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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第二章 †蒼き闇の双星†

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自室に入った途端、自然と溜息が出た。
呆れている訳では無い。疲れているのだ、今日は。

なのに、その疲れを増長する様に目の前の男は此方を見据え、寸分の隙も与えないと言わんばかりに扉口に立ち尽くしたままだった。

クロムセリア――領主殿の、映身とも言える弟。
平生浮かべる余裕の笑みの欠片すら無く、ただ黙って椅子に座り足を組むソルディスを見やる。
昨晩、全く寝ていないのだろう。珍しく皺になった服に、心なしか感じる顔色の悪さ。
考え事か何かは知らないが、思いつめたような表情である事に変わりは無い。

一体何の用なのだ。
用事があるならさっさとしろと、ソルディスは見つめ返す。



「――ティナを」ようやくクロムセリアが口を開いた。「ティナを、どう思っている」

唐突なその質問に、ソルディスは思わず鼻で笑う。

「お前に関係があるのか?」
「ある」

間髪を入れない即答だ。「なら、理由を」とソルディスが促せば、彼は知っているだろうといった皮肉な笑みを浮かべた。

「俺は――」

クロムセリアは扉に寄り掛かり、目を逸らして言った。

「俺は、ティナが欲しい」

率直なその言葉。
自分の意図を隠そうともしない彼の口調に、ソルディスは暫し黙った。
間を置いて、机の引き出しから煙管を取り出す。

煙管を吸うのは、冷静を要するときに行う彼の癖だ。
机上の燭台の灯を頂戴し、瞬く間に火のついた煙草の葉はゆったりと紫煙をあげる。

それを口にしながら、ソルディスは問い直した。

「その理由は」
「理由?理由なんて無い。欲しいから欲しいのさ」
「“俺の物”だからか?」

挑発するような口調に、クロムセリアは眉を顰めた。

「お前は昔から俺の物ばかり欲しがるな」
「それとこれとは話が別だ」
「何も変わらないさ。お前は」
「――ふざけるな」

クロムセリアの口調が変わる。

「何も変わらないのはアンタの方じゃないか」

クロムセリアは知らずのうちに手に力を入れ、今までに無く感情的になる。

「だから、ティナに何も教えちゃいないんだ」彼は続けた。「あの子は、何も知らずにここへ来て何も知らずにアンタに抱かれて何も知らずに毎日を過ごしていた。他人の俺から真実を聞かされて、自分からアンタの過去にまで触れて……分かるか?“何も知らされない事”がどんなに残酷で、どれだけそいつを苦しめるか――分からないだろうな、ソルディスは、だってアンタは」
「クロムセリア」
「その名前を呼ぶな!」

クロムセリアは叫ぶ。

「アンタは今まで通り俺を貶していれば良いんだよ!俺は、……」

一度黙ると、彼は、冷静を取り戻そうと大きく息を吸った。「……悪い、」と聞えるか聞えないかの声で言うと、額に手を当てながら呼吸を整える。

ソルディスは、紫煙と共にゆっくり一息吐いた。
決してクロムセリアが動揺するその様を馬鹿にする事無く、彼をただ見据える。
暫く考え込むように黙ると、ソルディスはようやく口を開き、

「ティナを手に入れてどうする」
「どうもこうもしない。離れに連れて行って一緒に暮らす。少なくともここに居て聖レィセリオスとト・ノドロのいざこざに巻き込まれるよりは幸せだ」
「嫌だ、と言ったら」

ソルディスは煙管を灰皿に強く叩きつけ、詰った灰を落とす。

「嫌なのか?」
「……さあな」
「知らん振りか」

クロムセリアは苦笑した。

「だからティナが可哀想だと言ってるんだ」
「あいつの何が分かる」
「分かるさ。俺は、あの子の気持ちが分かるんだ。多分誰よりも、ソルディスよりも。絶対に」
「――」
「だってそうだろう。俺もあの子も、望まれずに生まれ……いや違うな。それは違う。逆だ。生まれてきたからこそ望まれなかった存在、そう言った方が正しい。俺もティナもそういう存在だった」

日の当たらぬ場所。
呼んでも、呼んでも、誰も助けには来ない――あの永劫続くかと感じた暗闇の中。

思い出すだけで億劫になるその記憶を、哀れかな、幼い姫君はそれが己の脳に残っていることすら気付いていなかった。

「アンタの傍に居たらティナは不幸になる。そうは思わないのか?」
「関係無いな」
「ティナの幸せはさっぱり無視か」
「そういう事だ」

言い切るソルディスにクロムセリアは、

「ティナに惚れてるのか」

至って真面目に言い出した。

「――馬鹿げている」

ソルディスは言った。
彼は、そういう事を意識を持とうとしない男だった。
物心ついた時からそう――誰が好きで誰が嫌いか。女に惚れるだの、惚れないだの。そういう事は全て面倒で、意識の中から追い払う。
気が向いたら女を雇って後は用済み。一人の女性を長く城に置く事など従来では考えられず、彼自身、何故ティナ・クリスティーンという女をこんなに長く城へ居座らせ、正妻の地位を与えたのか良く分かっていなかった。
彼と同じ時を生き、彼を見続けてきたクロムセリアがその事に疑問を持たない筈も無い。

「そうでもなければ、ティナを手放さない理由が分からない。女に不自由もしない癖して正妻なんて」
「手放したくないから手放さない。ただそれだけだ。気紛れだと思え」
「気紛れ?気紛れでアンタは一人の人間をずっと手元に置くって言うのか。本当にそれでティナが幸せだと言い切れるのか?」
「幸せにするだのしないだの、俺にそんな意識は無い」
「じゃあ、何か。例え、ティナが俺を好きでも手放す気は無い……ティナがアンタを好きでも、幸せにする気は無い。つまりは、生き殺しか」
「理解しているじゃないか」
「そうして、飽きたら捨てるのか。今までの女の様に」
「そういう事だ」
「……大した男だよアンタも」

クロムセリアは扉から体を起こして、笑った。


「ティナ、入っておいで」



――蝋燭の揺らめきが止まる。

クロムセリアの優しい口調を合図にするよう、間を置いて、……ソルディスの部屋の扉が動いた。

力無く。
扉を押し開けるのを躊躇しているような動きに、クロムセリアは、自ら手をかけ扉を開いてやった。

暗い廊下に佇み、薄手の寝巻きにガウンを纏いながら小さく立っているのは、ティナだった。

湯浴みを済ませて寝床に着こうとこの部屋の前まで来ていたのだろう。
残酷にも、扉口に立っていたクロムセリアしかその事に気が付いていなかった。
普段ならば、廊下の足音など――人間の拙い忍び足にしたって、尚更――ソルディスが聞き逃す筈も無く、ましてや聞きなれたティナの足音に全く気が向かない訳は無かった。

何故彼女の存在にも気付かない程話に集中していたのか。
それを詮索するよりも先に、ソルディスの意識はティナの俯いた姿に削がれていった。

「ティナ、廊下は冷える。中に入って」

クロムセリアはティナの肩を抱いて、部屋の中に招き入れた。

バタン、と、扉が閉まる音すら痛く耳に響いた。それ程の静寂。
表情を隠し何も物言わぬティナを見、ソルディスはただ押し黙った。

――どこから聞いていた。

そんな言葉すら咽喉を出ない。

「聞いた通りだ。ティナ」

クロムセリアは言う。

「俺はティナと一緒に居たい」

その言葉にようやくティナは顔をあげた。
顔色が悪い。
普段のような笑みは無く、目の輝きも無く、かといって泣いている訳でも無かった。
呆然と、青ざめたような表情で――クロムセリアを見上げる。

「俺は、ティナと一緒に居たいんだよ」
「……クロム」
「ソルディスは、君を幸せにする気なんて無い。全部聞えていただろ?」

ティナはまた目を逸らす。
焦点定まらないようなその視線は、足元を見つめ、そして――やがてソルディスへと向けられる。

「……本当?」

咎める様子は無かった。
しかし、その目は切実に真実を求めるようで、

「ソルディスは、どうして私を城に」
「言った通りだ」

――気紛れだと。

ティナは気が遠くなりそうになるのを耐えた。
彼女の目には、ぐらぐら揺らぐような風景と、その中で一際しっかりと映えたソルディスの姿が映る。
椅子に座り、動揺も何も無く、寧ろ落ち着き払った様にティナを見つめるソルディス。

それ以上何も言い出せず、倒れこみそうになる自分。

クロムセリアは、そんなティナの体を支えるよう肩に手を添える。
そうして、静かに、ゆっくりと問いかけた。

「ティナは、どこに居たい?」
「――」

何処に?
誰の許に居たいのか?

――そんなの、朝から悩み過ぎるほど悩んでいるのに、それなのに、

「……私、は」

いつになく声が震える。
頭が変に真っ白になっている所為だ。

湯冷めの所為で体温も下がり、寒気がする。
早く、この場所から居なくなってしまいたいのに、ティナはこの部屋から逃げ出す力すら湧いてこなかった。

とうとうティナは、分からない、と首を振る。

ソルディスの傍に居たい。
いや、……居たかった。

ただそれだけなのに、こんなにも気持ちは不安定で、それを言い出すことが出来ず――
ソルディスの無情な言葉と重なり、不安は不安以上の物になりティナに圧し掛かる。

自分の気持ちの整理すら出来ず、一つ一つ積み上げたその気持ちを一気に崩すかのようなこの状況。

(飽きたら捨てるのか)
(そういう事だ、)

今までの、女の人と同じように。

ティナは胸の苦しさに、嘔吐感すら覚える。
そんな、俯きながら何も言い出せないティナを見て、クロムセリアはソルディスに向き直った。「酷い男だ」

「ティナがこんな状態なのに、慰めの言葉も無しか」
「黙っていろ」
「いいや、俺は黙らない」

クロムセリアは続けた。

「アンタは昔からそうだ。自分の気持ちが自分で分からず、それを考えようともしなかった」クロムセリアは怒りすら見せる表情で言った。「だから――」

一間置いて、

「だから、エリザを殺した」


部屋の空気が凍る。

ティナはその言葉が瞬時に理解できず、思わず自身の葛藤を寸断せざるを得なかった。
意味が――……クロムセリアの口走った言葉の、意味が、分からない――
ティナは呆然と顔をあげた。

クロムセリアは知らずのうちに呼吸を乱す。それ以上、彼が言葉を続けたらどうなるか。
全ては、止められた煙管を吹かす手と、先程と雰囲気を変える城主の瞳が物語っている。
恐らくは、恐らくは容赦の無い死すら待ち受けていようと覚悟しながら――それでもクロムセリアは止めなかった。

「本当は情動的な男なんだよアンタは。普段は冷静で無関心で何があっても他人事を決め込む癖に、無意識に隠してた物がほんのきっかけで溢れ出すんだ。自分でも止められないくらい――だから、ソルディスはあの時、」
「クロムセリア」
「自分では分かっている筈だ。このままティナを傍に置けば、いつまたこの子を悲劇に巻き込むか分からない。それを知って、それでもアンタはまだ彼女を手放さないと言い張るのか!」


(――!?)
ティナは目を見開いた。

突如、ソルディスの周りの空気が黒く歪み――ティナが息を飲んだその瞬間、歪みがティナの横を掠めクロムセリアへ突き刺さる!

「――っ!」

衝撃音と共に、クロムセリアが扉へ叩きつけられた。
弾みで飛ばされたティナも壁にぶつかり倒れこむ。

あまりの事に、それこそ完全に恐怖と混乱に支配されながらティナが顔を上げると――

見えぬ何かに首を締め上げられ、扉に叩きつけられたままのクロムセリア。
そして椅子に座ったままのソルディスの姿。

未知の魔力、そしてソルディスの異様な瞳に圧倒され、ティナはその場を動けなかった。
彼女は以前にも、同じような経験をした事がある。
即ち、モロゾナ前国王バドル・リノマンを瞬時で血肉の塊にした、あの状況。

彼は本気でクロムセリアを殺そうとしている――

ティナの背に汗が流れた。

クロムセリアとて、何も大きくソルディスに魔力が劣るわけではない。
あまりにも突然過ぎたのだ。
唐突且つ、いつになく見境が無いその威力にクロムセリアは為す術が無かった。

「……っ……く、……」
「どうした、続きは」

その声は、楽しそうにすら聞えるものだった。

「言ってみろ、クロムセリア。もう一度、その口で」

クロムセリアは己の咽喉を掴むが、首を締め付けるものを剥ぎ取ろうとしても何も剥ぎ取れない。
彼を締め上げるものは、物質ではないのだから。

「そこまで言ったからには、覚悟があっての事と思われる。残念だ、お前はもっと賢い男だと思っていたが――どうやら」ソルディスは笑った。「どうしようもない愚弟だったようだ」

椅子から立ち上がり、ソルディスがクロムセリアへ歩み寄る。
最早息すら出来ないほど首の締め付けは強くなった。
苦しさに、思わず目を閉じるクロムセリアに、無情にも彼は言う。

「眠れ、クロムセリア」
「――やめて!」


咄嗟に言葉が突いて出た。


この状況で、彼の行動を止めさせよう等と試みる者。
それは、相当の命知らずで相当の考え無しとしか言いようがない。ないのだが――彼女は確かに、命知らずで考え無しだった。

「お願い、や、……止めて、ソ、ル」

がくがくと震える情けない足をどうにか持ち堪えさせて、ティナは立ち上がるとクロムセリアの前に立ちはだかった。

「お願、い」
「邪魔だ。退け」
「……ソルディス」
「お前も殺されたいか?」

その言葉は、脅しで無く、本気であったのだろうか。
しかし、どちらにしてもその一言はティナを震撼させるのに十分な効果を持っていた。

……殺される?

ティナはクロムセリアの言葉を頭に浮かべた――(だから、エリザを殺した)、

ああ、

「……私を」

彼は、こうやって、前にも誰かに手を下してきたのだろうか。
自分の感情を揺さぶり、抑えこんだ気持ちを呼び起こす者達を。

ティナは、最早力なく、恐怖すら飛び越えた瞳でソルディスを見上げた。


「私も……殺すの?」


手放す気もなければ大事にする気も無い、どうでも良い存在の私を、……貴方は、その手で。



その言葉。その目、その表情、その口調。
ソルディスは瞬時目を見開いてティナを見下ろす。

――エリザ。


奇妙なほど、鮮烈なデジャヴ。
今はもう、見ることの無い、流れるブロンドに青の瞳。儚い笑顔。
それと対照的に緋色の目をするこの少女は、唯一、瞳に宿す絶望のみを彼女に似せ、

(ソルディスは、私も殺すの――)

二度と聞くまいと、押し込んでいた声が聞えた。











「――っ……ゲホ……!……、」

どのくらい時間が経ったのだろうか。
周囲に、先程まで立ち込めていた黒い歪みは消え――あんなにも、恐ろしい程ソルディスが背に負っていた殺気はどこかに消え去っていた。

咽喉の苦しみが消えた。
クロムセリアは朦朧とした意識で、激しく咳き込むと、滲んだ視線で目前を見上げる。

気が削げた、そう言わんばかりの表情で此方を見下ろすソルディスと、力なく立ち尽くすティナ。

クロムセリアが解放された事が分かり、ティナは彼の方を振り向くと思わず安心したようにしゃがみ込んだ。

「大丈夫……?」
「――ん、……ああ、」

咽喉を擦りながら、クロムセリアは苦しそうに答えた。
――糞、やられた。
兄弟喧嘩で突然あんな術を出すなんて、反則に決まっている――いや、禁句を言った自分も自分だったかもしれないが。
本気で殺す気だったのだろう。彼は。
手加減の欠片も無い、一方的な圧力の痕跡は咽喉に赤黒い跡となって残る程だ。
クロムセリアの首を心配していたティナは、とりあえず彼の呼吸が整ったのを確認すると安堵の溜息をつく。


「――クロムセリア」

ソルディスの言葉が部屋に響く。

「明日、この城から出て行け」

口を挟む余地の無いその口調に、立ち上がったのはティナだった。

「待ってソルディス、私、ちゃんと三人で話し合いたいの」

話し合う?一体何を、と言いたげなソルディスに、

「ちゃんと一晩で私、……気持ちの整理を、つけるから……昨日の今日で、いっぱい、いっぱい色んな事が頭に入って今は混乱してるけど――明日、ちゃんと私」

城の事。
国の事。
ソルディスと、クロムセリアの事。
ソルディスが、ティナ自身をどう思っているかという事と――ソルディスの、過去の事――

それを全て考えた上で、ティナは自分の意思を持たなければならない。


例え、この城という牢に囲われる未来しか残されていなくても――

「だから、クロムセリアをまだ城に居させて。お願い」
「駄目だ。明日の朝一番に、荷物をまとめて城を追い出す」
「ソルディス!」
「――お前も一緒だ、ティナ」



「……え?」



何を、と、ティナが問い返す前に、彼女の体はぐらりと揺らいだ。
まるで彼女の体を貫く芯を抜いたかのような脱力感。そして意識の落下。

痛みも無く、何が起こったか理解する間もなくソルディスの腕に倒れこむティナの体を彼は抱きとめた。


「お別れだ、ティナ」


――手放したくは、無かった。





そう、最後に聞えた声は幻聴だっただろうか。








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