は琴をひくのが好きだけど、趣味は?」
「ありません」
「……な、何か得意な事とかある?」
「ありません」
「この櫛とかどう?」
「結構です」
「着物はどんな柄が好み?」
「特にありません」
ない、ないと短く答える紅に最初は懸命に質問をかさねる羽霞だったが、中身のない返事に次第に辟易する。
羽霞は興味を失い、かの子と話すようになる。紅はやっと解放されたとばかりに息をつく。
夕方城内に戻ると何も告げずに去る紅に羽霞も気にする様子はない。
三日をおいて、宵は現れた。現れたのはまた夜だった。
「よう」
音もなく、気配もなく。間近に迫った宵に一気に跳びのき紅は数十尺は離れた。
「おぉ、素早い」
宵は感心したようにも言うが、紅を凌ぐ実力の男に褒められても説得力がない。
「……」
脇差はもう抜いて臨戦態勢。しかし宵はやはりというか刀もかまえず敵の前で戦意も持たないかのように振る舞う。
「君の事、少し調べちゃった」
眉はひそめず睨む瞳だけ鋭くなる紅。
詮索は紅が最も嫌うものだ。
「のわっ!?…ちょっと人の話は最後まで聞こうよ」
無視して斬りかかる紅の刃は宵をかすりさえしない。
「…太刀筋が粗い。もしかして、怒ってる?」
自覚はあったが図星をさされ、紅は落ち着きを取り戻そうと宵との距離をつくりひとまず離れる。
「…お前は一体、何者か」
「あ、気になる?」
にやにやと笑って腰に手をあてる宵。本当に敵地に乗り込んだ暗殺者には思えない態度だ。
自分の問いの答えを待つのか宵には答えず、紅は脇差をくないのようにかまえたまま直立する。
「まあおれの事はいいとして…」
「…確証はないけど。」
一息吸うと、それを全て吐き出すように一気に言いつのる。
「紅、十五歳。四歳まで恣琴の城で育つ。四歳の時に母・香美清を殺されその混乱に乗じて行方不明になる――それがあんた、紅…いや、」
「羽霞姫」
瞬間。赤い、紅い閃光が紅の瞳に走る。
短く咆哮し脇差を宵に振り下げる。
がぎぃ!
抜いた刀に阻まれて、がちがちと鍔鳴りがうるさい。
「しかし恣琴の藩主は――いや、恣琴に住む者は羽霞姫が行方不明になったなど知らない。普通は死んだと思われてもおかしくない状況下だったが、」
拮抗する力が弾けたために二人は跳びすさり離れる。
「羽霞姫はまだ存在する。本物の姫に代わり今の姫が現れたからだ。君が本物の羽霞姫。今城内にいるのは偽者の姫だ」
「確証はないのだろう」
短く吐き捨てると紅は瓦を踏みしめる足を強くする。
「そう、ない。でもどうして…死んだはずの本物の姫さまがこんなところで偽者の姫さまを守ってるんだか?」
「偶然だ」
それは紅が聞きたいくらいだったので自分に言い聞かすかのように呟くと、その後の宵の問いに自分の失言に気付く。
「否定しないんだ?」
「………っ!」
我知らずほとんど怒りにまかせて切っ先をふるうと、油断したのか宵は紙一重避けきれずそれを受ける。
傷は浅いが今までのうちでは大きな傷で、血が飛び散る。
「どうして姫さまがこんなに強くなっちゃったのかねぇ…」
哀れみ、呆れ、同情…そんな声音で呟くように言うと、宵は紅の視界から姿を消した。
背後をとられた紅は手の中の脇差を叩き落とされ、利き腕をねじり上げられる。
紅はびくともしない宵の腕に、自分の腕力が弱いのではなく宵が強すぎるのだと確信する。
暗器をいくつか仕込んであるのだがもはや通用しないだろう。
「殺せ」
「ヤだよ。おれお前気に入ったもん」
「……」
「四歳の時行方不明になってからずっとこうしてきたのか?」
「……殺せ」
一抹の迷いも見せずにそう言う紅を見ては困ったようでもなく息をつく。
「そんなに死にたがるなよ」
「ならば離せ」
「ヤだよ。離したら逃げるだろ?」
「…逃がさないけど」
ぞくり、と背筋を震わせた。
こいつは、どこに逃げようともどこまでも追ってくる。
「羽霞姫」
「紅、だ」
紅という名は紅が羽霞姫でなくなった時に自身でつけた名だ。
紅は恣琴の変で混乱する城内で母と共に死んだ。名無しに拾われるまで、紅もまた名無しだった。
名無しに名を問われ、我知らず口にした名前は本名ではなく、羽霞の全てを捨て去った。
そう、紅はかつて羽霞――甲栄依近のただ一人の娘、羽霞姫だった。
しかしそんなものは全て過去の遺物だ。
「羽霞の名も…恣琴も全て、私とは関係がない。」
「私は紅。雇われた暗殺者でしかない」
「ううん、そこもまたいいんだけどね。」
紅にはわけのわからない事を言う。
「あんたが言うなら、あんたを主と担いでもう一度姫にさせたげるのに」
「いらん」
「ううん……」
「…離せ」
「ううん……どうしよっかな」
「……」
「うん、とりあえずついてくわ、紅に。」
「!?」
ほんのわずかな変化のみで全ての表情を表す紅に、宵は口角を上げる。
「しょうがないっしょ」
魅せられて、しまった。
紅の実力にもだが、紅い、閃光。何もうつさない瞳に浮かんだただ一つの閃光。紅い煌めき。
表情の変化がほとんどない、元姫君。
「しょうがない。」
もう一度言うと、紅の額にわずか眉がよせられた。
そんな彼女の腕をするりと離す宵。
彼女の目下の目的は、このわけのわからない男をなんとかして追い払う事、になる。
「ついてくるな」
とりあえず言ってみる。
「ヤだ。」
もちろん効き目はなく、わかりきった結果に自分の愚問に嫌になる。
「やめてくれ…」
眉のしわが更に刻みこまれるのにすら宵は満足して、笑った。
「や〜だね」
今度こそ、紅ははっきりとため息をついた。
壱・紅の紅 完 |