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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第一章 †夜に昇る宴†

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――不意に、部屋の中にノックの音が響いた。

「ティナ様、起きていらっしゃるでしょうか」

その声に、頭の中が一層冴える。

「どうぞ」

寝巻きを整えながらそう言えば、視線の先の扉が、ギィと音を立ててゆっくりと開いた。

開いた扉の向こうには、しっかりとした面持ちで立っている、初老の男性。
最近はその黒髪に、白い物が混じってきたと思う。
厳しくて、恐くて、いつも難しい顔をしていて――それでも、私の右腕として欠かす事の出来ない存在。
彼は胸に手を掲げて敬礼をすると、失礼しますと呟いて部屋に一歩入った。

「お早うございます。ティナ様」

カステル・ジニア。
我が国が誇る敏腕大臣。
その彼が、お付きの侍女の如く、早朝一番に私の元へ直々にやってきた。

「お早うカステル。もう、朝食の時間?」
「いいえ。ですが――残り暫くの間、私が毎朝ご挨拶に伺うと仰いましたでしょう」

(……あぁ、)

「そうだった――」

昨日今日に、彼と交わしたはずの約束が、まるで昔の事のように懐かしい。

彼は私の方を向いたまま何も言わない。
私もまた、言葉を仕舞い込む。

そうして、貴重な朝は、どんどん過ぎては終えていってしまう。
私はその無情な時の流れに、ただこの身を任せて流されてゆくのみなのである。


-------------------------




『ティナ様――貴方は、自身の与り知らぬところで婚姻が結ばれているのです』



それが、数日前に、他でもないこの愛する臣下からさらりと告げられた事実だった。

相手は隣国の王子様でも、遥か彼方遠国の王子様でも何でも無い。

さらに言えば、それは見ず知らずの他人どころか――人間ですらないと言うのだ!


すなわち、『魔族』。


空想上の生き物と結婚しろ!?そんな話って本当にある!?
馬やら虫やらと結婚しろと言われたほうが、まだ現実味があるってものでしょう!
これこそまさに天変地異。私がパニックに陥ったのは、語るまでも無いだろう。

ちなみに、私の両親は夫婦共々れっきとした人間だ。
気性穏やかで、おっとりとした性格の父上。
厳しく、しっかりものだった母上。
そしてその間に生まれた、優しい兄。

いつかは兄がこの国を引き継いで、民を守って行ってくれるんだろうと。
そして私は、何処かの見知らぬ王族に嫁いで、穏やかに暮らしていくのだろうと。

ずっと、ずっと、そう思っていた。

そんな父上や母上、兄上がいなくなってしまったこの状況でも、この先どこかの王族と養子を組み、夫婦二人でこの国を支えていくのだろうと。

ずっと、ずっと、そう思っていた。


それが、突如明かされた「魔族との結婚」。

少なくとも15歳から結婚が認められているこの国において、婚姻自体はとりたてて不思議のない話ではある。
うん、まぁ、……婚姻事態、は。

記憶にまだ浅い、とある夕食の折。
重い口で“それ”を伝えてきたカステル・ジニア。彼の口から、次から次へと飛び出す「魔族との婚約話」を、私はずぅっと呆けた頭で聞いていた。


――“魔族”。

大抵の人間とって、それは作り話の中の生き物に過ぎないもの。
人間にとって魔族とは、神話の中の神様とか、妖怪とか。
そういう類と同じ存在。

そんな魔族について、唯一具体的な記述があるのが、『新神文書』という書本であるが、実際には誰が書いたかは明らかになっていないし、中身に信憑性の欠片も無い。この本を崇拝する奇妙な宗教もあるけれど――

結局“魔族”なんて、普通は絵本や何かで存在を知ったり、歴史のお勉強でうっすら習ったりという程度のものである。かくいう私も勉学の時間に「うっすらと」習って、魔族ってこういう生き物なんだと思っていた程度。

だから、私は今も、到底信じられない。
魔族の実在など、文書の世界の中だけの話。御伽噺の中だけの話。
あんなに堅物で真面目で武芸一筋のカステル・ジニアが真顔で話した所で、実感なんて湧いて来ない訳なのだ。


――ただ、「魔族なんて冗談でしょう?」と簡単に笑って済ませられない理由が確かにあるのも、この婚姻の難しいところであって。

作り物のはずの「魔族」に対する被害届が、実際に隣森で報告されているのである。

曰く。「森に遊びに行った娘が、魔族に攫われるのをみた」。
曰く。「野草を摘みに行った若者たちが、魔獣に食い殺されたところで発見された」。
エトセトラ・エトセトラ……。

そういう、存在しないはずの魔族に対してあやふやな危機感を持つ土地に国を位置しながら、追い討ちをかけるようにもたらされた……婚、約…話。

正直言って「隣森の奥に行って自殺してこい」と言われているようなもの。
こちとら、18年もの歳月を自殺の為に割いてきた訳じゃあない。


――勿論こんなふわふわした婚姻話、承諾しなくても良いのなら、とっくにはっきりと無理と言っている。

でも、私には行かなければいけない理由がちゃんと存在するのだ。
私が「魔族」とやらに身を捧げなければいけない理由は、ただ一つ。

それは「国を守るため」。
交換条件と言うべきだろうか。

「人質として価値ある人間を差し出しますので、どうかどうか、聖レィセリオスの国民に危害は与えないでください!」という―――古いと言えば古い、しかしありがちな約束。

更に、そんな馬鹿みたいに思える約束を証明する“契約書”さえもが城内で大事に大事に保管されているというのだ!

もし。もしも。
カステル・ジニアの言うとおり、契約書が示すとおり――魔族が存在しているのなら。
そこへ嫁ぎにいくこの身は、そう、猛獣の檻に放りこまれるウサギ。
空腹真っ只中に差し出されるステーキ。
どうか死なないで、無事でいて下さいという方が無理な話。
こんにちわ地獄。さようなら私の18年間。

確かにここで「嫌だ」と首を振れば、私は他の真っ当な人間と婚姻を結び、一時の穏やかな生活を手に入れられるかもしれない。しかしすぐさま、私は元より国民さえもが魔に怯え、恐れおののき、その生活を壊滅させられる事態に追い込まれかねない。


魔族を、契約書を、夢物語だと一笑して、国を滅びに招いていくか。
カステルを信じ、契約書をもとにして、国の安寧を守っていくか。


事を告げられ、混乱の上に出された答えは、たった一つ。



「分かりました。身を犠牲にしてこそ王族です」


そう言った私は、果たして上手に笑えていただろうか。


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