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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第二章 †蒼き闇の双星†

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クロムセリアが来て、一週間が経った。

相変らず兄弟の間での会話は少なく、廊下ですれ違えど挨拶の言葉一つも無い。
平生物静かな食事の場も、クロムセリアが座す事により、一層冷えた雰囲気が漂う。

恐らく、一番身に堪えたのはティナだった。
居た堪れなくなったティナがこっそりとニルに、普段から――いや、何百年もこんな様子なのかと問えば、にっこり笑ってそうでもないの、と首を振る。

「今は、腹の虫の居所が悪いのよ。ソルディスのね」

そう苦笑してティナの頬を撫でる。
確かに平生から仲が良いとは言えない兄弟仲であるらしいが、この険悪とも言える雰囲気はどうやら特別らしかった。
(私のせい!?)と、ティナは思わずにいられない。
ここ最近、変わったことがあるとすれば、ティナが城に居るか居ないか。
それだけの事であったが、それが全てだ。

「……私が、クロムセリアと結婚するとでも思っているのかしら」

腕いっぱいに沢山の本を抱え。
廊下を歩きながら、ティナは一人呟く。

クロムセリアは、確かに優しい。
笑顔で挨拶をしてくれるし、女性への接し方も紳士そのものだ。

端正な顔に、男性らしい包容力、温かい言葉――
優しく手を取り先へ誘うその姿は、まさに女性が夢見る王子様。
絵巻の中に登場する白馬の王子は、まさにああいう感じではないだろうか。

かくいうティナも、ああ言う手の男性にはめっきり弱い。

リオ・クリスティーン――
彼女の兄であり、本来ならばレィセリオスの王位継承者であった筈の人物。
柔らかく微笑み、ティナの小さな手を握った兄に似たクロムセリアに ティナは心を開きつつある。

一日の会話数だけを数えれば、ソルディスよりクロムセリアのほうが圧倒的に多いだろう。
ティナから積極的に話し掛けている訳ではない。
クロムセリアが何かとティナに気をかけているだけだ。
ティナに気軽に話し掛ける弟に、流石にソルディスも一瞥は送るものの、取りたてて邪魔をする事はしなかった。

「あまりおしゃべりするとソルディスが、」と、ティナも気を使った事があったが、クロムセリアはふっと笑って、「話したければ話せと言われた」と答えてきた。
独占欲があるんだか無いんだか。分からない兄上だ、と、肩を竦めていたクロムセリア。

「本当、分からない人」

その会話を思い出して、ティナも苦笑する。
取りこぼしそうになった本を持ちなおして、ティナは、ソルディスを思い浮かべる。

ソルディスは何も言わない。
端的に、所々文句は言うものの。
当初は、嫌われているからと思っていた彼の無口振りも性格であると分かってきた。
やっかいな人と結婚したものだ、と。

ソルディスにとやかく言える立場ではないが――もう少し、夫婦らしくしても良いのではないか。
いや、確かに夫婦としてする事はしてるとは言え……

「何だか、無理矢理な時もあるけど」
「何が無理矢理?」
「ぎゃっ!」

奇怪な叫びと共に、バサバサと廊下に散らかる本。
混乱したように頭に手をやるティナの前には、変わらぬ笑顔を湛えた義理の兄弟が立っていた。

「ク、クロム……びっくりしたぁ」
「ぼーっと考え事をしながら歩くからだよ、お姫様」

言いながら、ティナが落とした本を拾い集めた。

「――なんだ、ティナは魔族と人間についての本しか読まないのか?」
「ううん、そうじゃないの。一応、神学の先生には教えてもらってるんだけど……先生のお話難しいから、よく分からなくて。質問しようにも、基本的な事すら理解してないから、最初はそういう簡単な……言っちゃえば、子供向けの本から読んだ方が良いと思って」
「成る程、ね」

ティナに本を手渡すわけでもなく、その背表紙をまじまじと見、やがてクロムセリアは笑った。

「それなら早く言ってくれれば良かった。俺が、至極簡単に教えてあげるのに」
「クロムセリアが?」
「俺ではご不満?」

口端をにぃっとあげて、目を細める。
あぁ、これでは、皮肉に嘲るソルディスそのものだ。

「ううん……そうね、分かりやすく教えてもらえるのなら、本を読まないで、クロムのお話を聞いてる方が楽かも」
「そうと決まれば」

クロムセリアは、ティナが選び抜いてきた本を無造作に廊下の飾り棚の上に置き、彼女の手を優しく取って歩き始めた。
温かい手のひらに、ふと、ティナは顔を紅く染めた。

「ど……どこで教えてくれるの?」
「すぐ其処」
「其処?」

クロムセリアはティナの手を引き、広間から繋がる大きな階段まで彼女を連れてきた。
改めてみても、やっぱり聖レィセリオスとは比べ物にならないくらい広くて、大きな館――そんな事を実感させられる空間だった。

「ここが、どこか分かるか?」
「一階の大きくて広い廊下よ」
「そうじゃなくて――階段の――」
「階段の――一番下?」
「その通り」

言いながら、クロムセリアは上を指差した。

「上を見て。何が見える?」
「螺旋みたいな階段が」
「その先は?」
「真っ暗で見えないけれど、お城の天井」
「そう。あそこは天井だ。一番の、頂き。この混沌とした世界を階段に例えるなら、我らが全知全能の神“アギタ”が存在するのは、まさにあの天井に位置する場所なんだ」

クロムセリアはティナの手をそっと引いて、階段を一段ずつ上り始めた。

「――この世界は、本当に、階段そっくりの作りになっていて」

歩みを止めずに言う。

「アギタが作った世界は、幾つもあるんだ。数え切れぬ程。それこそ、無数に。俺達が生きるのは、その世界のうちの一つにしか過ぎない。アギタはその幾つもの世界を、上から――あの天井から、静かに眺めいるという訳さ」
「アギタの居る場所を天井と例えるなら、アギタの作った世界はどこ?」
「アギタの存在を天井に例えるなら、創造された世界の数々は言わば“階段の踊り場”さ。階の高い踊り場ほどアギタに近く――天井から遠い、俺達が今立っているような下の踊り場に住まう者達は、アギタなど遠すぎる存在に感じていることだろう」
「――私達が、今生きている世界は?」
「そうだな。それは難しい質問だ、ティナ。少なくともこの世界は、常日頃アギタをお目にかかれないばかりか、寧ろアギタの存在を否定する者すら存在する世界だからな……あながち、この最下層に近いかもしれないし、そうでないかもしれない」

ティナは階段をゆっくり上りながら、上を見た。

天井は真っ暗で、はっきりと見えない。
日が差し込まず、真っ暗な暗闇を塗りつけたようで、見ていれば吸い込まれそう。
(私の……私達の、生きてる世界は)
一体この永劫続くような螺旋の、何処に私達は存在するのだろう。
あの暗闇に近い、最上階の踊り場なら、是非ともその全知全能美貌の神を見てみたい。
それはそれは美しく、見る者全てを圧倒し――

「ティナ、足元に気をつけて」

クロムセリアが優しく促す。

「君は、本当に危なっかしい――さて、それで続きだ。アギタは、幾つにもなる世界を作り出し、その中のある一つに、俺達を生み出したー―即ち、人間と魔族。その二つは兄弟の様であり、一心同体の様なものでありながら、全く異なる存在なんだ」
「ソルディスと、クロムみたいね」
「そう言われればそうだな」

苦笑を漏らす。

「俺とソルディスは、見た目は何ら変わりが無い。でも、ティナは俺と彼が全く同一の生き物だと思う?」
「……全く違う」
「そう、その通り。人間と魔族も似たようなものだ。一見双方は類似しているように思えるが、畢竟、中身は伴わない。それどころか、確実に生活を共有しようとせず互いの存在を無き者同然にして生きている」
「それは、人間と魔族の話?…それとも、あの」
「さてね」

はぐらかして、クロムセリアはティナを見つめた。

「更に、人間と魔族は戦争すら起こしている。それも過去に2度。1度目は、大昔も大昔――新神文書に記された記述でのみ把握できる遠い昔のお話さ。その後に、小さな戦争が一度――君も、君のご両親もまだ生まれてない頃の話だ」
「クロムセリアは?」
「俺?2度目の戦いの時には、俺は生まれてたよ。まだ小難しいことなんて分からないガキだったけど、記憶だけは鮮明に」

自身のこめかみをトントン叩いて、彼は笑う。

「とは言っても、2度目の戦争は、全人類と全魔族を巻き込んだ抗争……って訳じゃあなくて、地域紛争みたいな感じだった。偶然にも、アギタ崇拝を全面的に否定する人間の集団と、その集団の喧嘩を買った魔族が時期を合わせて奮起――対立してしまったわけだ」
「へぇ……」
「勿論、魔族が勝ったけどね」

彼の言葉に、ティナは悲しそうに笑った。

「ここみたいに、平和な土地もあるのにね」
「――」

ティナの手をとり続けながら、クロムセリアは急に立ち止まった。

「君は、本当に何も知らないんだな」
「え?」
「人間と、魔族の事に関して。いや、ト・ノドロについて、何も」

冗談めいている訳ではなく、真剣な表情のクロムセリアにティナは閉口した。

「ソルディスは、何も言わないのか」
「う、うん」
「そうか――いや、そうだろう。確かにソルディスにしてみれば、あまり話したくは無い事だろうし。でも、それは戴けないな。それではティナが気の毒だ」
「……気の毒?」
「時が経つにつれて解かれていく過去は、存外残酷なモノなんだ……ティナ」

ますます訳が分からない。
ティナは眉を潜めて、首を傾げる。

「……何を、」

問いかけた言葉は、クロムセリアの手によって留められた。
そっと唇に添えるよう触れた手に、ティナは言葉を飲み込んでしまう。

「“何を”、“何故”……聞きたいことは山ほどあるだろうけど、一つずつ片付けていかなきゃならない。君は今、この世界の構造を覚える事が重要だ。分かるか、ティナ」
「――は、はい」

思わず敬語になるティナに、クロムセリアは苦笑して頭を撫でた。

「良い子だ」

――デジャヴ。

いつかの夜の閨の中、ティナの頭を撫でながらそう呟いたソルディスと重なる台詞。
今目の前にいるこの人は、うってかわって無表情になり、温度の無い言葉を投げかけるソルディスと入れ替わってしまうのではないだろうか?そんな馬鹿な思考が過ぎる自分に不快感と羞恥を覚え、ティナは咄嗟に俯いた。

「どうした?」
「ううん、何でもない。それより……あの、アギタの話を、もっと」
「ああ、途中だった。そうだ、俺達の世界の話をしていたんだったな。さっきも話した通り、俺達が生きるこの世界の他に……階層で言えば、上にも下にも、沢山の世界が存在する。それらは、普段、互いを不可侵の空間として捉え、平生もそれとして存在している」
「……え?えっと……あの?」
「――難しかったか。つまり、」

一つ目の踊り場に着き、クロムセリアは立ち止まった。

「例えば。ある一つの踊り場に住む者達は、他の上や下の踊り場に行くことは出来ない。実際今は、俺とティナはそこの階段をさらに上り進めれば、一つ上の踊り場にも行けるし、もっと上の踊り場にも行けるだろう。だけど、世界はそう簡単には出来てはいないんだ」
「はぁ……」
「ただし」

指を立てて、強調する。

「それらの不可侵を打ち破って、他の世界に迷い込むものが居る」
「どうやって?」
「この世界は、常にアギタの手の上で揺らぎ動いている。上下隣接しあう世界の双方に、偶然、同じタイミングで歪みが生じる事があって――その瞬間、空間に亀裂が入り、異世界の者達が他の世界に迷い込むことがある」
「この世界も?」
「然りだ。ソルディスが、城下に下りて忙しく働いているだろう?きわめて珍しいことだけど、時折は、異世界から迷い込んだ者達を排除している事があるのさ」
「私、全然知らなかった……」
「男はあまり、仕事の話をしたがらないからな」

宥める様に、ティナの頭を叩いた。

「ジェノファリスの魔力は半端じゃないから、ソルディスが怪我をして帰ってくることなんて滅多にない。たまにニルも城下に下りて駆除をしたりしているけれど、気が付かないだろう?」
「ニ、ニル姉も…!」
「当然。ジェノファリスに生まれた以上、侵入者との戦いは避けられない運命だから」
「た……戦い!?」

次々と驚愕の単語を耳に突き刺すクロムセリアにティナは掴みかかった。

「戦い?戦いって!ソルディスって、ニル姉って、そんなにしょっちゅう戦ってるの!?それって何?異世界の人と?魔法で?体術で?ねぇ、クロムセリアってば!」
「ちょっ……危ないティナ、」
「確かにレィセリオスでモロゾナ国王の頭バーン!て殺したときはびっくりしたけど、あの人常日頃からそんな事ばかりやってるの!?ねぇってば、クロムセリア聞いてる!?」
「ティナが想像してるのは火花と血飛沫が飛び散りそうな壮絶かつ凄惨な戦闘状況だろ。まぁ、たまにはそういう状況も無きにしもあらずだけど……毎回そんな事やってたら家系に問題なく体が持たないって」
「“たまに”!?」

ティナはクロムセリアに掴みかかったまま絶句した。
確かに、ソルディスの仕事の中には、人里に下りてきた魔獣を駆除したり、山に返したり、他の地方の領主と会ったり、等があるという話は聞いたことがある。
けれど今のクロムセリアの言葉は何だ。
頻度は少ないと言えど、まるで命を懸けるほど魔力を使ってボロボロになるまで戦う事もある――そんな話ではないか。

何層にも存在する無数の世界。
歪みが生じ、迷い込む異界の者。
そして、それを“駆除”する為に赴くこの地の領主――ソルディス。

次々と新事実が空っぽの脳みそに注ぎ込まれ、ティナの思考は混乱を来していた。
何やら考え込みブツブツ呟くティナに、クロムセリアはそっと囁く。

「――今夜」
「え?」
「今夜、話したいことがあるんだ。君と、二人で」

声は低く、耳に甘く溶けそうな囁き。
すっと頬を撫でる指にティナは体に軽い疼きを感じる。

「ななな、な、何、何を……!」
「何もしないよ。ティナって反応が本当に面白いな。こんな事、ソルディスにもされてるだろうに」
「それとコレとは話が別!だ、大体!私、夜はぐっすり眠っていて、クロムとお喋りする時間なんて無いし!」
「何を勘違いしてるか知らないけど、そんな真夜中に用がある訳じゃないよ――そうだな、晩餐の後、少し外の散歩に付き合ってくれれば良いだけさ」
「勘違いなんかしてないってば!」

説得力の無い言い訳にもっと面白くなったクロムセリアは、ティナの頭をぽんぽん叩く。

「ティナは正直に赤くなるな」
「クロムがそうさせてるんでしょう!」
「そうムキになるなって。何、ご希望ならこっそり夜中に夜這いでも何でもしてあげるけど?」
「よっ……?!いくら義理の血縁関係とは言え世の中には言っていい事と悪い事っていうのが!」
「ダメか?」
「ダメ!」
「夜風に当たりながら散歩するだけだ、何もティナが期待する事はしないつもりで」
「だから!期待なんてしてないって!」
「――騒がしい」

瞬時、クロムセリアが瞬間移動したかと思った。
彼の声が、後ろから振って降りたからだ。

ティナは目をぱちくりさせて、不思議そうに後ろを振り向く。

「――ソルディス!」
「騒がしいと言っただろう」

びっくりして叫ぶティナの頭をぐしゃりとやる。

「お前はもっと静寂を重んじろ」
「ソルディスが静かすぎるの!ていうかいつから後ろに!何、分身?分身の術?」
「阿呆が」

お前が背を向けてる間に二階から降りて来たんだと言われ、ティナはようやく状況を飲み込む。

「二人とも通行の邪魔だ。用が無いなら部屋に戻っていろ」
「ちゃんと用事はありますよ、兄上」

クロムセリアはティナの肩に手を置き、

「可愛い可愛い姫様が神学の基礎を学びたいと、頑張って書庫から本を運び出していたものだから、つい」
「それで」
「別に。何も教えてあげないアンタと違って、俺が手取り足取り教え込んであげようと思ってね」

嗚呼、零度の冷たい視線が飛び交う。
ティナは幾分背の高い二人の間に立ちながら冷や汗を流した。

「……あのー……」
「何?」
「何だ」
「うっ……」

振り落ちる視線が二つ。
威圧と癒し、そんな相違える二人の声色にティナは声を詰まらせた。

「ソルディス、ティナが怖がっている」
「知るか」
「はっ、酷い旦那もいたもんだな。アンタ、いつもこんな風にティナを蔑んでるのか」

皮肉な言葉にソルディスは怒る訳でもなく、黙って己の片割れを一瞥した。

「お前には関係無い」
「関係あるよ。仮にも俺はティナの婚約者だ」
「あの、私はもう結婚してるんだってば……」
「知ってるよ。でも、それもいつまで続く事やら」

そっとティナの頬を撫でると、クロムセリアは二人を置いて階段を上り進めた。

「またねティナ、晩餐で。――あぁ、約束は忘れないでくれ」
「え?あ、…ちょっ…!」

何ゆえ強引。

ティナの制止も空しく彼はさっさと二階にあがってしまい、否応なしに踊り場には気まずい夫婦が突っ立つのみ。
軋む音がしそうなほどぎこちなく首を廻し後ろをそっと見てみれば、不機嫌最高潮にも思える視線を投げかける領主様の冷たい表情。
(――不機嫌にしたのは私じゃないのに!)
何が楽しくて、愉快犯の尻拭いを。
ティナは気まずそうに笑う。

「あー……っと」
「随分楽しい授業だったようだな」
「せ、説明が分かりやすくて」
「若い内に知識を詰め込んでおく事だ。唯でさえ鈍い脳がどんどん老朽化していくぞ」
「酷……!ソルディスだって何歳か忘れたけどとにかく私よりもカステルよりも年上で千年くらい生きてて絶対ソルディスの方が老朽化してるんだから!」
「俺はまだ人間で言う三十にもなってない」
「見れば分かる!」
「……お前が言い出したんだろうが」

何に興奮しているんだか、落ち着かない若妻にソルディスは顔を顰めた。
肩で息しながらさっさと階段を下りていこうとするティナは、その途中キッと振り返る。

「私、ソルディスが戦ってるなんて知らなかった!」
「……は」

唐突も唐突。
意味不明の言葉にソルディスは思わず黙った。

「い、いつ死ぬかも分からない仕事してるなら、言ってもらわなきゃ困る!私だって、いきなりソルディスが血塗れになって帰ってきたら嫌なんだからね!」

それだけ言うと、ドレスの端を握り締めながらお姫様は走り去っていった。

「……何なんだ、あいつは」

意味不明、不可解な言動。

追いかけるのも面倒で黙って突っ立っていれば、消えてく足音に続き彼女がすっ転ぶ音を耳にし、彼は呆れた溜息をつく。だから静寂を重んじれと言ったのだ。










+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++






――夜。

晩餐も終わり、メイドは湯殿の湯加減を確かめ、調理場は洗い物に勤しむ時間。
ティナは、食事を終えるとごく自然に食堂を抜け、そのまま部屋には戻らず、書庫の前の廊下をうろうろしていた。

話。
クロムセリアから、話って何だろう。
しかも二人、夜の庭で。
まさか変なことはしないと思うけど……
というか、これって密会?夜闇の密会?
これってアレよね正に本で読んだ恋愛小説の山場よね。

そんな事を悶々と考えつつ唸っていると、不意に肩を掴まれた。

「ぎゃあ!」
「ああ、脅かしてごめん。俺だよ」
「ク、クロム……」

いつのまにかインクブルーの外套を着込み、片手にちゃっかりティナの白い外套を持ったクロムセリアが立っていた。

「待った?」
「ううん、考え事してたから」

(何か、城下の恋人達みたい……)

複雑な心境でそう思うと、クロムセリアはティナにふわりと外套を着せた。

「さあ、行きましょうかお姫様」

やんわりと背を押す手。
や、優しい、と心に染み入る思いを覚えながら、ティナはハッと意識を戻した。

「……あの!」
「何?」
「約束してもらいたいのだけど」
「何を」

ピッと人差し指を立てて一歩離れるティナに、彼は眉を潜めた。

「一つ。この間みたいな事は絶対にしない事」
「キス?」
「い、言わなくて良いから!」

思い出したくない事をさらりと言われると恥ずかしい。

「二つ。私がこんな事を言うのは、あの、自意識過剰かもしれない、のだけれど……私との結婚とかソルディスとの離縁とか、そういう話は」
「ああ……成る程」

クロムセリアは納得したように微笑んでティナの顔を覗き込んだ。

「つまり君は、俺と二人きりの時はソルディスに対する貞淑をはっきりさせておきたい訳だ」
「……そう……いう事です」

良いよ、とクロムセリアは溜息をついた。

「大丈夫。そんな変な話はしない」
「ありがとう」
「理性が保てばの話だけれどね。それじゃあ行こうか」

……意味ないし!

そんなティナの叫びを無視し、クロムセリアは今度こそ彼女の腕を引いて外へ向かった。


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