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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第二章 †蒼き闇の双星†

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「はい。あーん」
「あ、あーん……」

幼児か…と思わせるような対応に複雑な心境を抱きながらも、ティナは口を大きく開けた。男は、ティナの口の奥を見ると、なるほどなるほどと言いながらニッコリ笑った。

「風邪だね、完璧」
「……はい」
「ちゃんと安静にしていたのかな?」
「そ、それは……その」
「うん、それは駄目だ。まぁどうせ周りの人達が看病やら何やら言って、ティナを休ませなかったんだろうね。この城の城主一族はこぞって風邪だの体調不良だのっていう言葉を聞く耳すら持たない人達だから」

丈夫な証拠なんだろうけどね、と言いながら彼は、口を閉じて良いよと促がした。
ルーク・ファルフォット。
城主であるソルディスの幼馴染であり、この城の専属城医でもある。

「ガーネット。いつもの薬草を三つ」
「はぁい」

重たそうな木箱を腕に抱えて後ろに控えるのは、ガーネット。
一見ティナと年変わらぬ少女に見える彼女も、元は人間でありながらルークと交え魔族になったという、ティナと同じ境遇を持つ。今ではルークの立派な助手であり、良き妻である。ちなみに馴れ初めを語らせたらその右に出るものは居ない。

ティナ以外の人を追い出し、彼女の自室で処方しているルークは、実に的確にティナの症状を把握しカルテに書き込んでいく。
ガーネットから受け取った薬の包みを、ティナの前に差し出して説明を始めた。

「これを毎晩寝る前に飲むんだよ。三日分あげるから。それでも良くならなかったら、もう一度来てあげる。大丈夫、重い風邪じゃないから。よく寝て、栄養がある物を食べてね。あと温かくしている事。それだけ守るんだよ、良いね?」
「分かったわ。本当に、ありがとう」
「どう致しまして」

ルークはティナの頭をぽんぽん撫でると、静かに腰を上げた。
ガーネットもティナの額にキスをしたあと、ルークの後を続いて部屋を出て行く。

二人が出て行った後、ティナはポスンとベッドに沈み込んだ。

風邪かぁ、と呟くティナが思い出すのは、小さい頃しょっちゅう熱を出していた自分を看病してくれたカステルの姿。薬をお湯に溶かして、まだ幼いティナに苦いそれを必死に飲ませる姿は、ある意味城下町の医者達よりも一生懸命であったと思う。

あの時と変わらず、苦い薬を飲まなければいけないのはやっぱり憂鬱で。
栄養が偏るからと、過度に甘いものを避けられるのも口寂しい。

そんな事を思いながら寝返りをうち、枕に顔を突っ伏した。
――と、不意に、嗅ぎ慣れた香の香りがティナの鼻腔を掠めていく。
貴族の男性が好む、落ち着いた香りの整髪剤。

(……ソルディスの、――)

ティナの脳裏には夕刻の行為が思い出され、咄嗟に、さっと頬に紅が差した。

帰宅後、まだ湯浴みもしないまま部屋に来て、乱暴に彼女を押し倒し、自身の残り香を消さずに去って行った彼は、終始顔には出さずとも確かに不機嫌であったとティナは思う。事実、具合が悪いから手加減をしてやったとばかりに、その行為を口付けに留めおいて部屋を去る彼は、お世辞にも優しいとは言えなかっただろう。

平生からソルディスはあまり感情を表情に出さない。
出さない代わりに、その衝動は行動に反映され、結果周囲の人間は予想外の痛手を受ける事となる。
気紛れ、冷酷、唯我独尊。
そんな彼の印象は、その性格から生まれてきたものかもしれない。

――ソルディスも、クロムセリアのように、柔らかい空気を持って接してくれれば良いのに。人前では、無愛想でも良い。せめて、二人で居る時くらいは――

そんな事を思いながら、ソルディスの残り香がするシーツをぎゅっと握り締める。

指折り過ぎ去る日々を数えるごとに、ティナは、ソルディスと未だ馴れ合いきれない自分を疎み続けていた。

年齢は問題ではない。世間一般的に見て、歳の離れた殿方のもとへ嫁ぐ事は珍しくないし、魔族と人間――年齢に差がつく事など明白なこの状況で、彼との溝を年齢の所為にする事など懸命では無いだろう。

それでは、“相性”はどうだろう。
「姫様と、ニキィは相性が良いのでしょうね」、そう昔カステルに言われた事がある。当初はまだティナ自身幼くて意味も良く分からなかったが、今では分かる。

自分は、ソルディスと相性が悪いのだろうか?
それとも、まだ結婚したばかり、そう決め付けるのは早計だろうか?

嫁ぐ代わりに国民の安全を保障してもらっている身としては彼と離縁する自体考えられないとしても、今後仲違いをして、数百年、数千年険呑な雰囲気になってしまうということは十分に有り得る話なのだ。

それとも、ソルディスには、自分と仲良くやっていくという意思すらないのだろうか。
ティナはそんな考えすら否定できないままでいる。

――ソルディスが、分からない。

彼が考えている事が、何一つ分からない。
妙に柔らかい雰囲気を持ってティナに接するかと思えば、夫婦とも思えないほど冷たくあしらってくる事すらある彼の気紛れな行動にどんな意図が含まれているか等、今のティナは想像すら難しい。
魔族だから。男性だから。千年以上も生きているのだから――
そう納得しようとしても飲み込めない心境からは逃げられない。
“女は面倒”。そう言い放った彼は、ティナすらその対象に入れてしまっているのだろうか。
適当に機嫌をとって、閨だけの関係を続けて居られれば、それだけで良いのだろうか――

(……馬鹿!私の馬鹿!)

このままでは、マイナス思考スパイラル。
ティナは頭をクシャクシャに抱えて、シーツ深くに潜り込んだ。






+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++






「私は、あなたがいつまで城に居ようと一向に構わないのよ」

ニル・ジェノファリスは自身の茶にミルクを混ぜながら、静かに言った。
普段は、ソルディス、ニル、ティナの三人で(しかも沈黙に包まれた)食事を取る為に用意されたような食堂は、珍しく、久しぶりの客人を是非にと招きいれているようにも思えた。
ニル、ルーク、ガーネット――そして、一人見慣れない(ある意味では見慣れている)男が一人。

クロムセリア・ジェノファリス。

ゆっくりと茶を掻き混ぜていたティースプーンをナプキンの上に静かに置くと、彼は微笑んだ。

「だったら、いつまでもお世話になるさ」
「……冗談なら笑えるのだけれど」
「ニルは笑えるかもしれないけどソルディスは怒るだろうねぇ」

溜息をつくニルに、ルークはこれまた能天気に答えながら菓子を摘んだ。

「いつもの通り、可愛い弟君が遊びに来たと思えば良いだけなのに」

肩を竦めるクロムセリアに、

「状況が違うのよ。この城には今、ティナが居るんだから」

ガーネットが人差し指を立てて言う。

「だから、クロムセリアが来ると、ソルディスはきっとピリピリしちゃうの」
「ソルディスが無表情に俺をあしらうのは昔からじゃないか」
「まぁそれはそうだけど」

ガーネットは、ルークと同じ菓子を摘んでぽりぽりと食べながら頷く。
あぁ、口の周りについてるよとルークが彼女の口元をハンカチで拭ってやる姿が微笑ましい。

「取り合えず俺は、もっとお近づきになりたいんだ」
「何と」
「旧姓ティナ・クリスティーン」

けほっ、とニルが咽喉を詰まらせた。

「ちょっとアンタ、私達の話聞いてなかったの!?」
「聞いてた。ティナの人となりも、ソルディスとの仲も。だから、もっと知りたくなった」

クロムセリアは、うざったらしそうに首もとの襟を緩めながら首を回した。

「想像していたよりも小さくてどことなく馬鹿で抜けててそれ程女性としての魅力も無い割りには目が離せないというか寧ろ面倒を見てやらなきゃ気がすまないっていう深窓の令嬢なんてそこらに転がっているもんでもないだろ」
「……約一時間に渡るティナの雑談をそう纏める君も流石だね」

ルークの言葉にクロムセリアは、ありがとう、と目を細めた。

「はぁ……どちらにしろ、問題はあの子よね……」
「あの子って」
「ソルディス」
「ニルの言うとおり。俺が普段ここに来るだけで顔には出さないけど気に食わないんだろうから。時期が時期だけに、下手にちょっかいを出せば、殺されるのがオチかな」
「殺すかしら」
「殺すだろうね」
「取り合えず骨は残らないと思うな、僕は」
「あら、意外と生き埋めかもよ。ソルディスって、黙々とした拷問とか得意そうだから」
「拷問か――それも良いな」

それも良い。
最後に聞えた声に、入り口に背を向けていたルークとガーネットは同時に肩を強張らせた。
限りなくクロムセリアの声に似ていながら、幾分低く重みのあるそれは、他でも無い、畏れ多き城主様。
菓子に伸ばしかけた手を引っ込めながら、べ、と舌を出して肩を竦めたガーネットは後ろを振り向かずにニルを見た。ニルはただ平然と茶を啜るだけであり、その隣に座っていた麗しの片割れもまた、飄々と菓子を摘むだけだった。
流石は兄弟。ハルフォット夫妻以上に、こういう状況には慣れている。

「お茶、飲んでいけば?」
「その為に来たんだ」

ルークの誘いに、ソルディスは淡々と答えた。
主人の彼が平生座る椅子に静かに腰を掛けると、後を来たロドメが、部屋の隅で静かに暖かな茶の準備を始める。
静かな――しかし穏やかではない空気が流れる。

「俺は、暫くここに泊まっていく」

緊迫した空気を金槌で叩き割るような真似をするのは、他でもないクロムセリア。

「良いだろう?」
「どこに居ようが俺の関与する所じゃない」
「はは。そういうと思った」
「だが俺の部屋には近付くな」
「ソルディスの部屋?アンタが近付いて欲しくないのは、部屋じゃなくて、部屋の奥に押し込めている奥方様じゃあないのか」

言葉に、ニルが溜息をついた。

「アンタはまた、火に油を……」
「火に油っていうか、炎天下の油屋の大火災だよね」

続けたルークにガーネットが頷いた。

「ルークもガーネットもティナとお喋り出来るのに、俺だけ出来ないなんて不公平だ」
「あの部屋に近付くなと言っただけだ。喋りたければ喋れば良い」
「へぇ、良いんだ」
「――どこまでが“お喋り”なのかは、自分で考えろ」
「口説くなって事か」

クロムセリアは笑った。

「それこそ不公平だよ――兄君様」

ソルディスから出た殺気の強さが、特段強力な魔力を持たないガーネットにもひしひしと伝わった。思わず、ルークの袖を無意識に握る。
鋭い視線になったニルは、茶を置き、静かに自身の弟達を見た。
ニル自身、ジェノファリス家の血を継ぐ者。魔力や腕には覚えがある。
が、弟二人が――例え本気でなくとも――一戦交えれば、それを抑えるだけの自信は無い。

「その意味を聞いておこう」
「どうもこうも。ただ、ティナ・クリスティーン……あぁ、今はジェノファリスか。彼女は、何もソルディス一人だけのものじゃあないって事を言っているんだ」

クロムセリアは笑顔を消す。

「俺達が生まれた時点で、レィセリオスのご令嬢と婚姻を結ぶ権利は、二人同時に与えられたものだっただろう。まぁ、人間なんて真っ平だって、流れでアンタに押し付けた俺も俺だったけれど――権利は放棄してない訳で」
「ちょっと、クロム、貴方」
「まだあの子がソルディスの元に来て幾月も経ってない。それ程懐いてる様にも見えないし――俺にも幾分かの機会はあるわけだ」

ニルの制止を無視して話すクロムセリアに、暫く黙っていたソルディスが何か言おうとする。
――が、それは、そっと茶を差し出してきたロドメによって遮られた。

旦那様、茶で御座います、と平生と変わらぬ笑みを浮かべて深々と礼をする彼に、ソルディスは開こうとした口を噤む。
ちょうどいい加減の熱さの茶を、表情無きまま静かに啜る彼の漆黒の瞳には、揺れる茶の黒い波と、それに写る自身の瞳が重複して反射していた。

何も言わず、ただ、大時計の秒針の音を聞き入るように黙っている沈黙の人々。

ようやく口を開いたのは、領主その人だった。



「――好きにしろ」


その言葉に反応したのはガーネットである。

「ちょっと、ソルディス!」
「何だ」
「何だじゃなくって!それって、ティナが別にクロムセリアにくっ付いて行っちゃっても良いってわけ!?」
「ガーネット、ソルディスに失礼だよ。ティナが確実にクロムセリアを選ぶって言ってる様なもんじゃないか」
「だって!ルークも見てて分かるでしょ!」
「何がだい?」
「ティナの好みのタイプ――私、知ってるんだから。前に語り合ったことがあるの」
「ティナの好み?」

身を乗り出してくるニル。

「それって、好きな男性のタイプって事?」
「そうよ。ティナは、自分のお兄さんみたいな人が好きなんですって」
「お兄――」

ニルは口を噤んだ。

「うん、そう、お兄さん。いつも笑顔で、優しくて、頭撫でてくれて、一緒に居ると安心できる人だったらしいの。ほら、ルークがお披露目の食事会で声を掛けた時安心してホイホイついていったでしょ。あれも、ルークが優しくて性格穏やかにみえて安心したからみたいなのね」

ガーネットはカールの効いた可愛らしい髪を指で絡めて弄ぶ。

「うん、やっぱり、それって、ソルディスちっとも掠ってないじゃない。寧ろ……というか、どんぴしゃでクロムセリアみたいな人だと思うのよね」
「――だってさ。どうする?」

一頻りガーネットの話を聞いたクロムセリアは、ソルディスに言葉を投げた。

「どうもこうもしない」

平然と、動揺も無く言い放つ。

「婚約を破棄するかどうか決めるのは俺だ。あいつじゃない」
「――これはまた、横暴な事で」

クロムセリアは肩を竦める。

「なら、例えティナが俺の方を選んでも、彼女に選択の自由は無い訳だ」
「そうだな」
「そいつは酷い。領主様お得意の職権乱用?」
「婚姻に職権は関係ないよ」
「あぁ、そうだっけ?」

ルークの指摘に、クロムセリアは思いをめぐらす様に顔を顰める。

「とにかく、俺は彼女に興味があるんだ」

言葉は、揺ぎ無い。

「ソルディスが良いと言おうが悪いと言おうが――まぁ乱暴はしないが、楽しいお喋りくらいはさせて頂くさ。俺もソルディスも、持っている条件は同じな訳だから」
「本気かい?」
「勿論だ、ルーク。そうでもなけりゃ、さっさと俺は離れに戻っている」

クロムセリアは、菓子皿に手を伸ばしながら続けた。

「でも、正直ソルディスが人間の女を娶るなんて思っても居なかったかな。あんなに毛嫌いしていただろう、大方引き取ったところで、妾にするか城下に売るかして、適当に扱ってくと思ったけど――まさか、血儀を行ってまであの子を魔族に引き摺り入れるとは」
「……」
「その上彼女一人、正妻しか取らないなんて。妾なんて、城下から幾らでも集められるのに――……父上や大館様に仕えていた妾を全員追い払ったのは、……まぁ、あれは当然だったかもしれないとしても」

最後の部分だけは、苦々しそうに言う。

「まぁ、それは置いといて。とにもかくにも、色んな意味で、あの子には興味があるっていう事だ」

ソルディスは、クロムセリアの話を聞いていないかのように時計を見、席を立った。
あいにく、ややこしい仕事が山積になり彼を待っている。いつまでもお喋りを続けている訳にはいかない。

「仕事か。それじゃあ、ティナに宜しく」
「……」
「晩餐には連れて来いよ」

ソルディスは何も言わなかった。
クロムセリアに――自身の映し身の様な弟に、終始興味は見せず静かに立ち去っていく。

見目姿。何もかもが同じで変わらない二人なのに、感情は、心は全く通じていない。

ニルは、そんな二人の様子を、口には出さずとも辛辣そうな表情で見つめていた。







++++++++++++++++++++++++++++++++++++






「ほら!山鳥!」
「……」
「それでね、こっちが紫月下!」
「……」
「そしてそして、極め付けが――じゃじゃん!カステル・ジニアー!」
「………………」

――あれ?
と、ティナが首を傾げるのも束の間。
彼女の夫は、妻が病床で意気揚々と落書き帳(仕事で書き損じをした用紙を彼女に分け与えたものである)を自慢気に見せてくる姿に頭痛を覚えた。

「ねぇ、あの……ソルディスどうしたの?」
「…………」
「えぇと……?……あ!ソルディスの絵、描かなかったから結構傷ついた?ごめんなさい、ニル姉が、いっぱい色粉くれたから、色んな色使いたくなっちゃって。ほら、ソルディスって黒と白しか使わないじゃない。何か面白みが無いって言うか、物足りないって言うか」
「……具合は」
「え?」
「具合は治ったのかと聞いている」
「具合?うん、もう多分完治!一応ルークがお薬くれたから、三日間それ飲まなきゃいけないけど、それを飲んだらもっと元気が出ると思う」

ベッドの上で跳ね出しそうな勢いの幼妻を抑えるように、ソルディスは彼女の体にシーツを掛け直した。

「晩餐は」
「食べれると思う。けど、あまり食欲があるわけじゃないかも」
「どこが完治だ。まだ体が本調子じゃないんだろう」

食事は運ばせる、と続けられた言葉にティナは飛び起きた。

「え!私一人でここで食事?」
「リィネにでも世話させるから一人じゃない」
「でも、今日はルークもガーネットも、クロムも来てるんでしょ?皆で楽しくご飯食べたいじゃない」

ソルディスは目を細めた。

「――“クロム”?」
「え、あの……クロムセリアが、そう呼んでくれって……」

言い訳のような口調になってしまい、ティナは身を竦めた。
別にティナ自身に疾しい事があるわけでは無いのだが……こうも責めるような視線を送られると、どうも恐縮して語尾を弱めるしかなくなってしまう。
特別詰るわけでもなく、かといって、決して柔らかな言葉を投げるわけでもないソルディスに、おずおずとティナは問いかける。

「……ねぇ。あの、一つだけ聞いても良い?」
「何を」
「ソルディスは、クロムの事が……弟が、嫌い?」
「……」
「な、のかな……と。ちょっと思って」

あはは、と言ってみるがあまり効き目は無い。
取り合えずソルディスの機嫌を伺ってはみるものの、表情に変化の無い彼の心情は相変わらず良く分からない。なんだかなぁという複雑な表情で俯くティナに、ソルディスはポツリと呟く。

「――お前はどう思う」
「え?」

何が?という意味をこめて、ティナは聞き返した。

「お前は、俺があの男をどう思っていると思う」
「……」

そんなの分かるはずない、という気持ちを抑えつつティナは暫く考え込んだ。
指でシーツを弄びながら暫くして話し出す。

「あまり好きじゃない……のかな」

そう言って、首を傾げる。

「何で一緒に暮らしてないのかな、とか、なんでソルディスがクロムの事、ちゃんと名前で呼ばないのかなとか……色々気になることはあるけど。さっき、私の部屋に居たのを追い払ったりしたじゃない。それってつまり、あまり彼の事を良く思ってないのに繋がるんじゃないのかな…………って、私が勝手に思っただけだけど」
「――なら、そういう事なんだろう」

え?とティナが聞き返す。
ソルディスの表情からは、ティナをからかっているつもりも、適当にあしらっているつもりも無いことが分かる。

「そういうことだろう、って……ソルディスは自分で分からないの?」
「感情に説明を付けるのはあまり好きじゃない。考えるのも面倒だ」
「じゃあ、クロムセリアをどう思ってるかっていうのも自分で分からないの!?」

何という面倒臭がりだ……!千年も生きてるとこうなるのか?という突っ込みは置いといて、とにもかくにもティナは衝撃的な彼の答えに、ハッとある考えが浮かぶ。

「じゃあ、私の事はどう思っているわけ?」
「――」

これまた何も言わなくなるソルディス。
珍しく、考え込んだように眉を潜めて、ティナの顔をまじまじと見る。

(も、もしかして……)

ティナは嫌な予感がした。

「――そういえば、考えたことも無かったな」


やっぱり!!
ティナは治ったはずの体調がまた崩れそうになるのを感じながら、必死に眩暈が起きないように自身を支える。

「さ、さっき、クロムセリアが私にキスしたって言ったら怒ったじゃない?あれって、」
「お前もアナスタシアが勝手に他の人間に乗り回されていたら嫌だろう。そんなもんだ」
「それって、婚約者に対して結構失礼な言葉だと思う……」
「なら、お前は俺をどう思っているか説明が出来るか?」
「…………」

(――あれ?)
ティナはそのまま固まる。
きょとん、と呆気に取られたような表情のまま、ソルディスの顔を見つめ……

「そう言えば――分かりません」
「同じじゃないか」
「ソルディスとは違うの!だって、赤の他人だった人と結婚して、まぁ、その、色んな事して……でも、何年も付き合った恋人でもないし、かといって嫌いだった人でもないし。そこが良く分からないだけ!ソルディスみたいに自分の気持ちを説明するのが面倒くさいわけじゃないんだから。ニル姉も、ロドメさんも、カステルも、ニキィも、皆のことをちゃんと“好き”って思ってるんだから」

意味も無く身振り手振りを交えながら熱弁するティナの動きを面白そうに眺めながら、ソルディスはこれまた珍しく親切に一語一語聞いてやった。

「ソルディスだって、ルークとかニル姉は好きでしょ?」
「話をしていて不快で無い時もあれば不快な時もある」
「そ……それはそうかもしれないけど……でも、ソルディスだって“甘いものは苦手”とか“黒茶は好き”とか言うじゃない」
「ああ、それもそうだな。だがそれも一時的な物だ。いつ何時味覚の嗜好が変わるとは分からない」
「……」
「他人相手にしても、一時的に好意的に思われても後々嫌悪感を抱く事だってあるだろう。その度に好きだの嫌いだの位置付けていたら疲れることこの上ない」
「……ま、まぁ」

何とも言葉が見つからないティナであった。

「私だって、カステルとかとちょっとゴチャゴチャすることはあるけど……」
「なら何故ジニアを好きだと言い切れる?」
「それは――」

またまた口篭るティナにソルディスは、ほら見たことかという視線を降り掛けた。

「自分も説明が付かない事を他人に聞くな」
「……はい」
「リィネに食事を持って来させるから、それまで大人しく寝ていろ。良いな」
「……はい」

がっくり項垂れるティナを見て、溜息をつきながらソルディスはティナの部屋を出て行こうとする。

「――あの男は――」
「え?何?」

良く聞き取れなかったティナは聞き返す。

「あの男は、お前に興味があるらしい」
「あの男……って、クロムが?」
「基本的に、あの男もお前との婚約を成立するだけの条件は持っているからな」

婚約を成立するだけの条件。
ティナは、言われた意味がよく分からなかった。

「どういう意味?」
「そのままの意味だ」
「私が、クロムセリアの奥さんになる事も出来るって事?」
「そういう事だ。俺がお前との離縁を認めなければ、そんな事は有り得ないが」

それだけ言って、今度こそ彼はティナの部屋を出て行った。
ぽつんと一人残されたティナは、ベッドの上でぼぅっと今の会話の意味を考える。

ソルディスと双子のクロムセリア。
レィセリオスとト・ノドロとの契約は、“王族の一人を人質として差し出す代わりに、レィセリオスに魔族・魔獣等の被害を出させない”といった内容。
(契約成立の経緯について、詳しい事をティナは知らない。)

とにかく、ティナは正妻であれ妾であれ、ト・ノドロの領主一族と親密な関係にさえなっていればそれで良いのだ。という事は――

「ソルディスが私と離婚しちゃったら――私はクロムセリアと結婚するっていう可能性もあるって事?」

自問自答。
答えを返す者は、他に誰も居ない。

――クロムセリアが旦那さん?

確かに、有り得ない事ではない。
彼(現・夫)は気紛れな上に平生機嫌を表に出さないから、いつ急に離縁を申し出されるか分かったもんじゃない。

淡白、素っ気無くて、唯我独尊、平然と冷たい言葉を投げかけるソルディス。

対して、言動柔らかく、好印象、優しげ、きっとどんな人間に対しても平等に接し、これといって捻くれたところも無いであろうクロムセリア。


もしも。
もしも、その一方を選択する権利があるとしたら――自分はどちらを選ぶのだろうか。
もしも、最初から、二人同時に出会っていたら、自分はどちらと婚姻を結んでいたのだろうか――?

分からない。

あの男はお前に興味があるらしい、と、敢えてティナに選択肢を与えるような発言をしておきながら、今は離縁をする気も無いという。
なら、夕刻の乱暴な口付けの理由は?
それすら良く分からないと言う彼の気持ちなど、本人も分からないのにティナが分かる訳も無い。

ティナの気持ちは、混迷への一歩を進んでいた。


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