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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第三章 †枯槁と花果†

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「――それで、喧嘩して戻ってきた訳?」

ニルは笑いながら肩を竦めた。「それで、可哀想な姫君様は、自分が言ったことやった事を今更ながらに思い出して顔から火が吹く思いで死にそうになってベッドに突っ伏していると、そういう訳ね」

目の前のベッドはぽこんと小さく盛り上がって小高い丘を作っている。
シーツの中で誰かさんが蹲っているのは一目瞭然で、横を見れば、人形をなした黒馬の彼は呆れて物も言えていない。
領主に向かって常々暴言を吐く女性は、後にも先にも貴方だけだ――
そう彼に言われてしまっては、ティナも会わせる顔が無いに決まってる。

「でもまぁ、ね。記憶が無くたって、あの子もあの子で怒りっぽいのね」

ニルはどこかしら嬉しそうに言うが、当のティナにとってはそんな笑ってられる心境ではない。寧ろこれは失態だ。記憶が無く己の事を忘れた男に対して、好印象を抱かせるどころか気に障る行為をとってしまった自分の愚かさは、嗚呼、言葉にするにもしきれまい。

「喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない」
「そんな、可愛いらしいものじゃ……」

ティナはようやくシーツの下からくぐもった声を出した。

「……ソル、本当に、呆れていたもの」

ティナは大きく溜息をついた。
上下する小高い丘の中で胎児のように蹲るティナはめっきり子供、二人の大人に見守られながら自己反省を繰り返す。

「素直に謝れば良いのでは?」
「怖くてそんな事今更出来ない……」

その怖い相手に暴言吐いたのはどこの誰だ。
グロチウスは呆れてそれ以上何も物言わず、ふと、廊下から聞えた近付く足音に振り向いた。

グロチウスは目を細める。
彼が、聞き間違える筈は無い。だって、彼は、この人の下で何年も何年も仕えて来て、足音なんて、平生日々何度も繰り返し意識せざるをえないもので、ほら、その歩き方には迷いなんてものが全く無い事も知っている。

「――夕食の時間だ」

ネイビスの声。
扉の向こうから聞えた声にピクリと跳ねる小高いシーツの山を微笑ましく見下ろしながら、ニルは、分かったすぐに行くわと平生変わらぬ調子で返事を返した。
ソルディスが食事の時刻を告げるなど、城では到底考えられなかった状況を、ニルはどこかしら楽しんでいる。

「ねぇティナ。隠れたって仕方ないわ。寧ろ悪いのはお前だっていうつもりでドンと構えないとあの子には勝てないわよ」
「か、勝たなくて良い……」
「もう、打ちのめすつもりで行かなくてどうするの」

クスクス笑ってニルはぽっこり盛り上がった丘を撫でた。
布団に包まる子犬を愛でるようそっと撫ぜるニルは、暫くそうしたあと、そっとシーツを捲り上げる。

もう駄目、そう呟くティナは髪を乱して突っ伏したまま、ニルを見上げる事も出来ない。
具合が悪いから寝込んでる、そう言ってくれと言おうとした途端、ティナのお腹は正直に悲鳴を上げた。

「お腹空いてるんでしょ?」

昼ごはん食べなかったものね、ニルは苦笑してティナの腕をそっと引いた。

うぅ……と小さな唸りをあげてすっかり参った顔をしながらも、ティナはのっそり起き上がって己の髪を整える。

アリシアさんとセトは何も知らない。
お昼はお昼で遊び疲れたとか何とか嘘を言ったけど、流石の彼女も心配するに決まっているし、それより何より……お腹がすいた。

空腹でふらつくティナを見、グロチウスは溜息をついてその体を支えてやる。

「あ、グロっち……ありがとう」

うん、この状況でその呼称は如何なるものか。
カワイイあだ名が付いてよかったわねと笑うニルを他所に、グロチウスは苦い顔をするしかなかった。


















「あら、具合はもう大丈夫?」

案の定(空腹のせいで)顔色が優れぬティナの元に慌てて駆け寄り、アリシアはその頬に手を当てた。

「セトがいっぱい連れ回したせいね。ごめんなさい、あの子、ずっと貴方と一緒に居たがってはしゃいじゃって」

違う、セトのせいじゃない。
そう笑って首を振るティナは、ふと、アリシアの後方で食卓に皿を並べるネイビスに目をやった。

途端、合う視線と視線。

――なら、俺の所為か?

そうだ貴方の所為だと言わんばかりのタイミングではっと合ってしまった互いの視線に、ティナはギャッと叫び声を上げそうになりながら気まずく視線をそっと逸らした。
そんな二人の状況に気付かぬアリシアは、にっこり笑う。

「お腹、空いたでしょう。今日は美味しいお肉と木の実があるから、格段にご馳走なの」
「僕も手伝ったの」

ひょこっとアリシアの足元から顔を出すセトを見、ティナはぱっと顔を明るくした。

「セト。ごめんね、お姉ちゃんずっと寝てて」
「ううん、いいの」

セトはティナの手を引き食卓へと導く。

あ、ネイビス。睨んでる睨んでる……。

ティナは彼と再び目が合うと、ぎこちなく、あはっと笑いかけた。

「……」

(――無視!?)

ほらやっぱり怒ってる……。
ティナはニルとグロチウスを振り返るが、ニルはニルで拳をぎゅっと握りながら頑張れコールを寄越すばかりで、グロチウスは、それが当然の結果でしょうと諦めを促す視線を寄越すのみ。

為す術無しのティナはそのまま微妙な笑顔を称え、大人しく食卓の座についた。

「あ、ほ、ほら、グロっちも座――」
「飲み物は?」

被った。

微妙にネイビスの台詞に被せたと言えなくも無いティナの言葉は半端に途切れ、思わずあっと小さく声をあげながらネイビスの方を見上げる。

「……え、あの、何……」
「飲み物は何にする、と」
「(苛立ってらっしゃる!)……あ、と。じゃあ、ミルクを」

えへへと笑って見るものの、氷点下のその視線は温かみを復活させる事が無い。
こりゃ完全に軽蔑されてる。
ティナは困り果てながら、気まずそうに悩むしか出来ず、流石にちょっとムッとした視線を彼に送る。(ちょっと強気に出れば怯むかなー)そんな軽い考えの姫様は、しかしながら、それでも冷たく細められたネイビスの視線に逆に怯んだり脅えたりする。

「……」
「……」
「……な、なんですか」
「君が何だ」

はうっ……
ティナは閉口するが、直ぐに気を取り直して、アリシアやセトに聞えぬよう、

(あ、貴方が睨んでくるから、)
「俺が?」
(……声大きい……っ)

抑えて抑えて。
手で制しながらネイビスを宥めて、「もしかして、今朝の事まだ根に持って……」

ガタン。
ビクッ、

ネイビスが起す行動一つ一つに脅えるよう、ちょっと彼の肘が棚に触れただけでティナは過剰に体を震わす。
嗚呼、この子は本当に馬鹿なんだ、そう言わんばかりの視線を降り掛け、ネイビスはその後もう何も言わずに食事の準備を続けていった。

これでは、本当の本当に喧嘩状態。
ティナは深く溜息をついて頭に手を当てた。

「――頭痛でも?」

姫君の顔を覗き込むグロチウスに、

「グロッちは優しいわね」

言って、ぱっと顔を上げた途端再びネイビスと視線が合ってしまったのは不運としか言いようが無い。(いや、別に貴方が優しくないって事じゃなくて……!)

「あの……」
「……」
「あのー…」
「……」
「あ、あの、ネイビスさん……?」

無視。
ネイビスは何も言わぬまま皿を並べ終えるとティナに背を向け再びアリシアの手伝いに行ってしまい、彼女の方を振り返ろうともしない。

――おしまいだ。

ティナはがっくり項垂れると顔を手で覆う。
話せば話すほどネイビスとの間柄は悪くなる一方で、話さなければ話さないで二人の溝は深くなったままの状態で、ティナはもうどうしようもない。
ふと見れば、食事を盛り付けるアリシアは、親しげに、柵もなくネイビスと話していて、また、ティナは、お似合いだと、そんな事を思った。

私が子供なのかな。
私が、あまりにも、ダメなのかな。

(もう、遅いのかな)

そうして考え込んでるうちに、ようやく夕食の用意が整いアリシアもセトも皆が席について、祈りを終わらせ、静かな食事の時間が始まる。
ティナとネイビスの口論を知らないアリシアはのほほんとした雰囲気でパンを千切りながらティナの体の不調を気にかけ、ティナもそれに笑顔で応える。
体調って言うか気分が悪いだけなんですけどね、何て言ったらおしまいだけれど、思わず言いたくもなる――ネイビスとの間にある絶対零度の屈強な壁は永劫崩れる様子が無くて、ネイビスの所作一つ一つにティナは脅えビクリと反応してしまい、その度に彼の冷たい視線と交わりぶつかる。

何だか美味しいはずのスープも殆ど味がしなくて、ミルクも無味で、セトの言葉にもうわ言の様な返事しか返せず、ティナは参った。

ソルディスの記憶が無いだけならまだしも、そんな彼と険悪になるなんて、こんなの、望んでた事じゃない。性格の不一致が為す事だといえばそれまでだけど、それはそれで自覚してしまえば、自分と彼との差異が深まり辛さは増すだけ。

ティナは、空腹だけれど食欲が湧かず、顔も伏しがちになって、傍から見ても明らかに調子が晴れない様子で、アリシアは不安そうにティナの顔を覗き込んだ。

「大丈夫?お部屋、戻る?」
「――いえ、あの、大丈夫……」
「ティナ、部屋で寝ていても良いのよ」

流石のニルも不安になり、優しくティナに休息を促す。

「ん、……ちょっと……気持ち悪い……」

もう、駄目だ。眩暈の様な体のふらつきが襲ってきて、ティナは、大人しく彼等の言う事に従って、部屋に戻ろうと席を立つが、ぐらつくその体を支えるようグロチウスも立って、彼女の背に手を添える。

「パン、取って置くから。体の調子が戻ったらいつでも降りて来て食べ――」


アリシアが言ったその時、彼女の言葉に重なるよう、玄関で、呼び出しの鐘がなる。
こんな時間に、客人が?
食卓まで響いたその音にアリシアは首を傾げて、ティナの様子を気遣いながら玄関へと足を進めた。



「ティナ、様。お体は――」
「ちょ、っと……ぐらぐらするだけ。すぐ、治る」

ごめん、ありがとう、そう言ってティナはグロチウスに笑いかけるが、その顔は白く蒼い。
廊下に歩き出して、借り部屋へ続く階段を上ろうとした、瞬間――


悲鳴。

短く、何かに驚嘆したかのような声に、その、アリシアの声に、ティナとグロチウスは思わず顔を見合わせる。

「グロッち、玄関!」

あの。貴方の具合は――とグロチウスが制する間もなく、ティナは玄関へ向かって小走りに駆ける。
後ろからは、ニルや、セトが動揺する声。


「アリシアさん!」声をあげる。「アリシアさん、大丈――」


言いかけて、ティナは、玄関で、はたと止まった。

口に手を当て、驚いたように目を見開くアリシア。
信じられない、そう言いたげに口を閉ざす彼女の後ろで、ティナは――ティナもまた、声を出す事も忘れ、はっと“彼”の姿に見入った。


黒の瞳に、黒の髪。
深く濃いインクブルーの外套を身に纏い、嗚呼、あれと等しく絶対零度の空気を身に纏った男は、紛れもなく其処に立つ。

恐らく彼は、彼女が、今、この世で最も会いたくて、そして――最も会ってはいけない筈の人。


クロムセリア・ジェノファリス。


映身たるその男は、蒼ざめた顔の姫君の向こう、無表情で立ち尽くした兄君に、不敵な笑みを投げかける。



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