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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第二章 †蒼き闇の双星†

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苦しいよ。

ねぇ、兄さま。体が痛いよ。
気持ちが悪いんだ、助けて、ここから出して、ねぇ、姉さま、兄さま、


父上が、僕を見てくれないんだ。
母上が、僕を見て泣くんだよ。


ねぇ、兄さま、

どうしてあなたは僕と同じ姿なのに、あなただけそうして上から見下ろすの、


























その意思は、永劫変わらぬ物なのか?
そう問いただす彼女の声は諦めを含んでおり、その心を再度確認するが為の問いと捉えるのが最適だろう。
蒼く白んだ部屋の隅で壁に寄り掛かりながらニルは窓際の彼に再度言葉を投げかけた。

「勝手に離縁して追い出すなんて性急ね。ティナがあんまりだわ」

苦笑する姉にソルディスは何も返さない。
一晩中眠らず、ずっとこうして窓の外を眺めているのだ――その瞳に何を映すのか、それは彼が知るのみで。

「見送りくらいしてあげたら」

それもきっと、不可能なことだと分かって言っているのだろう。
ニルは肌寒い朝の空気を払うようにカーディガンを羽織ながら、背を向けた彼が見つめる夜明けの城下をその場所から見た。
理由を聞いても物言わず。
さりとて、一貫して妥協を示さぬその態度。
強引にして独尊的と常日頃思っていたが、こんな事までしでかすとは――ニルは、我が弟ながらに溜息をついた。

「……夜が明けるわよ」
「それがどうした」
「良いの?もう会えないかも分からないのよ」

無知の姫君と己の片割を共に、この城から追い出す事を決めたのは、他ならぬ彼自身だと言うのに。
ニルは意味の無い問ばかりをしていると自覚していたが、昨晩の肉親同士の軋轢を見て見ぬ振りをやってのける程心情冷めてはいなかった。
だからこそ、ほとぼりが冷めたであろう早朝に彼の部屋を訪れ、こうして穏やかなる問責をしているのだ。

「クロムセリアは別としても、ティナには時間が無かった」ニルは言った「考える時間すら、与えられていなかったのよ」

流動に流されるままの幼い少女の心中、それを一体誰が堰き止める権利があろうだろう。
しかしながら、それを今の彼に言ったところで彼の意思が変わるわけでは必定無かった。

「ティナをあの子に与える理由は何?」
「理由が必要か」
「当然でしょう。ティナは正式に引き取ったレィセリオスの令嬢よ」

ニルは肩を竦めた。

「気紛れだ」
「気紛れで離縁されちゃ堪らないわよ」
「なら、酔狂とでも言っておこう」

ソルディスはゆっくり振り向いた。
まだほんの少し顔を覗かせるだけの暗い朝日に影を映して、笑みとも苦笑とも言えない表情が辛うじて読み取れた。ニルは目を細める。

「全てそうだったと思え。婚姻も、離縁も、全て」
「自分勝手ね」
「何とでも言え」
「貴方、ティナと一度だって面と向かって話した事あった?」

ニルが言えば、「まさか」と答えが返ってくる。

「そうね。貴方、そういう人だもの」ニルが笑った。「自分の感情を探るのが怖いんだわ」

「姉弟共にふざけた事を言う奴等だ」
「クロムにも言われたのね。でも、それは大事な事だと思わない?」
「あの女は、」

ソルディスは再び窓の外に目を向けた。

「予想以上に静寂を乱した」

それが何を意味するかはニルにとって聞き返すまでも無い事で、彼女は笑みを消すと、冷えた部屋の空気を吸った。
体の芯が冷える。痛みを増して冷えてくる。
それは、外的要因が全てじゃないとどこかで分かっているけれども――ニルは冷えた指先をきゅっと握った。

「全て、此方の都合じゃない」

それは自分にも言い聞かせるようで、

「あの子は何も知らないし記憶も殆ど消えていた。ティナがこの城に来た事で平穏が乱れることくらい、少しは予想できたはずじゃない」
「だが想定以上だった。それだけの事だ」
「それで、クロムセリアに押し付けるのね。ティナの意思は関係無しに」
「冷静になればあいつも離れで暮らす方が賢い選択だったと分かるだろう。あの男はティナを娶ろうと思っていた――それはティナも知っていた事だ」
「ティナはこの城に残りたいと言い続けるかもしれないじゃない」
「そんな気力も失せただろう」

改竄された史実。引き裂かれた肖像画。今は無きその令嬢佇む禁獄の様な部屋で乱暴を強いられ、挙句の果てに義弟諸共その手で死肉と化そうとされた。そんなティナの何処に、この城に居続けソルディスの伴侶として生き続ける理由があると言うのだろう?

ニルは首を振った。
違う、と、それは誤解だと首を振る。

「自分勝手よ。自分勝手だわ」
「だが決めた事だ。心変わりをする気は無い」
「どうしても?」
「どうしてもだ」

それを聞くと、ニルは溜息を付いて扉に手をかけた。
クロムセリアを見送る準備があるからと戸を開ける。
ロドメを呼んで来いというソルディスに返事をしながら、出て行きざまに「誰も責められないのね」と呟いた。
パタンと閉まる扉を見やると、ソルディスは、再び朝日に照らされる城下を見下ろす。

彼は、既に何も考えていなかった。
女の事で頭を煩わすなど、幾百年も前に葬った情動。
城主になったあの日から今日に到るまで、忘れていた衝動、激情――昨晩のあれは失態だったと思いつつも、しかしながらどこかで何かを昇華したような感覚に襲われていた。

――朝焼けが眩しい。部屋が、青から赤に染まっていく。

朝日に焼けた部屋が目に痛いのは、凡そ何年振りの事だろう。
あの時は、あの時こそ、部屋の赤は誰かの死肉と鮮血だった気がするけれども。






















「旦那、荷物は積みましたでさぁ」

嫌に陽気な男の声が庭樹の下に響いた。
真っ黒な衣服を身にまとった小男は、にんまりとした笑みを口端に浮かべてお辞儀をする。
インクブルーの外套を着込んだクロムセリアは、その腕に、ブランケットを纏ってすやすやと眠りに陥る姫君を抱いて用意された馬車に近付いた。
ティナは目覚めない。魔力も持たず、突然ソルディスに催眠を施された人間が数分そこらで目を覚ますはずも無い。身じろぎ一つせず数時間以上眠り続けている彼女が、あとどのくらいで目を覚ますか、それはクロムセリアにも分からぬ事だった。

「悪いなアヴァス」
「邸宅にお帰りになると聞いて、飛んで来ちまいました」

背中で、両翼がばさりとはためく。 クロムセリアと共に離れで暮らす陽気な執事は、主の帰還の知らせを聞いて遥々やってきたらしい。
とがった耳、鋭利な犬歯。猫背に丸まった背中は、それでも卑屈な様子は見られない。
老人とも若者とも似つかぬ顔を持つアヴァス――翼手族にしてクロムセリアを忠愛する僕。

「翼類は便利なもんだ」
「恐縮しますぜ、からかわんで下せぇ。――それで、其方のお嬢さんが」
「ああ。ティナ・ジェノファリスだ」
「ははぁ、これはまた、想像と違って偉く幼いことで」

実際、驚く彼の感想は的を得ているだろう。
勿論貴族社会では十四、五の年頃の女子が嫁ぎに出る事が一般的で、――魔族社会でそれは五、六百の年頃に相当するが――ティナは(王位継承の儀が重なったという事もあり)ややゆっくりとした嫁ぎである事は間違い無い。しかし、城下の魔族達とてアヴァス達とて、高々人間にして齢十八の女子を、畏れ多くもあのソルディス・ジェノファリスが身請けするなど想像も出来ない事だったのだ。そのような器量が人間の娘の何処に?穴が開くほど掘っても覗いてみたりしても、とてもじゃないがそんな器の女性など人間界に存在する事は考えられず、てっきりアヴァスは「正妻に娶る程の娘なら」と、もう少し聡明で大人びたイメージを勝手ながらティナ・ジェノファリスに当てはめていたのである。

「見た目に騙されるな。やるときはやる女だぞ?多分な」
「そうですかぃ。あっしはとてもそんな度胸のあるオナゴに見えませんで――おっと、口が出過ぎましたかね」

領主様に聞かれたら死刑ですなとケラケラ笑った。

「実際、掴みどころがあるようで無い娘だよ」

クロムセリアはそう言いながら、すやすや眠るティナを馬車の客室に乗せ入れた。
ベロア地の背もたれに静かに寄り掛からせ、彼はその隣に乗り込む。

早朝、城の者は眠りに就く者がまだ多い。
見送りは扉口で黙って此方を見つめているニル、彼女一人のみ。

――クロムセリアは上を見上げた。

誰も居ない筈の二階の廊下。
ふと、人影が過ぎったのは気のせいだっただろうか?

(あいつが、見送りする性分か)

思って、笑えた。
そんな感傷的なことをする奴じゃあ無かったな。

合図のベルを鳴らすと、アヴァスは馬車を走らせ出した。
がたり、ごとり、鈍く軋む音を立てながら馬車は進む。

項垂れた頭をクロムセリアの肩に預け闇に堕ちるティナだけが何も知らずに、この城を去っていく。
寝巻きのまま、防寒の為に白いブランケットだけをその身に纏って、部屋にあった荷物も適当に荷鞄に詰め込んだまま――性急も性急、余程昨晩の事が領主殿の気に障ったのだろうとクロムセリアは苦笑した。

「――俺も、やりすぎたかな」

予定狂いだ、そう呟きながらティナの淡いブロンドに指を通す。
柔らかく白い肌は、庭園に降り積もる新雪のようで、体温高いその小さな体を抱きしめたい衝動に思わず駆られる。

そう言えば、こうして誰かに身を預けられるなんて事が、今までにあっただろうか。
(――覚えて無いな)
例え、生を同じくして受けた双生の兄であったとしても、歳を違えた姉上だったとしても。
まだ目も開けられず言葉も喋れぬ赤子にとって、根拠無き忌み名をつけられそれに反抗するだけの力も無かった。

クロムセリアはティナの手をそっと握る。
彼女は、温かい。
彼女は、触れる者に温かさを与えるのだ。
その言動も、行動も、眼差しも、力を込めれば壊れそうな柔らかい体も、全てが。
この子が永遠に自分の傍に居てくれたら、それは何と心地の良い事だろうか?
しかしそれは今現実になろうとしている。
城を抜けて森の林道を走り抜け離れまで着いてしまえば、彼女が自力でここまで来る事は不可能に近くなるし、時が経つにつれ直に新居へ適応し城への郷愁も消えてしまう事だろう。

クロムセリアがその髪に口付けをすると、小さな声が彼女から漏れた。
恐らく離れに着く前に、彼女は目を覚ますだろう。
森の中、延々と馬車が駆け抜ける音を聞き、その目に見知らぬ景色を映しながら。

















執事は、ワインボトルの栓を馴れた手つきで抜いていく。
ボトルを傾けると流れ出し緩やかな曲線の底を華麗に浸していく赤のそれは、カーテンを閉め切った薄暗い部屋で怪しく揺れた。
ロドメは平生と寸分違わぬ穏やかな表情で、椅子に座り込み足を組む主の元へグラスを運ぶ。

「寝酒だ」、その一言で運ばせた年季物のワインボトル。
早朝なのにとんでもない事を言い出すこの男の言葉に、訝しげな表情一つ見せずに彼は命令を受けた。

「お食事もお運び致しましょうか」
「いや、良い。だがお前はここに居ろ」

ベッド脇の椅子を指差し、彼は命ずる。
いえいえ、旦那様と同じお部屋に座する訳にはいきますまいと老齢の執事は謙遜するが、それでも強固な命は退かない。

「お前も飲め。命令だ、断るんじゃないぞ」

そんな横暴な。
どこの執事が、主と共に席で酒を交わすというのだろうか。
だがソルディスはロドメの意思や態度など全くもって意に介さぬよう、もう一つのグラスに酒を注いだ。
グラスを二つ用意させたのは、ニルか誰かと杯を交わす為だと思っていたロドメは困ったように、しかし穏やかに笑って言う。「命で御座いますか」、それならばどうにも断るわけにもいくまいと。ロドメは大人しく言う事を聞き、傍らに椅子を引いてそこへ謙虚に座った。

「――お前は、昔から変わらない」ソルディスは咽喉に冷えた果実酒を通しながら言った。「だから、非常に気分が良い」

ロドメは白い髭を揺らしながら笑うと、

「旦那様も変わりません」
「そう見えるか」
「ええ、ちっとも変わりませんとも。千飛んで四十年前から、ちっとも変わっておりません」
「お前から見れば、俺もまだ子供と言う事か」

けして不快では無いように苦笑する。

「いいえ、旦那様は大人になられました。それでも生まれてから死ぬまで変わらぬ物もあるのです」
「お前もあるのか?」
「ありますとも。少なくとも、若い頃の自分には二度と戻ることは無いでしょうが」

実に楽しそうに微笑む。ソルディスはグラスを揺らしながらぼうっとした。
朝だというのに、部屋は暗い。全ての日光を遮り、部屋には彼ら二人きり。胃の中は空で、頭の中も無理矢理空にし、そのせいか体中が空虚だった。唯一体に流れ入る酒だけが、妙に現実的で、

「昔、勝手に酒を拝借して父上に怒られた」
「そんな事もありましたな」
「興味本位で、離れに行こうとした事も」
「そんな事もありましたな」
「あの時も、いつも――父上が死んだ時ですら、お前は動揺しなかったな。俺に逆上する事もなかった、……ああ、あの日の記憶は曖昧だが」

頭痛がする。
ソルディスは乱暴にグラスを置くと、深く椅子に沈んだ。

「あの夜、小屋で話した時の事を?」
「覚えておりますとも。ええ、それこそ鮮明に覚えております」
「永劫俺を裏切る事無く、常に傍にあり続ける事。その誓い、今も変わっていないだろうな」
「勿論ですとも。忘れたことなど、一日たりとも御座いません。ああ、あの頃若はまだ幼かった」
「お前を疎んでいた。あの父上の言いなりになる者に碌な奴なんか居ないと思っていたんだ」

ソルディスは舌打ちをする。「“父上”などと呼びたくもないな」そう一人で呟いた「何故お前はあの男の下にいた。お前なら、他にも居場所くらいあった筈だ」

「あの時私を受け入れてくださる器量を持っていたのが、あの方しかいらっしゃらなかったのです」
「お前も不幸な男だ。しかし、感謝はするべきかな――そのお陰で、今のお前がここに居る」

酒を酌み交わす事も無かっただろうとソルディスは笑った。
旦那様、お休みになられた方が宜しいですとロドメが促すが、ソルディスは彼のグラスにワインを足すと先を促した。まだ、朝は始まったばかりだと言う。吐き気と眩暈が渦を巻き絶望の如く襲ってくるまで飲み続けろと冗談めく主人に向かってロドメはにっこりと微笑むと、「それではお気の召すままに」、満たされた果実酒をさらりと一気に飲み干した。


















「ん……」

頭が、少し痛んだ気がした。
体が意思に反してぐらると揺れて、心なしか肌寒い。
まだ眠くて、体が重い。瞼が開かない。

誰かがゆっくり髪を梳く。
その優しい手つきに眠気を委ねたくなるものの、姿勢が姿勢、落ち着いて安眠に陥れる筈も無い。

ティナはゆっくりと目を開ける。

ぼんやりと薄暗い空間。体を支える、誰かの肩。
うっすら開いた目線で隣に座る人物を見やると、暗色の外套が目に飛び込んだ。

「……ソルディス……?」
「惜しいな。外れだ」

(誰……)
声、ソルディスなのに。誰?何でこんな所に座っているの?
変な姿勢で体は痛み、不規則な揺れに疲れを感じながら――

(…………?)

ティナはぱちりと目を開けた。

馬車の客室?
そう思って顔をあげると、カーテンを締め切り薄暗い室内で見慣れた顔が目に飛び込んだ。
(どっちだろう、)一瞬そう思ったが、下ろした髪に、片方には見られない穏やか過ぎるほどの笑みに、

「……クロムセリア……?」
「お早う御座います、お姫様」

クロムセリアはティナの手を取ると甲にそっと口付けをした。

「……?何、……ここ、」
「馬車だよ。君を、俺と一緒に離れに連れてく為の」
「?」

数秒置いて、ティナは目を見開いた。

「離れ?離れって……、あれ?……私、昨日……あの、何か、えっと、ソルディスとクロムが喧嘩して、……それから、私……?」
「錯乱しているようだな。君は、あの後ソルディスに眠らされて今の今までずっと寝ていた。もうすぐ昼の時刻になる」
「……はぁ」
「それで、これはソルディスから渡された物だ」

クロムセリアは懐から折りたたまれた紙を取り出した。
受け取ると、薄暗いながらもティナは目を凝らして読んでみる。

ぶつぶつ声に出しながら文面を読むティナが、短いその文章の最後の行と、右隅に走り書かれたサインを見た瞬間、僅かながら体が強張るのをクロムセリアは見逃さなかった。

「――」

ティナは、何も物言わず。
黙って、ずっとその文面を見続けた。

衝動的に泣き出すかとも思ったが、ティナは錯乱して泣きじゃくる事も、クロムセリアに掴みかかる事もしなかった。何度も何度もその内容を確認するよう目を通して、そうして彼女は、静かに手紙を折りたたんだ。

手が震えている。

クロムセリアはそっとティナの手を握った。
温かく柔らかい小さな手は、少し縋るように彼の手を握り返し、

「離縁、だって」

小さな声が室内に消えた。
クロムセリアは静かに溜息をつくと、慰めるよう空いた手でティナの頭を撫でる。

「君は、俺と離れで暮らすんだ」優しく言う、「悲しい思いはさせない。辛い思いも、不自由も、君には絶対、そんな思いはさせたりしない」

誓いの様な言葉に、ティナは目を瞑った。
握り返す彼の手は暖かい。込められる力も優しい、

実際、彼の隣に居る事はティナにとって心地が良かった。
それは、好きとか嫌いとか関係なくて、――いいや、もしかしたらこの人の事が好きなのかもしれない、そんな錯覚すら覚えそうな程、温い湯に体を浸らせるような甘い感覚を与えてくれる。

「クロムセリアは、私を離れに連れて行くの?」
「そうだ。ソルディスが、そうしろと言ったんだ」
「ソルディスが、」

そう、ソルディスが。
他でも無い彼がそれを望んだのだ、それに何の異論があると言うのだろう?

「ティナ、君は」

クロムセリアは言い諭すように、

「君は、ソルディスの傍に居るのが辛いんだろう」

大丈夫新しい生活には直に慣れる。
ジェノファリス城に来た時だって不安しかなかっただろう、今回も同じだ、大丈夫、
離れには執事も下女も下男も居る、あそこと何ら変わり無い、
いいや、むしろあの城に居た時よりもレィセリオスの親愛なる臣下達に会える機会も増えるだろう、

だから、気を静めることなんて無いんだ。


そういうとクロムセリアは笑った。「少し、脚色しすぎたかな?」

ティナは苦笑して、彼を見上げる。

「私、クロムセリアの事嫌いじゃいの」

だから、離れだって、何処だって、例え下男や下女が居なくたって、不安の方が大きくたって、不満なんか絶対言わない。大丈夫なの。

ティナは優しくそう言うと、小さく折りたたまれた離縁状を見た。

ねぇ、
と、クロムセリアに呟く。

「前はね、私が渡したのよ。ソルディスに、離婚しますって」

それは、祖国を守るためにやむを得ない選択だったのだけれども。
今回のそれとは、全然中身も質も違う物だったけれど、確かにティナはあの時彼と離縁した。
いや、しようとしていた。

「その時はね、全然違ったの」
「……何が?」
「実際に、離れた時の気持ちとか。何かこう、上手く言えないけど、」


言葉を濁しながらティナは、クロムセリアと繋いだままの手を少し強く握り返す。
クロムセリア、と、笑いを消した声を出し、

「――あなたに、聞きたい事があるの」

クロムセリアは一瞬押し黙る。
口調を変え見上げてくる彼女の瞳の緋を、それは燃えるような美しい緋を見つめ返しながら、

「何なりと」

彼の微笑む唇は弧を描いた。


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