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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第三章 †枯槁と花果†

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時の流れとは無情と言われ、事実ティナにとって堰き止める術の無いそれは非常に残酷なものだった。
例え世界がどんな転変地異に襲われようと常に変わらず動くのは、時間。季節。全ての景色。
うっとおしい嵐の時期は過ぎ、暑い季節が訪れていた。日が昇れば熱い太陽が天を舞い、日が落ちれば蟲が夜闇を謳歌する歌声が響き渡る。

(一ヶ月と、ちょっとか)

ティナは食堂でナイフとフォークを動かしながら、ぼんやり考えた。
空の御座はそのまんま。主が居ぬまま静かに食事を進めていくこの情景にも慣れたと言えば慣れたかも知れない――ただ、胸の痛みは疼き続けたままである。

その姫君の向かい側に座るのが不在の領主の姉であり、彼女にとっても弟君の失踪は実に心落ち着かぬもので、事実一ヶ月経っても何の音沙汰も無いこの状況に頭を悩ませていた。

死んでる訳じゃないだろうけど、

ニルははっきりとそう思う。
何故かと問われても明瞭な答えは出ない。言わば、彼女の勘という奴だ(しかしコレが結構当たる)。領主の職務はソルディスの片割たるもう一人の弟君が手を貸すおかげで問題なく事進み、城下の民にはこの異常とも言える事態を上手く隠蔽するに至っている。
だが、ニルは溜息を付く。
本当に頭を悩ませるのは、ソルディスが残していった仕事でも無く、城下への隠蔽でもない。
姫君だ。
一月半前と比べて明らかに食が細くなった上明瞭に痛々しい笑顔を浮かべるようになったティナは、日に日に衰弱していくように思えた。目に見えぬ病。まさに、気の病である。
ティナは泣かない。
ティナは気を壊さない。
だからこそ、怖い。

今の彼女は水辺に薄く張られた氷膜の上へ立っているようなもので、ほんの少しバランスを崩したり衝動を与えるだけで瞬く間に引き摺り上げる事のできぬ薄暗い水底へ沈んでいきそうな、まさにそんな状態であった。

されど慰めも紙一重。
こんな状況だからと言って、ニルは、クロムセリアとティナを下手に会わせる事はしなかった。
今のティナにとって、ソルディスの映身である彼との邂逅は思うより刺激が強く、ともすれば今以上の情緒の不安定を齎す可能性を否定できない。彼はティナの想う領主と姿を分かち合った存在、疎まれし双生。
ソルディスが帰還した際に、更なる喧騒を引き起こすのだけは真っ平御免なのである。

嗚呼、しかし、そんな禁じ手にさえ頼りたくなる。
それほどに、姫君の生気は儚い。

「――ニル姉」

ふと、彼女がフォークを止めた。
どうしたの。優しくそう問い返せば、

「今日のお肉、美味しいね」

そう、静かに微笑んだ。
(お願い。無理して笑わないで、)
咽喉まで出かかったニルの言葉は、悲しげな笑みへと代わる。














部屋に帰っても何処へ行っても、想うのは彼の事ばかりであったから、結局ティナは長い廊下を何する事もなく歩き続けた。城の中でまだ見ぬ色んな道を歩き、時折、自室に戻って本を読む。読んだ本は増えたけれど、その内容は覚えていない。

体調を考慮する義姉の計らいで勉学の時間が減った。城外へも出なくなった。
何がこの状況を生み出すかと問えば、それは、全てがソルディスの不在だった。
変化した環境が、逆に彼が居ないという非日常を際立たせる。

ソルディス、今、どこに居るの。
生きているの。どこかで体を休めているの。
それとも、嗚呼、考えたくもない、貴方はもう、

ふと、自分の顔が曇っている事に気付いて、ティナは敢えて顔をあげた。
ティナは無理して笑うという状況に慣れていた。慣れねばならぬ人生だった。
暗闇の過去。家族の喪失。急なる婚姻。予期せぬ隣国からの侵略。
――そしてソルディスの失踪。

笑顔は、癖だ。癖の様なものだから治しようが無いし、ティナが意識をして覚えた事でも無い。 思い切り誰かに縋りついて泣けたら、それはそれでとても気持ちが良い事かもしれない。でも泣かない。いや、違う。泣けない。

姫様、泣いても宜しいのですよ、涙目でそう言ったリィネにティナは笑った。

私がここで泣いたら、ソルディスは本当に帰ってこない気がするもの。ねぇ、きっと、疲れて帰ってくるのよ。笑顔で迎えなきゃいけないじゃない?

あの人は、明日には帰ってくる。
明日には。明日には――
(その“明日”はいつ来るのだろう、)


ティナは、ソルディスが居ない間、考える事が無いので、ふと、入室を禁じられた部屋の事を思ったりした。(結局まだ、あの肖像画の女の人の話、聞いてない。ああ、でも、私が聞かないって言ったんだっけ。そうね。そうだよね。ソルディスも、隠したい過去はあるのよね。――喧嘩した事も懐かしく思うくらい、月日は過ぎていくばかりなのにね、ソルディス)

勉学の時間が減ったから、以前ソルディスから貰った銀装飾の指輪の彫文字について調べてもみた。
ロズ・レ・デイナって、どういう意味?それをニルに聞いてもロドメに聞いても笑いながら自分で調べてみろと促すだけで、答えは教えてもらえない。仕方無しに古語たる単語を調べると、ロズは喪失、デイナは死を意味し、それらが即ち同等であるという事が分かっただけで、だからって一体ロズ・レ・デイナって何なのだと脳味噌が沸騰しかけて結局それ以来文献を閉じている。

ロズ・レ・デイナ――“喪失、即ち死”――
あれもしかしてこれって呪いの指輪なのかなとかふざけて思ったりもしたが、ティナは、(それでも良い、だって、ソルディスがくれたんだから。)、と訳の分からぬ結論に達したままそれ以上思考を止めた。


ソルディスがいない生活が続けば彼女の中の空虚は増すばかりで、それを解消する手立ては無い。

ティナはふと廊下で立ち止まった。
――ソルディスは直に戻ってくる。戻ってくるのだ。絶対に、帰ってくる。

そう唱えなければ、今すぐにでも、何かが壊れそうな気がして、




「――姫様!」


後方からの声に振り向いた。
何事かと思えば、リィネが、脇目も振らず此方へ走り寄ってきて、肩で大きく息をしながら、ティナの両手をギュッと握り締める。

「……姫、様、……姫様!」
「どうしたの、ね、落ち着いて――」

ティナの言葉が終わるのをまたず、リィネは息の上がった声で言う。

「姫様、領主様が見つかりました!」














ソルディス、ソルディス、
良かった、生きてた、ソルディス、ソルディス――

長いドレスの裾を強く握り締めながら走る廊下は何時もより長くどこまでも続く様感じられ、ティナは先へ先へと急いだ。踏み出される足は無意識に一階へ向かい、平生ニルやロドメが立ち話をする大廊下へと近付いていく。
(ソルディス、……!)
ティナは息を切らし髪を乱しながら走り、ようやくその場へ踏み入れようと、もう一歩、足を出し――


「――困ったわね」

聞えた義姉の言葉に、反射的に足を止めた。
そこに居るのは、ニル、アヴァス、人を為したグロチウス、そして少し離れてロドメの姿。

「本当、問題は次から次へ、ね」
「領主様が見つかっただけでも、良しと考えりゃあマシですがねェ」
「見つかったは見つかったけど、それじゃあ死人と変わらないわ」

その言葉に、ティナは思わずニルへ駆け寄り腕を掴んだ。

「ソルディスは!」
「……っ、ティナ」
「ソルディスは、し、死んだの?それとも、怪我してるの?ねぇ、ニル姉、教えて、お願い」
「落ち着いてティナ」

ティナの頬に手をそっと当てながら、ニルは眉を顰めた。

「ソルディスは見つかったわ。そして、生きてる。それだけは確かよ」
「何処に居るの?会いたい、ソルディスは、どこで」
「……今会っても、辛いだけかもしれないわ」

それでも、行かなきゃいけないけど。そう言い、ニルはどうしようもなさ気に溜息をついた。
(それは、どういう――)ティナが目を丸くしたまま訳も分からず混乱していると、ニルは彼女の頭に手を置きながらアヴァスの方を向いて、

「どこだったかしら、場所は」
「それ程遠くじゃ御座りません。ありゃ、丁度モロゾナの領地内でさぁ。人里は離れてますがね。数時間もありゃ日が落ちる頃にゃ馬車で着きますぜ」
「他に、何人?」
「領主様と、どこぞの姉さん。それと小さなガキんちょが一人いましたぜぃ」
「長閑ねぇ」

皮肉めいた笑いを浮かべるニルとアヴァスの会話がさっぱり飲み込めず、ティナは再びニルの腕を掴み返した。

「……どういうこと?」

ただ一人、何も知らぬティナを見下ろし、

「会っても、もう以前のソルディスとは違うわ」

義姉は気の毒そうに首を振るしか出来なかった。


「あの子は今、自分の記憶を失っているのよ」




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