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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第三章 †枯槁と花果†

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どうにもこうにも体が寒くて――空気は蒸し暑いのに、自分の周りだけ格段に冷えてる気がして、ティナは飛び出すように急に小屋の外へ出た。
日差しが暑く、草の匂いが鼻をつく。

ティナはふっと息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。

「――どうした」

戸口からかけられるネイビスの声にびくりと肩を震わせながら、「……外の方が……暖かくて」ティナは申し訳無さそうに、無理に笑いながらそう言った。

「外は危ない。中に居ろ」
「いい、です」
「ティナ」
「――っ」

彼女の腕を掴もうとしたネイビスを、ティナは咄嗟に拒んだ。

「――」
「あ……」

しまった、そう思ったが、もう遅い。
ティナはネイビスの顔を見ないように俯いて、早口でまくし立てた。

「何か食べれるもの探してきます。今の時期ならいっぱい実がなってるし、まだ日が暮れる前だし、あの、絶対、迷ったりしないので――ネイビスさんは待っていてくださいっ」

言い終えると、ティナは動きづらい濡れた服のままその場を離れた。
何かもう、どうにもしようが無くて、きっと冷えた体も拍車をかけて、二人きりという状況も辛くて、ティナの気持ちはいっぱいだった。
上手く笑う余裕が無い。
いつものように、前向きに考える気力が無い。
ティナは力なく歩き出す。

そうして暫く経ってから――小屋から少し離れた所で、真っ赤に熟れて、腐る手前、蕩けそうな実を成らしたレッドベリーの枝を見つけた。
そういえば、ソルディスがいなくなったあの日、リィネと一緒に摘んだ実は、まだ青くて固かった。あれは食用じゃあなくて、薬として漬ける為に取ったもので――いつの間にか季節は過ぎて、果実はその移り変わりをはっきりとその身に示す。
ティナは、ちょっと、おいしそうな実を一つ千切って、己の口に含んでみた。

「……甘い」

レッドベリーの実は十分甘くて、彼女は困ったように苦笑した。
こんなに甘かったら、これじゃあ、ネイビス食べれないじゃない。
ティナは気を取り直すと、あたりをキョロキョロ見渡して、溜息をつく。

彼の為に、出来る事は、こういう事位なものなのに――それさえも、十分に出来ないなんて。

髪から伝う水の所為で濡れる頬に、ティナは手を当てて俯いた。

自分を追い詰めている場合じゃないのに、その思考が止まらない。
どうしたって、苦しみを増す心は、一向に落ち着かない。
彼女にはもう、自分の気をしっかり支える気力が、殆ど残っていなかった。








「――遅い」

小屋に戻ったティナは、外に立っていたネイビスから一際冷たい視線を浴びた。
だが、ティナはそれに言い訳を言うわけでもなく、突っかかる訳でもなくて、スカートの裾に集めた食料を見せて、ほら、と小さく微笑んだ。
ネイビスはそれを一瞥すると、ティナの背を静かに押して、小屋の中に入るように促した。

もう日は沈みかけ、辺りは暗い。
ネイビスが不安に思って、苛立ちながら外で待っていたのも当然だ。

小屋に入って、ティナは、自分を待つ間ネイビスが室内を少しでも勝手が良い様整頓していたのに気が付いた。小さな、心ばかりの暖炉も使える様になっていて、床にあった布団やら何やらも、一応差し支えないようにちゃんと汚れが取れている。勿論獣の骨も消えていて、窓の埃も取れているから、これなら、真夜中だって、月明かりがあれば十分だ。

雨風に曝されていなかった所為であろう、元からあまり劣化していなかったとは言うものの、部屋の様子にティナは感心して溜息をついた。

「すごい、何か、ちゃんとした部屋みたい」

ティナは嬉しそうに微笑んで、ベッド脇にある暖炉の傍に腰を下ろした。
木箱の上に、スカート上に大事に包んできた食べ物を広げて、ほっと息を吐く。

「疲れたー……」
「体の調子は」
「昼よりは、大丈夫です」
「夜は冷え込む。火でも焚くか」

とは言っても、火種が無い。火が熾せない限り、薪木があってもどうしようもない。
暫し無言の末、ティナは、はっと思いついたように顔を上げた。

「ネイビスさん、後ろ、向いてて」
「何故」
「い、今から、“惑わし”をやりますからっ」

記憶無いでしょうけど、私得意なんですっ。
そう言い張るティナはネイビスの背をグイグイ押して後ろを向かせ、暖炉の傍にしゃがむと極々小さな声で囁いた。
とても、慣れないティナのそれはとても拙いけれど、古来魔族に伝わる火炎の魔術。

(燃え立て混沌、踊れ、炎の翼の龍よ、偉大なる神のお元にて――)

言いながらティナが指先で触れたその枝木の、先端に、じんわりと確かに小さく火種がついた。
徐々にそれは薪に広がり、暗かった部屋は、ぼんやりと、橙の明かりに包まれる。
振り向くネイビスに、ティナは何も持たない掌をひらひらやって、「こ、こういうの良くやって驚かせてたんですよ?」と引き攣り笑いながら言った。口が裂けても、貴方に教えてもらったと言う訳にはいかない。彼は今、“人間”だから。

「ほら、食べましょ。朝からろくに食べて無いから」

言って指差す先の木箱の上には、これまた良く集めたと言わんばかりの、実、実、実。
ティナが大好きなレッドベリーを初め、あまり甘くないブルーツインや、果実というよりは食材めいた大きめのサドラの実など、より取り見取りである。

ティナはネイビスを手招きして、早く座らせ食べようとする。が、ネイビスは立ったまま、ティナの服の襟袖を摘んで引っ張った。

「何ですか?」
「脱げ」
「――えぁ!?」

突拍子も無い言葉にティナは目を丸くして声を上げた。
ネイビスは、ほとほと疲れたように、「脱いで、乾かせと言っているんだ」盛大な溜息をついた。
あ、そうですか、何か動揺してスミマセン……
ティナが気まずそうに頭を下げると、ネイビスはベッドの上からシーツを取ってティナの頭にぱさりとかける。

「脱いだらそれにでも包まっていろ」
「あの、ネイビスさんは、」
「君は自分の事だけ考えていろ」

答えになってませんと思いながらティナが戸惑う中、ネイビスは上着だけを脱ぐと、適当に暖炉傍にそれをかけた。
この季節に、夜更けの暖炉。朝になれば十分服は乾いているはずだ。
ティナも、ネイビスに背を向けながらいそいそと暗がりで衣服を脱ぐ。
しかし流石に、いくらシーツで身を隠すとは言え、ティナは姫で貴族だ。
温室育ちの彼女には、この格好は気恥ずかしさにも程がある。
男性と違って、上の服だけ脱ぐとか、そんな事出来なくて、ティナは顔を赤くしながら仕方なしに意を決して、ぱさりと繋ぎのワンピースを床に落とした。
貴族の身形は捨ててきたから、胸当てなんか無くて、下だけ肌着を身に着けた姿をシーツで包みながら、脱いだそれを彼女もまた暖炉の脇にそっとかける。

きっちりと、ぎゅっと前でシーツを閉じながら、ティナはネイビスの隣にちょこんと座った。

上半身だけ曝した彼の体を、気恥ずかしさで直視できなくて、でも、暁の様な暖炉の灯りが彼の横顔を照らしていて、それが、何だか、懐かしい彼の顔に思えて、ティナはぼうっとそれを見つめる。
不意に、ネイビスが、ティナの運んだ木の実に手を伸ばした。
一つ、小さな赤の実を口に運んで、

「……甘い…」

思ったとおりの言葉にティナは小さく笑った。

「何がおかしい」
「なんか、甘いの苦手なの、変わってないのが面白くて」

言葉に、そうか、君は俺の従兄弟だったな、そう言ってネイビスは納得する。

「食べないのか」
「ん、と……私は、少しで良いです」
「何故」
「あまり、食欲、無くて」

だが、これは君の好物だろう。
レッドベリーを指しながら言ったネイビスの言葉に、ティナは、ちょっと驚いたように瞬きをした。

「――私、言いましたっけ?」
「食卓を共にしてれば嫌でも分かる。君はずっとこれしか食べてなかった」

……。
……なんだ。
なんだ、全然見ていなかったようで、意外と、私の事、気付いて、見ててくれてたんだ。

驚いたように、何も言わないで、黙って見つめてくる彼女に、ネイビスはレッドベリーを手渡した。

「食べろ。やつれて死ぬぞ」
「甘いの、食べ過ぎだって、いつもは言われてました」
「誰に」
「――ソルディスに」

困ったように笑うティナに、ネイビスは押し黙った。「私、甘味依存が激しいんですって。酷いんですよ、そんなに食べたら太るぞって脅かしたりして。しょっちゅう、彼にそう言われてて」

ネイビスは言う。「それでも君は、その婚約者が好きだったのか」

甘い果実を啄ばみながら、彼女は笑う。

「好きでした。――ううん、好きです。今も」
「だが彼は死んだんだろう」
「ええ、……まあ」
「死者に恋慕とは、性質が悪いな」

苦笑するネイビス。サドラを、一つ口にした。

「死者はどうにも美化されやすい」
「……それって、何気に失礼ですよ。アリシアさんは、どうするんですか」
「彼女は、既に過去を断ち切っている」

ネイビスの言葉に、ティナは黙った。
(それは、どういう意味――)、咽喉まで迫り上げる声が出ない。
どうしよう。何も。何も、見つからない。続ける言葉が、上手く見つからない。
ネイビスの横顔を見ても、火に照らされる彼の表情が読み取れなくて、彼が何を考えているのか、どうしてその言葉を言ったのか、何一つ分からなくて――ティナは、そっと、気付かれぬよう彼に背を向けた。

アリシアさんは、過去を断ち切っているから――だから、あなたを受け入れた?
亡き人との愛を証明するものが、セトがいるから、だから安心して、過去を過去として見つめていられる?


――ベッド脇の窓を見上げる。
少しだけ、空が明るい。それは太陽ではなく銀肌の月光の所為。
満天の星と月明かりだけが森を見下ろし、いつの間にか夜は更けていて、段々小屋の中も涼しさが増してきた。
ティナはシーツの中で体を抱きしめる。
そのシーツの中で膝を抱え、俯いて目を瞑る。だが、悪寒は増すだけだ。
川の冷たい水は、思うより、彼女の体力を奪っていた。

具合が悪い。胸の奥もぐちゃぐちゃで、少しだけ、息が苦しい。

「寒いのか?」

ネイビスの声に、ティナは首を振った。
違う。違います。
ティナは俯いたまま、くぐもった声でそう答える。

「体を痛めているんだ、もう横になれ」

熱があるかもしれない、そう言って、一つしかないベッドにティナを寝かせようと、ネイビスは彼女の背を押した。
けれども、良いです、大丈夫、そう言ってティナはその場を動こうとしない。
彼女の背は震えていた。
眠くは無くて、でも、落ち着いた思考が出来なくて、ティナは固く目を瞑る。
色んな事がぐるぐる、ぐるぐると、頭の中を何度も回っては彼女の精神を削っていった。

もう、考えたくない。体も、心も、限界だ。

「ティナ」
「……やめて、名前を、呼ばないで」
「此方を向け」
「――いや!」

シーツの上から腕を掴むネイビスを振り切ろうとティナは混乱したよう激しく拒んだ。

「いや、もう、構わないでっ」
「ティナ」
「やめて、お願い、名前を呼ばないで……!」

ネイビスの腕を無理に振り切ろうと、ティナは暴れる。
シーツから覗いた自分の手に、ティナは、ふと、暖炉に照らされ眩しい銀の指輪が目に入った。

「……っ、」

ティナは朦朧としながら、咄嗟に、その輪を小指から外そうとする。

「何をしている」
「――もう良いの、私は、」
「落ち着け、ティナ」
「ずっと、私だけ、」

熱に魘され辛そうに叫ぶティナを、黙って、ネイビスは見た。

「ずっと、私だけ……っ、私だけが、追いかけて、これだって、全然、セトと違って、私には、何の証明にもならなくて――私が勝手に貰って、一人でずっと大事にしてるだけで、……わたし、……わたし、」

ティナは、消え入りそうな声で呟いた。

だから――でも、言いたい事は、そんな事じゃなくて、
それでも、例えこれが何の証にならなくても、ならなくたって、

わたしは、例え、そうであっても――


「――それでも――私、……私は……ソルディスが、好きなの――」


言った途端、彼女の細い手は強く掴まれた。

熱と、だるさと、突然の事で避けようの無いその力に、ティナは何も出来ぬまま、力ずくで引き寄せられて――顔を上げて、何か言おうと、思考を巡らすその前に――

強引に。
それでも、静かに、深く、ティナは唇を塞がれた。

「……――っ……、」

いきなりの事に、ティナは、思わず彼の体を押して抵抗するが、その手も掴み取られて、彼女は、ネイビスの口付けを甘んじて受け入れてしまうしかなかった。
深く、強引で――それでも優しく貪られる唇に、ティナは、苦しさを覚えて、でも、背に廻された腕に、人の温かを感じながら、体の力をふっと抜く。

ネイビスは、そうしてようやく大人しくなったティナの薄桃色の唇をそっと解放して、耳元で呟いた。


「俺が与えた物を、簡単に外そうとするな」


――え……、
ティナは、ネイビスの腕の中で、彼を見上げて、暫く、ぼーっと考えると、「――記憶……!」気付いたように声をあげた。

「き、記憶、戻って」
「違う」

首を振るネイビス。「まだ、一つも記憶は戻っていない」

「じゃ、じゃあ、何……なんで、指輪、……え?」

全然意味が分からなくて、でも、今された口付けは本当で、指輪の事も知っていて――ティナは正しく混乱に陥って何も言葉が上手く言えていない。


彼は、ポケットの奥を探った。
そこから、一つ、首飾り――ティナにはそう見えた――を取り出して、彼女に差し出す。
ティナは首を傾げた。揺らめく炎に照らされた、それを、そっとネイビスの手から受け取る。
受け取って、その後の言葉を無くした。

「…………、これ……」

ティナは、呟いた。

細い、丁寧にカットされたチェーンに、そこに通されて、彼女の小さな掌の上で、彼女に物言いたげに光っているそれは、

「……指輪――」

震える声で呟いた。
それは、紛れも無く、銀で細工された指輪で、ティナの為に作られたものより一回り大きく、それでも、装飾は殆ど似通っていて――

私のと、同じ……お揃いの、指輪。

「どうやら、」ネイビスは苦笑した。「どうやら俺は、相当捻くれた男だったみたいだ」

ティナの頭に、そっと手をやった。

「目を覚ました時、アリシアから渡された。傷を負って流れ着いた俺の首にかかっていたらしい――ずっと身に着けていたんだろうな、それを、俺は君に隠し続けていたみたいだが」

――ティナは、呆然として、本当に放心状態になって、ただ黙って、掌の上のリングを見つめた。
(嘘、)
その言葉しか、出てこない。
嘘、だって、彼は、こういうの凄く嫌いで、指輪なんて絶対一緒の持ちたくなくて、だから、私が拗ねて仕方が無いから、しょうがなく、一つだけ細工師に作ってもらって――
ティナは、その指輪を指で挟み持って、輪裏を見た。
ロズ・レ・デイナ――その言葉だって、紛れも無く刻まれている。

もう、何が何だか、驚きばかりでどうしようもなく、ティナはぼうっとネイビスを見上げ返した。

「……じゃあ、……」
「君の指輪を見た時、直ぐに気付いた。君から何か言い出すかと思ったが、どういう訳か他人の振りを続けるから――俺も、何も言わなかったが」

――その前に、あんなに泣きそうな顔で、初対面の人間を見つめるもんじゃない。

彼の言葉をティナは、全てを信じられない様子で、一つ一つ理解していく。

「全部……初め、から、……ネイビス、は」
「――ティナ」

彼女の頬を、そっと撫ぜながら、彼は、言った。

「そろそろ、“俺の名前”を呼んでくれないか」


――嗚呼、その、許准の言葉は、何より望んでいた筈なのに。

名も呼べず、気付けば、ティナは、泣いていた。
初めて、彼の前で涙を流した。
頬を、顎を伝うそれに、自分で気付いても、もう、止める事は出来なかった。
ネイビスの指に拭われて、それでも溢れる涙の流れに、彼女は、もう、何もかもを止められない。

ティナは、手を伸ばした。
強く彼に抱きついて、縋りついて、そうして漸く彼の名を呟いた。

二度と呼べない筈だった、その人の名を。

誰よりも恋しくて、誰よりも、望んでいる、愛しくて仕方ないその人の名を。






















体が熱くて、それが、暑さの所為か、熱の所為か――触れる、ソルディスの肌の所為か、それすらもティナには分からなかった。

いっぱい言いたい事があって、まだ、伝えたい事も、聞きたい事も沢山沢山残っていて、でも、言葉にする前にそれは彼の口付けに消されていく。

暖炉の火が、消えかかっていた彼の肩の傷を照らして、ティナはそこにそっと触れた。
ソルディス、ごめんね、これ、私の所為なの――
言ったティナに返す様、彼はティナの右腕に浮かんだ痣をそっと触れた。
なら、お前のこの傷は、俺の所為だ。
揃いだな、そう言いながら、涙の跡を唇で伝うソルディスは、そのまま彼女の首筋に口付けた。

ティナは、そっと目を瞑る。



今だけ、お願い、今だけは――貴方の腕の中で、心地よさだけ感じていたい。




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