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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第一章 †夜に昇る宴†

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かくしてティナは、国民に内緒のまま、こっそり城を出ることになった。

何処からどう見ても王家の嫁入りには見えない体勢。
馬車を一台、愛馬アナスタシア一匹に引かせ、魔の森へガタリゴトリ。

……惨めだ。
非常に惨めだが、国民には内緒にしているからには盛大に盛り上げるわけにもいかないし、よくよく考えて見れば、取りたてて盛り上げて欲しいような目出度い話でもない。
寧ろティナにとっては災難の類に入る。


“人間であるティナをたった一人で森へ送り込むのは、あまりにも危険過ぎる”

そういうことで、姫君に向こうからお迎えの使者が寄越されるという話が舞い込んできたのは、午後になってからの事だった。

「使者?」
「その方が馬車に同席してくださるらしいですので安全だということです」

ば、馬車で魔族と二人きり……。
ここ数日で大した度胸がついたティナだったが、それでも内心どんよりと沈みながら、黙って何度も頷いた。











そうして、午後のお茶もろくに咽喉を通らぬまま、夕刻はやってくる。

最後の名残で座っていた、自室のベッド。
窓から空を見れば、その天は、すでに暁。
うろこのような雲が広がり、それらには満遍なく紫が滲む。
奥はまだ赤く、太陽は遥か彼方――西の向こう、大国、大海へ沈んでゆく。

ティナはその場で暫くぼうっとした後、やがて、従者の声で外へ誘われ裏庭に出た。
裏庭から数分馬車を走らせれば、直にナスリカの森へ足を踏み入れる事が出来る。
国民誰一人としてばれることも無く、すんなりと魔族の城へ辿り着く事が可能なルートなのだ。

姫君は、取り繕った笑顔で、親密であった臣下共々皆に別れを告げた。
侍女のニキィは下を俯きながら、ティナの手を取って声をかけた。ともすれば、彼女は泣いていたのかもしれない。
カステル・ジニアは、涙こそ流していないが、辛辣な表情を隠し切れていなかった。

挨拶を終え、ティナはアナスタシアの頬を撫で、長い間歩かせるけどゴメンね、と呟いた。
魔が住まうとされている森――ナスリカの森へティナを導き進み行くのは、この愛しい白馬のみなのだ。


「あの、先方から送られてくる使者の方はまだ……」

ティナは不安そうにアナスタシアを擦りながらカステルに聞いた。

「そろそろとは思うのですが……何せ、もう直夕暮れですので」

カステル・ジニアがそう言って空を仰いだ。

すでに街は闇に浸食されつつある。
ほんの数分の内に、先程までの暁は、ほぼ藍の一部に取りこまれていた。
これ以上闇が支配を進めてしまえば、それこそ猛る魔獣にうってつけの時間だ。

ティナは大空を見上げる。ぱたぱたと黒い鳥達が三羽ほど森へ飛んで行く。嗚呼、既に、鳥も人も、皆が家に帰る時間なのだ。


(本当に迎えなんて来るのかしら?)


などという疑問がティナの頭を掠めた――その時であった。


その瞬間、その場に居た全員が、空気の「色」が変わった事に瞬時に気づく。
何かが目に見えて変わったのではなく、いわば、雰囲気がガラリと変わった――そう、非常に寒気の伴う、只ならぬものに。

鳥の声も、虫の鳴き声も聞こえず、微かな風は気味悪くザワリと森の奥深くから噴出すように、次々とティナ達の体をすり抜けて行く。


――――――ごうっ!


瞬間、微かに肌を掠める程度だった風が勢い良く森深くから噴出し、暴れた。

「――っ、」

ティナはその風に思わず目を瞑せた。
吹き荒れる風はティナの髪を乱し、辺りの草原を薙ぎ伏せる。轟音が耳を掠め、森全体が大きくざわめく。


「……(何?)、」


しばらくすると風は大分治まった。
辺りの凍りついた空気もすっかり和らぎ、ほっと大きく息をつく。
そして――ティナがふっと薄く目を開いたその目の前には。

すでに其処には、一人の男がにっこりと穏便な笑顔で佇んでいたのだった。

風に乗って現れ、ともすれば再び風に伴い消えてしまいそうな気質を纏うその魔族。
歳は、すでに老人と呼ばれる者に値するであろう。
白髪を綺麗に柔らかく後方へやり、口元には口髭を蓄え、目はにこりと笑顔のように細められている。
どちらかといえば小柄な方ではあるが、ぴしっと伸びた背、それでいて礼儀深く胸元に当てられた片手、執事ととれる身なり。大方、相手方の城に雇われている者であろうかとティナには思われた。


「ティナ・クリスティーン様で御座いますな」

不意に彼が声を発した。

「は、はい、そうです……私が、」

スカートの端を摘み、手を胸元にあて、丁寧に挨拶をする。
老人はにっこりとした笑みを絶やさないまま、ティナ達の方へ近づいた。
先ほどまでの薄気味悪い空気はふっと消え、変わりに不似合いな温厚そうに笑った老人が其処に居た事に、全員が奇妙な感覚を覚えたまま、それでも誰もその場を動けずに居た。


「四聖地東方領地管轄領主、」老人は静かに言った。「ソルディス・ジェノファリス様に仕える、ロドメと申す者で御座います」

微笑む表情は変わらず、ティナの緊張した面持ちも何知らぬ顔。

「御迎えにあがりました、ティナ・クリスティーン様」






















ぎしり、ぎしり。ガタリゴトリ、ゆらゆら……

「…………」
「…………」

馬車の音って面白い!などと考えてこんなに沈黙の空間を味わっているのではない。
私、ティナ・クリスティーンはあの後、半ば強引に笑みを絶やさない老人に促され馬車に乗り込み、皆に適当な挨拶しか出来ないまま、相手方の従者が馬車を発信させナスリカへ踏み込む事になってしまったのだ。

本当はあの後もっと丁寧に挨拶をして、涙のうちにお別れという雰囲気になってゆく感じだったのだが……
この真正面に座る鼻歌交じりの温厚なご老人が「早く森に入らないと魔獣が腹を好かせて参りますよ」などと悪びれも無く言うものだから……!


馬車に乗ってからも、ずっと老人は笑ったままであった。
楽しそうに窓の外を見て、時折「もうすっかり日が暮れてしまいましたね」などと他愛のない言葉を言いながら、緊張する私をさておいてこの状況を楽しんでいるようにすら感じられた。

……つ、辛い。
やっと森の入り口に足を踏み入れたばかりだというのに、疲労困憊の状況。

(でも、)ふと考えた。(本当にコレが魔族?見たところ人間と変わらないけれど)

じぃっと老人を見る。外見上、生物的に人間となんら変わったところは無い。
目、耳、鼻、手足、頭髪、そして言語。何から何まで人間とうり二つで、想像していた、けむくじゃらの野獣とは程遠い。

「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ。あの、ごめんなさい」

訝しげに見つめる視線に気がついた老人は、此方の方を向いた。

「お具合でも宜しくないので?」
「いいえ、そうでは無くて」

はい、どういたしましたか?と目を細めて笑う彼は、やっぱりどう見ても人間そのものだ、と思った。

「ロドメさん、は」
「はい」
「ロドメさんは、本当に魔族なのですか」

いや、そりゃ魔族に決まっているだろう。返答など、聞くまでも無いことなのだけれど――

「――はて。姫様は、先日送りさせて頂いた書類をご通読なさいましたかな」
「書類?……あぁ、あの夜中に送付されてきた物凄い蝋封に固められた書類ですね」

老人は愉快そうに目を細めて笑う。

「あれほどまでに包装しないと旦那様にお叱りを受けるのですよ」

そういうと、彼は私に、昨日の書類をもう一度見るよう促す。
横にまとめて置いていた荷物の中、すぐにゴソゴソと私が手を突っ込むと、それらしい感触のものが私に触れた。
力任せにえいと取り出すと、わしゃっと皺になった書類数枚が纏まって出てくる。

「そちらは、きちんとご通読なさいましたかな?」
「よ、読んでいる途中で寝てしまいました……」

と言えば、彼は笑った。

「そうでしょう、そうでしょう。あぁ旦那様も全く酷な事をなさる、前夜にこのような物をご送付受けなさって一晩で読みとおせる訳御座いません」

――嫌がらせ?
一瞬でも未だ見ぬ領主様に腹を立ててしまうのは、ごく自然な流れであると思って良いと思う。

揺れる馬車の中、私はまだ目を通し切れていない書類を丁寧に読み上げることにした。

「それらは、重要な事なのですよ。最後の書類は、実に姫様にとって重要なのです」

ご老人がそういうので、私はゆらゆら動く手をなんとか抑えつつ1行1行目を通す。

「えと……『ト・ノドロ』?」
「我が主の管轄となる、東方魔族たちが最も蔓延る街で御座います」
「こんな……街が、ナスリカの奥地にひっそりと存在していたなんて気が付きませんでした」
「気が付かれぬ様にしているのですよ。そもそも森との隔ては――、いえ、こちらはいずれ旦那様がお話になるでしょう」

ロドメさんは、さ、お読みくださいと先を促した。

“東方都市ト・ノドロ”。
人間の出入りはここ暫く一切無し。純人間の存在は今の所皆無。

……ということは。
必然的に、この向かいでにっこり微笑むロドメさんという人も、れっきとした魔族であるということになる。
言われなければきっと、一生気が付かないだろう。そう思う。彼が、魔族と称される部類に属するなんて。

「領主の名前は……、ソ…―――ル…、……あのコレなんて読めば…」
「ソルディス・ジェノファリス様で御座います」
「長い……」
「しかし、姫様も直に改名なさるのではないですか」
「――あぁ!」

忘れてた!といわんばかりにバッと顔を上げた。
お気づきにならなかったので?と気の抜けた顔でロドメさんが見やってきた。

「ティ、ティ、」
「ティナ・ジェノファリス様。なかなかお似合いで御座いましょう」

……一体どこがですか……。

がっくり項垂れた私の気持ちは余所に、アナスタシアは其れ急げと足を進める。外はすでに夜と言って良い暗さ。遠くに聞こえるは野獣と思われる者の声。

アナスタシア、どうかゆっくり進んでください。私はまだ心の準備が出来ていません。

そんな私がすっかり疲れて馬車の中で寝てしまい、そしてロドメさんにそっと起こされ城についたことを知らされるのは、もうちょっと先の事。




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