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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第二章 †蒼き闇の双星†

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「――歪は、刻一刻とその領を増しています」

暗く。
ほの暗く、しかし唯広い一室の中で、声は凛として響いた。
食卓の上、燭台は物言わず静かに彼等の姿を照らす。

三人は、誰もが闇を含む瞳をしていた。

事の重大性を告げる女性は、透き通るような白い肌、澄んだ声の持ち主。
向かう男は、黒を身に纏い、目の前の食事に手もつけず黙ったまま。
最後の一人は我関せずと言わんばかりに、グラスに注いだワインを揺らす事を興じていた。

「南方領地では今期に入って既に三つ。今までにこんな事は――」
「北方でも二つ」

被せるように、ワインに興じる男が言った。
クリムゾンが混じる暗い髪は、まるで濃く濁ったワインそのものである。

「しかしそれは、私を手こずらせる類では無かったが」
「規模の大きさを言っているのではありません。問題は、頻度です――アルキデア、そこを間違えないよう」
「私に指図をするのか?良い度胸だ」

怒りを含まない貶しが飛ぶ。
楽しそうに咽喉で笑うアルキデアは、そのボトルグリーンの正装が実に良く似合っていた。
咽喉で笑い声を押し殺しながら、彼は、視線を隣の男に送る。

年の頃を同じくした漆黒の彼に、未だ楽しそうな男は、悪戯に手元のナプキンを投げやった。

「貴様も話に入ったらどうだ」

言ったところで、彼がその売り言葉を買う訳でもない。
知った上で言っているのだ。

「東方魔族は、実に大人しくてつまらん。が、その割にはなかなかにして残酷だ」

私はそれが気に入っている、と、満更でも無さそうに言葉を投げた。
アルキデアの言葉は無視するように、男は――東方魔族の領主を勤める彼は、向かう女性を見、

「此方は四件」

呟いた。

「今期に入って四件。どれもこれも小規模だが、異常と言えば異常だ。歪が多すぎる」
「全体的に隣世との摩擦が起こっている――と考えて良いようですね」

彼女は溜息をつく。

「悩んでもどうにもならん、セルシュ」

アルキデアはフォークを手に取り、皿上の肉に手をつけた。

「時を待て。そのうち、歪の割れは広がっていき隣世の奴等がうようよやってくる。その時こそ、我々の出番だ」
「何もせずに待っていろと?」
「貴様には何か出来ると言うのか」

だが、アルキデアの言う事は、正しかった。

「私兵でも集めれば、隣世の者ぐらいどうにかなる。まぁ、滅びてしまうとしたら人間だな。奴等は弱い。強力な魔術師の一人や二人大国には居るだろうが、それも歯が立たんだろう」
「見殺しにするのですか」
「他の奴等など知った事ではない」

言って、アルキデアは思い出したように、あぁ、と唸った。

「――失敬。貴様の嫁は“元”人間だったな、ソルディス」
「……」

アルキデアの言葉に、ソルディスはようやく彼に目を向けた。

「血縁の義理もあるだろうが、いざとなったら人間に手を貸すのも考え物だ。さもなければ、ト・ノドロが滅びるぞ」
「人間に対する義理も借りも毛頭無い」
「それは結構」

アルキデアが肩を竦めると、ソルディスは「人間は面倒だ」と呟いた。

「その割には、貴様は人間との関わりが過分にして多い。――いや、関わっているのは聖レィセリオスのみか?」
「――」
「かの剣士にしても、まぁ、アイツは相応に賢く私も嫌いではないが……それにしてもあの貪欲な王族共!貴様の一族が奴等を滅ぼさなかったと聞いた時、どれだけジェノファリスが寛大か思い知ったものだ」

手を広げて楽しそうに言うアルキデアに、セルシュは溜息をついた。

「アルキデア。やめなさい」
「指図はするなと言った筈だ」

アルキデアはセルシュを指差す。

「ともかく、今は自ら動く時ではない。気持ちは分からんでも無いが、大人しくしているに限る」
「……分かりました」

セルシュは美しい銀糸の髪を耳にかけ、目を瞑った。

「ともかく、気だけは抜かないよう。それと、隣世の者との接触があった場合、慎重に対応を」
「言われなくとも」

返事をするアルキデスと対照的に、ソルディスはそのまま黙ったままだった。












「ソルディス」

会食も終わり。
外套を着込み、従者と共に公会堂の廊下を歩くソルディスは、後ろからアルキデアに声を掛けられた。

「どうだ、今夜付き合わんか」
「断る」
「……早いな。だが私は暇だ。東方は遊び場が少なくて実に困る」

もっとも、三地の領主が集まる場として、もっとも適した距離にあるのが東方領地なのだが。
アルキデアは、皮手袋をした手でソルディスの肩を叩いた。

「偶には北方にも遊びに来い。この間お前に話した、隣世から来た異形の輩を見せてやる」
「剥製よりも生け捕りが見たい。生かして連れて来い、お前なら出来るだろう」
「生憎見つけたのは私ではなく民兵でな。手遅れだった」

アルキデアは肩を竦める。
ソルディスは、従者に先に外で待つよう告げるとアルキデアに向き直った。

「近頃、帰りが遅いと周りが煩い」
「領主もお人柄が変わったものだ。いつからそんなに城が恋しくなった?煩いのは奥方か。そんなもの、柱にでも縛りつけておけば良いものを」
「ティナは何も言わない。煩いのは姉上だ」
「おお、貴様の嫁はティナと言うのか!」

アルキデアは笑うとソルディスを皮肉に見つめる。

「しかし、ソルディス・ジェノファリスの名が聞いて呆れる。あの城を戦慄の惨状に変えたのは他でも無い貴様であろう!その貴様までもが人間を未だ城に置くとは、流石の私も驚きの果てだ」
「……」
「先のいざこざで、人間には懲りたのでは無かったか?」

アルキデアの言葉にソルディスは黙った。

「――まぁ良い。前は前、今回は今回だ。で、どうだ。当たりか?」
「何が」
「今回の人間だよ。ティナ、と言ったか?」

アルキデアはソルディスの襟元を掴んで引き寄せると、耳元で、

「気を緩めるな。いつ何時、前の様な事が起きるとも分からんぞ」

そう囁くと、色気の含んだ笑みを浮かべ、ソルディスに背を向けた。
お前に言われるまでも無いと、咽喉で笑い返すソルディスを満足げに見ると、

「私は帰る。眠くなった」

嗚呼、気紛れにして気紛れ。
ソルディスと比べても差異無いその我が道を行く態度こそがこの男の魅力だろうか。
北方領主、アルキデア・コークシス。
濃緑と濃赤のコントラストが艶やかに笑う北の魔人。

「――ソルディス」

外へ向かおうと背を向けたソルディスに、アルキデアもまた背を向けたまま語りかけた。

「何だ」
「奥方を殺したくなったら、一報寄越せ」

口は悦楽に歪んでいる。

「貴様が演じるその狂劇。今度こそ是非観覧させて頂きたい」



アルキデアは暗闇の奥に去って行った。











++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++





食欲が無い。
それは、彼女にとって稀有であり、切実な事だった。
ティナは晩餐もろくに取らないまま、湯殿に浸かって溜息をつく。

今朝起きて、ニルの部屋から自室に戻れば既にソルディスの姿は無い。
はて、嬉しいのやら居た堪れないのやらの複雑な心境で、ロドメに尋ねれば大事な会合があるから朝から準備やら何やらで忙しいのだという。一日またぎの会合、それは、遠方から来客が訪れる、非常に重要なものらしいのだ。

不思議なことに、朝食にはクロムセリアも姿を見せず。
状況が状況なだけに、自ら会う気も起こらないまま。

結局はソルディスとの喧嘩別れのような状態で、ティナは悶々と一日を過ごした。

午前の勉学の時間は、学者の言葉も耳に入らず。
教養の時間も、素晴らしい腕の弦楽器演奏者が来城したが甘美な音色はどこへやら。
それらが介入する隙間も無いくらい、ティナの頭はソルディスの事でいっぱいだった。


――そういえば、前にもこんな事あったっけ。
それは、カステルから魔族との婚姻を告げられた日。
側近の言葉も右から左に抜けていって、食欲もろくになく、自分ながら元気の欠片も無いと切に感じた。

(でも、その時とは……違う)

ティナは思った。
心臓をぎゅっと締め付けられるような痛み。
彼の事を思い出すと居た堪れなくなり、一報で、先日の失態を思い出すと全身を苦しみが襲う。
何というか……泣けない辛さ。

平生から涙を流すことの無いティナにとってそれは普通の事ではあったのだが、出来るものなら思いの限り泣いて苦しみを吐き出してしまいたい気分だった。

「……んー……」

何だろう。
何て表現すれば良いんだろう、この気分。

ソルディスの傍に居たい。
でも、傍に居るのが辛い。

彼ともっと話がしたい。
でも、彼の話を聞くのも怖い。

でも、何より怖いのはあの視線。

何を言うわけでもないのに、咎めるような、いいや、それ以前に目の前の対象物に興味すらないような深い深い闇の双眸。それに伴い、温度を感じさせない声。低体温の指。
それらの全てが、今は怖い。
その恐怖は、出会って間もない頃の未知に対する恐怖ではなく、もっと別の――

「――分かんない!ああ、もう、何がなんだか分かんない!」

ざぶん、と湯面に顔をつける。

ティナ・ジェノファリス。幼き姫君は、未知の苦悩に困憊する。














時を同じくして、夜更け。

帰城後、ソルディスはロドメに外套を預けるとさっさと自室に引き上げる事にした。
会食で空腹は満たされたが、まだ多少仕事が残っている。
先に湯浴みをすれば眠気が襲い(けしてそれに負ける様な男ではなかったが)集中力も欠いてしまうため、ソルディスはとりあえず雑務を片付けることを優先した。


――が、二回へ上がる階段を少し登ったところで、彼は、踊り場から自分を見下ろす視線に気付く。

彼は、頭の片隅で今日の仕事の取り止めを余儀なく決めた。
こういう瞳で見てくる者は必定長くなりそうな、それでいて小難しい話を持ち込んでくる。
しかも人物が人物なだけに、恐らくは芯に迫った話でもするつもりだろう。

ソルディスはそのまま歩みを止めずに、

「何か用か」
「――話がある」

クロムセリア・ジェノファリス。
その片割れは静かに言った。

「ティナの事で、話がある」


――その目は、残酷なほどに真剣。




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